空は遠く

chatetlune

文字の大きさ
上 下
57 / 93

空は遠く 57

しおりを挟む
 夢を見ていたらしい。
 ラッキーと野原を走り回っていた。ラッキーはすっかり大きくなっていたが、佑人はまだ小さくて小学生だ。
 夢中になって走り回っていた佑人だが、突然差し出された足に蹴躓いて佑人はひっくり返った。
 草原の上に横たわった佑人が見上げると、青い空を背に腕組みをしたきつい目が見おろしている。
「お前、何やってんだよ!」
 睨みつけるように怒鳴ったのはやはり小学生の力だ。
「え、何って……」
 口ごもった佑人はわけがわからないまま泣いていた。
「ごめん……俺……ごめ……」
 しゃくりあげる佑人の涙を、ペロペロなめているのは力の傍にいたタローだった。
「……ごめん……」
 自分の涙の冷たさに、佑人は身体を起こした。
「おい、大丈夫か? 水、飲め」
 差し出されたカップを見て、それからそれを持って立っているのが力だと認識するのに、佑人は少し時間が必要だった。
 見回すと知らない部屋で、ベッドに寝ていたらしい。
 すぐ傍らに蹲っているタローがじっと自分を見つめている。
「……ここ……?」
「いいから、水飲め!」
 命令する力からカップを受け取って、佑人は口をつけた。
 一口飲むと、あとは身体が欲っしたのか一気に飲み干した。
 そうして少し頭の靄が晴れてくると、断片的にここに来た時のことを思い出した。
「どこ行ってたのよ! あんな大きな犬、いるし!」
 ドアを開けた途端、女の子の声がした。
「お前、帰れ」
「え? やだ、誰? どうしたの? 成瀬くんじゃない?」
「とっとと帰れってんだよ!」
「何よ、それ……」
 力に怒鳴りつけられた女の子は半泣き状態で、部屋を出て行った。
 あれは多分、若宮だ。
 まだふらついていた佑人は、力に引きずられるようにしてベッドにダウンして、そのまま眠ってしまったのだ。
「山本、ごめん、ここ、山本の家? さっき、彼女……」
「余計なことは考えなくていい」
「ごめん、ほんとに……帰るよ、俺」
「まだ、足元ふらついてるだろ」
「水もらったから、だいぶんよくなった。ほんとに、迷惑かけてごめん」
 そういえば何時だろう、とジャケットのポケットにある携帯を取り出した。
 既に時間は午前零時近い。
 帰ってラッキーにご飯をやって散歩に連れて行かなければと思いながらベッドを降りようとした途端、手の中の携帯が鳴りだした。
 郁磨からである。
 研究室の皆と飲むから午前様だろうと言っていたが、もう帰ってきて、佑人がいないので心配してかけてきたのだろうと思いながら電話に出ると、「佑人! 今、どこにいる?」という郁磨の声が緊張している。
「あ、ごめん。ちょっと友達のうちにいて」
「すぐ、帰ってこい!」
「どうしたの?」
 嫌な予感がした。
「ラッキーが………」
「ラッキー?」
 そのあとの郁磨の言葉は聞こえていたはずが、佑人の頭は理解しようとしていなかった。立ち上がった佑人は転げるようにドアに向かう。
「おい、成瀬?!」
 高校生が一人で暮らすには贅沢なこの部屋は、ワンルームだが二十畳ほどもあり、もたつくようにドアへと向かう佑人が転びそうになるのを、力は後ろから慌てて抱えた。
 タローも心配そうな顔でクーンと啼いた。
「何だ? どうしたってんだよ!」
「行かなけりゃ…ラッキー!!」
 その時力は佑人が握っている携帯から声が聞こえるのに気がついて取り上げた。
「もしもし! ラッキーがどうかしたんですか?!」
「君は確か、坂本くんだったか? 佑人がまともに話を聞いていないようだから伝えてくれ。ラッキーが事故にあって、今、手術中だ」
「手術?! 病院は?」
「河喜多動物病院だ」
「わかりました」
 力は携帯を切ると自分のポケットに突っ込み、佑人のジャケットを手に、ようやくドアに辿り着いた佑人の腕を掴んだ。
「もたついている場合か! バカやろ!」
 スニーカーを履くのももどかしげな佑人を引きずるようにしてエレベーターに乗せ、力は佑人の肩をしっかと引き寄せる。
 佑人が震えているのが力にもわかって、力は佑人を支える腕に力を入れた。
「……俺のせいだ……ラッキー……ちゃんと門を閉めたか確認もせずに……ついてきたがったのに、俺が出かけたりしなければ……ラッキー…」
 涙が止まらない。自分を責める後悔ばかりが佑人の口をついて出る。
 力はそんな佑人の腕を引いてマンションの外に出ると辺りを見回した。
 運よく客を降ろしているタクシーを見つけると、佑人を連れて走り寄り、タクシーのウインドウを平手で叩いた。
 ドアが開くなり、力は佑人を座席に押し込むようにして自分も乗り込むと、河喜多動物病院を告げた。
「というと駅向うの?」
 明らかにあまり歓迎しない口ぶりだ。
 おそらく病院まではワンメーターほどなのだと気付いた力は鼻で笑い、ポケットからくしゃくしゃになった一万円札を取り出すと、運転手に突き付けた。
「わりぃな、急いでるんで、釣りはいらねぇから」
 五分も走ったろうか、それでも信号にかかったりするのをイラつきながら、力は茫然自失状態の佑人の肩を抱いた。
 病院の入口は薄暗かったが、奥に明かりが見えた。
 二人が駆け込むと待合室にいた郁磨が立ち上がった。
「郁ちゃん……ラッキー! ラッキーは?」
 佑人が涙目で郁磨に問いかけると、郁磨は佑人を抱きしめた。
「まだ手術中だ。無事を信じて待とう」
「俺の……俺のせいなんだ……出る時、ちゃんと門を……」
「佑人、佑人、ラッキーがちょっとやそっとでどうにかなるもんか。な?」
 郁磨は佑人を宥めながらソファに座らせる。
「ありがとう、坂本くん」
「いや………」
 坂本と呼ばれて力は苦々しい顔で郁磨を見た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

たまにはゆっくり、歩きませんか?

隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。 よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。 世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

腐男子ですが何か?

みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。 ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。 そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。 幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。 そしてついに高校入試の試験。 見事特待生と首席をもぎとったのだ。 「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ! って。え? 首席って…めっちゃ目立つくねぇ?! やっちまったぁ!!」 この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

処理中です...