53 / 93
空は遠く 53
しおりを挟む
「フーン……あっ!」
思わず叫んでしまったのは、明らかに美月には佑人の面差しがあったからだ。
「やっぱ、そっか」
ああこの女優か。
渡辺美月の名前を聞いたのは今日の帰りがけのことだ。
たまたま校門を出たところで啓太や東山と顔を合わせ、一緒に歩くうち、啓太が三者面談の話を始めて、「そういえばさ、成瀬のお母さんってさ」と言い出した。
「前に、成瀬んちに行った時もすんげ、美人だと思ったけどさ、面談のあとうちの母ちゃんが、あれは絶対渡辺美月だって」
「渡辺美月、ってあの大女優の? って、お前の母ちゃん会ったのかよ?」
東山が怪訝そうな顔をした。
「成瀬の次が俺で、呼びに来てくれたんだよ、成瀬のお母さんが」
「バッカ言え、そんな大女優とかの子供がうちみたいな三流の公立なんかにいるはずねぇだろ」
「ぜって、そうだって、昨日、テレビ観てたら、ほんっとに成瀬のお母さん、出てたもん」
「他人のそら似だって」
二人のやり取りに坂本は口を挟まなかったが、渡辺というキーワードが引っかかったからだ。
で、検索してみたところ、ビンゴだった。
さらに美月についての記事を探っていくと、彼女の息子が暴力沙汰を起こしただの、母親失格だの、美月に対するバッシング記事が出てきた。
「なるほどね………」
この事件は知り合いからの情報の方が信憑性がありそうだった。
あの成瀬を知ってれば、こんな記事嘘っぱちだってことくらいわかるってもんだ。
記事の嘘くささにイラついている坂本の携帯がコールした。
「おう、わりぃな。へ、隣んちの子が聖城? それで?」
中学の時のクラスメイトからだった。
「それがだ、ちょうどその事件あった頃、その子の隣のクラスが渡辺のクラスで、友達がいたらしくてよく知ってたぜ。渡辺ってさ、アイドルっぽい顔に頭よくて、クラス委員とかやって、女には人気あったみたいだが、あの事件のあと、クラス中にシカトされてさ、何か結構陰険なイジメ受けてたみたいだぜ。裏サイトとかでさ、その子もその友達も可哀想だと思ってたらしいが、かばったりして矛先が自分に向けられるのも嫌だったみたいで」
「フン、それで」
ありがちな話だ。大抵、群れないでいられるやつのが少ないからな。
「でもいい加減、そのうち渡辺もキレたみたいで。何せ彼女かばって、襲ってきたチンピラども、腕折るわ、肋骨折るわ、相当強かったんだろ、今度は、本気でみんな近寄らなくなったみてぇで」
「彼女かばって喧嘩したのか? あいつ。んで、その彼女って、名前は? 今聖城高?」
「和泉真奈。事件の後別れたみたいで、高校から白河女学院行ったって。その前に渡辺は三年の時に転校したみてぇだけど、残念ながらどこだかは知らないってよ」
「そっか。ありがとよ」
携帯を切ってから、坂本は腕組みをしたままタブレットの画面をぼんやり見つめていた。
彼女守って喧嘩して、何が悪いってんだよ!
あいつ、何も悪くねぇじゃん。
聞けば聞くほど坂本の方が腹が立ってきた。
あ、白河女学院行った彼女って、あれか。前に、東や啓太が言ってた、マックで成瀬が女の子泣かした事件……。
それでも、佑人が目立たないよう、存在感を消しているみたいにわざとひっそりとしている理由がわかったような気がした。
自分の起こした事件で、母親が矢面に立ったのだ、成瀬はおそらくそんなことは二度と嫌だと思ったに違いない。
にしても不器用なやっちゃな……せっかく苗字も違うし、自分知らないやつらばっかなんだぜ? 高校生デビューするとかよ。
静けさを打ち破るようにドアが開いてまず大きな犬が駆け込んできた。
「練、コーヒーと何か食うもん!」
後から入ってきた力は、そう言うなりダウンジャケットを脱いで、坂本が座っている横に放った。
「なあにやってんだよ、てめ、こそこそと」
チラリと坂本のタブレットに目をやった力は険しい視線を坂本に向ける。
「別に」
坂本はタブレットを閉じると自分の鞄に入れ、少し冷めたコーヒーを飲みほした。
「成瀬に一応弁明しといたからな。お前が俺の名前を騙ったんで、仕方なく俺は口裏を合わせただけだってな」
タローに水を飲ませている力は、「何だよ、その言いぐさ」と坂本を睨む。
「事実だろ? どのみち、てめぇは成瀬に嫌われてるんだから、今更だろ」
フンとソファにふんぞり返る力は苦々しい顔をしている。
その時、何か引っかかりがあった気がしていたそれが何なのか、坂本は思い至った。
そうだ、あいつ、こう言ったんだ。
『山本は俺のこと嫌ってるから、自分の名前も名乗りたくなかったんだろ」
引っかかったのはその言い方だった。
成瀬が力を嫌っているんだと思っていたんだが………。
いや、二人とも顔を合わせればまるで親の仇みたいに喧々囂々じゃん。やっぱ、水と油、なんだよ。
「一応、やつのことも忠告しといたが、成瀬、てんで聞く耳もたねぇし」
「やつのこと?」
「上谷だよ。俺の情報網によると、あいつかなりタチ悪いってよ」
力は益々眉間に皺を寄せて表情を険しくする。
「フン、上谷か」
「いや、成瀬のことだし、あんな野郎の誘いに乗ったりしないと思うが」
「誘い? やつが成瀬を何誘ってんだよ」
「いや、ちょっとな」
力は坂本の肩を力任せに掴んだ。
「ちょっと、何だ?」
睨みつける力を坂本も睨み返す。
「だから上谷のやつ、バレンタインパーティとかに成瀬誘ってたんだよ」
仕方なく坂本は白状する。
「何だよ、そりゃ!」
坂本は力の手を引き剥がした。
思わず叫んでしまったのは、明らかに美月には佑人の面差しがあったからだ。
「やっぱ、そっか」
ああこの女優か。
渡辺美月の名前を聞いたのは今日の帰りがけのことだ。
たまたま校門を出たところで啓太や東山と顔を合わせ、一緒に歩くうち、啓太が三者面談の話を始めて、「そういえばさ、成瀬のお母さんってさ」と言い出した。
「前に、成瀬んちに行った時もすんげ、美人だと思ったけどさ、面談のあとうちの母ちゃんが、あれは絶対渡辺美月だって」
「渡辺美月、ってあの大女優の? って、お前の母ちゃん会ったのかよ?」
東山が怪訝そうな顔をした。
「成瀬の次が俺で、呼びに来てくれたんだよ、成瀬のお母さんが」
「バッカ言え、そんな大女優とかの子供がうちみたいな三流の公立なんかにいるはずねぇだろ」
「ぜって、そうだって、昨日、テレビ観てたら、ほんっとに成瀬のお母さん、出てたもん」
「他人のそら似だって」
二人のやり取りに坂本は口を挟まなかったが、渡辺というキーワードが引っかかったからだ。
で、検索してみたところ、ビンゴだった。
さらに美月についての記事を探っていくと、彼女の息子が暴力沙汰を起こしただの、母親失格だの、美月に対するバッシング記事が出てきた。
「なるほどね………」
この事件は知り合いからの情報の方が信憑性がありそうだった。
あの成瀬を知ってれば、こんな記事嘘っぱちだってことくらいわかるってもんだ。
記事の嘘くささにイラついている坂本の携帯がコールした。
「おう、わりぃな。へ、隣んちの子が聖城? それで?」
中学の時のクラスメイトからだった。
「それがだ、ちょうどその事件あった頃、その子の隣のクラスが渡辺のクラスで、友達がいたらしくてよく知ってたぜ。渡辺ってさ、アイドルっぽい顔に頭よくて、クラス委員とかやって、女には人気あったみたいだが、あの事件のあと、クラス中にシカトされてさ、何か結構陰険なイジメ受けてたみたいだぜ。裏サイトとかでさ、その子もその友達も可哀想だと思ってたらしいが、かばったりして矛先が自分に向けられるのも嫌だったみたいで」
「フン、それで」
ありがちな話だ。大抵、群れないでいられるやつのが少ないからな。
「でもいい加減、そのうち渡辺もキレたみたいで。何せ彼女かばって、襲ってきたチンピラども、腕折るわ、肋骨折るわ、相当強かったんだろ、今度は、本気でみんな近寄らなくなったみてぇで」
「彼女かばって喧嘩したのか? あいつ。んで、その彼女って、名前は? 今聖城高?」
「和泉真奈。事件の後別れたみたいで、高校から白河女学院行ったって。その前に渡辺は三年の時に転校したみてぇだけど、残念ながらどこだかは知らないってよ」
「そっか。ありがとよ」
携帯を切ってから、坂本は腕組みをしたままタブレットの画面をぼんやり見つめていた。
彼女守って喧嘩して、何が悪いってんだよ!
あいつ、何も悪くねぇじゃん。
聞けば聞くほど坂本の方が腹が立ってきた。
あ、白河女学院行った彼女って、あれか。前に、東や啓太が言ってた、マックで成瀬が女の子泣かした事件……。
それでも、佑人が目立たないよう、存在感を消しているみたいにわざとひっそりとしている理由がわかったような気がした。
自分の起こした事件で、母親が矢面に立ったのだ、成瀬はおそらくそんなことは二度と嫌だと思ったに違いない。
にしても不器用なやっちゃな……せっかく苗字も違うし、自分知らないやつらばっかなんだぜ? 高校生デビューするとかよ。
静けさを打ち破るようにドアが開いてまず大きな犬が駆け込んできた。
「練、コーヒーと何か食うもん!」
後から入ってきた力は、そう言うなりダウンジャケットを脱いで、坂本が座っている横に放った。
「なあにやってんだよ、てめ、こそこそと」
チラリと坂本のタブレットに目をやった力は険しい視線を坂本に向ける。
「別に」
坂本はタブレットを閉じると自分の鞄に入れ、少し冷めたコーヒーを飲みほした。
「成瀬に一応弁明しといたからな。お前が俺の名前を騙ったんで、仕方なく俺は口裏を合わせただけだってな」
タローに水を飲ませている力は、「何だよ、その言いぐさ」と坂本を睨む。
「事実だろ? どのみち、てめぇは成瀬に嫌われてるんだから、今更だろ」
フンとソファにふんぞり返る力は苦々しい顔をしている。
その時、何か引っかかりがあった気がしていたそれが何なのか、坂本は思い至った。
そうだ、あいつ、こう言ったんだ。
『山本は俺のこと嫌ってるから、自分の名前も名乗りたくなかったんだろ」
引っかかったのはその言い方だった。
成瀬が力を嫌っているんだと思っていたんだが………。
いや、二人とも顔を合わせればまるで親の仇みたいに喧々囂々じゃん。やっぱ、水と油、なんだよ。
「一応、やつのことも忠告しといたが、成瀬、てんで聞く耳もたねぇし」
「やつのこと?」
「上谷だよ。俺の情報網によると、あいつかなりタチ悪いってよ」
力は益々眉間に皺を寄せて表情を険しくする。
「フン、上谷か」
「いや、成瀬のことだし、あんな野郎の誘いに乗ったりしないと思うが」
「誘い? やつが成瀬を何誘ってんだよ」
「いや、ちょっとな」
力は坂本の肩を力任せに掴んだ。
「ちょっと、何だ?」
睨みつける力を坂本も睨み返す。
「だから上谷のやつ、バレンタインパーティとかに成瀬誘ってたんだよ」
仕方なく坂本は白状する。
「何だよ、そりゃ!」
坂本は力の手を引き剥がした。
2
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
たまにはゆっくり、歩きませんか?
隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。
よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。
世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
腐男子ですが何か?
みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。
ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。
そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。
幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。
そしてついに高校入試の試験。
見事特待生と首席をもぎとったのだ。
「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ!
って。え?
首席って…めっちゃ目立つくねぇ?!
やっちまったぁ!!」
この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる