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空は遠く 54
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「だから、成瀬がそんなパーティ、行くわけねぇとは思うが、上谷、成瀬の昔のこと持ち出して脅してるみたいだし」
力は何も言わずにテーブルを拳で叩いた。
「おい、店を壊すなよ!」
カウンターの中から出てきた練が力を窘める。
「あのバカ……、だから何で一人で何でもできると思うなってっだろ!」
練はベーグルのサンドイッチとコーヒーをテーブルに置いた。
「このガキは何でいつもカッカきてんだ、あ?」
力を横目に見て練は揶揄しながらカウンターに戻る。
「言っとくが、パーティのことはうっかり聞こえちまっただけだし、本人に確かめようにも俺とか、ましてや嫌いな山本くんなんかに話したりするわけないけどな」
ジロリと力はまた険のある視線を坂本に向ける。
こいつ、やっぱ知ってるな、成瀬の昔のことって言っても、何だとも聞きやしない。
クッソ!
坂本は力を睨み返し、皿の上に一つ残っていたベーグルサンドイッチを掴んでかぶりつく。
「あ、てめ、俺の!」
「わざわざお前の不始末を成瀬に弁明してやったのは俺だ」
涼しい顔で坂本はサンドイッチを平らげる。
「練さん、コーヒーお変わり」
「サンドイッチもう一皿くれ!」
やがて客が入ってきたので、二人も少しばかり静かになった。
だがタローにビスケットをやっている力を、坂本は時々横目で睨みつけている。
「何だ、成瀬くんがどうかしたのか? さっき何か言っていたろう」
コーヒーとサンドイッチを運んできた練が不審そうに坂本に聞いた。
「いや………、別に」
そうか、と戻っていく練の後ろ姿を見ながら、坂本は、変なやつ、と心の中で呟いた。
練のことではない。
今では正真正銘堅気でやってるものの、滅多に人を信用したり、懐にいれたりしないはずで、その元大きなゾクの総元締めだった男をここまでフリークにさせるとは、成瀬って変なやつ。
俺だってな、ただの酔狂でこんなヒマなことできやしないんだぜ? 成瀬。
坂本は落ちてくる前髪をうるさそうに掻き揚げると、コーヒーをグビリと飲んだ。
金曜日は少しばかり校内がざわついていた。
その理由を佑人は靴箱を開けたひょうしに、ラッピングされた箱がバラバラと零れ落ちたのを見てようやく思い出した。
ここのところ両親もそれぞれが仕事や出張で不在だったし、昨夜は兄の郁磨も飲み会だとかで、家庭教師の柳沢が帰ってからは佑人は一人で過ごしていたから、すっかり忘れていたのだ。
「うわ、成瀬、すんげ一杯もらってんの!」
あとからきた啓太が大きな声を上げた。
「おはよう」
佑人は素直に口に出す啓太の顔を見て苦笑する。
「よう、モテるじゃん、成瀬」
東山にからかわれながら、佑人が落ちたチョコレートの箱を拾い上げてリュックに入れていると、「ちぇー、何もない。俺、靴箱開けるのドッキドキだったのに」という啓太の声が聞こえた。
「バッカじゃね? お前にくれるくらいなら、図書館の裏にいるニャンコにくれるってよ」
「なーんでぇ、お前だってねーじゃん!」
漫才コンビのように相変わらず周りからクスクス笑いを誘っているところへ、「よう」と声をかけてきたのは坂本だった。
顔を上げた佑人は坂本の後ろに力を認めて、おはよう、とさりげなく顔をそらした。
「おおっ」
バサバサバサっと靴箱を開けた坂本の足元にいくつものチョコレートの包みが落ちた。
「さっすが、俺、うちのガッコの女子はよーくわかってるよな」
うんうんと自画自賛する坂本だが、「山本さん!」という、女の子の切羽詰まった声に振り返ると、力に明らかにチョコの包みを差し出している。
公衆の面前にもかかわらず、少し頬を赤らめているものの、堂々と力を見つめているのはなかなかに美人な、タイの色からすると一年生らしい。
力は愛想笑いひとつせず、差し出されたチョコレートの包みを受け取った。
登校してきてその場に居合わせた生徒らに囃し立てられると、美人一年生は身をひるがえして走り去った。
「どうせ遊ばれるのわかってて、無駄なことするよな」
負け惜しみでフンと鼻で笑い、力に背を向けた時、坂本の視界の端に佑人が立ち去るのが見えた。
「あ、ちょっと成瀬」
階段の途中で、佑人は駆け上がってきた坂本に腕を掴まれた。
「なあ、今日の夕方、何か予定ある? 実は相談があって」
「悪い、来週にしてくれないか」
そっけなく言うと、佑人はまた階段を上がっていく。
「まっさか、あいつの誘いに乗るわけじゃないよな?」
坂本はボソリと口にした。
「ちょっと、力!」
ちょうど自分の教室に入ろうとした坂本が振り返ると、力に若宮が詰め寄っている。
「野沢夕子からチョコ受け取ったってホント?」
「誰だ、そりゃ」
「一年の、さっきみんな見たって」
「ああ、あれか」
「何で、そんなの受け取るのよ!」
「くれるっていうもん、しゃあねぇだろ」
のらりくらり、若宮が怒ったところで力は暖簾に腕押しだ。
若宮もそれが歯がゆいのだろう。
「今日の約束、忘れてないよね?!」
「ああ、わーかったよ」
さもうざったげに言い捨てて、力は教室に入っていく。
よくやるよ、まさしく痴話げんか。
坂本は今更ながらに力には呆れながら、席につく。
力は何も言わずにテーブルを拳で叩いた。
「おい、店を壊すなよ!」
カウンターの中から出てきた練が力を窘める。
「あのバカ……、だから何で一人で何でもできると思うなってっだろ!」
練はベーグルのサンドイッチとコーヒーをテーブルに置いた。
「このガキは何でいつもカッカきてんだ、あ?」
力を横目に見て練は揶揄しながらカウンターに戻る。
「言っとくが、パーティのことはうっかり聞こえちまっただけだし、本人に確かめようにも俺とか、ましてや嫌いな山本くんなんかに話したりするわけないけどな」
ジロリと力はまた険のある視線を坂本に向ける。
こいつ、やっぱ知ってるな、成瀬の昔のことって言っても、何だとも聞きやしない。
クッソ!
坂本は力を睨み返し、皿の上に一つ残っていたベーグルサンドイッチを掴んでかぶりつく。
「あ、てめ、俺の!」
「わざわざお前の不始末を成瀬に弁明してやったのは俺だ」
涼しい顔で坂本はサンドイッチを平らげる。
「練さん、コーヒーお変わり」
「サンドイッチもう一皿くれ!」
やがて客が入ってきたので、二人も少しばかり静かになった。
だがタローにビスケットをやっている力を、坂本は時々横目で睨みつけている。
「何だ、成瀬くんがどうかしたのか? さっき何か言っていたろう」
コーヒーとサンドイッチを運んできた練が不審そうに坂本に聞いた。
「いや………、別に」
そうか、と戻っていく練の後ろ姿を見ながら、坂本は、変なやつ、と心の中で呟いた。
練のことではない。
今では正真正銘堅気でやってるものの、滅多に人を信用したり、懐にいれたりしないはずで、その元大きなゾクの総元締めだった男をここまでフリークにさせるとは、成瀬って変なやつ。
俺だってな、ただの酔狂でこんなヒマなことできやしないんだぜ? 成瀬。
坂本は落ちてくる前髪をうるさそうに掻き揚げると、コーヒーをグビリと飲んだ。
金曜日は少しばかり校内がざわついていた。
その理由を佑人は靴箱を開けたひょうしに、ラッピングされた箱がバラバラと零れ落ちたのを見てようやく思い出した。
ここのところ両親もそれぞれが仕事や出張で不在だったし、昨夜は兄の郁磨も飲み会だとかで、家庭教師の柳沢が帰ってからは佑人は一人で過ごしていたから、すっかり忘れていたのだ。
「うわ、成瀬、すんげ一杯もらってんの!」
あとからきた啓太が大きな声を上げた。
「おはよう」
佑人は素直に口に出す啓太の顔を見て苦笑する。
「よう、モテるじゃん、成瀬」
東山にからかわれながら、佑人が落ちたチョコレートの箱を拾い上げてリュックに入れていると、「ちぇー、何もない。俺、靴箱開けるのドッキドキだったのに」という啓太の声が聞こえた。
「バッカじゃね? お前にくれるくらいなら、図書館の裏にいるニャンコにくれるってよ」
「なーんでぇ、お前だってねーじゃん!」
漫才コンビのように相変わらず周りからクスクス笑いを誘っているところへ、「よう」と声をかけてきたのは坂本だった。
顔を上げた佑人は坂本の後ろに力を認めて、おはよう、とさりげなく顔をそらした。
「おおっ」
バサバサバサっと靴箱を開けた坂本の足元にいくつものチョコレートの包みが落ちた。
「さっすが、俺、うちのガッコの女子はよーくわかってるよな」
うんうんと自画自賛する坂本だが、「山本さん!」という、女の子の切羽詰まった声に振り返ると、力に明らかにチョコの包みを差し出している。
公衆の面前にもかかわらず、少し頬を赤らめているものの、堂々と力を見つめているのはなかなかに美人な、タイの色からすると一年生らしい。
力は愛想笑いひとつせず、差し出されたチョコレートの包みを受け取った。
登校してきてその場に居合わせた生徒らに囃し立てられると、美人一年生は身をひるがえして走り去った。
「どうせ遊ばれるのわかってて、無駄なことするよな」
負け惜しみでフンと鼻で笑い、力に背を向けた時、坂本の視界の端に佑人が立ち去るのが見えた。
「あ、ちょっと成瀬」
階段の途中で、佑人は駆け上がってきた坂本に腕を掴まれた。
「なあ、今日の夕方、何か予定ある? 実は相談があって」
「悪い、来週にしてくれないか」
そっけなく言うと、佑人はまた階段を上がっていく。
「まっさか、あいつの誘いに乗るわけじゃないよな?」
坂本はボソリと口にした。
「ちょっと、力!」
ちょうど自分の教室に入ろうとした坂本が振り返ると、力に若宮が詰め寄っている。
「野沢夕子からチョコ受け取ったってホント?」
「誰だ、そりゃ」
「一年の、さっきみんな見たって」
「ああ、あれか」
「何で、そんなの受け取るのよ!」
「くれるっていうもん、しゃあねぇだろ」
のらりくらり、若宮が怒ったところで力は暖簾に腕押しだ。
若宮もそれが歯がゆいのだろう。
「今日の約束、忘れてないよね?!」
「ああ、わーかったよ」
さもうざったげに言い捨てて、力は教室に入っていく。
よくやるよ、まさしく痴話げんか。
坂本は今更ながらに力には呆れながら、席につく。
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