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空は遠く 57
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夢を見ていたらしい。
ラッキーと野原を走り回っていた。ラッキーはすっかり大きくなっていたが、佑人はまだ小さくて小学生だ。
夢中になって走り回っていた佑人だが、突然差し出された足に蹴躓いて佑人はひっくり返った。
草原の上に横たわった佑人が見上げると、青い空を背に腕組みをしたきつい目が見おろしている。
「お前、何やってんだよ!」
睨みつけるように怒鳴ったのはやはり小学生の力だ。
「え、何って……」
口ごもった佑人はわけがわからないまま泣いていた。
「ごめん……俺……ごめ……」
しゃくりあげる佑人の涙を、ペロペロなめているのは力の傍にいたタローだった。
「……ごめん……」
自分の涙の冷たさに、佑人は身体を起こした。
「おい、大丈夫か? 水、飲め」
差し出されたカップを見て、それからそれを持って立っているのが力だと認識するのに、佑人は少し時間が必要だった。
見回すと知らない部屋で、ベッドに寝ていたらしい。
すぐ傍らに蹲っているタローがじっと自分を見つめている。
「……ここ……?」
「いいから、水飲め!」
命令する力からカップを受け取って、佑人は口をつけた。
一口飲むと、あとは身体が欲っしたのか一気に飲み干した。
そうして少し頭の靄が晴れてくると、断片的にここに来た時のことを思い出した。
「どこ行ってたのよ! あんな大きな犬、いるし!」
ドアを開けた途端、女の子の声がした。
「お前、帰れ」
「え? やだ、誰? どうしたの? 成瀬くんじゃない?」
「とっとと帰れってんだよ!」
「何よ、それ……」
力に怒鳴りつけられた女の子は半泣き状態で、部屋を出て行った。
あれは多分、若宮だ。
まだふらついていた佑人は、力に引きずられるようにしてベッドにダウンして、そのまま眠ってしまったのだ。
「山本、ごめん、ここ、山本の家? さっき、彼女……」
「余計なことは考えなくていい」
「ごめん、ほんとに……帰るよ、俺」
「まだ、足元ふらついてるだろ」
「水もらったから、だいぶんよくなった。ほんとに、迷惑かけてごめん」
そういえば何時だろう、とジャケットのポケットにある携帯を取り出した。
既に時間は午前零時近い。
帰ってラッキーにご飯をやって散歩に連れて行かなければと思いながらベッドを降りようとした途端、手の中の携帯が鳴りだした。
郁磨からである。
研究室の皆と飲むから午前様だろうと言っていたが、もう帰ってきて、佑人がいないので心配してかけてきたのだろうと思いながら電話に出ると、「佑人! 今、どこにいる?」という郁磨の声が緊張している。
「あ、ごめん。ちょっと友達のうちにいて」
「すぐ、帰ってこい!」
「どうしたの?」
嫌な予感がした。
「ラッキーが………」
「ラッキー?」
そのあとの郁磨の言葉は聞こえていたはずが、佑人の頭は理解しようとしていなかった。立ち上がった佑人は転げるようにドアに向かう。
「おい、成瀬?!」
高校生が一人で暮らすには贅沢なこの部屋は、ワンルームだが二十畳ほどもあり、もたつくようにドアへと向かう佑人が転びそうになるのを、力は後ろから慌てて抱えた。
タローも心配そうな顔でクーンと啼いた。
「何だ? どうしたってんだよ!」
「行かなけりゃ…ラッキー!!」
その時力は佑人が握っている携帯から声が聞こえるのに気がついて取り上げた。
「もしもし! ラッキーがどうかしたんですか?!」
「君は確か、坂本くんだったか? 佑人がまともに話を聞いていないようだから伝えてくれ。ラッキーが事故にあって、今、手術中だ」
「手術?! 病院は?」
「河喜多動物病院だ」
「わかりました」
力は携帯を切ると自分のポケットに突っ込み、佑人のジャケットを手に、ようやくドアに辿り着いた佑人の腕を掴んだ。
「もたついている場合か! バカやろ!」
スニーカーを履くのももどかしげな佑人を引きずるようにしてエレベーターに乗せ、力は佑人の肩をしっかと引き寄せる。
佑人が震えているのが力にもわかって、力は佑人を支える腕に力を入れた。
「……俺のせいだ……ラッキー……ちゃんと門を閉めたか確認もせずに……ついてきたがったのに、俺が出かけたりしなければ……ラッキー…」
涙が止まらない。自分を責める後悔ばかりが佑人の口をついて出る。
力はそんな佑人の腕を引いてマンションの外に出ると辺りを見回した。
運よく客を降ろしているタクシーを見つけると、佑人を連れて走り寄り、タクシーのウインドウを平手で叩いた。
ドアが開くなり、力は佑人を座席に押し込むようにして自分も乗り込むと、河喜多動物病院を告げた。
「というと駅向うの?」
明らかにあまり歓迎しない口ぶりだ。
おそらく病院まではワンメーターほどなのだと気付いた力は鼻で笑い、ポケットからくしゃくしゃになった一万円札を取り出すと、運転手に突き付けた。
「わりぃな、急いでるんで、釣りはいらねぇから」
五分も走ったろうか、それでも信号にかかったりするのをイラつきながら、力は茫然自失状態の佑人の肩を抱いた。
病院の入口は薄暗かったが、奥に明かりが見えた。
二人が駆け込むと待合室にいた郁磨が立ち上がった。
「郁ちゃん……ラッキー! ラッキーは?」
佑人が涙目で郁磨に問いかけると、郁磨は佑人を抱きしめた。
「まだ手術中だ。無事を信じて待とう」
「俺の……俺のせいなんだ……出る時、ちゃんと門を……」
「佑人、佑人、ラッキーがちょっとやそっとでどうにかなるもんか。な?」
郁磨は佑人を宥めながらソファに座らせる。
「ありがとう、坂本くん」
「いや………」
坂本と呼ばれて力は苦々しい顔で郁磨を見た。
ラッキーと野原を走り回っていた。ラッキーはすっかり大きくなっていたが、佑人はまだ小さくて小学生だ。
夢中になって走り回っていた佑人だが、突然差し出された足に蹴躓いて佑人はひっくり返った。
草原の上に横たわった佑人が見上げると、青い空を背に腕組みをしたきつい目が見おろしている。
「お前、何やってんだよ!」
睨みつけるように怒鳴ったのはやはり小学生の力だ。
「え、何って……」
口ごもった佑人はわけがわからないまま泣いていた。
「ごめん……俺……ごめ……」
しゃくりあげる佑人の涙を、ペロペロなめているのは力の傍にいたタローだった。
「……ごめん……」
自分の涙の冷たさに、佑人は身体を起こした。
「おい、大丈夫か? 水、飲め」
差し出されたカップを見て、それからそれを持って立っているのが力だと認識するのに、佑人は少し時間が必要だった。
見回すと知らない部屋で、ベッドに寝ていたらしい。
すぐ傍らに蹲っているタローがじっと自分を見つめている。
「……ここ……?」
「いいから、水飲め!」
命令する力からカップを受け取って、佑人は口をつけた。
一口飲むと、あとは身体が欲っしたのか一気に飲み干した。
そうして少し頭の靄が晴れてくると、断片的にここに来た時のことを思い出した。
「どこ行ってたのよ! あんな大きな犬、いるし!」
ドアを開けた途端、女の子の声がした。
「お前、帰れ」
「え? やだ、誰? どうしたの? 成瀬くんじゃない?」
「とっとと帰れってんだよ!」
「何よ、それ……」
力に怒鳴りつけられた女の子は半泣き状態で、部屋を出て行った。
あれは多分、若宮だ。
まだふらついていた佑人は、力に引きずられるようにしてベッドにダウンして、そのまま眠ってしまったのだ。
「山本、ごめん、ここ、山本の家? さっき、彼女……」
「余計なことは考えなくていい」
「ごめん、ほんとに……帰るよ、俺」
「まだ、足元ふらついてるだろ」
「水もらったから、だいぶんよくなった。ほんとに、迷惑かけてごめん」
そういえば何時だろう、とジャケットのポケットにある携帯を取り出した。
既に時間は午前零時近い。
帰ってラッキーにご飯をやって散歩に連れて行かなければと思いながらベッドを降りようとした途端、手の中の携帯が鳴りだした。
郁磨からである。
研究室の皆と飲むから午前様だろうと言っていたが、もう帰ってきて、佑人がいないので心配してかけてきたのだろうと思いながら電話に出ると、「佑人! 今、どこにいる?」という郁磨の声が緊張している。
「あ、ごめん。ちょっと友達のうちにいて」
「すぐ、帰ってこい!」
「どうしたの?」
嫌な予感がした。
「ラッキーが………」
「ラッキー?」
そのあとの郁磨の言葉は聞こえていたはずが、佑人の頭は理解しようとしていなかった。立ち上がった佑人は転げるようにドアに向かう。
「おい、成瀬?!」
高校生が一人で暮らすには贅沢なこの部屋は、ワンルームだが二十畳ほどもあり、もたつくようにドアへと向かう佑人が転びそうになるのを、力は後ろから慌てて抱えた。
タローも心配そうな顔でクーンと啼いた。
「何だ? どうしたってんだよ!」
「行かなけりゃ…ラッキー!!」
その時力は佑人が握っている携帯から声が聞こえるのに気がついて取り上げた。
「もしもし! ラッキーがどうかしたんですか?!」
「君は確か、坂本くんだったか? 佑人がまともに話を聞いていないようだから伝えてくれ。ラッキーが事故にあって、今、手術中だ」
「手術?! 病院は?」
「河喜多動物病院だ」
「わかりました」
力は携帯を切ると自分のポケットに突っ込み、佑人のジャケットを手に、ようやくドアに辿り着いた佑人の腕を掴んだ。
「もたついている場合か! バカやろ!」
スニーカーを履くのももどかしげな佑人を引きずるようにしてエレベーターに乗せ、力は佑人の肩をしっかと引き寄せる。
佑人が震えているのが力にもわかって、力は佑人を支える腕に力を入れた。
「……俺のせいだ……ラッキー……ちゃんと門を閉めたか確認もせずに……ついてきたがったのに、俺が出かけたりしなければ……ラッキー…」
涙が止まらない。自分を責める後悔ばかりが佑人の口をついて出る。
力はそんな佑人の腕を引いてマンションの外に出ると辺りを見回した。
運よく客を降ろしているタクシーを見つけると、佑人を連れて走り寄り、タクシーのウインドウを平手で叩いた。
ドアが開くなり、力は佑人を座席に押し込むようにして自分も乗り込むと、河喜多動物病院を告げた。
「というと駅向うの?」
明らかにあまり歓迎しない口ぶりだ。
おそらく病院まではワンメーターほどなのだと気付いた力は鼻で笑い、ポケットからくしゃくしゃになった一万円札を取り出すと、運転手に突き付けた。
「わりぃな、急いでるんで、釣りはいらねぇから」
五分も走ったろうか、それでも信号にかかったりするのをイラつきながら、力は茫然自失状態の佑人の肩を抱いた。
病院の入口は薄暗かったが、奥に明かりが見えた。
二人が駆け込むと待合室にいた郁磨が立ち上がった。
「郁ちゃん……ラッキー! ラッキーは?」
佑人が涙目で郁磨に問いかけると、郁磨は佑人を抱きしめた。
「まだ手術中だ。無事を信じて待とう」
「俺の……俺のせいなんだ……出る時、ちゃんと門を……」
「佑人、佑人、ラッキーがちょっとやそっとでどうにかなるもんか。な?」
郁磨は佑人を宥めながらソファに座らせる。
「ありがとう、坂本くん」
「いや………」
坂本と呼ばれて力は苦々しい顔で郁磨を見た。
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