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空は遠く 70
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「いずれは俺また、ここ住みたいし」
坂本が言った。
「そうなんだ」
バスルームもきれいに使ってあるし、一階には応接間が一つ、二階には大小三つの部屋があり、その一つが坂本の部屋らしく、NBAの人気選手のポスターが壁にかけてあったり、トロフィーなどが飾ってあったりした。
「へえ、優勝したんだ? 中学の時?」
「まあね、地区大会でさ。マジ、NBAに入るとかって思ってたんだけどな」
「やめちゃったのか?」
空笑いをする坂本に佑人は聞いた。
「おいおい、俺ごときのレベルなんかどこにでもいるってこと。スカウトに来た高校とかもあったりしてさ。でも、主力高に行った連中なんかみたらてんで、俺なんかの力じゃ足元にも及ばない。しかもNBAなんか見た日には、さ。目が覚めたって感じで」
「もったいないな」
「……まあ、そう、周りはもったいないとか勝手なこと言うんだよ。でも自分のことわかってるのは自分だろ? で、勝手に有名校に入るんだろ、とか決めつけてくれちゃって」
掃除機を抱えて隣の部屋へと移動しながら、坂本は続けた。
「実際、うざくて」
「まさか、それがうちの学校、来た理由とか?」
「何だよ、成瀬だって、うちみたいな三流に入るような成績じゃないだろ?」
「近いからだって。せめて二流と言ってやれば? ってか、そのランクって、何だろうな。よく考えると」
しばし、坂本は足を止めた。
「学業とか、ガラとか?」
「ガラって何だよ」
佑人は笑う。
「重要な、分析材料だろ? 成瀬みたいな生徒が入って、ほんの少し、ランクが上がった」
「ランクとか……あまり好きじゃない」
「そう杓子定規に考えんな、ゲームみたいなもんだろ」
そうだな、まともに考え過ぎると佑人も自分でもよくわかっているのだが。
「やっぱり、中学の喧嘩が原因?」
「え」
窓を開けて部屋に風を入れようとした佑人は坂本を振り返る。
「おふくろさん、有名人だから色々言われたみたいだけど、成瀬が責任感じることないって」
「知ってた?」
「まあ、ちょっと聞いた」
「でも、怪我させた」
表情を硬くする佑人を見て、坂本は大仰に溜息をつく。
「だったら、俺ら、力を筆頭に、東もみんな、成瀬より大罪犯してるってことになるぜ? 練さんなんか、ほら、ブイブイいわせてた頃なんか、ちょっと怪我させたなんてもんじゃないし。でも今はもうちゃんとしてるぜ? んな昔のことにこだわってたら、ちっとも前に進めないだろうが」
坂本はいつになく熱っぽく語る。
「第一、喧嘩の原因って、彼女かばってだろ? 俺だって好きなやつが危ないってなら、いくらでも喧嘩してやるさ」
どこまで知っているのかと訝しんだものの、真剣な目を向ける坂本を見つめ、佑人は微笑んだ。
「坂本って、ひょっとしていいやつだった?」
「あったりまえだろ? 今さら」
「俺、要領悪いみたいでさ。兄にも言われたよ、マジに考え過ぎるって。でも性格だし、しょうがないよ」
「いや、だから、もちょっと肩の力抜いてだな、あたら短い青春を謳歌しなくてどうするよ!」
佑人はついに吹き出した。
「坂本、うちのおじいさんみたいなこと言ってる」
そういえばこんな風に昔のことを家族以外と話したことはなかったな、と佑人は思う。
いや、話すこと自体なかったな。
ざっと家の中の掃除を終えると、坂本は庭の隅にある物置から芝刈り機を出してきた。
「あ、それ、うちにもある」
「成瀬んちは広いから、こんなんじゃ大変だろ?」
「まあ、たまに造園業者に入ってもらうけど」
「だよな。うちなんかこれイッコで楽勝!」
言いながら、また物置に入ると今度はバーベキューセットを取り出してきた。
「俺ざっとやるから、成瀬、そっちスタンバって?」
「わかった」
始め、坂本から泊りで遠出などという誘いを受けた時はどうやって断ろうかくらい考えていたはずが、バーベキューセットを用意している今、結構楽しんでいることに佑人は気づいた。
家族以外では夏に柳沢と二人で料理をしたりテニスをしたりしたことはあったが、柳沢はあくまでも郁磨の友人だ。
「ここ塀が割と高いし、ラッキー出しても平気そうだな」
「ああ、いいぜ、終わったし」
リビングでおとなしく待っていたラッキーは佑人が呼ぶと勢いよく駆け出してきた。
しばらくラッキーの好きなフリスビーで遊んだが、坂本はラッキーとのこの遊びをかなり気に入ったようで、佑人より面白がってラッキーと戯れていた。
「はー、久々遊んだー」
坂本が刈ったばかりの芝の上に大の字に転がると、ラッキーもその傍でまだ期待に満ちた目で二人を見つめている。
「飯食ったら後で海、行こうぜ、ラッキー連れて。こんな猫の額じゃ、ラッキーには狭いよなー」
「勉強しにきたんじゃないのか?」
「だから、それも、ありってこと。あ、じゃあさ、これからオールイングリッシュ」
「いいよ」
ニンジンは苦手だということで意見が一致したものの、せっかく美月が用意してくれたものだということで食べようとやら、やっぱり二人で食べるには量が多すぎるとやら、何だかだと言いあいながら存分に食べた二人は、腹ごなしにラッキーを連れて海岸へと向かった。
坂本が言った。
「そうなんだ」
バスルームもきれいに使ってあるし、一階には応接間が一つ、二階には大小三つの部屋があり、その一つが坂本の部屋らしく、NBAの人気選手のポスターが壁にかけてあったり、トロフィーなどが飾ってあったりした。
「へえ、優勝したんだ? 中学の時?」
「まあね、地区大会でさ。マジ、NBAに入るとかって思ってたんだけどな」
「やめちゃったのか?」
空笑いをする坂本に佑人は聞いた。
「おいおい、俺ごときのレベルなんかどこにでもいるってこと。スカウトに来た高校とかもあったりしてさ。でも、主力高に行った連中なんかみたらてんで、俺なんかの力じゃ足元にも及ばない。しかもNBAなんか見た日には、さ。目が覚めたって感じで」
「もったいないな」
「……まあ、そう、周りはもったいないとか勝手なこと言うんだよ。でも自分のことわかってるのは自分だろ? で、勝手に有名校に入るんだろ、とか決めつけてくれちゃって」
掃除機を抱えて隣の部屋へと移動しながら、坂本は続けた。
「実際、うざくて」
「まさか、それがうちの学校、来た理由とか?」
「何だよ、成瀬だって、うちみたいな三流に入るような成績じゃないだろ?」
「近いからだって。せめて二流と言ってやれば? ってか、そのランクって、何だろうな。よく考えると」
しばし、坂本は足を止めた。
「学業とか、ガラとか?」
「ガラって何だよ」
佑人は笑う。
「重要な、分析材料だろ? 成瀬みたいな生徒が入って、ほんの少し、ランクが上がった」
「ランクとか……あまり好きじゃない」
「そう杓子定規に考えんな、ゲームみたいなもんだろ」
そうだな、まともに考え過ぎると佑人も自分でもよくわかっているのだが。
「やっぱり、中学の喧嘩が原因?」
「え」
窓を開けて部屋に風を入れようとした佑人は坂本を振り返る。
「おふくろさん、有名人だから色々言われたみたいだけど、成瀬が責任感じることないって」
「知ってた?」
「まあ、ちょっと聞いた」
「でも、怪我させた」
表情を硬くする佑人を見て、坂本は大仰に溜息をつく。
「だったら、俺ら、力を筆頭に、東もみんな、成瀬より大罪犯してるってことになるぜ? 練さんなんか、ほら、ブイブイいわせてた頃なんか、ちょっと怪我させたなんてもんじゃないし。でも今はもうちゃんとしてるぜ? んな昔のことにこだわってたら、ちっとも前に進めないだろうが」
坂本はいつになく熱っぽく語る。
「第一、喧嘩の原因って、彼女かばってだろ? 俺だって好きなやつが危ないってなら、いくらでも喧嘩してやるさ」
どこまで知っているのかと訝しんだものの、真剣な目を向ける坂本を見つめ、佑人は微笑んだ。
「坂本って、ひょっとしていいやつだった?」
「あったりまえだろ? 今さら」
「俺、要領悪いみたいでさ。兄にも言われたよ、マジに考え過ぎるって。でも性格だし、しょうがないよ」
「いや、だから、もちょっと肩の力抜いてだな、あたら短い青春を謳歌しなくてどうするよ!」
佑人はついに吹き出した。
「坂本、うちのおじいさんみたいなこと言ってる」
そういえばこんな風に昔のことを家族以外と話したことはなかったな、と佑人は思う。
いや、話すこと自体なかったな。
ざっと家の中の掃除を終えると、坂本は庭の隅にある物置から芝刈り機を出してきた。
「あ、それ、うちにもある」
「成瀬んちは広いから、こんなんじゃ大変だろ?」
「まあ、たまに造園業者に入ってもらうけど」
「だよな。うちなんかこれイッコで楽勝!」
言いながら、また物置に入ると今度はバーベキューセットを取り出してきた。
「俺ざっとやるから、成瀬、そっちスタンバって?」
「わかった」
始め、坂本から泊りで遠出などという誘いを受けた時はどうやって断ろうかくらい考えていたはずが、バーベキューセットを用意している今、結構楽しんでいることに佑人は気づいた。
家族以外では夏に柳沢と二人で料理をしたりテニスをしたりしたことはあったが、柳沢はあくまでも郁磨の友人だ。
「ここ塀が割と高いし、ラッキー出しても平気そうだな」
「ああ、いいぜ、終わったし」
リビングでおとなしく待っていたラッキーは佑人が呼ぶと勢いよく駆け出してきた。
しばらくラッキーの好きなフリスビーで遊んだが、坂本はラッキーとのこの遊びをかなり気に入ったようで、佑人より面白がってラッキーと戯れていた。
「はー、久々遊んだー」
坂本が刈ったばかりの芝の上に大の字に転がると、ラッキーもその傍でまだ期待に満ちた目で二人を見つめている。
「飯食ったら後で海、行こうぜ、ラッキー連れて。こんな猫の額じゃ、ラッキーには狭いよなー」
「勉強しにきたんじゃないのか?」
「だから、それも、ありってこと。あ、じゃあさ、これからオールイングリッシュ」
「いいよ」
ニンジンは苦手だということで意見が一致したものの、せっかく美月が用意してくれたものだということで食べようとやら、やっぱり二人で食べるには量が多すぎるとやら、何だかだと言いあいながら存分に食べた二人は、腹ごなしにラッキーを連れて海岸へと向かった。
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