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空は遠く 68
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そんな自分から佑人は逃げ出したかった。
「おし! んじゃ、スケジュール決めようぜ」
「でも、遠出ってどこ行くんだ? ラッキーも一緒だと、電車は無理だし」
「え? ケージに入れて連れていけるだろ?」
「それは小型犬だけだよ」
「え、じゃ、ラッキーってそんなでかいの?」
そういえば、前にうちにきたのは坂本じゃなくて力だったんだと、佑人はあらためて思い出した。
「………タローくらい?」
「げ、タロークラスかよ? ってことは、車かぁ。俺、夏休みには免許取ろうと思ってるんだけどさ」
驚きながらも、坂本はそれこそ余裕の発言をする。
「世の中の受験生が聞いたら、ふざけるなって言われない? それ」
佑人はわざと眉をひそめる。
「最初からその予定でやってきたしな。ま、とにかく、車は何とかするから任せとけ。土曜日の朝、成瀬んちに迎えに行く。帰りは日曜の夜でも大丈夫だよな?」
「え、泊り? ってどこ行くんだ?」
「鵠沼。俺の実家。ガキの頃、親父が仕事の拠点虎の門に移したから、うちも引っ越したし、今はそっちが別荘状態。親は売ろうとしたんだけど、俺が嫌だってゴネたから、時々行って、掃除とかしろってさ」
掴みどころのないヤツだと、坂本のことを思っていた佑人だが、そんな話を聞くと少しだけ坂本の片鱗に触れたような気がする。
もっとも、なるべく人に見せないようにしている自分がそんなことを考えるのはおこがましいかも知れない。
「鵠沼か。うちの兄に聞いてみようか? 車出してもらえないか」
「ダメダメ、保護者同伴じゃ、オトモダチ合宿の意味がないだろ。ツテはあるから心配するなって」
ご機嫌で佑人の分もトレーを重ねて返却すると、「じゃ、土曜日、朝八時な」とマックを出たところで坂本は念を押すように言った。
「お泊りでお勉強? へえ、いんじゃない? 女の子と?」
兄の郁磨は佑人の話を聞くと、茶化して聞き返した。
「残念ながら」
佑人は苦笑する。
「坂本の実家があるんだって、鵠沼に」
「実家って?」
「お父さんの仕事の関係で、こっちに引っ越したみたい」
「フーン。でもラッキー連れて行くんなら、車じゃないとだめだろ?」
「何かツテがあるって言ってた」
土曜日の朝、玄関の前にやってきた車から降り立ったそのツテの顔を見て、佑人は思わず駆け寄った。
「練さん、おはようございます。まさか、練さんが行ってくれるの?」
「おう、成瀬くん、おはよう。最近店に来てくれないからさ」
練は強面に精一杯の笑顔を浮かべた。
「でも店は大丈夫?」
「ああ、マサに任せてあるから心配いらない」
坂本もナビシートから降りて、辺りを見回した。
「チョーアメリカンな家」
「ああ、うちの親、ボストンかぶれで建てたから」
佑人が応える前に、家から出てきた郁磨が答えた。
「あ……おはようございます」
坂本はちょっと気恥ずかし気にペコリと頭を下げる。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
郁磨はにこやかに二人に挨拶する。
「へえ、ツーリングワゴンか、いいなぁ」
郁磨はグレイの車体を興味深々で眺める。
「ダチが中古販売やってるんで、格安で手に入れたんですよ」
「いいな、今度紹介してくださいよ」
昨年末郁磨が店を訪れて以来、練と郁磨は妙にウマがあったようだ。どうやら練は郁磨の鉄拳に惚れ込んでいるらしい。
「おはようございます。まあ、今日は佑くんのことよろしくお願いしますね」
そこへバタバタと玄関から現れたのは美月だった。
「お、おはようございます」
坂本と練は美女のいきなりな出現に一瞬目を点にする。
「ねえ、賢ちゃんまだ来ない?」
いつにない地味なスーツの美月は伸び上って門の方を見た。
「え、みっちゃん今日、休みじゃなかったの?」
「それがね、お世話になった柿沼さんが入院されてるってさっき田辺さんから連絡あって」
郁磨にそう説明をしているうちに、美月のマネージャー鳥居がレガシィの後ろに車を停めた。
「美月さん、すみません、遅くなりました!」
「こちらこそ、ごめんなさいね、お休みなのに。でもほら、柿沼さんには随分お世話になってるし」
美月を乗せた車が走り去ると、茫然と見送っていた練が「美月って、もしや……」と口にする。
「練さん、そろそろ出ようぜ」
何か言いかけた練を遮るように坂本が助手席のドアを開ける。
「あれ、成瀬、ワンコは?」
「うん。ラッキー! おいで」
佑人は家の中に向かってラッキーを呼んだ。
おとなしく呼ばれるのを今か今かと待っていたラッキーが喜んで飛び出してきた。
「うわ! もろ、タローじゃん!」
坂本は目を丸くして佑人の傍らに寄り添うように座るラッキーを見つめた。
「でけぇ……」
ナビをセットしてから、後部座席を佑人と陣取ったラッキーを確認するようにあらためて振り返った坂本はまた呟いた。
「詮索するつもりはないんだが……やっぱり渡辺美月だよな………」
車が環八に入って信号で止まった時、練がしみじみと口を開いた。
「そうだったんだ、あの渡辺美月が母上だから、成瀬くん、極端に自分をおさえてたんだな」
「え……」
佑人は答えに詰まる。
「おし! んじゃ、スケジュール決めようぜ」
「でも、遠出ってどこ行くんだ? ラッキーも一緒だと、電車は無理だし」
「え? ケージに入れて連れていけるだろ?」
「それは小型犬だけだよ」
「え、じゃ、ラッキーってそんなでかいの?」
そういえば、前にうちにきたのは坂本じゃなくて力だったんだと、佑人はあらためて思い出した。
「………タローくらい?」
「げ、タロークラスかよ? ってことは、車かぁ。俺、夏休みには免許取ろうと思ってるんだけどさ」
驚きながらも、坂本はそれこそ余裕の発言をする。
「世の中の受験生が聞いたら、ふざけるなって言われない? それ」
佑人はわざと眉をひそめる。
「最初からその予定でやってきたしな。ま、とにかく、車は何とかするから任せとけ。土曜日の朝、成瀬んちに迎えに行く。帰りは日曜の夜でも大丈夫だよな?」
「え、泊り? ってどこ行くんだ?」
「鵠沼。俺の実家。ガキの頃、親父が仕事の拠点虎の門に移したから、うちも引っ越したし、今はそっちが別荘状態。親は売ろうとしたんだけど、俺が嫌だってゴネたから、時々行って、掃除とかしろってさ」
掴みどころのないヤツだと、坂本のことを思っていた佑人だが、そんな話を聞くと少しだけ坂本の片鱗に触れたような気がする。
もっとも、なるべく人に見せないようにしている自分がそんなことを考えるのはおこがましいかも知れない。
「鵠沼か。うちの兄に聞いてみようか? 車出してもらえないか」
「ダメダメ、保護者同伴じゃ、オトモダチ合宿の意味がないだろ。ツテはあるから心配するなって」
ご機嫌で佑人の分もトレーを重ねて返却すると、「じゃ、土曜日、朝八時な」とマックを出たところで坂本は念を押すように言った。
「お泊りでお勉強? へえ、いんじゃない? 女の子と?」
兄の郁磨は佑人の話を聞くと、茶化して聞き返した。
「残念ながら」
佑人は苦笑する。
「坂本の実家があるんだって、鵠沼に」
「実家って?」
「お父さんの仕事の関係で、こっちに引っ越したみたい」
「フーン。でもラッキー連れて行くんなら、車じゃないとだめだろ?」
「何かツテがあるって言ってた」
土曜日の朝、玄関の前にやってきた車から降り立ったそのツテの顔を見て、佑人は思わず駆け寄った。
「練さん、おはようございます。まさか、練さんが行ってくれるの?」
「おう、成瀬くん、おはよう。最近店に来てくれないからさ」
練は強面に精一杯の笑顔を浮かべた。
「でも店は大丈夫?」
「ああ、マサに任せてあるから心配いらない」
坂本もナビシートから降りて、辺りを見回した。
「チョーアメリカンな家」
「ああ、うちの親、ボストンかぶれで建てたから」
佑人が応える前に、家から出てきた郁磨が答えた。
「あ……おはようございます」
坂本はちょっと気恥ずかし気にペコリと頭を下げる。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
郁磨はにこやかに二人に挨拶する。
「へえ、ツーリングワゴンか、いいなぁ」
郁磨はグレイの車体を興味深々で眺める。
「ダチが中古販売やってるんで、格安で手に入れたんですよ」
「いいな、今度紹介してくださいよ」
昨年末郁磨が店を訪れて以来、練と郁磨は妙にウマがあったようだ。どうやら練は郁磨の鉄拳に惚れ込んでいるらしい。
「おはようございます。まあ、今日は佑くんのことよろしくお願いしますね」
そこへバタバタと玄関から現れたのは美月だった。
「お、おはようございます」
坂本と練は美女のいきなりな出現に一瞬目を点にする。
「ねえ、賢ちゃんまだ来ない?」
いつにない地味なスーツの美月は伸び上って門の方を見た。
「え、みっちゃん今日、休みじゃなかったの?」
「それがね、お世話になった柿沼さんが入院されてるってさっき田辺さんから連絡あって」
郁磨にそう説明をしているうちに、美月のマネージャー鳥居がレガシィの後ろに車を停めた。
「美月さん、すみません、遅くなりました!」
「こちらこそ、ごめんなさいね、お休みなのに。でもほら、柿沼さんには随分お世話になってるし」
美月を乗せた車が走り去ると、茫然と見送っていた練が「美月って、もしや……」と口にする。
「練さん、そろそろ出ようぜ」
何か言いかけた練を遮るように坂本が助手席のドアを開ける。
「あれ、成瀬、ワンコは?」
「うん。ラッキー! おいで」
佑人は家の中に向かってラッキーを呼んだ。
おとなしく呼ばれるのを今か今かと待っていたラッキーが喜んで飛び出してきた。
「うわ! もろ、タローじゃん!」
坂本は目を丸くして佑人の傍らに寄り添うように座るラッキーを見つめた。
「でけぇ……」
ナビをセットしてから、後部座席を佑人と陣取ったラッキーを確認するようにあらためて振り返った坂本はまた呟いた。
「詮索するつもりはないんだが……やっぱり渡辺美月だよな………」
車が環八に入って信号で止まった時、練がしみじみと口を開いた。
「そうだったんだ、あの渡辺美月が母上だから、成瀬くん、極端に自分をおさえてたんだな」
「え……」
佑人は答えに詰まる。
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