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空は遠く 60
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「いや、むしろお邪魔じゃなかったのか?」
またしても力の嫌みな皮肉にカチンときた佑人だが、酔っていたとはいえ上谷に触られたりした時の悍ましさだけは覚えがあって鳥肌の立つ思いがした。
それに力の部屋にいた若宮と力のやり取りがおぼろげに舞い戻り、佑人はぐっと拳を握る。
「こちらこそ、邪魔をしてしまって、申し訳なかった。若宮にも」
「んなこた、お前の知ったこっちゃねぇんだよ!」
棘のある力の台詞は常になく佑人の胸に突き刺さった。
そうだな、彼女と過ごすはずだったバレンタインデーを邪魔されたんだもんな、怒って当然だよな。
「それより、ワンちゃん、怪我したって? 大丈夫か?」
練が佑人の気持ちをラッキーへと引き戻す。
「あ、ええ。病院の先生が夜間だったのに手を尽くしてくださって、今日は元気そうな顔をしてて」
「河喜多先生だろ? 口は悪いが面倒見のいい先生で、うちのオーナーもずっとかかりつけ。まあ、後釜が力じゃ、この先どうなるかはわからないがな」
佑人はしばしその言葉の意味が呑み込めなかった。
「誰がそんなこと言ったよ!」
力がすかさず怒鳴りつける。
「だってよ、あそこの娘、獣医になったもんの、アメリカ行っちまったんだろ? お前、獣医んなってじいさんの後引き受けるんで、手伝いに行ってんだろうがよ」
「え………山本、獣医になるのか」
思わず力を見つめた佑人とまともに目が合うと、力の方が先に逸らした。
「なるっつって、簡単になれるもんじゃねぇだろ」
ぼそぼそと尻すぼみに口にしたかと思うと、力は立ち上がった。
「いいか、てめぇ、俺が獣医志望とか、軽々しく口にすんな! 坂本とか啓太や東にもだ、わかったか!」
ジャイアン口調で力は怒鳴りつける。
何だかそれは、いつか佑人に仔犬を押し付けて、「捨てたり、保健所やったりしたら、俺が承知しねぇからな!」と言い渡したあの時の力と何も変わらない気がして、佑人はつい笑みを浮かべそうになるのを堪えた。
「あ、あ、わかった」
「おい、練! あんたも軽々しく俺が獣医だとか何とか、べらべらしゃべんじゃねぇ!」
威張って怒鳴りつける力を練はクックックと笑う。
「なーにを恥ずかしがってんだか、このガキ大将が」
「るせぇんだよ! こい、タロー、散歩行くぞ!」
どうやら本当に恥ずかしがっているようすの力は、身の置き場がなくなったらしくタローを連れて雨の中、外へと出て行った。
「んっとに成長ねぇやつだろ? いっちょまえに女はとっかえひっかえよろしくやってるくせに、まさしくガキ大将のまんま」
力が出て行くのをぼんやり見送った佑人は心の中で頷いた。
「そうだこれ、練さん、口に合うかどうかわかんないけど、ワインなんです」
持っていた袋を練に差し出すと、「おいおい、そういうの他人行儀ってんだぜ」と言いながら、それでも嬉しそうに受け取った。
「こんなことしてもらうためにやったんじゃないが、成瀬くんからのプレゼントなんて天に上る心地ってやつ?」
練はおちゃらかして笑った。
「まあま、その辺に座りなよ、ハーブティー淹れたから、俺のおごり」
それからショーケースでクッキーやケーキを見ていると、カウンターから出てきた練がテーブルへと促した。
「え、いや、俺……」
そんなつもりはなかった佑人だが、「まあまあ、雨の日は客もこねぇし、ヒマしてたんだよ」と練に言われて、近くのテーブルに腰を下ろした。
「ありがとうございます。あの、犬用のクッキー全種類二個ずつと、チョコレートケーキとイチゴのトルテ三個ずつお願いします。母から頼まれてて」
「あいよ」
「それで、クッキーは二つに分けてもらえますか? 一つはタローに上げてください。山本にささやかなお礼ってことで。」
ハーブの香りはようやく緊張から佑人を開放して一息吐かせてくれたようだ。
今朝も病院のラッキーに会ってきたのだが、心配そうに見つめる佑人の顔をペロペロなめてくれて、逆に心配されているような気がした。
「まだやみそうにねぇな」
片づけをしていた練がカウンターから出てきて、窓際に立った。
「ワンコ、早く良くなるといいな」
「ええ、一緒にリハビリしていけばいいって、先生が。あ、でも、山本、本気で獣医になるんですか?」
振り返った練はにやりと笑う。
「らしいぜ。オーナーが大事にしてたちび犬が亡くなった時なんか、仕事も手につかねぇ、死にたいまで言い出すし、百合江さんも大げさだから。まあ、かなりの年だったんだがな。そん時、マジに考えたんだろ、河喜多先生んとこでたまに手伝うようになったのは、その頃かな」
「そうなんだ……」
そんな話、それこそ啓太や東山やそれに坂本も知らないのだろう。知ってたらどこかで話題に上っていただろうし。
「まあ、おいそれとなれるってもんじゃないし、まずその前に、大学受かるかってやつだろう」
「やっぱり、山本はすごいな。ちゃんと地に足をつけてる。周りとか余計なものに左右されることもなくて、自分の行動に自信持ってて、行く先もちゃんと見据えてる」
思いがけない力の事実を聞かされたからだろう、佑人はつい人前でそんなことを口にしていた。
またしても力の嫌みな皮肉にカチンときた佑人だが、酔っていたとはいえ上谷に触られたりした時の悍ましさだけは覚えがあって鳥肌の立つ思いがした。
それに力の部屋にいた若宮と力のやり取りがおぼろげに舞い戻り、佑人はぐっと拳を握る。
「こちらこそ、邪魔をしてしまって、申し訳なかった。若宮にも」
「んなこた、お前の知ったこっちゃねぇんだよ!」
棘のある力の台詞は常になく佑人の胸に突き刺さった。
そうだな、彼女と過ごすはずだったバレンタインデーを邪魔されたんだもんな、怒って当然だよな。
「それより、ワンちゃん、怪我したって? 大丈夫か?」
練が佑人の気持ちをラッキーへと引き戻す。
「あ、ええ。病院の先生が夜間だったのに手を尽くしてくださって、今日は元気そうな顔をしてて」
「河喜多先生だろ? 口は悪いが面倒見のいい先生で、うちのオーナーもずっとかかりつけ。まあ、後釜が力じゃ、この先どうなるかはわからないがな」
佑人はしばしその言葉の意味が呑み込めなかった。
「誰がそんなこと言ったよ!」
力がすかさず怒鳴りつける。
「だってよ、あそこの娘、獣医になったもんの、アメリカ行っちまったんだろ? お前、獣医んなってじいさんの後引き受けるんで、手伝いに行ってんだろうがよ」
「え………山本、獣医になるのか」
思わず力を見つめた佑人とまともに目が合うと、力の方が先に逸らした。
「なるっつって、簡単になれるもんじゃねぇだろ」
ぼそぼそと尻すぼみに口にしたかと思うと、力は立ち上がった。
「いいか、てめぇ、俺が獣医志望とか、軽々しく口にすんな! 坂本とか啓太や東にもだ、わかったか!」
ジャイアン口調で力は怒鳴りつける。
何だかそれは、いつか佑人に仔犬を押し付けて、「捨てたり、保健所やったりしたら、俺が承知しねぇからな!」と言い渡したあの時の力と何も変わらない気がして、佑人はつい笑みを浮かべそうになるのを堪えた。
「あ、あ、わかった」
「おい、練! あんたも軽々しく俺が獣医だとか何とか、べらべらしゃべんじゃねぇ!」
威張って怒鳴りつける力を練はクックックと笑う。
「なーにを恥ずかしがってんだか、このガキ大将が」
「るせぇんだよ! こい、タロー、散歩行くぞ!」
どうやら本当に恥ずかしがっているようすの力は、身の置き場がなくなったらしくタローを連れて雨の中、外へと出て行った。
「んっとに成長ねぇやつだろ? いっちょまえに女はとっかえひっかえよろしくやってるくせに、まさしくガキ大将のまんま」
力が出て行くのをぼんやり見送った佑人は心の中で頷いた。
「そうだこれ、練さん、口に合うかどうかわかんないけど、ワインなんです」
持っていた袋を練に差し出すと、「おいおい、そういうの他人行儀ってんだぜ」と言いながら、それでも嬉しそうに受け取った。
「こんなことしてもらうためにやったんじゃないが、成瀬くんからのプレゼントなんて天に上る心地ってやつ?」
練はおちゃらかして笑った。
「まあま、その辺に座りなよ、ハーブティー淹れたから、俺のおごり」
それからショーケースでクッキーやケーキを見ていると、カウンターから出てきた練がテーブルへと促した。
「え、いや、俺……」
そんなつもりはなかった佑人だが、「まあまあ、雨の日は客もこねぇし、ヒマしてたんだよ」と練に言われて、近くのテーブルに腰を下ろした。
「ありがとうございます。あの、犬用のクッキー全種類二個ずつと、チョコレートケーキとイチゴのトルテ三個ずつお願いします。母から頼まれてて」
「あいよ」
「それで、クッキーは二つに分けてもらえますか? 一つはタローに上げてください。山本にささやかなお礼ってことで。」
ハーブの香りはようやく緊張から佑人を開放して一息吐かせてくれたようだ。
今朝も病院のラッキーに会ってきたのだが、心配そうに見つめる佑人の顔をペロペロなめてくれて、逆に心配されているような気がした。
「まだやみそうにねぇな」
片づけをしていた練がカウンターから出てきて、窓際に立った。
「ワンコ、早く良くなるといいな」
「ええ、一緒にリハビリしていけばいいって、先生が。あ、でも、山本、本気で獣医になるんですか?」
振り返った練はにやりと笑う。
「らしいぜ。オーナーが大事にしてたちび犬が亡くなった時なんか、仕事も手につかねぇ、死にたいまで言い出すし、百合江さんも大げさだから。まあ、かなりの年だったんだがな。そん時、マジに考えたんだろ、河喜多先生んとこでたまに手伝うようになったのは、その頃かな」
「そうなんだ……」
そんな話、それこそ啓太や東山やそれに坂本も知らないのだろう。知ってたらどこかで話題に上っていただろうし。
「まあ、おいそれとなれるってもんじゃないし、まずその前に、大学受かるかってやつだろう」
「やっぱり、山本はすごいな。ちゃんと地に足をつけてる。周りとか余計なものに左右されることもなくて、自分の行動に自信持ってて、行く先もちゃんと見据えてる」
思いがけない力の事実を聞かされたからだろう、佑人はつい人前でそんなことを口にしていた。
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