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空は遠く 61
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「おいおい、あのガキ大将をそりゃまた買い被り過ぎだって!」
「俺なんて、周りに否応なく左右されて、バカなことやって、みんなに迷惑かけて、ほんと、俺、何やってんだろ……」
ぱふっと佑人の頭の上に乗せられたのは練の温かく大きな手だった。
「それこそ肩ひじ張り過ぎってやつだろう。それでいいの、それが普通。あのな、みんな迷惑かけあって生きてんの。じゃないと生きてけないって。力のやつになんか、今までどんだけみんなが迷惑被ったと思ってんの」
恐持てに優しい笑みを浮かべて、練は佑人を見おろしていた。
「ありがとうございます」
練の言葉に目頭が少し熱くなった佑人は慌てて目をそらした。
バン! と勢いよく開いたドアやどたどた走りこんできた一人と一匹の騒々しさに、静かな空間が破られた。
「何してんだよ!」
不機嫌な第一声に、力が戻る前に帰ろうと思っていた佑人は慌てて立ち上がった。
「何度言えばわかるんだ! ドアはもちっと静かに開けろ! 壊れたら請求書回すからな!」
練に怒鳴られようがどこ吹く風といったようすで力はまた奥のソファへ向かう。
「あ、こら、タロー、拭け! 濡れたままうろつくな!」
練はカウンターからタオルを取り出して、力に放る。
タオルを受け取った力は黙って雨に濡れたタローの身体を拭き始めた。
佑人は力の方にちょっと目をやってから立ち上がってレジに向かう。
「ほい、ケーキとクッキー。またいつでもおいで。ワイン、サンキュ!」
嬉しそうに手を振る練に会釈をして佑人は店を出た。
「何だよ、ワインって」
むすっとした顔のまま力は練にタオルを差し出した。
「バレンタインのプレゼントに決まってっだろ。おっと、これは怒りんぼの力じゃなくて、タローにってクッキーだ。ほんっと、可愛いし、頭いいし、ったく成瀬くんってば」
「バッカじゃねーの、ただの昨日の礼ってだけだろ?! あのやろ、わざわざ礼されたいわけじゃねぇって言ったのによ!」
「だーから、これは俺に、持ってきてくれたんだってっだろ?」
思い切りフン、とバカにしたような顔で、力は奥のソファに寝転がった。
「こら、てめぇ、ここはてめぇんちじゃねんだぞ!」
聞く耳を持たない力を見て、今度は練が鼻で笑う。
「てめぇも成瀬くんからのプレゼントが欲しいんなら、ちゃんと優しくしてやりゃいいだろ?」
「うっせーんだよ! アイスコーヒーくれ!」
しばらくして女性の二人連れが店に入ってきたところで、力はようやく身体を起こした。
見上げると、冷たい風がひと吹きで汚れた空気を吹き払っていったように、空は晴れ渡り、いつも以上に遠い色をしていた。
三月に入り、退院したラッキーは順調に快復しつつあった。
授業が終わればすぐにでも飛んで帰りたい佑人だったが、たまに以前のように啓太や東山や坂本や、それに力と一緒にマックに寄って帰ることがあった。
きっかけは坂本だ。
上谷は悪びれもせず、あれからも佑人を誘いに来たが、その度ごとにまるで見張っていたかのように坂本が現れ、佑人の腕を掴んで学食だ図書館だと上谷の前から連れ去ってくれるのだ。
「……って坂本、約束なんかしてないぞ」
その日も授業が終わるなり坂本は教室までやってきて佑人を玄関まで連れていくと、ようやく手を離した。
「いいだろ、別に。大体何で上谷とはデートして俺とはダメだってんだ?」
「デートって何だよ、それ……」
「まあまあ、たまにはいいじゃん、マックくらいつきあえよ」
「確か昨日も今日も昼は学食で一緒に食べただろう」
パーティの夜、心配した俺が大騒ぎしたお蔭で、お前は上谷に何もされずにすんだんだぞ、と坂本本人から説明を受けたので、そうなのか、と佑人は邪険にもできないでいた。
「お前、学校は学校だろうが」
「まあ、少しならいいけど。ラッキーのとこに寄りたいし」
「ああ、ワンコ? 元気になった?」
「少しずつ」
「よかったじゃん」
坂本の笑顔は大人びたクールな外見を少しばかり裏切っていた。
よく知らないうちは、佑人も坂本のことを冷静な優等生と思っていたが、ここまでのことを思い返してみると結構熱い男のようだ。
「それでさ、俺ともやろうぜ」
「何を?」
「オールイングリッシュ」
そういえば坂本はそれにひどくこだわっていた。
「どこで?」
「ここで」
「ここ? 変に思われるぜ? 目立つし」
「ああ、気にしない気にしない」
そう言うと店内にもかかわらず坂本は英語でしゃべり始めた。
坂本の英語は流暢とはいい難いが、しっかりした英語で十分会話は成り立つものだった。
発音や言い回しを時々確認しながら、しばらく二人は英語で会話をしていた。
「うっわー、何二人で、ガイジンやってんの?」
唐突に飛び込んできた奇声に、二人の英会話は中断された。
「お前らさ、何で南澤なんかにいるんだよ、レベル違いすぎるだろ」
隣のテーブルに陣取ったのは啓太と東山、それに後ろからのっそり現れた力だった。
「てめぇら、邪魔すんなよ、何しに来たんだよ」
不満げに坂本は三人を見回した。
「てめぇこそ、何やってんだ?」
どっかと椅子に腰を下ろした力がじろりと坂本を睨む。
「俺なんて、周りに否応なく左右されて、バカなことやって、みんなに迷惑かけて、ほんと、俺、何やってんだろ……」
ぱふっと佑人の頭の上に乗せられたのは練の温かく大きな手だった。
「それこそ肩ひじ張り過ぎってやつだろう。それでいいの、それが普通。あのな、みんな迷惑かけあって生きてんの。じゃないと生きてけないって。力のやつになんか、今までどんだけみんなが迷惑被ったと思ってんの」
恐持てに優しい笑みを浮かべて、練は佑人を見おろしていた。
「ありがとうございます」
練の言葉に目頭が少し熱くなった佑人は慌てて目をそらした。
バン! と勢いよく開いたドアやどたどた走りこんできた一人と一匹の騒々しさに、静かな空間が破られた。
「何してんだよ!」
不機嫌な第一声に、力が戻る前に帰ろうと思っていた佑人は慌てて立ち上がった。
「何度言えばわかるんだ! ドアはもちっと静かに開けろ! 壊れたら請求書回すからな!」
練に怒鳴られようがどこ吹く風といったようすで力はまた奥のソファへ向かう。
「あ、こら、タロー、拭け! 濡れたままうろつくな!」
練はカウンターからタオルを取り出して、力に放る。
タオルを受け取った力は黙って雨に濡れたタローの身体を拭き始めた。
佑人は力の方にちょっと目をやってから立ち上がってレジに向かう。
「ほい、ケーキとクッキー。またいつでもおいで。ワイン、サンキュ!」
嬉しそうに手を振る練に会釈をして佑人は店を出た。
「何だよ、ワインって」
むすっとした顔のまま力は練にタオルを差し出した。
「バレンタインのプレゼントに決まってっだろ。おっと、これは怒りんぼの力じゃなくて、タローにってクッキーだ。ほんっと、可愛いし、頭いいし、ったく成瀬くんってば」
「バッカじゃねーの、ただの昨日の礼ってだけだろ?! あのやろ、わざわざ礼されたいわけじゃねぇって言ったのによ!」
「だーから、これは俺に、持ってきてくれたんだってっだろ?」
思い切りフン、とバカにしたような顔で、力は奥のソファに寝転がった。
「こら、てめぇ、ここはてめぇんちじゃねんだぞ!」
聞く耳を持たない力を見て、今度は練が鼻で笑う。
「てめぇも成瀬くんからのプレゼントが欲しいんなら、ちゃんと優しくしてやりゃいいだろ?」
「うっせーんだよ! アイスコーヒーくれ!」
しばらくして女性の二人連れが店に入ってきたところで、力はようやく身体を起こした。
見上げると、冷たい風がひと吹きで汚れた空気を吹き払っていったように、空は晴れ渡り、いつも以上に遠い色をしていた。
三月に入り、退院したラッキーは順調に快復しつつあった。
授業が終わればすぐにでも飛んで帰りたい佑人だったが、たまに以前のように啓太や東山や坂本や、それに力と一緒にマックに寄って帰ることがあった。
きっかけは坂本だ。
上谷は悪びれもせず、あれからも佑人を誘いに来たが、その度ごとにまるで見張っていたかのように坂本が現れ、佑人の腕を掴んで学食だ図書館だと上谷の前から連れ去ってくれるのだ。
「……って坂本、約束なんかしてないぞ」
その日も授業が終わるなり坂本は教室までやってきて佑人を玄関まで連れていくと、ようやく手を離した。
「いいだろ、別に。大体何で上谷とはデートして俺とはダメだってんだ?」
「デートって何だよ、それ……」
「まあまあ、たまにはいいじゃん、マックくらいつきあえよ」
「確か昨日も今日も昼は学食で一緒に食べただろう」
パーティの夜、心配した俺が大騒ぎしたお蔭で、お前は上谷に何もされずにすんだんだぞ、と坂本本人から説明を受けたので、そうなのか、と佑人は邪険にもできないでいた。
「お前、学校は学校だろうが」
「まあ、少しならいいけど。ラッキーのとこに寄りたいし」
「ああ、ワンコ? 元気になった?」
「少しずつ」
「よかったじゃん」
坂本の笑顔は大人びたクールな外見を少しばかり裏切っていた。
よく知らないうちは、佑人も坂本のことを冷静な優等生と思っていたが、ここまでのことを思い返してみると結構熱い男のようだ。
「それでさ、俺ともやろうぜ」
「何を?」
「オールイングリッシュ」
そういえば坂本はそれにひどくこだわっていた。
「どこで?」
「ここで」
「ここ? 変に思われるぜ? 目立つし」
「ああ、気にしない気にしない」
そう言うと店内にもかかわらず坂本は英語でしゃべり始めた。
坂本の英語は流暢とはいい難いが、しっかりした英語で十分会話は成り立つものだった。
発音や言い回しを時々確認しながら、しばらく二人は英語で会話をしていた。
「うっわー、何二人で、ガイジンやってんの?」
唐突に飛び込んできた奇声に、二人の英会話は中断された。
「お前らさ、何で南澤なんかにいるんだよ、レベル違いすぎるだろ」
隣のテーブルに陣取ったのは啓太と東山、それに後ろからのっそり現れた力だった。
「てめぇら、邪魔すんなよ、何しに来たんだよ」
不満げに坂本は三人を見回した。
「てめぇこそ、何やってんだ?」
どっかと椅子に腰を下ろした力がじろりと坂本を睨む。
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