71 / 85
空は遠く 71
しおりを挟む
「いいなあ、こんな近くに海かあ」
目の前に広がる海の大きさに、佑人は心の声を自然に口にした。
「だろう、こんないいとこ、手放せると思うか? まあ、うちの親は昔ロンドンに住んでたんで、老後はロンドンに移住するつもりらしいけど」
「そうなんだ。じゃあ、将来は親と結構離れて暮らすことになるのか」
「仕方ないさ。親も別に好きにしろくらいで、あまり干渉しないし。成瀬こそ、ボストンとか行くつもりか? 大学くらい国内にしろよ。T大とかさ」
「……うん、そうだな………」
「煮え切らないなー、あ、ひょとして、ボストンに好きな子がいるとか?」
唐突に顔を覗き込まれて、佑人はつい身体を引いた。
「……そんなんじゃ、ないけどね。まあ、考えてもいいかな、とは思ってるけど」
「思い切り回りくどい言い方してないで、行くって言えよ」
佑人は苦笑する。
坂本となら友達もやっていけるかもしれない。
そうは思うものの、それでもまだ、佑人の中ではここまでという線引きをどうしてもしてしまう。
それこそ、郁磨に言わせたら、友達なんてそこまで深く考えることはないものに違いないだろうが。
「さあてっと、そろそろ帰って夜のバーベキューの準備しようぜ」
「夜も、やるのか?」
「あんだけの量だぜ? 明日もバーベキューだな」
二人は笑いながら、閑静な住宅街の間の細い通りを坂本の家へと戻り始める。
だが数軒手前まで来た時、佑人は庭から煙らしきものが上がっているのに気づいた。
「あれって、煙じゃないか? ちゃんと火、消したよな」
「まさかだろ、ヤバ……」
走り出した坂本に佑人もラッキーとともに続く。
「お、もう焼けたんじゃね?」
「うまそ!」
だが慌てて門を開けようとした二人は、聞き覚えのある声を耳にして思わず顔を見合わせた。
「おい! てめーら、勝手に人んちで何やってんだ!?」
門を入ってすぐ、バイクが二台停めてある。それを見ただけで、佑人は胸の鼓動が早くなるのを感じた。
「どこ行ってたんだよ」
「お前らも食う?」
「先にやってるぜ」
見慣れた顔が三つ、いい匂いをさせている肉や野菜とともに二人を出迎えた。
「練がせっかくのバーベキューのお誘いだったのに、仕事で残念だとか言うんで、代わりに来てやったんじゃねーか。二人じゃ食べきれねー量だっつって」
一番ふてぶてしい態度でガーデンチェアに踏ん反り返っている男がニヤニヤ笑う。
「誰が代わりにてめーらに来いっつったよ!」
「えええ、二人だけでこんな豪勢なことしようなんて、ずっるぅい!」
「そうよねええ、友達なのにぃ」
力と東山がでかいガタイを捩ってしなをつくってみせる。
「キモいマネすんじゃね!」
「な、坂本、カラオケないの? カラオケ!」
啓太は啓太でトングを持ってはしゃいでいる。
「んなもんない! てめーら、いいか、俺らはお勉強会に来たんだ、お勉強会! わかるか? ただ、バーベキューやりに来たんじゃねーの」
「お勉強会、上等じゃねーか。ま、突っ立ってねーで、座れよ。もう焼けるぜ、肉」
何を言おうと暖簾に腕押しな感じの力に顎で促されて、坂本は一つ溜息をつくと、佑人を椅子に座らせて、「貸せ!」と、啓太からトングを奪い、バーベキューコンロの主導権を握った。
「お、………ワンコ、怪我、もう平気?」
佑人の傍におとなしく座ったラッキーに恐々目をやりながら、啓太が聞いた。
「うん。ありがとう、もう平気」
「後片付けはてめーらがしろよな。掃除とか準備は俺らがしたんだから」
不承不承、三人の皿に新しく焼けた肉を取り分けながら、坂本が言った。
「わあかったって。いいじゃん、バーベキューなんか、大勢のが楽しいぜ? な、成瀬」
東山は佑人の肩を叩く。
「ふ、そうだな」
確かに、と佑人は頷いた。
坂本と二人で準備したりするのも楽しかったが、こうしてワイワイ、いつもの仲間と学校の外で騒ぐなんて、もうどのくらいぶりだろう。
去年みんなでカラオケに行った頃にあった佑人の心の強張りはもうとっくに消えている。開き直ったという方が正しいだろうが。
何事もあんまり深く考えなければいいのだ。
ただ、最近はこの仲間より内田と一緒にいるらしいことが多かったのだが、思いがけずこんな形で現れた力に、また別の意味で心の動揺が走る。
力の笑い声やちょっと得体の知れない深い眼差しが間近過ぎて、佑人はぎこちなくなりがちな自分を必至で抑えなければならなかった。
とにかく、第一にはせっかく楽しい時間なのだ、力とぶつからないようにしなければ。
「てめーら、まさか、泊まる気か?」
「いいじゃん、もう夕方だし、帰るのかったりぃもん」
「おい、ノンアルじゃねぇか。ノンがないやつ、ねぇのか?」
「んなもん、あるか! お勉強会だっつうの。」
佑人の中ではグズグズとした葛藤はあったものの、美味いものの前ではあっという間に時間が過ぎていく。
辺りが暗くなりかけて、ガーデンライトが灯り始めた頃、力のジーンズのポケットで携帯が鳴った。
目の前に広がる海の大きさに、佑人は心の声を自然に口にした。
「だろう、こんないいとこ、手放せると思うか? まあ、うちの親は昔ロンドンに住んでたんで、老後はロンドンに移住するつもりらしいけど」
「そうなんだ。じゃあ、将来は親と結構離れて暮らすことになるのか」
「仕方ないさ。親も別に好きにしろくらいで、あまり干渉しないし。成瀬こそ、ボストンとか行くつもりか? 大学くらい国内にしろよ。T大とかさ」
「……うん、そうだな………」
「煮え切らないなー、あ、ひょとして、ボストンに好きな子がいるとか?」
唐突に顔を覗き込まれて、佑人はつい身体を引いた。
「……そんなんじゃ、ないけどね。まあ、考えてもいいかな、とは思ってるけど」
「思い切り回りくどい言い方してないで、行くって言えよ」
佑人は苦笑する。
坂本となら友達もやっていけるかもしれない。
そうは思うものの、それでもまだ、佑人の中ではここまでという線引きをどうしてもしてしまう。
それこそ、郁磨に言わせたら、友達なんてそこまで深く考えることはないものに違いないだろうが。
「さあてっと、そろそろ帰って夜のバーベキューの準備しようぜ」
「夜も、やるのか?」
「あんだけの量だぜ? 明日もバーベキューだな」
二人は笑いながら、閑静な住宅街の間の細い通りを坂本の家へと戻り始める。
だが数軒手前まで来た時、佑人は庭から煙らしきものが上がっているのに気づいた。
「あれって、煙じゃないか? ちゃんと火、消したよな」
「まさかだろ、ヤバ……」
走り出した坂本に佑人もラッキーとともに続く。
「お、もう焼けたんじゃね?」
「うまそ!」
だが慌てて門を開けようとした二人は、聞き覚えのある声を耳にして思わず顔を見合わせた。
「おい! てめーら、勝手に人んちで何やってんだ!?」
門を入ってすぐ、バイクが二台停めてある。それを見ただけで、佑人は胸の鼓動が早くなるのを感じた。
「どこ行ってたんだよ」
「お前らも食う?」
「先にやってるぜ」
見慣れた顔が三つ、いい匂いをさせている肉や野菜とともに二人を出迎えた。
「練がせっかくのバーベキューのお誘いだったのに、仕事で残念だとか言うんで、代わりに来てやったんじゃねーか。二人じゃ食べきれねー量だっつって」
一番ふてぶてしい態度でガーデンチェアに踏ん反り返っている男がニヤニヤ笑う。
「誰が代わりにてめーらに来いっつったよ!」
「えええ、二人だけでこんな豪勢なことしようなんて、ずっるぅい!」
「そうよねええ、友達なのにぃ」
力と東山がでかいガタイを捩ってしなをつくってみせる。
「キモいマネすんじゃね!」
「な、坂本、カラオケないの? カラオケ!」
啓太は啓太でトングを持ってはしゃいでいる。
「んなもんない! てめーら、いいか、俺らはお勉強会に来たんだ、お勉強会! わかるか? ただ、バーベキューやりに来たんじゃねーの」
「お勉強会、上等じゃねーか。ま、突っ立ってねーで、座れよ。もう焼けるぜ、肉」
何を言おうと暖簾に腕押しな感じの力に顎で促されて、坂本は一つ溜息をつくと、佑人を椅子に座らせて、「貸せ!」と、啓太からトングを奪い、バーベキューコンロの主導権を握った。
「お、………ワンコ、怪我、もう平気?」
佑人の傍におとなしく座ったラッキーに恐々目をやりながら、啓太が聞いた。
「うん。ありがとう、もう平気」
「後片付けはてめーらがしろよな。掃除とか準備は俺らがしたんだから」
不承不承、三人の皿に新しく焼けた肉を取り分けながら、坂本が言った。
「わあかったって。いいじゃん、バーベキューなんか、大勢のが楽しいぜ? な、成瀬」
東山は佑人の肩を叩く。
「ふ、そうだな」
確かに、と佑人は頷いた。
坂本と二人で準備したりするのも楽しかったが、こうしてワイワイ、いつもの仲間と学校の外で騒ぐなんて、もうどのくらいぶりだろう。
去年みんなでカラオケに行った頃にあった佑人の心の強張りはもうとっくに消えている。開き直ったという方が正しいだろうが。
何事もあんまり深く考えなければいいのだ。
ただ、最近はこの仲間より内田と一緒にいるらしいことが多かったのだが、思いがけずこんな形で現れた力に、また別の意味で心の動揺が走る。
力の笑い声やちょっと得体の知れない深い眼差しが間近過ぎて、佑人はぎこちなくなりがちな自分を必至で抑えなければならなかった。
とにかく、第一にはせっかく楽しい時間なのだ、力とぶつからないようにしなければ。
「てめーら、まさか、泊まる気か?」
「いいじゃん、もう夕方だし、帰るのかったりぃもん」
「おい、ノンアルじゃねぇか。ノンがないやつ、ねぇのか?」
「んなもん、あるか! お勉強会だっつうの。」
佑人の中ではグズグズとした葛藤はあったものの、美味いものの前ではあっという間に時間が過ぎていく。
辺りが暗くなりかけて、ガーデンライトが灯り始めた頃、力のジーンズのポケットで携帯が鳴った。
2
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。
山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。
お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。
サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。
一見くんと壱村くん。
雪 いつき
BL
高校三年の始業式。黒板が見えない……と困った壱村は、前の席の高身長イケメン、一見に席を替わって欲しいと頼む。
見た目よりも落ち着いた話し方をすると思っていたら、やたらとホストのような事を言う。いや、でも、実は気が弱い……? これは俺が守らなければ……? そう思っていたある日、突然一見に避けられるようになる。
勢いのままに問い詰める壱村に、一見は「もう限界だ……」と呟いた。一見には、他人には言えない秘密があって……?
185cm天然ホスト気弱イケメン×160cm黙っていれば美少女な男前男子の、ゆるふわ執着系なお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる