空は遠く

chatetlune

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空は遠く 77

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 数日前、屋上で力と言い争いになってから、佑人は誰かと話すのさえ億劫だった。
 昼休みも力を避けているから、東山ともほとんど話をしていない。
 ただ、力が何か言ったのだろうか、内田の「ねえ、成瀬くん」がなくなったようで、ほっとしていた。
 聞かれれば答えざるを得ないが、それだけでくだらない噂を立てられるのはごめんだった。
「ええっと、あと、参加の名前がないのは………成瀬、あと成瀬だけか、希望の競技、言って」
 グダグダと考え込んでいた佑人は、いきなり運営委員の田淵に名前を呼ばれてはっと我にかえる。
「え……と、俺は」
「全員参加だから、パスはなしな」
 言い逃れをする前に釘を刺された。
「テニス、やります」
 ダブルスだからパートナーはいるが、最低人数のチームだ。
 まあ、相手にもよるけど………と、黒板を見た佑人はテニス希望者の欄にある一名の名前が東山とあるのを見て、欠席しなくてもよさそうだと思う。
「パスりたかったんだけどさ、俺、団体戦苦手だし」
 ホームルームが終わり、次の化学室への教室移動で最後の方になってから廊下に出た佑人は、肩を叩かれて振り返った。
 よろしくな、と東山が言った。
「そう? サッカーとかうまいじゃん」
「いや、基本、俺ずっと、一匹狼できたし」
 東山が苦笑いする。
「昼飯つるんで一緒になんて、啓太に誘われなきゃなかったしな」
「え……」
「あいつ、なつっこいだろ。姉きとか年離れてるらしくて、ガキの頃寂しかったみてぇで、誰にでもすぐ声かけるんだよ。力なんか、ほんとはあんまし好んで人寄っつかねぇだろ。けど、啓太はなーんも考えねぇからさ。バカだけど素直だから嘘つかれても気づかねぇし」
 そう言われて佑人は初めて、ああ、と納得した。
 あの一見不自然なメンツのグループの中心は、力ではなく啓太だったのかと。
「まあ、力はああいうヤツだから怒るのはわかるけど、また、昼、顔出してやれよ。啓太、お前こねぇから元気ねぇし」
 嘘つかれても気づかないか。最初から疑ってかかる自分からすると羨ましい限りだ。
「でも、ほんと、とっとと負ければパスれるかな、なんて思っただけで、俺、テニスとかほとんと初心者だから」
「ああ、俺も遊びでやってるだけだし」
 だったらおそらくすぐに終わるだろう。
 テニスの希望者は二人だけしかいなかったため、審判や係員は二人以外で既に決まっていた。
 イベントや行事をバカにしているわけでも、嫌っているわけでもない。
 中学二年の頃までは、チームをまとめるのは大変だったものの、佑人もそれなりに頑張っていたのだ。
 一匹狼のようでいて、いざとなると司令塔にもなってチームを引っ張っていく力のような男なら、もっとうまくやれたかもしれないが。
 いずれにせよあの頃のことは当時楽しかっただろうことまでも今では苦いものとなって思い出したくもない。
 ほんと、いつまでも昔のことウダウダと俺ってウザいヤツ。
 自虐的に心の中で突っ込みを入れる。
「ま、盛り上げるのは力とかに任せときゃいいさ」
「ああ、そうだな」
 力はバレーにも誘われていたが、結局サッカーチームに参加することになった。
 受験だ何だと言いながら、新聞部に煽られただけでなく、どこまで行けるかとクラスのみんなも少しずつ熱が入ってきたらしい。
 移動中も二年のどのクラスが強そうだとか、廊下のあちこちで球技大会の話になっている。
 窓の外は雨が強くなっていて白く煙っていた。
 サッカーチームは早速練習するぞと意気込んでいたが、屋外の競技だとこの梅雨がネックになるかもしれない。
「ルール、一応大会当日までに教えといて」
「わかった」
 三年になってから東山が淡々と静かでマイペースだったのは、傍らに高田がいないからか。
 高田って案外大物なのかもな。
 佑人は人懐こい大きな目を思い出して笑みを浮かべた。
 その日最後の授業が終わっても、多少雨脚は弱まったもののまだ止む気配はなかった。
 玄関を出ると湿った空気が一気に絡みついてくる。
 しばらく歩いたところで、後ろから誰かが足早に近づいてきた。
「成瀬くん」
 聞き覚えのある声がして、ピンクの傘が横に並んだ。
 内田だとわかって、佑人は少し身構えた。
「私、成瀬くんに謝ろうと思って」
 佑人は硬い表情の横顔を見た。
「ごめんなさい、坂本くんにも言われたけど、私のせいで変な噂立てられたり」
「………いや、坂本が? 内田に何を言ったんだ?」
「どういうつもりで、成瀬くんに近づいてるんだって。力の気を引きたくてやってるんなら、成瀬くんにもいい迷惑だからやめろって」
 そんなことを、坂本が?
「私のせいで成瀬くんと力が喧嘩したって」
「ああ、そんなこと…」
 事実だけれど、佑人の中には誰にも言えないこともあるのだ。
「だって一緒にいても、力、私のことなんか見てないのよ。悔しくて、だから、力のこと無視して成瀬くんに近づいた振りしたりしてごめんなさい」
「いいよ、もう」
 軽く謝られたものの、何と言っていいのかもわからないし、あまり聞いていたい話でもなかった。
「でも、もう三年だし、最初、気晴らしにちょっとつき合えばとか思ってて、こんなにわけわかんなくなるつもりなんかなかったのよ」
 別れてしまえばいいなんて思ったりはしたが、彼女の心は自分の思いとシンクロして切なくなった。
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