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空は遠く 67
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「え、成瀬と坂本、マジでつきあうの?」
啓太がぽかんと佑人を見つめた。
「バカ言え、お勉強だろ? 英語の」
力が佑人の代わりに答える。
「ああ、英語のお勉強か」
東山は勝手に納得する。
「英語デートだっつってるだろ? な、成瀬」
そういえば、坂本もいつぞや佑人にキスを仕掛けてきたことがあった。上谷に触られたことは思い出しても気持ち悪くなるが、不思議と坂本のことは何とも思わない。
だが、心が浮き立つようなことでもない。
坂本の台詞は冗談なのか本気なのかわからないところがあるのだが、少なくとも上谷よりは人間的にわかりやすい。自分のことを露悪的に言うことが多いが、中身は案外いいやつだと最近は思う。
男でも、力じゃなくて坂本のことを好きなら、ひょっとして問題ないのかもだけどな……。
長い禁欲生活などという言葉は、力にあてはめると妙に生々しさを感じてしまう。
あの夜、佑人は酔っていてうろ覚えでしかないのだが、しばらく寝かされていたのは力のベッドで、佑人さえいなければ玄関で出くわした若宮と力はあのベッドで寝ていたのだろう。
佑人が力のことをどれだけ好きだとしても、若宮の代わりになれるわけではない。そんなことを考えて佑人は自分を嗤った。
長い脚を組んでふんぞり返り、ビッグサンドを食べ終わってコーヒーを飲んでいる力に目をやると、一瞬目が合ったが、すぐに佑人はそらしてしまう。
やっぱり口を開けば喧嘩になりそうになる。
どこまでも力にとって自分はイラつく存在なのだろうが、力は面倒見がいいし、坂本や啓太に頼まれれば、こんな風にいつもつるんでいるから佑人のことも放っておけないのだ。
あーあ、三年になったら、受験に集中しようと思っていたのにな。
とにかく、なるべく山本のことは考えないように努力するしかない。
佑人はだが、力と一緒の空間にまた戻ってこられたことを喜んでいる自分がいることを認めざるを得なかった。
雲が流れているな。
マグリットの空のように明るいブルーの上にぷかぷかと浮いているいくつかの雲は、さっき見た位置より明らかに移動していた。
「成瀬って空、好きだよな」
そんな台詞に佑人ははたと現実に引き戻される。
駅の近くにあるマックはこの時間学生でいっぱいだ。
「よく見てるもんな、空。大学行って空の研究でもするの?」
真顔で聞いてくる坂本に佑人は笑った。
「それ、いいな。日常って生活を追っているばっかで、あんまり宇宙だとか生命体だとか、そんなこと考えないもんな。でも例えば虫の死骸とか見つけたりすると、いきなりやっぱり生き物も高分子生体物質で造られた宇宙を構成している一つの要素だったんだとか、実はあの空の向こうには宇宙が果てもなく続いているんだとか考えるからな」
すると坂本は眉を顰めて首を横に振る。
「いかんよ、君。高校生が悟りの境地に入ったりしちゃ。もっと日常を楽しまないと。そんなのは大学行って、研究室にいる時だけ考えりゃいいの。そうだ、今度の週末、ちょっと遠出してみないか?」
週一で一緒に勉強というのより明らかに踏み込んだ申し出に、少しばかり佑人は警戒の色を見せる。
「またそうやって剣呑な顔をする。成瀬、ここんとこ上の空っぽいじゃん。たまには空気の違うところで勉強するのもいいんじゃね? ラッキーも連れてさ」
上の空か、そんなに、人にわかるほど内面が表に出ているのだろうか。
原因はわかっている。
ゴールデンウイーク前あたりに、案の定、内田が力に急接近したらしい。
休み明け、クラスの一部ではどうやら二人がデキたらしいという話題に一時沸いた。
力はいつものごとくだし、当の内田も否定も肯定もしなくて堂々としたものだ。
昼休みは啓太がいつも呼びに来るので、雨が降らなければ大抵いつものメンツで屋上にいくのだが、力は時々抜けるようになった。
「余裕のあるやつは羨ましいぜ」
今日の昼休み、東山がブツクサ文句を言っていた。
「余裕があっても、彼女がいなきゃどうにもなんねーじゃん」
啓太はそれでもクラス内で二人くらい言葉を交わす友達ができたらしい。
「そりゃま、そうだ。でもよ、いくら何でもここいらで打ち止めだろ? 力のヤツも。理系選んだってことは上の学校目指してるんだろうし。な、成瀬、あいつ、どこ行くつもりなん? 何か聞いてねぇ?」
「え、……いや…」
東山に話を向けられたものの、一応、誰にも言うなと力には釘を刺されていたので曖昧にごまかした。
受験だからといって女の子と付き合うこととは、多分、力の中では何も関係ないのだろう。
自分のやりたいようにやる、力はいつもそうなのだ。
「ほらまた、意識飛ばしてるし」
「え……」
指摘されて佑人はちょっと笑う。
「いや、だってゴールデンウイーク、ラッキー連れて山でのんびりしてきたし」
「あのさ、それって家族とだろ? オトモダチと行くっつうのが大事なんよ。あ、言っとくが上谷と同列に考えたりするなよな? 俺はやつみたいにせこいやり方はしない。正攻法主義だから」
威張って言う坂本を見つめながら、佑人は一つため息をついた。
「いいよ、わかった」
息苦しいのは力のことをすぐに考えてしまうせいだろう。
啓太がぽかんと佑人を見つめた。
「バカ言え、お勉強だろ? 英語の」
力が佑人の代わりに答える。
「ああ、英語のお勉強か」
東山は勝手に納得する。
「英語デートだっつってるだろ? な、成瀬」
そういえば、坂本もいつぞや佑人にキスを仕掛けてきたことがあった。上谷に触られたことは思い出しても気持ち悪くなるが、不思議と坂本のことは何とも思わない。
だが、心が浮き立つようなことでもない。
坂本の台詞は冗談なのか本気なのかわからないところがあるのだが、少なくとも上谷よりは人間的にわかりやすい。自分のことを露悪的に言うことが多いが、中身は案外いいやつだと最近は思う。
男でも、力じゃなくて坂本のことを好きなら、ひょっとして問題ないのかもだけどな……。
長い禁欲生活などという言葉は、力にあてはめると妙に生々しさを感じてしまう。
あの夜、佑人は酔っていてうろ覚えでしかないのだが、しばらく寝かされていたのは力のベッドで、佑人さえいなければ玄関で出くわした若宮と力はあのベッドで寝ていたのだろう。
佑人が力のことをどれだけ好きだとしても、若宮の代わりになれるわけではない。そんなことを考えて佑人は自分を嗤った。
長い脚を組んでふんぞり返り、ビッグサンドを食べ終わってコーヒーを飲んでいる力に目をやると、一瞬目が合ったが、すぐに佑人はそらしてしまう。
やっぱり口を開けば喧嘩になりそうになる。
どこまでも力にとって自分はイラつく存在なのだろうが、力は面倒見がいいし、坂本や啓太に頼まれれば、こんな風にいつもつるんでいるから佑人のことも放っておけないのだ。
あーあ、三年になったら、受験に集中しようと思っていたのにな。
とにかく、なるべく山本のことは考えないように努力するしかない。
佑人はだが、力と一緒の空間にまた戻ってこられたことを喜んでいる自分がいることを認めざるを得なかった。
雲が流れているな。
マグリットの空のように明るいブルーの上にぷかぷかと浮いているいくつかの雲は、さっき見た位置より明らかに移動していた。
「成瀬って空、好きだよな」
そんな台詞に佑人ははたと現実に引き戻される。
駅の近くにあるマックはこの時間学生でいっぱいだ。
「よく見てるもんな、空。大学行って空の研究でもするの?」
真顔で聞いてくる坂本に佑人は笑った。
「それ、いいな。日常って生活を追っているばっかで、あんまり宇宙だとか生命体だとか、そんなこと考えないもんな。でも例えば虫の死骸とか見つけたりすると、いきなりやっぱり生き物も高分子生体物質で造られた宇宙を構成している一つの要素だったんだとか、実はあの空の向こうには宇宙が果てもなく続いているんだとか考えるからな」
すると坂本は眉を顰めて首を横に振る。
「いかんよ、君。高校生が悟りの境地に入ったりしちゃ。もっと日常を楽しまないと。そんなのは大学行って、研究室にいる時だけ考えりゃいいの。そうだ、今度の週末、ちょっと遠出してみないか?」
週一で一緒に勉強というのより明らかに踏み込んだ申し出に、少しばかり佑人は警戒の色を見せる。
「またそうやって剣呑な顔をする。成瀬、ここんとこ上の空っぽいじゃん。たまには空気の違うところで勉強するのもいいんじゃね? ラッキーも連れてさ」
上の空か、そんなに、人にわかるほど内面が表に出ているのだろうか。
原因はわかっている。
ゴールデンウイーク前あたりに、案の定、内田が力に急接近したらしい。
休み明け、クラスの一部ではどうやら二人がデキたらしいという話題に一時沸いた。
力はいつものごとくだし、当の内田も否定も肯定もしなくて堂々としたものだ。
昼休みは啓太がいつも呼びに来るので、雨が降らなければ大抵いつものメンツで屋上にいくのだが、力は時々抜けるようになった。
「余裕のあるやつは羨ましいぜ」
今日の昼休み、東山がブツクサ文句を言っていた。
「余裕があっても、彼女がいなきゃどうにもなんねーじゃん」
啓太はそれでもクラス内で二人くらい言葉を交わす友達ができたらしい。
「そりゃま、そうだ。でもよ、いくら何でもここいらで打ち止めだろ? 力のヤツも。理系選んだってことは上の学校目指してるんだろうし。な、成瀬、あいつ、どこ行くつもりなん? 何か聞いてねぇ?」
「え、……いや…」
東山に話を向けられたものの、一応、誰にも言うなと力には釘を刺されていたので曖昧にごまかした。
受験だからといって女の子と付き合うこととは、多分、力の中では何も関係ないのだろう。
自分のやりたいようにやる、力はいつもそうなのだ。
「ほらまた、意識飛ばしてるし」
「え……」
指摘されて佑人はちょっと笑う。
「いや、だってゴールデンウイーク、ラッキー連れて山でのんびりしてきたし」
「あのさ、それって家族とだろ? オトモダチと行くっつうのが大事なんよ。あ、言っとくが上谷と同列に考えたりするなよな? 俺はやつみたいにせこいやり方はしない。正攻法主義だから」
威張って言う坂本を見つめながら、佑人は一つため息をついた。
「いいよ、わかった」
息苦しいのは力のことをすぐに考えてしまうせいだろう。
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