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空は遠く 73
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釣ったサカナにエサはやらなくても、横取りされるのは気に入らないということか。
「内田が勝手に成瀬んちまで電話して、お前の居所突き止めたんだよ。成瀬に文句言うのはお門違いだぜ? 自分の女のタズナぐらいしっかり握ってろよ。そもそもこっちが面白そうだからって女と約束でもあったのをドタキャンしたんだろ、どうせ」
諍いは嫌だが、言い返さずにはいられないと佑人が口を開く前に、坂本が力に突っかかる。
今度は坂本に思い切りムカついているという顔を向けた力だが、どうやら図星だったのだろう。
「夜、女一人、あんなちっせえ駅で待たせんなよ」
重い腰を上げてリビングのドアに向かう力を坂本の揶揄が追いかける。
振り返ってジロリと一瞥すると、力は玄関を出て行った。
やがてリビングの真ん中にある大きな柱時計が九時を告げた。
力が出て行ってから二時間ほど経っていた。
「女はすぐのぼせちまうみてぇだぜ? てんで身勝手な男なのにな」
思い出したように口にした坂本に、東山が数学の問題集から顔を上げた。
「もう力のアレなしじゃ、生きられないの! ってか?」
坂本はニヤニヤと身もだえしてみせる。
「キショーめ、俺なんかずっとご無沙汰だってのによ!」
「T大のおねーさまはその後どうなったんだよ」
東山が突っ込みを入れる。
「だーから、もうとっくだって。いい女だったんだけどさ、騎乗位が好きで、パッと見理知的な美人って顔してさ、ベッドに入るとこれが変貌すんだよ」
ウヒヒと思い出し笑いをする坂本だが、佑人の視線に気づいて、おっと、と口を手で覆う。
「チェリーちゃんには刺激強いよねぇ、ごめん、ごめん成瀬、お勉強中でした」
からかう坂本に、佑人はあからさまな話題に顔を赤らめている自分が恥ずかしくて、唇を噛む。
「いやん、赤くなっちゃって成瀬ってば可愛い!」
それでなくても力が彼女とどう過ごしているのかなどと考えてしまい、二年の時、力と女の子が教室でいちゃついているのをうっかり覗き見してしまったことが生々しく思い出される。
「ばっか、成瀬みたい、真面目なやつは、本気で好きになった相手じゃないとそんなこと考えないんだよ。力や坂本みてぇに見境なく女とやっちまうようなやつと一緒にすんな」
声を荒げた東山の発言に、佑人は少し驚いた。
以前、東山の家で少し話をしてから、東山に対する見方が変わったのだが、喧嘩っぱやいもののそれこそ真面目で竹を割ったようなきっぱりした性格をしているようだ。
「何だよ、力は別としても俺がまるでまともな恋してねぇみたいな言いぐさじゃん」
「じゃないのかよ」
「俺を見損なうなよ? 俺の純愛と女とヤるのとは別もんなの! 俺なんか、本気で好きになったらもう一直線、大事にするに決まってる。な、成瀬」
何が、な、なのかはわからないが、佑人は苦笑する。
確かに力を好きだという思いがあっても、力の女たちのように力とどうこうなんて考えられるものではない。
去年のクリスマスイブ、力に後ろから抱きすくめられた時のことがふっと思い出されて、また顔が熱くなる。
女の子とキスした時だって、あんな目の前が真っ白みたいな状態になることはなかった。
いや、厳密には抱きすくめたのではなく、黙らせようとして羽交い絞めにしただけなのだが。
全く、三年になったらもっと一人で動けると思っていたんだけどな。
今さらながらにまた力と同じクラスになって、坂本の家で勉強会なんて思ってもみないことばかりだ。
「そうだったっけ?」
また頬を紅潮させているのを知られまいと、佑人はなるべく声を落とす。
「ちぇ、つれねーの。こんなにラブラブ光線出しまくってんのに。今回の勉強会だってせっかく成瀬と二人っきりになれると思ったのにさ」
ブツブツ文句を垂れ流している坂本の言い分など聞いているようすもなく、向かいでは、「成瀬、これってどうやって解くんだ?」「ああ、これはね」と先ほどから頭を悩ませていた東山が佑人にSOSしている。
「なーんだよ、無視かよ、いいもんね、ちぇ、お茶にしよっと。甘いのもいいけど、ミートパイも美味そうだよな~」
「え、パイ? 俺も食べる!」
坂本が冷蔵庫を覗くと同時に寝ぼけた声を発して、啓太がソファにむっくり起き上る。
途端、一斉に笑い声が上がった。
「うわ!」
ドアを開けた途端、飛んできた枕を佑人は思わずキャッチした。
トイレから戻ってみれば、勉強会がいつの間にか楽しいお泊り会に発展して、二階の客間ではいい年をしたヤロウどもがすっかり小学生気分でぎゃあぎゃあと大騒ぎである。
二階にはもともと坂本の部屋と客間があったのだが、どうせならみんなで一緒の部屋にしようぜ、ということになり、ベッドが二つとソファが置いてあった広い客間にマットレスと布団を持ち込んで、じゃんけんで自分の陣地を決めた。
「強ぇ、成瀬」
勝った順に、窓際のベッド、廊下側のベッド、ソファ、床にマットレスと布団で寝ることになったのだが、ソファは背もたれを倒せばベッドになるし、高さのある四角いマットレスを六つ組み合わせた上に布団でも十分寝心地は良さそうだ。
「内田が勝手に成瀬んちまで電話して、お前の居所突き止めたんだよ。成瀬に文句言うのはお門違いだぜ? 自分の女のタズナぐらいしっかり握ってろよ。そもそもこっちが面白そうだからって女と約束でもあったのをドタキャンしたんだろ、どうせ」
諍いは嫌だが、言い返さずにはいられないと佑人が口を開く前に、坂本が力に突っかかる。
今度は坂本に思い切りムカついているという顔を向けた力だが、どうやら図星だったのだろう。
「夜、女一人、あんなちっせえ駅で待たせんなよ」
重い腰を上げてリビングのドアに向かう力を坂本の揶揄が追いかける。
振り返ってジロリと一瞥すると、力は玄関を出て行った。
やがてリビングの真ん中にある大きな柱時計が九時を告げた。
力が出て行ってから二時間ほど経っていた。
「女はすぐのぼせちまうみてぇだぜ? てんで身勝手な男なのにな」
思い出したように口にした坂本に、東山が数学の問題集から顔を上げた。
「もう力のアレなしじゃ、生きられないの! ってか?」
坂本はニヤニヤと身もだえしてみせる。
「キショーめ、俺なんかずっとご無沙汰だってのによ!」
「T大のおねーさまはその後どうなったんだよ」
東山が突っ込みを入れる。
「だーから、もうとっくだって。いい女だったんだけどさ、騎乗位が好きで、パッと見理知的な美人って顔してさ、ベッドに入るとこれが変貌すんだよ」
ウヒヒと思い出し笑いをする坂本だが、佑人の視線に気づいて、おっと、と口を手で覆う。
「チェリーちゃんには刺激強いよねぇ、ごめん、ごめん成瀬、お勉強中でした」
からかう坂本に、佑人はあからさまな話題に顔を赤らめている自分が恥ずかしくて、唇を噛む。
「いやん、赤くなっちゃって成瀬ってば可愛い!」
それでなくても力が彼女とどう過ごしているのかなどと考えてしまい、二年の時、力と女の子が教室でいちゃついているのをうっかり覗き見してしまったことが生々しく思い出される。
「ばっか、成瀬みたい、真面目なやつは、本気で好きになった相手じゃないとそんなこと考えないんだよ。力や坂本みてぇに見境なく女とやっちまうようなやつと一緒にすんな」
声を荒げた東山の発言に、佑人は少し驚いた。
以前、東山の家で少し話をしてから、東山に対する見方が変わったのだが、喧嘩っぱやいもののそれこそ真面目で竹を割ったようなきっぱりした性格をしているようだ。
「何だよ、力は別としても俺がまるでまともな恋してねぇみたいな言いぐさじゃん」
「じゃないのかよ」
「俺を見損なうなよ? 俺の純愛と女とヤるのとは別もんなの! 俺なんか、本気で好きになったらもう一直線、大事にするに決まってる。な、成瀬」
何が、な、なのかはわからないが、佑人は苦笑する。
確かに力を好きだという思いがあっても、力の女たちのように力とどうこうなんて考えられるものではない。
去年のクリスマスイブ、力に後ろから抱きすくめられた時のことがふっと思い出されて、また顔が熱くなる。
女の子とキスした時だって、あんな目の前が真っ白みたいな状態になることはなかった。
いや、厳密には抱きすくめたのではなく、黙らせようとして羽交い絞めにしただけなのだが。
全く、三年になったらもっと一人で動けると思っていたんだけどな。
今さらながらにまた力と同じクラスになって、坂本の家で勉強会なんて思ってもみないことばかりだ。
「そうだったっけ?」
また頬を紅潮させているのを知られまいと、佑人はなるべく声を落とす。
「ちぇ、つれねーの。こんなにラブラブ光線出しまくってんのに。今回の勉強会だってせっかく成瀬と二人っきりになれると思ったのにさ」
ブツブツ文句を垂れ流している坂本の言い分など聞いているようすもなく、向かいでは、「成瀬、これってどうやって解くんだ?」「ああ、これはね」と先ほどから頭を悩ませていた東山が佑人にSOSしている。
「なーんだよ、無視かよ、いいもんね、ちぇ、お茶にしよっと。甘いのもいいけど、ミートパイも美味そうだよな~」
「え、パイ? 俺も食べる!」
坂本が冷蔵庫を覗くと同時に寝ぼけた声を発して、啓太がソファにむっくり起き上る。
途端、一斉に笑い声が上がった。
「うわ!」
ドアを開けた途端、飛んできた枕を佑人は思わずキャッチした。
トイレから戻ってみれば、勉強会がいつの間にか楽しいお泊り会に発展して、二階の客間ではいい年をしたヤロウどもがすっかり小学生気分でぎゃあぎゃあと大騒ぎである。
二階にはもともと坂本の部屋と客間があったのだが、どうせならみんなで一緒の部屋にしようぜ、ということになり、ベッドが二つとソファが置いてあった広い客間にマットレスと布団を持ち込んで、じゃんけんで自分の陣地を決めた。
「強ぇ、成瀬」
勝った順に、窓際のベッド、廊下側のベッド、ソファ、床にマットレスと布団で寝ることになったのだが、ソファは背もたれを倒せばベッドになるし、高さのある四角いマットレスを六つ組み合わせた上に布団でも十分寝心地は良さそうだ。
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