空は遠く

chatetlune

文字の大きさ
上 下
69 / 93

空は遠く 69

しおりを挟む
「実際、有名女優を母に持つって大変だろうって思ってさ、ちょっと何かするとすぐマスコミが騒ぐしな…」
「おい、練さん……」
 坂本は何を言い出すのかとぎょっとして練を振り返る。
「ま、でも俺らといる時は、んな気遣いは無用だからな。成瀬くんらしくいればいいんだぜ?」
 何を言われるかと構えた佑人の耳に練の言葉は温かく響いた。
「いやあ、実を言うと俺、渡辺美月のファンでさ、昔っから。さっきは突然本人が目の前に現れたもんだから、固まっちまって」
 練はハンドルを切りながらハハハと笑う。
「いやあ、今頃感動が湧き上がってきたっていうか」
「母が聞いたら喜びます。そういえば、ペットと入れるティールームって聞いて、行ってみたいって言ってました」
「ほんとか?」
「ちょっと練さん、前見てろって!」
 いきなり振り向いた練に坂本は怒鳴りつける。
「運転しながら舞い上がるなよ」
「フン、この辺りは俺の庭みてぇなもんよ、目つぶってても車なんか転がせる」
「目は開けてろって」
 佑人はクスクス笑う。
「練さんって、この辺りの人?」
「おう、生まれは本牧だが、ガキん時、おふくろが川崎に引っ越して以来な」
「んで、育ったら仲間引き連れてこの辺りでブイブイ言わせてたと」
 坂本が茶々を入れる。
「るせんだよ。だからガキの頃の話だっての」
「そういえば、成瀬、後ろ、すんげ荷物、何? ひょっとして酒?」
 ついでに佑人にも坂本はからかいの目を向けた。
「残念ながら、バーベキュー用の肉とか野菜とか、ウーロン茶とか? あと、昨日母がミートパイとアップルパイを焼いたんで、お礼というほどではないけど、練さんも食べて行ってください」
「ウッソ! 渡辺美月お手ずから?! まいっちゃうなーーー」
 荒っぽいようだが、同乗者を疲れさせない流れるようなハンドルさばきで第三京浜を飛ばす練はそれこそ上機嫌で、一行は一時間もかからずに鵠沼に着いた。
「なるほどー、坂本くんもええとこのボンいうこっちゃなー」
 門を開けて車をガレージに入れると、少し年季が入っているが、かなり大きな洋風住宅だ。
「なーに、僻み入ってんだよ、練さん。ま、ま、中入って、休んでいけよ」
 テーブルセットが置かれた庭は少し芝生が伸び過ぎの感があるだが、バーベキューやろうぜ、という坂本の提案にはもってこいのようだ。
「すんげー青いし、空、バーベキュー日和!」
 坂本は広いリビングの奥にあるキッチンで湯沸かしをセットすると、ベランダに続く窓を全開にした。
「まず、掃除が先だろ? どこからやる?」
 佑人に足を拭いてもらって家の中に入ったラッキーは早速練の座るソファに飛び乗って、ちゃっかり寛いでいる。
「とりあえず、渡辺美月お手製のパイをいただいてからだな。成瀬も座ってて」
 坂本はリビングボードから、ティーカップやポットを取り出しながら言った。
 佑人は持ってきたクールボックスからパイを取り出してテーブルに並べる。
「坂本、ナイフ貸して」
「おう、これでいいか?」
 紅茶の缶を片手に坂本はボードの引き出しからナイフを取り出した。
「ああ、ダメだダメだ、ポットやカップは温めておかないと」
 ボードから取り出したポットにすぐ茶葉を入れようとした坂本を見て、練は黙っていられなくなって立ち上がった。
「せっかくの渡辺美月のパイが台無しになるだろう、貸せ、俺がやる」
 やがて鈍いゴールドが品の良い味わいを醸し出すウェッジウッドのティーセットに香りのよい紅茶が入り、切り分けられたアップルパイとともにテーブルに並べられた。
「ヨーロッパが主な取引先だっけ? お前んちの親父さんの会社」
 美味い美味いと感涙ものでしばらくパイやお茶を堪能した練は、ようやく人心地ついたように言った。
「ああ、そうみたい」
 家自体もきれいに使い込まれ、ヨーロッパの調度品がゆったりと置かれた空間は居心地がよさそうだ。
「みたいってなぁ。しかし、ガキがこんな高級ティーセットでお茶会なんぞ、贅沢過ぎるぜ」
「しょうがないじゃん、これっきゃないんだから」
 ぶーたれる坂本は、常日頃のそれこそ年寄りじみて悟りきった雰囲気とはまた違って、子供っぽくみえる。
 自分の家だからかな。坂本、このうちが好きなんだな。
 佑人は思わず笑みをもらした。
「しっかし、えっらい量だな、バーベキューったって、たった二人でこんだけ食う気かよ?」
 クーラーボックスから取り出した大量の肉や野菜を冷蔵庫にしまう坂本と佑人を眺めながら練が呟いた。
「学校の友達とこ泊りとか俺滅多にないから、母とか喜んじゃって、昨日兄と一緒に買い物行って、買い過ぎちゃったみたいで。練さん、仕事あるから一緒にって無理だよね」
 苦笑しながら佑人は練に言ってみた。
「できりゃ、ご一緒したいけど、店、まだまだマサ一人じゃいちんち中は無理だしな。真野さんもたまに手伝ってくれるが……、あの人パティシエとしちゃうちの店なんかにいるにはもったいないような人だけど接客超苦手でさ」
 後ろ髪を引かれると言いながら練が帰ると、二人はまずリビングから掃除を始めた。
「俺がダダゴネしたんで、このうち売らずに残したんだけどさ、親の出した条件が月イチでの掃除と庭の手入れ」
 掃除機をかけながら坂本が言った。
「いい親じゃん」
「まあね、目に入れても痛くない、自慢の一人息子だから」
「自分で言う?」
 佑人はモップを動かしながら笑う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

たまにはゆっくり、歩きませんか?

隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。 よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。 世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

腐男子ですが何か?

みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。 ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。 そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。 幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。 そしてついに高校入試の試験。 見事特待生と首席をもぎとったのだ。 「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ! って。え? 首席って…めっちゃ目立つくねぇ?! やっちまったぁ!!」 この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

処理中です...