空は遠く

chatetlune

文字の大きさ
上 下
68 / 93

空は遠く 68

しおりを挟む
 そんな自分から佑人は逃げ出したかった。
「おし! んじゃ、スケジュール決めようぜ」
「でも、遠出ってどこ行くんだ? ラッキーも一緒だと、電車は無理だし」
「え? ケージに入れて連れていけるだろ?」
「それは小型犬だけだよ」
「え、じゃ、ラッキーってそんなでかいの?」
 そういえば、前にうちにきたのは坂本じゃなくて力だったんだと、佑人はあらためて思い出した。
「………タローくらい?」
「げ、タロークラスかよ? ってことは、車かぁ。俺、夏休みには免許取ろうと思ってるんだけどさ」
 驚きながらも、坂本はそれこそ余裕の発言をする。
「世の中の受験生が聞いたら、ふざけるなって言われない? それ」
 佑人はわざと眉をひそめる。
「最初からその予定でやってきたしな。ま、とにかく、車は何とかするから任せとけ。土曜日の朝、成瀬んちに迎えに行く。帰りは日曜の夜でも大丈夫だよな?」
「え、泊り? ってどこ行くんだ?」
「鵠沼。俺の実家。ガキの頃、親父が仕事の拠点虎の門に移したから、うちも引っ越したし、今はそっちが別荘状態。親は売ろうとしたんだけど、俺が嫌だってゴネたから、時々行って、掃除とかしろってさ」
 掴みどころのないヤツだと、坂本のことを思っていた佑人だが、そんな話を聞くと少しだけ坂本の片鱗に触れたような気がする。
 もっとも、なるべく人に見せないようにしている自分がそんなことを考えるのはおこがましいかも知れない。
「鵠沼か。うちの兄に聞いてみようか? 車出してもらえないか」
「ダメダメ、保護者同伴じゃ、オトモダチ合宿の意味がないだろ。ツテはあるから心配するなって」
 ご機嫌で佑人の分もトレーを重ねて返却すると、「じゃ、土曜日、朝八時な」とマックを出たところで坂本は念を押すように言った。


「お泊りでお勉強? へえ、いんじゃない? 女の子と?」
 兄の郁磨は佑人の話を聞くと、茶化して聞き返した。
「残念ながら」
 佑人は苦笑する。
「坂本の実家があるんだって、鵠沼に」
「実家って?」
「お父さんの仕事の関係で、こっちに引っ越したみたい」
「フーン。でもラッキー連れて行くんなら、車じゃないとだめだろ?」
「何かツテがあるって言ってた」
 土曜日の朝、玄関の前にやってきた車から降り立ったそのツテの顔を見て、佑人は思わず駆け寄った。
「練さん、おはようございます。まさか、練さんが行ってくれるの?」
「おう、成瀬くん、おはよう。最近店に来てくれないからさ」
 練は強面に精一杯の笑顔を浮かべた。
「でも店は大丈夫?」
「ああ、マサに任せてあるから心配いらない」
 坂本もナビシートから降りて、辺りを見回した。
「チョーアメリカンな家」
「ああ、うちの親、ボストンかぶれで建てたから」
 佑人が応える前に、家から出てきた郁磨が答えた。
「あ……おはようございます」
 坂本はちょっと気恥ずかし気にペコリと頭を下げる。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
 郁磨はにこやかに二人に挨拶する。
「へえ、ツーリングワゴンか、いいなぁ」
 郁磨はグレイの車体を興味深々で眺める。
「ダチが中古販売やってるんで、格安で手に入れたんですよ」
「いいな、今度紹介してくださいよ」
 昨年末郁磨が店を訪れて以来、練と郁磨は妙にウマがあったようだ。どうやら練は郁磨の鉄拳に惚れ込んでいるらしい。
「おはようございます。まあ、今日は佑くんのことよろしくお願いしますね」
 そこへバタバタと玄関から現れたのは美月だった。
「お、おはようございます」
 坂本と練は美女のいきなりな出現に一瞬目を点にする。
「ねえ、賢ちゃんまだ来ない?」
 いつにない地味なスーツの美月は伸び上って門の方を見た。
「え、みっちゃん今日、休みじゃなかったの?」
「それがね、お世話になった柿沼さんが入院されてるってさっき田辺さんから連絡あって」
 郁磨にそう説明をしているうちに、美月のマネージャー鳥居がレガシィの後ろに車を停めた。
「美月さん、すみません、遅くなりました!」
「こちらこそ、ごめんなさいね、お休みなのに。でもほら、柿沼さんには随分お世話になってるし」
 美月を乗せた車が走り去ると、茫然と見送っていた練が「美月って、もしや……」と口にする。
「練さん、そろそろ出ようぜ」
 何か言いかけた練を遮るように坂本が助手席のドアを開ける。
「あれ、成瀬、ワンコは?」
「うん。ラッキー! おいで」
 佑人は家の中に向かってラッキーを呼んだ。
 おとなしく呼ばれるのを今か今かと待っていたラッキーが喜んで飛び出してきた。
「うわ! もろ、タローじゃん!」
 坂本は目を丸くして佑人の傍らに寄り添うように座るラッキーを見つめた。
「でけぇ……」
 ナビをセットしてから、後部座席を佑人と陣取ったラッキーを確認するようにあらためて振り返った坂本はまた呟いた。
「詮索するつもりはないんだが……やっぱり渡辺美月だよな………」
 車が環八に入って信号で止まった時、練がしみじみと口を開いた。
「そうだったんだ、あの渡辺美月が母上だから、成瀬くん、極端に自分をおさえてたんだな」
「え……」
 佑人は答えに詰まる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

たまにはゆっくり、歩きませんか?

隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。 よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。 世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

腐男子ですが何か?

みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。 ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。 そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。 幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。 そしてついに高校入試の試験。 見事特待生と首席をもぎとったのだ。 「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ! って。え? 首席って…めっちゃ目立つくねぇ?! やっちまったぁ!!」 この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

処理中です...