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空は遠く 55
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そんな力と若宮のやり取りは当然、佑人にも聞こえていた。
私というものがありながら、というところだろう。
だが、今までにも散々似たような展開はあったのを、佑人ですら知っているのだから、彼女もわかっているだろうのに、不実なやつと知りながら、どうしてそんなやつを好きになるんだろう。
いや、どうしてなんて考える前に、好きになっているんだから、しょうがないか。
あの子、あんなに一生懸命なのに。
周りに誰がいようが、山本しか見えてない。
そのうち彼女と別れて、山本は今度はあの一年生の子に乗り換えるんだろうか。
は、バカみたいだ。俺、何考えてんだろう。俺には何の関係もないのに。
佑人は我に返ったように自分を嘲笑う。
ただ、若宮の胸の痛みにまるで同調したように自分の心がキリキリと軋む音がした。
空は灰色で遠い色をしていた。
予報では雨が降るとしても夜中過ぎ、小雨程度と言っていた。
傘は持ってきたが、この分だと使わなくてもすみそうだ。
佑人は授業が終わると早々に学校を後にした。
早く一人になりたかった。
また力が若宮と仲良さそうにしているところを見るのも嫌だった。
門をくぐると、佑人の姿を見て駆け寄ってきたラッキーを撫でながら、玄関の鍵を開け、リビングから自分の部屋に向かおうとした時、携帯が鳴った。
「声をかけようと思ったらもう帰っちゃってるんだもんな」
上谷だった。気づかなかったが携帯の着歴がいくつか入っている。
「何か用?」
「だから今夜のパーティ、行かないか? たまには息抜きも必要だって」
最初に誘われてから三度目である。昔のことを持ち出して脅すようなことはしないが、結構しつこい。
「今日、特に予定ないんだろ?」
今夜も両親は留守だし、郁磨も遅くなると言っていた。
力は若宮と過ごすに違いない。そんなことを考えると変に生々しい気がして、佑人は慌てて自分の思考を追い払う。
「わかった。どこへ行けばいい?」
ついそう返事をしてしまったのも、今夜中力と彼女のことでうざったい想像に襲われるような気がしたからだ。
シャツの上にニットのカーディガンを着て、ジーンズを履くといつものダッフルコートを羽織る。
上谷が外苑前で知人と待ち合わせているというので、佑人も地下鉄で外苑前まで行くことにした。
佑人が玄関を閉めようとすると、ラッキーが散歩に行くのかと思ったらしく一緒に出てきた。
「散歩じゃないんだ、ラッキー。ちょっと出かけてくるから、留守番頼むよ」
門のところまで一緒に歩いてきたラッキーに佑人は言った。
その時、また携帯が鳴った。
「え、ああ、地下鉄あがったところだね、わかった」
上谷が場所を指定してきたのだ。
外苑前で地下鉄を降りて地上に上がると、間もなく「成瀬」と言う声に佑人は振り返った。
近づいてきたアウディのナビシートから、上谷が降り立った。
「こっち、乗れよ」
運転しているのは明らかにブロンド美人の、モデルか何かだろうか華やかな女性だ。
上谷がドアを開けた後部座席に乗り込むと、ブロンド美人は佑人のことをしきりに可愛いと英語で連発している。
佑人は冷めた目で前の二人を見やり、それから窓の外に顔を向けた。
きらびやかな街の明りが眼に痛い。
通りに溢れるような人の群れの横を通り過ぎると、少し静けさが漂う高級マンション街に車は入っていき、一つのマンションの車寄せに滑り込んだ。
歩いてエントランスへと消えていく数人の男女も体格のいい外国人たちだ。中には日本人らしき顔もある。
車から降りると、上谷は佑人の肩に腕を回しながら、エントランスに入っていく。
運転していた女性を上谷はジェーンと呼んでいたが、彼女は駐車場へ向かった。
十階ほどのマンションの最上階へとエレベーターは上がる。
「知り合いの家なんだ。本人、今海外で、俺が管理任されてる。ああ、パーティ好きな人だから、騒いでも問題ないし」
そう説明つきでドアを開けると、やたら広いリビングが二十人程の男女のざわめきで満ちていた。
たまに日本語が混じる程度で、英語やフランス語、スペイン語の他にロシア語のような言葉も聞こえてくる。
割とラフな服装のようだが、いずれもモデルか業界関係者という感じで、佑人は場違いな気がした。
大きなテーブルにはフィンガーフードの大皿がいくつか並び、奥がバーになっていてバーテンダーが一人カウンターの中にいる。
「その辺に座って、何か食べてなよ。飲み物もらってくる」
上谷は窓際のソファに佑人を促した。
上谷が戻ってくるまでに何人かの美女に声をかけられたが、言葉少なにろくな対応をしなかったので、すぐに離れて行った。
「はい。何か食べた?」
「いや」
オレンジ色が鮮やかなグラスを一つ佑人に渡すと、上谷は小皿にいくつかフィンガーフードを載せて持ってきた。
「どうぞ。向うにいたんならこんなパーティ、よくやっただろ?」
「子供の時だから、パーティも子供ばかりだったよ」
ありがとう、と佑人はカナッペを一つつまんだ。
上谷は皿を近くの小さなテーブルに置いて佑人の隣に座ると、持ってきたグラスに口をつけて半分ほど飲んだ。
私というものがありながら、というところだろう。
だが、今までにも散々似たような展開はあったのを、佑人ですら知っているのだから、彼女もわかっているだろうのに、不実なやつと知りながら、どうしてそんなやつを好きになるんだろう。
いや、どうしてなんて考える前に、好きになっているんだから、しょうがないか。
あの子、あんなに一生懸命なのに。
周りに誰がいようが、山本しか見えてない。
そのうち彼女と別れて、山本は今度はあの一年生の子に乗り換えるんだろうか。
は、バカみたいだ。俺、何考えてんだろう。俺には何の関係もないのに。
佑人は我に返ったように自分を嘲笑う。
ただ、若宮の胸の痛みにまるで同調したように自分の心がキリキリと軋む音がした。
空は灰色で遠い色をしていた。
予報では雨が降るとしても夜中過ぎ、小雨程度と言っていた。
傘は持ってきたが、この分だと使わなくてもすみそうだ。
佑人は授業が終わると早々に学校を後にした。
早く一人になりたかった。
また力が若宮と仲良さそうにしているところを見るのも嫌だった。
門をくぐると、佑人の姿を見て駆け寄ってきたラッキーを撫でながら、玄関の鍵を開け、リビングから自分の部屋に向かおうとした時、携帯が鳴った。
「声をかけようと思ったらもう帰っちゃってるんだもんな」
上谷だった。気づかなかったが携帯の着歴がいくつか入っている。
「何か用?」
「だから今夜のパーティ、行かないか? たまには息抜きも必要だって」
最初に誘われてから三度目である。昔のことを持ち出して脅すようなことはしないが、結構しつこい。
「今日、特に予定ないんだろ?」
今夜も両親は留守だし、郁磨も遅くなると言っていた。
力は若宮と過ごすに違いない。そんなことを考えると変に生々しい気がして、佑人は慌てて自分の思考を追い払う。
「わかった。どこへ行けばいい?」
ついそう返事をしてしまったのも、今夜中力と彼女のことでうざったい想像に襲われるような気がしたからだ。
シャツの上にニットのカーディガンを着て、ジーンズを履くといつものダッフルコートを羽織る。
上谷が外苑前で知人と待ち合わせているというので、佑人も地下鉄で外苑前まで行くことにした。
佑人が玄関を閉めようとすると、ラッキーが散歩に行くのかと思ったらしく一緒に出てきた。
「散歩じゃないんだ、ラッキー。ちょっと出かけてくるから、留守番頼むよ」
門のところまで一緒に歩いてきたラッキーに佑人は言った。
その時、また携帯が鳴った。
「え、ああ、地下鉄あがったところだね、わかった」
上谷が場所を指定してきたのだ。
外苑前で地下鉄を降りて地上に上がると、間もなく「成瀬」と言う声に佑人は振り返った。
近づいてきたアウディのナビシートから、上谷が降り立った。
「こっち、乗れよ」
運転しているのは明らかにブロンド美人の、モデルか何かだろうか華やかな女性だ。
上谷がドアを開けた後部座席に乗り込むと、ブロンド美人は佑人のことをしきりに可愛いと英語で連発している。
佑人は冷めた目で前の二人を見やり、それから窓の外に顔を向けた。
きらびやかな街の明りが眼に痛い。
通りに溢れるような人の群れの横を通り過ぎると、少し静けさが漂う高級マンション街に車は入っていき、一つのマンションの車寄せに滑り込んだ。
歩いてエントランスへと消えていく数人の男女も体格のいい外国人たちだ。中には日本人らしき顔もある。
車から降りると、上谷は佑人の肩に腕を回しながら、エントランスに入っていく。
運転していた女性を上谷はジェーンと呼んでいたが、彼女は駐車場へ向かった。
十階ほどのマンションの最上階へとエレベーターは上がる。
「知り合いの家なんだ。本人、今海外で、俺が管理任されてる。ああ、パーティ好きな人だから、騒いでも問題ないし」
そう説明つきでドアを開けると、やたら広いリビングが二十人程の男女のざわめきで満ちていた。
たまに日本語が混じる程度で、英語やフランス語、スペイン語の他にロシア語のような言葉も聞こえてくる。
割とラフな服装のようだが、いずれもモデルか業界関係者という感じで、佑人は場違いな気がした。
大きなテーブルにはフィンガーフードの大皿がいくつか並び、奥がバーになっていてバーテンダーが一人カウンターの中にいる。
「その辺に座って、何か食べてなよ。飲み物もらってくる」
上谷は窓際のソファに佑人を促した。
上谷が戻ってくるまでに何人かの美女に声をかけられたが、言葉少なにろくな対応をしなかったので、すぐに離れて行った。
「はい。何か食べた?」
「いや」
オレンジ色が鮮やかなグラスを一つ佑人に渡すと、上谷は小皿にいくつかフィンガーフードを載せて持ってきた。
「どうぞ。向うにいたんならこんなパーティ、よくやっただろ?」
「子供の時だから、パーティも子供ばかりだったよ」
ありがとう、と佑人はカナッペを一つつまんだ。
上谷は皿を近くの小さなテーブルに置いて佑人の隣に座ると、持ってきたグラスに口をつけて半分ほど飲んだ。
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