78 / 85
空は遠く 78
しおりを挟む
その時、横を通り過ぎた車が水溜りの水を思い切り跳ね飛ばして行った。
「やだ、よごれちゃった」
内田はスカートの汚れを気にして指で確かめようとする。
「危ないから、こっちへ」
佑人は内田を脇道へと促すと、ポケットからハンカチを差し出した。
「ありがとう」
内田は遠慮なく佑人のハンカチでスカートの汚れを拭う。
「成瀬くんてほんとに優しいのね」
「いや、俺は優しくなんか……」
そんな風に言ってもらえるような人間じゃない。
佑人は言葉を呑み込んだ。
「イチャコラと、雨の中でもアナタがいればってか」
聞こえてきた砂味声に振り向くと大柄の男が三人立っていた。
「へえ、南澤にもこーんないい女いたんだねー」
男らは、グレイのズボンからすると近隣の私立高校の生徒のようだが、雰囲気からガラの悪さが見て取れる。
すっと内田の前に立ちはだかった佑人を男たちがニヤニヤと笑う。
「へなちょこお兄ちゃんにしちゃ、威勢がいいな」
「何か用か」
「お兄ちゃんには用はないんだな」
高校生らしさのない、下卑た表情でひときわ大きな男が一歩足を踏み出した。
「ああ、でもちょっと金欠だし、お小遣いもらおうかな」
佑人の胸ぐらに伸ばした腕を佑人は跳ね除ける。
「何だあ? お兄ちゃん、あんまり調子に乗んじゃねぇぞ、オラ!」
すぐにまた飛びかかってきた男の腕を佑人は掴み、捻りあげる。
「うぐぁあっ!」
「内田、逃げろ!」
痛みに呻き声を上げる男の腕を掴んだまま、佑人は叫んだ。
「成瀬くん!」
「早く行け!」
内田は傘を放り出して、振り返りながら路地の奥へと走り出す。
佑人はそれを追いかけようとした男の向う脛を蹴りつけてその場に倒した。
この辺りは住宅街で、夕方に近いこの時刻人通りも少ない。
「こんの…やろう!」
佑人に飛びかかってきたもう一人の男に向かって、腕を掴んでいた男を力任せに突き倒す。
大きな男たちが雨が降り続く道に無様に水溜りに倒れ込む。
内田は後ろを振り返り振り返り、雨の中ずぶ濡れになりながら、ようやくバッグの中から携帯を取り出した。
「あ、あたし、お願い! 助けて! 成瀬くんが!!」
放課後、教室に集まった三年E組のサッカーチームは球技大会に向けて練習をする算段をしていた。
「おう、力、まだいたか、ちょっと、話が……」
ちょうどそこへ顔を覗かせたのは坂本だった。
だが、坂本に返事もせず、力はものすごい形相で教室から出て行った。
「え、何だ? おい! 力!」
咄嗟に何かのっぴきならないことがあったと察してすぐ後を追った。
玄関へ駆け降りるともどかしげにスニーカーに足を突っ込み、傘もささずに力は既に雨の中へ走り出していた。
とりあえず傘を掴むと、坂本も雨の中に飛び出した。
「一体何だってんだ?!」
しばらく走っていくと、ずぶ濡れの女子生徒が道端に蹲っているのが見えた。
「内田?!」
慌てて駆け寄ると、坂本は傘を差し掛けた。
「何があった?」
「多分、江西学院の男たちに絡まれて、成瀬くんが……」
「成瀬?! どこだ!?」
「えっと、二つ目の角、右に」
内田を抱き起した坂本はそれを聞くと、持っていた傘を内田に押しつけて駆け出した。
「こいつ、ふざけたマネしやがって!」
倒れていた男たちが案外しぶとく起き上って佑人の前に立ち塞がり、逃げるチャンスを失った佑人は三人に取り囲まれていた。
佑人の脳裏に否が応でも中学の時に起こした事件のことが蘇る。
あの時は無我夢中で、手加減などする余裕はなかったが、またしても家族に、美月に迷惑をかけるようなことだけは避けなくてはならない。
佑人は三人の動きに神経を向けた。
左から飛びかかる男の腕を避けると、すぐその腹に拳を当てる。
今度は同時に襲い掛かる二人の男の一人を足蹴りし、もう一人の男の腕を掴んで突きを入れた。
力を加減しているので、ひどいダメージはないはずだし、男たちは結構喧嘩慣れしているようで、よろめきながらもまた立ち上がろうとする。
降りしきる雨の中、肩で息をしながら再び逃げるチャンスを窺おうとした佑人だが、男の一人がポケットからナイフを取り出した。
「やって……くれるじゃねーか、…え? お兄ちゃん………」
血走った眼をぎらつかせながら、男は佑人にナイフを向けた。
後ずさる佑人に、男はむやみやたらにシュッシュッとナイフを振りかざす。
咄嗟に避けたものの、滅茶苦茶振り回したナイフが顔を庇った佑人の二の腕をスパッと切り裂いた。
「成瀬!」
さらに狂暴な顔で男が佑人にナイフを振り下ろそうとした時、走り寄ってきた男を見て、三人ははっと息をのむ。
「てめーら……」
と、一言呟いた次の瞬間、あっという間もなく二人は叩きのめされていた。
ナイフを向けようとした男も長い足が蹴り飛ばし、倒されたところをナイフを持った手をスニーカーで思い切り踏みつけられ、ひどい喚き声をあげてナイフを落とした。
「手、潰されたいか? え?」
冷たく低い力の声に男は声もなく頭を振った。
「とっとと失せろ」
まだそんな余力があったのか、男たちは転がるようにその場から走り去った。
塀に凭れ掛かっていた佑人は緊張を解いてその場に腰を落とした。
切られた半袖のシャツの上から腕を触ると、ぬるっとした感触に眉を顰める。
雨に混じって流れ出た血が滴り落ちる。
脳が興奮状態なせいか、痛みが感じられない。
「腕、やられたのか?!」
佑人を助け起こしながら力が怒鳴りつける。
「やだ、よごれちゃった」
内田はスカートの汚れを気にして指で確かめようとする。
「危ないから、こっちへ」
佑人は内田を脇道へと促すと、ポケットからハンカチを差し出した。
「ありがとう」
内田は遠慮なく佑人のハンカチでスカートの汚れを拭う。
「成瀬くんてほんとに優しいのね」
「いや、俺は優しくなんか……」
そんな風に言ってもらえるような人間じゃない。
佑人は言葉を呑み込んだ。
「イチャコラと、雨の中でもアナタがいればってか」
聞こえてきた砂味声に振り向くと大柄の男が三人立っていた。
「へえ、南澤にもこーんないい女いたんだねー」
男らは、グレイのズボンからすると近隣の私立高校の生徒のようだが、雰囲気からガラの悪さが見て取れる。
すっと内田の前に立ちはだかった佑人を男たちがニヤニヤと笑う。
「へなちょこお兄ちゃんにしちゃ、威勢がいいな」
「何か用か」
「お兄ちゃんには用はないんだな」
高校生らしさのない、下卑た表情でひときわ大きな男が一歩足を踏み出した。
「ああ、でもちょっと金欠だし、お小遣いもらおうかな」
佑人の胸ぐらに伸ばした腕を佑人は跳ね除ける。
「何だあ? お兄ちゃん、あんまり調子に乗んじゃねぇぞ、オラ!」
すぐにまた飛びかかってきた男の腕を佑人は掴み、捻りあげる。
「うぐぁあっ!」
「内田、逃げろ!」
痛みに呻き声を上げる男の腕を掴んだまま、佑人は叫んだ。
「成瀬くん!」
「早く行け!」
内田は傘を放り出して、振り返りながら路地の奥へと走り出す。
佑人はそれを追いかけようとした男の向う脛を蹴りつけてその場に倒した。
この辺りは住宅街で、夕方に近いこの時刻人通りも少ない。
「こんの…やろう!」
佑人に飛びかかってきたもう一人の男に向かって、腕を掴んでいた男を力任せに突き倒す。
大きな男たちが雨が降り続く道に無様に水溜りに倒れ込む。
内田は後ろを振り返り振り返り、雨の中ずぶ濡れになりながら、ようやくバッグの中から携帯を取り出した。
「あ、あたし、お願い! 助けて! 成瀬くんが!!」
放課後、教室に集まった三年E組のサッカーチームは球技大会に向けて練習をする算段をしていた。
「おう、力、まだいたか、ちょっと、話が……」
ちょうどそこへ顔を覗かせたのは坂本だった。
だが、坂本に返事もせず、力はものすごい形相で教室から出て行った。
「え、何だ? おい! 力!」
咄嗟に何かのっぴきならないことがあったと察してすぐ後を追った。
玄関へ駆け降りるともどかしげにスニーカーに足を突っ込み、傘もささずに力は既に雨の中へ走り出していた。
とりあえず傘を掴むと、坂本も雨の中に飛び出した。
「一体何だってんだ?!」
しばらく走っていくと、ずぶ濡れの女子生徒が道端に蹲っているのが見えた。
「内田?!」
慌てて駆け寄ると、坂本は傘を差し掛けた。
「何があった?」
「多分、江西学院の男たちに絡まれて、成瀬くんが……」
「成瀬?! どこだ!?」
「えっと、二つ目の角、右に」
内田を抱き起した坂本はそれを聞くと、持っていた傘を内田に押しつけて駆け出した。
「こいつ、ふざけたマネしやがって!」
倒れていた男たちが案外しぶとく起き上って佑人の前に立ち塞がり、逃げるチャンスを失った佑人は三人に取り囲まれていた。
佑人の脳裏に否が応でも中学の時に起こした事件のことが蘇る。
あの時は無我夢中で、手加減などする余裕はなかったが、またしても家族に、美月に迷惑をかけるようなことだけは避けなくてはならない。
佑人は三人の動きに神経を向けた。
左から飛びかかる男の腕を避けると、すぐその腹に拳を当てる。
今度は同時に襲い掛かる二人の男の一人を足蹴りし、もう一人の男の腕を掴んで突きを入れた。
力を加減しているので、ひどいダメージはないはずだし、男たちは結構喧嘩慣れしているようで、よろめきながらもまた立ち上がろうとする。
降りしきる雨の中、肩で息をしながら再び逃げるチャンスを窺おうとした佑人だが、男の一人がポケットからナイフを取り出した。
「やって……くれるじゃねーか、…え? お兄ちゃん………」
血走った眼をぎらつかせながら、男は佑人にナイフを向けた。
後ずさる佑人に、男はむやみやたらにシュッシュッとナイフを振りかざす。
咄嗟に避けたものの、滅茶苦茶振り回したナイフが顔を庇った佑人の二の腕をスパッと切り裂いた。
「成瀬!」
さらに狂暴な顔で男が佑人にナイフを振り下ろそうとした時、走り寄ってきた男を見て、三人ははっと息をのむ。
「てめーら……」
と、一言呟いた次の瞬間、あっという間もなく二人は叩きのめされていた。
ナイフを向けようとした男も長い足が蹴り飛ばし、倒されたところをナイフを持った手をスニーカーで思い切り踏みつけられ、ひどい喚き声をあげてナイフを落とした。
「手、潰されたいか? え?」
冷たく低い力の声に男は声もなく頭を振った。
「とっとと失せろ」
まだそんな余力があったのか、男たちは転がるようにその場から走り去った。
塀に凭れ掛かっていた佑人は緊張を解いてその場に腰を落とした。
切られた半袖のシャツの上から腕を触ると、ぬるっとした感触に眉を顰める。
雨に混じって流れ出た血が滴り落ちる。
脳が興奮状態なせいか、痛みが感じられない。
「腕、やられたのか?!」
佑人を助け起こしながら力が怒鳴りつける。
2
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ミロクの山
はち
BL
山神×人間
白い蛇の神様の伝承が残る巳禄山にやってきた人間が山神様(蛇神)に溺愛される話。短編集です。
触手と擬似排泄、出産・産卵があります。
【宗慈編】
巳禄山で遭難した槙野宗慈は雨宿りした門のような構造物の下でいつの間にか眠ってしまう。
目を覚ました宗慈はミロクという男に助けられるが……。
出産型のゆるふわなミロクさま×従順な宗慈くんのお話。
【悠真編】
大学生の三笠悠真はフィールドワークの途中、門のようなもののある場所に迷い込んだ。悠真の元に現れた男はミロクと名乗るが……。
産卵型のミロクさま×気の強い悠真くん
【ヤツハ編】
夏休みに家の手伝いで白羽神社へ掃除にやってきた大学生のヤツハは、そこで出会ったシラハという青年に惹かれる。シラハに触れられるたび、ヤツハは昂りを抑えられなくなり……。
蛇強めのシラハさま×純朴なヤツハくん。
※pixivにも掲載中
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。
山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。
お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。
サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる