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空は遠く 66
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やはりまだ東山や啓太も知らないわけか。
「い、や、詳しくは知らないけど……山本に直接聞いたら?」
訝しげな眼を一瞬向けた東山だが、ちょうどオーダーの順番がきて、その話はそこで終わった。
「えっと、力、ビッグサンドとコーヒーで六五〇円」
「高田がチーズ、六八〇円で、坂本はハバネロとコーラで七九〇円」
それぞれが財布を出して自分の分を佑人と東山に渡す。
以前は面倒で佑人がまとめて支払ったりしていたが、力に釘を刺されたこともあって、きっちりもらうことにした。
でないと高校からの帰りこのマックに寄る生徒は多いし、また変な噂をたてられかねない。
「そういや、成瀬んとこのワンコ、どう?」
思い出したように坂本が聞いた。
「ああ、ありがとう。もうすっかりよくなった。全速力で走るのはもちょっと先みたいだけど」
「え、あのでかい犬、どうかしたの?」
啓太が興味津々な目を佑人に向けた。
「うん、ちょっと事故ったんだけどね」
「何で、お前も、成瀬んちの犬のこと知ってんだよ」
東山が口を挟んだ。
「前に成瀬んちに鞄届けたじゃんよ」
「あ、そうそう、練さんも最近成瀬来ないって寂しがってるからさ、また店寄ってやってよ」
まだ何か話そうとした啓太の発言を坂本が遮った。
「え、うん、そうだね」
そういえば、あの時鞄を持ってきてくれたのが啓太と力だったことはわかったのだが、力からはそのことについて何も聞いていないし、あらためて佑人から礼も言っていない。
力にとっては名前も名乗りたくないくらいだから、わざわざ言うこともないのだろうけど。
「成瀬の兄貴はたまに寄ってるみたいだけど」
「ああ、うん、すっかり犬用クッキーとか気に入っちゃったみたいで」
「成瀬、兄貴いるのか」
東山が聞いた。
「すげえ過保護兄貴な。でもって成瀬はブラコン。郁ちゃん、とかって」
またしても力がそこでニヤつきながら揶揄する。
「しょうがないだろ、子供の頃からそう呼んでるんだから」
河喜多動物病院でそう呼んでいるのを聞かれたのだと、佑人は赤くなって弁解する。
過保護なのは兄ばかりではなく両親や祖父祖母もだから、甘んじて受け止めているが、それをあらためて力に指摘されるとムッとする。
「またまたお二人さん、ここではヒートアップなしな」
坂本が軽い口調で二人を制したところで、女の子の笑い声がした。
振り返った坂本につられて、佑人も振り返ると、斜め後ろのテーブルに同じ高校の女子生徒が三人座っていた。
「ごめんなさい、ホントに仲いいんだね、山本くんと成瀬くん」
そう言いながら立って近づいてきたのは、同じクラスの内田だった。
「だって去年、目立ってたもの、山本くんたち。成瀬くんが混じってるのが不思議って言われてたけど」
「えっと君は? 俺、Dクラスの坂本」
早速坂本が声をかけた。
「内田です。山本くんたちと同じクラスなの」
「ほんと? 何、将来、科学者とか?」
「ううん、うちが薬局だから薬科大目指してるだけ。推薦狙ってるし」
「いや、しっかり目的あって、すごいな」
「そんなことないよ。あ、ごめんね、お邪魔して」
にっこりと鮮やかな笑顔を振りまいて内田は自分たちのテーブルに戻っていく。
「ちぇ、しっかり力を見つめてったぜ、彼女」
坂本でなくても佑人もそれは気づいていた。山本くんたち、と言葉にもはっきり意思表示があるようだった。
やっぱりって感じだな。
佑人の心にまた記憶にあるざわめきが走る。
「若宮と別れてから一か月半? 力にしちゃ、長い禁欲生活じゃねぇかよ」
坂本がテーブルの下で力の足を蹴る。
「うっせーんだよ。気があるのはてめぇだろうが」
「俺には脈なしってことくらいわかるって。彼女、清楚な風だけど、結構遊び慣れてるとみたね。堂々と力に宣戦布告」
チラリと奥で笑いあっている女子のテーブルに目を向けて、坂本がにやにやと笑う。
「ちぇ、また力かよ。いいよな、余裕あるやつは」
東山が面白くなさそうにハンバーガーを齧る。
「何だよ、お前もバレンタイン、告白されたんじゃないのかよ」
「何で知ってんだ? あ、また啓太、しゃべりやがったな?」
「だってよ、いいじゃん、めでたい話なんだから」
「いいのかよ、東、俺らなんかとつるんでて」
「とっくに別れたよ。俺、面倒くさがりだし、当分はベンキョ」
啓太やからかう坂本に、東山はきっぱりと言った。
「そういや、成瀬もバレンタインん時、いっぱい告白されたんだろ?」
靴箱にたくさんチョコレートが入っていたのを思い出した啓太が佑人を見た。
「え、いや、ちゃんとホワイトデーにお返ししたくらい? 受験だしね」
今年のバレンタインデーは苦過ぎて、できれば消してしまいたいくらいだ。
「そうそう、受験だもんな。ってことで、やっぱつきあうんなら、女より成瀬だよな」
ジョークとわかっていても、坂本の発言は佑人にとってあまり嬉しいものではない。
「え、何、坂本、お前らってそういう仲?」
東山がまともに尋ねてくる。
「バカぬかしてんじゃねぇよ!」
大きな声で否定したのは力だった。
「うっせーんだよ。お前はあの内田とよろしくやってろよ。な、今度こそ、英語デートしようぜ、成瀬」
「そうだな、三年にもなったことだし週一でならいいよ」
何だかやけくそのように佑人は頷いた。
「い、や、詳しくは知らないけど……山本に直接聞いたら?」
訝しげな眼を一瞬向けた東山だが、ちょうどオーダーの順番がきて、その話はそこで終わった。
「えっと、力、ビッグサンドとコーヒーで六五〇円」
「高田がチーズ、六八〇円で、坂本はハバネロとコーラで七九〇円」
それぞれが財布を出して自分の分を佑人と東山に渡す。
以前は面倒で佑人がまとめて支払ったりしていたが、力に釘を刺されたこともあって、きっちりもらうことにした。
でないと高校からの帰りこのマックに寄る生徒は多いし、また変な噂をたてられかねない。
「そういや、成瀬んとこのワンコ、どう?」
思い出したように坂本が聞いた。
「ああ、ありがとう。もうすっかりよくなった。全速力で走るのはもちょっと先みたいだけど」
「え、あのでかい犬、どうかしたの?」
啓太が興味津々な目を佑人に向けた。
「うん、ちょっと事故ったんだけどね」
「何で、お前も、成瀬んちの犬のこと知ってんだよ」
東山が口を挟んだ。
「前に成瀬んちに鞄届けたじゃんよ」
「あ、そうそう、練さんも最近成瀬来ないって寂しがってるからさ、また店寄ってやってよ」
まだ何か話そうとした啓太の発言を坂本が遮った。
「え、うん、そうだね」
そういえば、あの時鞄を持ってきてくれたのが啓太と力だったことはわかったのだが、力からはそのことについて何も聞いていないし、あらためて佑人から礼も言っていない。
力にとっては名前も名乗りたくないくらいだから、わざわざ言うこともないのだろうけど。
「成瀬の兄貴はたまに寄ってるみたいだけど」
「ああ、うん、すっかり犬用クッキーとか気に入っちゃったみたいで」
「成瀬、兄貴いるのか」
東山が聞いた。
「すげえ過保護兄貴な。でもって成瀬はブラコン。郁ちゃん、とかって」
またしても力がそこでニヤつきながら揶揄する。
「しょうがないだろ、子供の頃からそう呼んでるんだから」
河喜多動物病院でそう呼んでいるのを聞かれたのだと、佑人は赤くなって弁解する。
過保護なのは兄ばかりではなく両親や祖父祖母もだから、甘んじて受け止めているが、それをあらためて力に指摘されるとムッとする。
「またまたお二人さん、ここではヒートアップなしな」
坂本が軽い口調で二人を制したところで、女の子の笑い声がした。
振り返った坂本につられて、佑人も振り返ると、斜め後ろのテーブルに同じ高校の女子生徒が三人座っていた。
「ごめんなさい、ホントに仲いいんだね、山本くんと成瀬くん」
そう言いながら立って近づいてきたのは、同じクラスの内田だった。
「だって去年、目立ってたもの、山本くんたち。成瀬くんが混じってるのが不思議って言われてたけど」
「えっと君は? 俺、Dクラスの坂本」
早速坂本が声をかけた。
「内田です。山本くんたちと同じクラスなの」
「ほんと? 何、将来、科学者とか?」
「ううん、うちが薬局だから薬科大目指してるだけ。推薦狙ってるし」
「いや、しっかり目的あって、すごいな」
「そんなことないよ。あ、ごめんね、お邪魔して」
にっこりと鮮やかな笑顔を振りまいて内田は自分たちのテーブルに戻っていく。
「ちぇ、しっかり力を見つめてったぜ、彼女」
坂本でなくても佑人もそれは気づいていた。山本くんたち、と言葉にもはっきり意思表示があるようだった。
やっぱりって感じだな。
佑人の心にまた記憶にあるざわめきが走る。
「若宮と別れてから一か月半? 力にしちゃ、長い禁欲生活じゃねぇかよ」
坂本がテーブルの下で力の足を蹴る。
「うっせーんだよ。気があるのはてめぇだろうが」
「俺には脈なしってことくらいわかるって。彼女、清楚な風だけど、結構遊び慣れてるとみたね。堂々と力に宣戦布告」
チラリと奥で笑いあっている女子のテーブルに目を向けて、坂本がにやにやと笑う。
「ちぇ、また力かよ。いいよな、余裕あるやつは」
東山が面白くなさそうにハンバーガーを齧る。
「何だよ、お前もバレンタイン、告白されたんじゃないのかよ」
「何で知ってんだ? あ、また啓太、しゃべりやがったな?」
「だってよ、いいじゃん、めでたい話なんだから」
「いいのかよ、東、俺らなんかとつるんでて」
「とっくに別れたよ。俺、面倒くさがりだし、当分はベンキョ」
啓太やからかう坂本に、東山はきっぱりと言った。
「そういや、成瀬もバレンタインん時、いっぱい告白されたんだろ?」
靴箱にたくさんチョコレートが入っていたのを思い出した啓太が佑人を見た。
「え、いや、ちゃんとホワイトデーにお返ししたくらい? 受験だしね」
今年のバレンタインデーは苦過ぎて、できれば消してしまいたいくらいだ。
「そうそう、受験だもんな。ってことで、やっぱつきあうんなら、女より成瀬だよな」
ジョークとわかっていても、坂本の発言は佑人にとってあまり嬉しいものではない。
「え、何、坂本、お前らってそういう仲?」
東山がまともに尋ねてくる。
「バカぬかしてんじゃねぇよ!」
大きな声で否定したのは力だった。
「うっせーんだよ。お前はあの内田とよろしくやってろよ。な、今度こそ、英語デートしようぜ、成瀬」
「そうだな、三年にもなったことだし週一でならいいよ」
何だかやけくそのように佑人は頷いた。
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