空は遠く

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空は遠く 63

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   ACT  5
 
 
 校庭に一本だけ、際立って大きな桜が校門を入ってすぐ傍にある。
 その太い幹からも他の桜とは明らかに年代が違うことがわかる。
 この学校の前身だった実業学校時代からあったというこの桜だが、当初はもう一本対になる木が向いにあったらしいとは、校務員が話していたのを佑人は耳にしたことがある。
 窓の外を見ると、春らしいのどかな青空を背景に桜の花びらが宙を舞っていた。
 この学校の校舎は一年生、二年生は中央棟の西側、三年生は中央棟東側となっている。
 始業式の朝はそれぞれ玄関前の掲示板に、各々のクラス一覧表が張り出されており、東側玄関前では幾分かの期待と好奇心を伴いながら新三年生が自分の名前を探していた。
 三年になったら受験に身を入れるかなくらいで、その可能性を何故全く考えなかったのだろうと、佑人は担任の加藤が教壇に立って出席を取るのをぼんやり見つめていた。
 思い込んでいた。二年が終われば、力とはもう縁がなくなるのだと。
 三年生はAからDクラスまでが文系、EからGクラスは理系と一応受験に合わせたクラス編成となっており、文系は三階、理系は四階に分かれている。
 Eクラスに自分の名前を見つけた佑人は、担任が加藤健次郎になっていることに少しほっとした。
 担任とは進路などのことで少なからず言葉を交わすことになるし、知っている教師だとありがたいと思っていた。
 二年の時も担任だった加藤の担当科目は数学で、わかりやすくて面白い授業をするし、まだ三十前の独身だが大柄で大らかな性格で生徒からも慕われている。
 何より佑人にとっては新しく誰かと話すよりストレスを感じなくてすみそうだった。
 理系は男子生徒の方が人数が多く、女子生徒は三分の一しかいないし、既に受験モードが見て取れるタイプの生徒がほとんどだ。
 誰かと親しくなりたいとかそんなことは考えてもいない佑人は、むしろ無視してもらいたいくらいだった。
 ところが待ち構えていたのは、佑人が思いもよらなかった状況、力と東山までが同じクラスとなったことだ。
「成瀬、また一年、よろしくな」
 力が獣医を目指すと聞いた時点で、その可能性も考えてよかったのだが、佑人はまさかの現実に東山に肩を叩かれるまで、呆けたように掲示板を見つめていた。
 好きなジャンルとは関係なく、父親と同じように外交官になると言っていた上谷とはクラスは違うことはわかっていたが、法学部を目指す坂本や啓太も文系でクラスは別れた。
 新一年生との対面式や始業式のあと、三時限目のホームルームでクラス委員を始め各委員を決めることになった。
「みんな受験で余裕がないのがわかっているが、どうだ、少しでも余裕があるやつ、引き受けてくれないか?」
 加藤の視線が佑人の前で止まった時は、ひやりとした。
「俺、いいぜ、やっても。ちょっとは内申、色をつけてくれんだろ?」
 そう申し出たのは後ろの席に座っている佑人の並びにいた、背の高い生徒だ。
「もちろん内申は正確に書いてやるぞ。しかし甲本、お前曲がりなりにも医学部受けるんじゃなかったか? 余裕なんかあるのか?」
「だぁから、うちが医者やってるっつうだけで、受けなくちゃならねんだって。俺が現役で受かるなんて思ってねぇだろ? ま、二年か三年計画?」
「なるほど、一理あるな」
「ちぇ、そこ、納得すんなって」
 静まり返った教室にちょっとした笑いが起こる。
「よし、甲本が委員長、副は女子で誰かいないか? でないとこのクラス、男どものいいように進行しちまうぞ? 内田、お前、推薦とれそうだろ? どうだ?」
 内田と呼ばれた女生徒は前から三列目に座っていた。
「しょうがない、いいですよ、私」
 それからくるりと後ろを振り返り、「いいですか? 皆さん」と念を押すように言うはっきりした笑顔は、大きな目が印象的かつ理知的で男たちに好印象を与えるものだった。
 他の女生徒が地味目で飾り気がない雰囲気の子が多い中で、内田は決して派手とは言わないが、自信をうかがわせる魅力があった。
 こういうタイプの少女を見ると、佑人は真奈のことを思い出してしまう。
 自分の可愛さや魅力を知っていて、媚びを売るわけではないが、男は目をそらさずにはいられないだろう。
 ましてやそんな子に近寄ってこられれば、舞い上がるに決まっている。
 佑人は無意識に力に目をやった。
 二年生の終業式以来会っていなかった力は一言もしゃべるわけではないが相変わらずの存在感だ。
 力のことはラッキーの検診で訪れる河喜多動物病院で度々そのようすを耳にした。
 病院にはよく手伝いに来ているらしい。運よくか悪くか、佑人が行った時は力とでくわすことはなかったが。
 そんな風に徐々に顔を合わせる機会も少なくなって、力との妙な縁も終わるのだろうと、そう思い込んでいたのに。
 若宮と別れてから新しい彼女ができたのかどうかは知らないが、何となく今度はこの内田が力に接近するのが目に見えるような気がして、そんなくだらないことをグジグジ考えている自分に嫌気がさす。
 もうそんなシーンを目の前で見るのは勘弁だったのに。
 佑人は密かにため息をついてまた窓の方に目を向けた。
 とりあえず出席順に並ぶ今の席は後ろとはいえ窓から少し遠いのが残念だったが、目が悪いという理由で数人が移動したものの、当分はそのままいくことになった。
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