空は遠く

chatetlune

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空は遠く 78

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 その時、横を通り過ぎた車が水溜りの水を思い切り跳ね飛ばして行った。
「やだ、よごれちゃった」
 内田はスカートの汚れを気にして指で確かめようとする。
「危ないから、こっちへ」
 佑人は内田を脇道へと促すと、ポケットからハンカチを差し出した。
「ありがとう」
 内田は遠慮なく佑人のハンカチでスカートの汚れを拭う。
「成瀬くんてほんとに優しいのね」
「いや、俺は優しくなんか……」
 そんな風に言ってもらえるような人間じゃない。
 佑人は言葉を呑み込んだ。
「イチャコラと、雨の中でもアナタがいればってか」
 聞こえてきた砂味声に振り向くと大柄の男が三人立っていた。
「へえ、南澤にもこーんないい女いたんだねー」
 男らは、グレイのズボンからすると近隣の私立高校の生徒のようだが、雰囲気からガラの悪さが見て取れる。
 すっと内田の前に立ちはだかった佑人を男たちがニヤニヤと笑う。
「へなちょこお兄ちゃんにしちゃ、威勢がいいな」
「何か用か」
「お兄ちゃんには用はないんだな」
 高校生らしさのない、下卑た表情でひときわ大きな男が一歩足を踏み出した。
「ああ、でもちょっと金欠だし、お小遣いもらおうかな」
 佑人の胸ぐらに伸ばした腕を佑人は跳ね除ける。
「何だあ? お兄ちゃん、あんまり調子に乗んじゃねぇぞ、オラ!」
 すぐにまた飛びかかってきた男の腕を佑人は掴み、捻りあげる。
「うぐぁあっ!」
「内田、逃げろ!」
 痛みに呻き声を上げる男の腕を掴んだまま、佑人は叫んだ。
「成瀬くん!」
「早く行け!」
 内田は傘を放り出して、振り返りながら路地の奥へと走り出す。
 佑人はそれを追いかけようとした男の向う脛を蹴りつけてその場に倒した。
 この辺りは住宅街で、夕方に近いこの時刻人通りも少ない。
「こんの…やろう!」
 佑人に飛びかかってきたもう一人の男に向かって、腕を掴んでいた男を力任せに突き倒す。
 大きな男たちが雨が降り続く道に無様に水溜りに倒れ込む。
 内田は後ろを振り返り振り返り、雨の中ずぶ濡れになりながら、ようやくバッグの中から携帯を取り出した。
「あ、あたし、お願い! 助けて! 成瀬くんが!!」
 放課後、教室に集まった三年E組のサッカーチームは球技大会に向けて練習をする算段をしていた。
「おう、力、まだいたか、ちょっと、話が……」
 ちょうどそこへ顔を覗かせたのは坂本だった。
 だが、坂本に返事もせず、力はものすごい形相で教室から出て行った。
「え、何だ? おい! 力!」
 咄嗟に何かのっぴきならないことがあったと察してすぐ後を追った。
 玄関へ駆け降りるともどかしげにスニーカーに足を突っ込み、傘もささずに力は既に雨の中へ走り出していた。
 とりあえず傘を掴むと、坂本も雨の中に飛び出した。
「一体何だってんだ?!」
 しばらく走っていくと、ずぶ濡れの女子生徒が道端に蹲っているのが見えた。
「内田?!」
 慌てて駆け寄ると、坂本は傘を差し掛けた。
「何があった?」
「多分、江西学院の男たちに絡まれて、成瀬くんが……」
「成瀬?! どこだ!?」
「えっと、二つ目の角、右に」
 内田を抱き起した坂本はそれを聞くと、持っていた傘を内田に押しつけて駆け出した。
「こいつ、ふざけたマネしやがって!」
 倒れていた男たちが案外しぶとく起き上って佑人の前に立ち塞がり、逃げるチャンスを失った佑人は三人に取り囲まれていた。
 佑人の脳裏に否が応でも中学の時に起こした事件のことが蘇る。
 あの時は無我夢中で、手加減などする余裕はなかったが、またしても家族に、美月に迷惑をかけるようなことだけは避けなくてはならない。
 佑人は三人の動きに神経を向けた。
 左から飛びかかる男の腕を避けると、すぐその腹に拳を当てる。
 今度は同時に襲い掛かる二人の男の一人を足蹴りし、もう一人の男の腕を掴んで突きを入れた。
 力を加減しているので、ひどいダメージはないはずだし、男たちは結構喧嘩慣れしているようで、よろめきながらもまた立ち上がろうとする。
 降りしきる雨の中、肩で息をしながら再び逃げるチャンスを窺おうとした佑人だが、男の一人がポケットからナイフを取り出した。
「やって……くれるじゃねーか、…え? お兄ちゃん………」
 血走った眼をぎらつかせながら、男は佑人にナイフを向けた。
 後ずさる佑人に、男はむやみやたらにシュッシュッとナイフを振りかざす。
 咄嗟に避けたものの、滅茶苦茶振り回したナイフが顔を庇った佑人の二の腕をスパッと切り裂いた。
「成瀬!」
 さらに狂暴な顔で男が佑人にナイフを振り下ろそうとした時、走り寄ってきた男を見て、三人ははっと息をのむ。
「てめーら……」
 と、一言呟いた次の瞬間、あっという間もなく二人は叩きのめされていた。
 ナイフを向けようとした男も長い足が蹴り飛ばし、倒されたところをナイフを持った手をスニーカーで思い切り踏みつけられ、ひどい喚き声をあげてナイフを落とした。
「手、潰されたいか? え?」
 冷たく低い力の声に男は声もなく頭を振った。
「とっとと失せろ」
 まだそんな余力があったのか、男たちは転がるようにその場から走り去った。
 塀に凭れ掛かっていた佑人は緊張を解いてその場に腰を落とした。
 切られた半袖のシャツの上から腕を触ると、ぬるっとした感触に眉を顰める。
 雨に混じって流れ出た血が滴り落ちる。
 脳が興奮状態なせいか、痛みが感じられない。
「腕、やられたのか?!」
 佑人を助け起こしながら力が怒鳴りつける。
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