60 / 93
空は遠く 60
しおりを挟む
「いや、むしろお邪魔じゃなかったのか?」
またしても力の嫌みな皮肉にカチンときた佑人だが、酔っていたとはいえ上谷に触られたりした時の悍ましさだけは覚えがあって鳥肌の立つ思いがした。
それに力の部屋にいた若宮と力のやり取りがおぼろげに舞い戻り、佑人はぐっと拳を握る。
「こちらこそ、邪魔をしてしまって、申し訳なかった。若宮にも」
「んなこた、お前の知ったこっちゃねぇんだよ!」
棘のある力の台詞は常になく佑人の胸に突き刺さった。
そうだな、彼女と過ごすはずだったバレンタインデーを邪魔されたんだもんな、怒って当然だよな。
「それより、ワンちゃん、怪我したって? 大丈夫か?」
練が佑人の気持ちをラッキーへと引き戻す。
「あ、ええ。病院の先生が夜間だったのに手を尽くしてくださって、今日は元気そうな顔をしてて」
「河喜多先生だろ? 口は悪いが面倒見のいい先生で、うちのオーナーもずっとかかりつけ。まあ、後釜が力じゃ、この先どうなるかはわからないがな」
佑人はしばしその言葉の意味が呑み込めなかった。
「誰がそんなこと言ったよ!」
力がすかさず怒鳴りつける。
「だってよ、あそこの娘、獣医になったもんの、アメリカ行っちまったんだろ? お前、獣医んなってじいさんの後引き受けるんで、手伝いに行ってんだろうがよ」
「え………山本、獣医になるのか」
思わず力を見つめた佑人とまともに目が合うと、力の方が先に逸らした。
「なるっつって、簡単になれるもんじゃねぇだろ」
ぼそぼそと尻すぼみに口にしたかと思うと、力は立ち上がった。
「いいか、てめぇ、俺が獣医志望とか、軽々しく口にすんな! 坂本とか啓太や東にもだ、わかったか!」
ジャイアン口調で力は怒鳴りつける。
何だかそれは、いつか佑人に仔犬を押し付けて、「捨てたり、保健所やったりしたら、俺が承知しねぇからな!」と言い渡したあの時の力と何も変わらない気がして、佑人はつい笑みを浮かべそうになるのを堪えた。
「あ、あ、わかった」
「おい、練! あんたも軽々しく俺が獣医だとか何とか、べらべらしゃべんじゃねぇ!」
威張って怒鳴りつける力を練はクックックと笑う。
「なーにを恥ずかしがってんだか、このガキ大将が」
「るせぇんだよ! こい、タロー、散歩行くぞ!」
どうやら本当に恥ずかしがっているようすの力は、身の置き場がなくなったらしくタローを連れて雨の中、外へと出て行った。
「んっとに成長ねぇやつだろ? いっちょまえに女はとっかえひっかえよろしくやってるくせに、まさしくガキ大将のまんま」
力が出て行くのをぼんやり見送った佑人は心の中で頷いた。
「そうだこれ、練さん、口に合うかどうかわかんないけど、ワインなんです」
持っていた袋を練に差し出すと、「おいおい、そういうの他人行儀ってんだぜ」と言いながら、それでも嬉しそうに受け取った。
「こんなことしてもらうためにやったんじゃないが、成瀬くんからのプレゼントなんて天に上る心地ってやつ?」
練はおちゃらかして笑った。
「まあま、その辺に座りなよ、ハーブティー淹れたから、俺のおごり」
それからショーケースでクッキーやケーキを見ていると、カウンターから出てきた練がテーブルへと促した。
「え、いや、俺……」
そんなつもりはなかった佑人だが、「まあまあ、雨の日は客もこねぇし、ヒマしてたんだよ」と練に言われて、近くのテーブルに腰を下ろした。
「ありがとうございます。あの、犬用のクッキー全種類二個ずつと、チョコレートケーキとイチゴのトルテ三個ずつお願いします。母から頼まれてて」
「あいよ」
「それで、クッキーは二つに分けてもらえますか? 一つはタローに上げてください。山本にささやかなお礼ってことで。」
ハーブの香りはようやく緊張から佑人を開放して一息吐かせてくれたようだ。
今朝も病院のラッキーに会ってきたのだが、心配そうに見つめる佑人の顔をペロペロなめてくれて、逆に心配されているような気がした。
「まだやみそうにねぇな」
片づけをしていた練がカウンターから出てきて、窓際に立った。
「ワンコ、早く良くなるといいな」
「ええ、一緒にリハビリしていけばいいって、先生が。あ、でも、山本、本気で獣医になるんですか?」
振り返った練はにやりと笑う。
「らしいぜ。オーナーが大事にしてたちび犬が亡くなった時なんか、仕事も手につかねぇ、死にたいまで言い出すし、百合江さんも大げさだから。まあ、かなりの年だったんだがな。そん時、マジに考えたんだろ、河喜多先生んとこでたまに手伝うようになったのは、その頃かな」
「そうなんだ……」
そんな話、それこそ啓太や東山やそれに坂本も知らないのだろう。知ってたらどこかで話題に上っていただろうし。
「まあ、おいそれとなれるってもんじゃないし、まずその前に、大学受かるかってやつだろう」
「やっぱり、山本はすごいな。ちゃんと地に足をつけてる。周りとか余計なものに左右されることもなくて、自分の行動に自信持ってて、行く先もちゃんと見据えてる」
思いがけない力の事実を聞かされたからだろう、佑人はつい人前でそんなことを口にしていた。
またしても力の嫌みな皮肉にカチンときた佑人だが、酔っていたとはいえ上谷に触られたりした時の悍ましさだけは覚えがあって鳥肌の立つ思いがした。
それに力の部屋にいた若宮と力のやり取りがおぼろげに舞い戻り、佑人はぐっと拳を握る。
「こちらこそ、邪魔をしてしまって、申し訳なかった。若宮にも」
「んなこた、お前の知ったこっちゃねぇんだよ!」
棘のある力の台詞は常になく佑人の胸に突き刺さった。
そうだな、彼女と過ごすはずだったバレンタインデーを邪魔されたんだもんな、怒って当然だよな。
「それより、ワンちゃん、怪我したって? 大丈夫か?」
練が佑人の気持ちをラッキーへと引き戻す。
「あ、ええ。病院の先生が夜間だったのに手を尽くしてくださって、今日は元気そうな顔をしてて」
「河喜多先生だろ? 口は悪いが面倒見のいい先生で、うちのオーナーもずっとかかりつけ。まあ、後釜が力じゃ、この先どうなるかはわからないがな」
佑人はしばしその言葉の意味が呑み込めなかった。
「誰がそんなこと言ったよ!」
力がすかさず怒鳴りつける。
「だってよ、あそこの娘、獣医になったもんの、アメリカ行っちまったんだろ? お前、獣医んなってじいさんの後引き受けるんで、手伝いに行ってんだろうがよ」
「え………山本、獣医になるのか」
思わず力を見つめた佑人とまともに目が合うと、力の方が先に逸らした。
「なるっつって、簡単になれるもんじゃねぇだろ」
ぼそぼそと尻すぼみに口にしたかと思うと、力は立ち上がった。
「いいか、てめぇ、俺が獣医志望とか、軽々しく口にすんな! 坂本とか啓太や東にもだ、わかったか!」
ジャイアン口調で力は怒鳴りつける。
何だかそれは、いつか佑人に仔犬を押し付けて、「捨てたり、保健所やったりしたら、俺が承知しねぇからな!」と言い渡したあの時の力と何も変わらない気がして、佑人はつい笑みを浮かべそうになるのを堪えた。
「あ、あ、わかった」
「おい、練! あんたも軽々しく俺が獣医だとか何とか、べらべらしゃべんじゃねぇ!」
威張って怒鳴りつける力を練はクックックと笑う。
「なーにを恥ずかしがってんだか、このガキ大将が」
「るせぇんだよ! こい、タロー、散歩行くぞ!」
どうやら本当に恥ずかしがっているようすの力は、身の置き場がなくなったらしくタローを連れて雨の中、外へと出て行った。
「んっとに成長ねぇやつだろ? いっちょまえに女はとっかえひっかえよろしくやってるくせに、まさしくガキ大将のまんま」
力が出て行くのをぼんやり見送った佑人は心の中で頷いた。
「そうだこれ、練さん、口に合うかどうかわかんないけど、ワインなんです」
持っていた袋を練に差し出すと、「おいおい、そういうの他人行儀ってんだぜ」と言いながら、それでも嬉しそうに受け取った。
「こんなことしてもらうためにやったんじゃないが、成瀬くんからのプレゼントなんて天に上る心地ってやつ?」
練はおちゃらかして笑った。
「まあま、その辺に座りなよ、ハーブティー淹れたから、俺のおごり」
それからショーケースでクッキーやケーキを見ていると、カウンターから出てきた練がテーブルへと促した。
「え、いや、俺……」
そんなつもりはなかった佑人だが、「まあまあ、雨の日は客もこねぇし、ヒマしてたんだよ」と練に言われて、近くのテーブルに腰を下ろした。
「ありがとうございます。あの、犬用のクッキー全種類二個ずつと、チョコレートケーキとイチゴのトルテ三個ずつお願いします。母から頼まれてて」
「あいよ」
「それで、クッキーは二つに分けてもらえますか? 一つはタローに上げてください。山本にささやかなお礼ってことで。」
ハーブの香りはようやく緊張から佑人を開放して一息吐かせてくれたようだ。
今朝も病院のラッキーに会ってきたのだが、心配そうに見つめる佑人の顔をペロペロなめてくれて、逆に心配されているような気がした。
「まだやみそうにねぇな」
片づけをしていた練がカウンターから出てきて、窓際に立った。
「ワンコ、早く良くなるといいな」
「ええ、一緒にリハビリしていけばいいって、先生が。あ、でも、山本、本気で獣医になるんですか?」
振り返った練はにやりと笑う。
「らしいぜ。オーナーが大事にしてたちび犬が亡くなった時なんか、仕事も手につかねぇ、死にたいまで言い出すし、百合江さんも大げさだから。まあ、かなりの年だったんだがな。そん時、マジに考えたんだろ、河喜多先生んとこでたまに手伝うようになったのは、その頃かな」
「そうなんだ……」
そんな話、それこそ啓太や東山やそれに坂本も知らないのだろう。知ってたらどこかで話題に上っていただろうし。
「まあ、おいそれとなれるってもんじゃないし、まずその前に、大学受かるかってやつだろう」
「やっぱり、山本はすごいな。ちゃんと地に足をつけてる。周りとか余計なものに左右されることもなくて、自分の行動に自信持ってて、行く先もちゃんと見据えてる」
思いがけない力の事実を聞かされたからだろう、佑人はつい人前でそんなことを口にしていた。
2
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
たまにはゆっくり、歩きませんか?
隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。
よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。
世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
腐男子ですが何か?
みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。
ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。
そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。
幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。
そしてついに高校入試の試験。
見事特待生と首席をもぎとったのだ。
「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ!
って。え?
首席って…めっちゃ目立つくねぇ?!
やっちまったぁ!!」
この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる