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空は遠く 53
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「フーン……あっ!」
思わず叫んでしまったのは、明らかに美月には佑人の面差しがあったからだ。
「やっぱ、そっか」
ああこの女優か。
渡辺美月の名前を聞いたのは今日の帰りがけのことだ。
たまたま校門を出たところで啓太や東山と顔を合わせ、一緒に歩くうち、啓太が三者面談の話を始めて、「そういえばさ、成瀬のお母さんってさ」と言い出した。
「前に、成瀬んちに行った時もすんげ、美人だと思ったけどさ、面談のあとうちの母ちゃんが、あれは絶対渡辺美月だって」
「渡辺美月、ってあの大女優の? って、お前の母ちゃん会ったのかよ?」
東山が怪訝そうな顔をした。
「成瀬の次が俺で、呼びに来てくれたんだよ、成瀬のお母さんが」
「バッカ言え、そんな大女優とかの子供がうちみたいな三流の公立なんかにいるはずねぇだろ」
「ぜって、そうだって、昨日、テレビ観てたら、ほんっとに成瀬のお母さん、出てたもん」
「他人のそら似だって」
二人のやり取りに坂本は口を挟まなかったが、渡辺というキーワードが引っかかったからだ。
で、検索してみたところ、ビンゴだった。
さらに美月についての記事を探っていくと、彼女の息子が暴力沙汰を起こしただの、母親失格だの、美月に対するバッシング記事が出てきた。
「なるほどね………」
この事件は知り合いからの情報の方が信憑性がありそうだった。
あの成瀬を知ってれば、こんな記事嘘っぱちだってことくらいわかるってもんだ。
記事の嘘くささにイラついている坂本の携帯がコールした。
「おう、わりぃな。へ、隣んちの子が聖城? それで?」
中学の時のクラスメイトからだった。
「それがだ、ちょうどその事件あった頃、その子の隣のクラスが渡辺のクラスで、友達がいたらしくてよく知ってたぜ。渡辺ってさ、アイドルっぽい顔に頭よくて、クラス委員とかやって、女には人気あったみたいだが、あの事件のあと、クラス中にシカトされてさ、何か結構陰険なイジメ受けてたみたいだぜ。裏サイトとかでさ、その子もその友達も可哀想だと思ってたらしいが、かばったりして矛先が自分に向けられるのも嫌だったみたいで」
「フン、それで」
ありがちな話だ。大抵、群れないでいられるやつのが少ないからな。
「でもいい加減、そのうち渡辺もキレたみたいで。何せ彼女かばって、襲ってきたチンピラども、腕折るわ、肋骨折るわ、相当強かったんだろ、今度は、本気でみんな近寄らなくなったみてぇで」
「彼女かばって喧嘩したのか? あいつ。んで、その彼女って、名前は? 今聖城高?」
「和泉真奈。事件の後別れたみたいで、高校から白河女学院行ったって。その前に渡辺は三年の時に転校したみてぇだけど、残念ながらどこだかは知らないってよ」
「そっか。ありがとよ」
携帯を切ってから、坂本は腕組みをしたままタブレットの画面をぼんやり見つめていた。
彼女守って喧嘩して、何が悪いってんだよ!
あいつ、何も悪くねぇじゃん。
聞けば聞くほど坂本の方が腹が立ってきた。
あ、白河女学院行った彼女って、あれか。前に、東や啓太が言ってた、マックで成瀬が女の子泣かした事件……。
それでも、佑人が目立たないよう、存在感を消しているみたいにわざとひっそりとしている理由がわかったような気がした。
自分の起こした事件で、母親が矢面に立ったのだ、成瀬はおそらくそんなことは二度と嫌だと思ったに違いない。
にしても不器用なやっちゃな……せっかく苗字も違うし、自分知らないやつらばっかなんだぜ? 高校生デビューするとかよ。
静けさを打ち破るようにドアが開いてまず大きな犬が駆け込んできた。
「練、コーヒーと何か食うもん!」
後から入ってきた力は、そう言うなりダウンジャケットを脱いで、坂本が座っている横に放った。
「なあにやってんだよ、てめ、こそこそと」
チラリと坂本のタブレットに目をやった力は険しい視線を坂本に向ける。
「別に」
坂本はタブレットを閉じると自分の鞄に入れ、少し冷めたコーヒーを飲みほした。
「成瀬に一応弁明しといたからな。お前が俺の名前を騙ったんで、仕方なく俺は口裏を合わせただけだってな」
タローに水を飲ませている力は、「何だよ、その言いぐさ」と坂本を睨む。
「事実だろ? どのみち、てめぇは成瀬に嫌われてるんだから、今更だろ」
フンとソファにふんぞり返る力は苦々しい顔をしている。
その時、何か引っかかりがあった気がしていたそれが何なのか、坂本は思い至った。
そうだ、あいつ、こう言ったんだ。
『山本は俺のこと嫌ってるから、自分の名前も名乗りたくなかったんだろ」
引っかかったのはその言い方だった。
成瀬が力を嫌っているんだと思っていたんだが………。
いや、二人とも顔を合わせればまるで親の仇みたいに喧々囂々じゃん。やっぱ、水と油、なんだよ。
「一応、やつのことも忠告しといたが、成瀬、てんで聞く耳もたねぇし」
「やつのこと?」
「上谷だよ。俺の情報網によると、あいつかなりタチ悪いってよ」
力は益々眉間に皺を寄せて表情を険しくする。
「フン、上谷か」
「いや、成瀬のことだし、あんな野郎の誘いに乗ったりしないと思うが」
「誘い? やつが成瀬を何誘ってんだよ」
「いや、ちょっとな」
力は坂本の肩を力任せに掴んだ。
「ちょっと、何だ?」
睨みつける力を坂本も睨み返す。
「だから上谷のやつ、バレンタインパーティとかに成瀬誘ってたんだよ」
仕方なく坂本は白状する。
「何だよ、そりゃ!」
坂本は力の手を引き剥がした。
思わず叫んでしまったのは、明らかに美月には佑人の面差しがあったからだ。
「やっぱ、そっか」
ああこの女優か。
渡辺美月の名前を聞いたのは今日の帰りがけのことだ。
たまたま校門を出たところで啓太や東山と顔を合わせ、一緒に歩くうち、啓太が三者面談の話を始めて、「そういえばさ、成瀬のお母さんってさ」と言い出した。
「前に、成瀬んちに行った時もすんげ、美人だと思ったけどさ、面談のあとうちの母ちゃんが、あれは絶対渡辺美月だって」
「渡辺美月、ってあの大女優の? って、お前の母ちゃん会ったのかよ?」
東山が怪訝そうな顔をした。
「成瀬の次が俺で、呼びに来てくれたんだよ、成瀬のお母さんが」
「バッカ言え、そんな大女優とかの子供がうちみたいな三流の公立なんかにいるはずねぇだろ」
「ぜって、そうだって、昨日、テレビ観てたら、ほんっとに成瀬のお母さん、出てたもん」
「他人のそら似だって」
二人のやり取りに坂本は口を挟まなかったが、渡辺というキーワードが引っかかったからだ。
で、検索してみたところ、ビンゴだった。
さらに美月についての記事を探っていくと、彼女の息子が暴力沙汰を起こしただの、母親失格だの、美月に対するバッシング記事が出てきた。
「なるほどね………」
この事件は知り合いからの情報の方が信憑性がありそうだった。
あの成瀬を知ってれば、こんな記事嘘っぱちだってことくらいわかるってもんだ。
記事の嘘くささにイラついている坂本の携帯がコールした。
「おう、わりぃな。へ、隣んちの子が聖城? それで?」
中学の時のクラスメイトからだった。
「それがだ、ちょうどその事件あった頃、その子の隣のクラスが渡辺のクラスで、友達がいたらしくてよく知ってたぜ。渡辺ってさ、アイドルっぽい顔に頭よくて、クラス委員とかやって、女には人気あったみたいだが、あの事件のあと、クラス中にシカトされてさ、何か結構陰険なイジメ受けてたみたいだぜ。裏サイトとかでさ、その子もその友達も可哀想だと思ってたらしいが、かばったりして矛先が自分に向けられるのも嫌だったみたいで」
「フン、それで」
ありがちな話だ。大抵、群れないでいられるやつのが少ないからな。
「でもいい加減、そのうち渡辺もキレたみたいで。何せ彼女かばって、襲ってきたチンピラども、腕折るわ、肋骨折るわ、相当強かったんだろ、今度は、本気でみんな近寄らなくなったみてぇで」
「彼女かばって喧嘩したのか? あいつ。んで、その彼女って、名前は? 今聖城高?」
「和泉真奈。事件の後別れたみたいで、高校から白河女学院行ったって。その前に渡辺は三年の時に転校したみてぇだけど、残念ながらどこだかは知らないってよ」
「そっか。ありがとよ」
携帯を切ってから、坂本は腕組みをしたままタブレットの画面をぼんやり見つめていた。
彼女守って喧嘩して、何が悪いってんだよ!
あいつ、何も悪くねぇじゃん。
聞けば聞くほど坂本の方が腹が立ってきた。
あ、白河女学院行った彼女って、あれか。前に、東や啓太が言ってた、マックで成瀬が女の子泣かした事件……。
それでも、佑人が目立たないよう、存在感を消しているみたいにわざとひっそりとしている理由がわかったような気がした。
自分の起こした事件で、母親が矢面に立ったのだ、成瀬はおそらくそんなことは二度と嫌だと思ったに違いない。
にしても不器用なやっちゃな……せっかく苗字も違うし、自分知らないやつらばっかなんだぜ? 高校生デビューするとかよ。
静けさを打ち破るようにドアが開いてまず大きな犬が駆け込んできた。
「練、コーヒーと何か食うもん!」
後から入ってきた力は、そう言うなりダウンジャケットを脱いで、坂本が座っている横に放った。
「なあにやってんだよ、てめ、こそこそと」
チラリと坂本のタブレットに目をやった力は険しい視線を坂本に向ける。
「別に」
坂本はタブレットを閉じると自分の鞄に入れ、少し冷めたコーヒーを飲みほした。
「成瀬に一応弁明しといたからな。お前が俺の名前を騙ったんで、仕方なく俺は口裏を合わせただけだってな」
タローに水を飲ませている力は、「何だよ、その言いぐさ」と坂本を睨む。
「事実だろ? どのみち、てめぇは成瀬に嫌われてるんだから、今更だろ」
フンとソファにふんぞり返る力は苦々しい顔をしている。
その時、何か引っかかりがあった気がしていたそれが何なのか、坂本は思い至った。
そうだ、あいつ、こう言ったんだ。
『山本は俺のこと嫌ってるから、自分の名前も名乗りたくなかったんだろ」
引っかかったのはその言い方だった。
成瀬が力を嫌っているんだと思っていたんだが………。
いや、二人とも顔を合わせればまるで親の仇みたいに喧々囂々じゃん。やっぱ、水と油、なんだよ。
「一応、やつのことも忠告しといたが、成瀬、てんで聞く耳もたねぇし」
「やつのこと?」
「上谷だよ。俺の情報網によると、あいつかなりタチ悪いってよ」
力は益々眉間に皺を寄せて表情を険しくする。
「フン、上谷か」
「いや、成瀬のことだし、あんな野郎の誘いに乗ったりしないと思うが」
「誘い? やつが成瀬を何誘ってんだよ」
「いや、ちょっとな」
力は坂本の肩を力任せに掴んだ。
「ちょっと、何だ?」
睨みつける力を坂本も睨み返す。
「だから上谷のやつ、バレンタインパーティとかに成瀬誘ってたんだよ」
仕方なく坂本は白状する。
「何だよ、そりゃ!」
坂本は力の手を引き剥がした。
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