空は遠く

chatetlune

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空は遠く 64

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 かろうじて、振り返らなければ力の姿は見えないことは、佑人にとっては好都合だったかも知れない。
 教室でもほとんど話したりすることはなかったのだ、このまま疎遠になるだけの話だ。
 だがまたしても佑人の思惑があっという間に崩れたのは、初日からみっちり気を抜けない加藤の数学が終わり、昼休みになって間もなくのことだった。
 何やら息苦しささえ覚えたこの空間を離れて、外で食べようと、佑人は朝、コンビニで買ってきた調理パンや牛乳の入った袋をリュックから取り出した。
「力、力ぁ~!」
 教室を出て行く生徒たちの間から、小柄な影が声を上げて飛び込んできた。
「なんだよ、啓太」
 のっそりと立ち上がった力に、啓太がぶつかるように飛びついた。
「おう、啓太、わざわざ、お出迎え?」
 東山が笑いながら歩み寄る。
「東ぃ! 俺、どうしよぉ~!」
「何だよ? しょっぱなからセンセーに叱られたのか?」
 そこで啓太と目が合わなければ、目立たないようにという佑人の希望もかなったかも知れなかったのだが。
「わーああ、成瀬ぇ~!!」
 力に泣きついていた啓太が佑人を認めた途端、今度は佑人に半べそで抱きついたのだ。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
 大きな目をうるうるさせてすがってこられると、佑人もつい聞かないではいられない。
 三月生まれと自分で話していた啓太も十七歳にはなっているはずなのだが、姉二人と少し歳が離れているらしい文字通り甘えん坊の末っ子体質な啓太は、小柄なこともあり、年齢にしては幼い感じがする。
「とにかくメシ、行こうぜ、ほら啓太、成瀬歩けねぇだろ、引っ付いてると」
 東山が言うとようやく啓太は抱きつくのはやめたが、佑人の学生服の袖をしっかり握りしめている。
 何でこういう展開になるんだという状況で、数分後に佑人は引っ付いて離れない啓太や力と一緒に屋上にいた。
「力がいりゃ、他のやつら寄ってこねぇだろ。成瀬はメシあるのか、じゃ、俺、まとめてメシ、買ってくるわ」
 そう言い残して東山は教室の前で別れた。
「てめ、ガキじゃあるまいし、いい加減メソメソすんのやめろ!」
 佑人にくっついたまま座り込んでいる啓太を力が怒鳴りつけた。
 確かに東山の言う通り、今の力の怒号で屋上に先にいた男子生徒が屋内に戻っていくのが見えた。
「何かあったのか? 新しいクラスで」
 佑人の優しい言葉に、啓太がやっと口を開いた。
「……俺……ホームルームで……隣のやつに声かけたんだ、俺、バカだけど、よろしくって」
 ああ、そういえばそんなこと言っていたなと、佑人はちょうど一年前の春のことを思い出した。
 啓太は自分から自己紹介して、近づいてきたのだ。
「そしたら、何もしゃべんないし、俺の方も向いてくんねぇの。んで、前のやつに声かけたけど、そいつも全然振り向きもしなくて……」
 また泣きそうな顔をしながら、啓太は続けた。
「でもホームルームだし、静かにしてなきゃなんないからかと思って、休み時間、俺、教科書忘れてきたから、ちょっと見せてくれって、隣のやつに声かけたんだ…………でも、何も答えてくんなくて、そしたら別のやつがそいつに声かけてきて、そいつ笑ってしゃべっててさ…………」
 ああ、と佑人はすぐわかった。
 そのクラスメイトは啓太をしかとしたのだと。
 佑人なら、自分から声をかけたりしないからそんなことをわざわざ気にすることもないのだが、人懐こい啓太にしてみれば悲しいことだったのだろう。
「買ってきたぜ」
 おにぎりやパンを抱えて戻ってきた東山の後ろから、坂本も牛乳やジュース、コーヒー缶などを抱えてやってきた。
「啓太、お前らのクラスに泣きついたんだって? よう、成瀬、久しぶりじゃん」
「ほら、啓太、腹減ってるんだろ? とにかく食え」
 啓太も東山にパンやおにぎりを差し出されると、食欲を思い出したようにがっつき始めた。
「フーン、啓太、イジメにあったわけ? 坂本、お前同じクラスなんだろ? 何があったんだ」
 ひとしきり食べ終わった頃、啓太が他の生徒に無視された話を聞くと、東山がボソリと言った。
「いや、何がって、クラスの中で自然と、グループ分けみたいなもん?」
 軽く訂正したのは坂本だ。
「何だ、それ」
 力が坂本を睨みつける。
「いやだから、流行ってるだろ? 今。あちこちで。まあ、うちは三流高だけど公立だからそんなきついわけじゃないけどさ、一応、流行りにはのっとかないと」
「ああ、俺も妹から最近聞いたんだけどよ、三年でんなことやってるヒマあり?」
「まあ、理系はどっちかっていうと受験でそんなヒマないって感じのやつらばっかだけど、文系はな、ヒマなやつらも多いし」
 東山の発言に坂本が答える。
「ってか、去年とかそんなんあったか?」
「あったあった。お前らはクラスとかにも興味ない特殊なグループって見られてたし、気が付かなかっただけだろ? 何しろ校内ブラックリストナンバーワンの山本力に学年一番の成瀬、それに問題児の東山に啓太とくれば。とにかく力がいたら誰も何も言わねぇよな」
 坂本がさらりと説明する。
「え、俺って問題児?」
 啓太が坂本に素朴な疑問を投げかけた。
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