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空は遠く 52
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「聖城学園……これだっけか? 武蔵小杉……」
それは中高一貫教育の割とレベルの高い、お坊ちゃまお嬢様学校だと、坂本も耳にしたことがあった。
「多分、これのような気がする。あれ、ちょっと待てよ、俺、根本的なこと忘れてた。前は渡辺だったのが今成瀬ってことは、あいつの親、離婚、いや、再婚でもしたのか?」
坂本は佑人の兄のことを思い出した。
「あの兄弟、よく似てたし、てことは、あいつの親父が成瀬で、中学ン頃、あいつのおふくろさんが兄弟つれて再婚したとか?」
しばし首を捻っていた坂本だが、それはおいといて聖城学園中学の情報を知っていそうな友人知人からメールで収集することにした。
六限目が終わるのをイラつきながら待っていた坂本は、終了のチャイムが鳴ったとたん、教室を飛び出した。
「ちょっと、坂本くん、日直!」
当番の相方である女生徒が大きな声で呼んだ。
「わりぃ、すぐ戻る!」
仁王立ちになって坂本を睨みつけている女生徒に適当な言葉を返し、坂本は隣の教室を覗いた。
「成瀬!」
佑人は教室の後ろにあるロッカーからコートを取り出しているところだった。
「ちょっと来い」
坂本はリュックとコートを持った佑人の腕を掴むと、そのまま教室を出て進路指導や三者会談などに使われる小会議室のドアを開けた。
「一体何の用だ?」
佑人は明らかにムッとした顔で、坂本を見た。
「二つある」
坂本は佑人の視線をまともに見据えた。
「一つは、力が俺の名前を騙ったことだ。俺は仕方なく口裏を合わせざるを得なくなって成瀬の兄さんとかにも俺が山本ってことになっちまった。俺にはそんなつもりは金輪際なかったんだ」
佑人はふっと笑った。
「そのことか。別に気にしてないし。山本は俺のこと嫌ってるから、自分の名前も名乗りたくなかったんだろ。柳沢さんが家庭教師やってるのはちゃんと坂本なんだし」
「ああ、うん、とにかく、悪かったよ」
「で、二つ目は?」
催促されて坂本は少し逡巡しながら言った。
「いや、俺には成瀬の交友関係にとやかくいう権利はないだろうが、一応、言っときたい。上谷のことだが、あいつには気をつけた方がいい」
「え?」
上目づかいにほんの少し頼りなげな眼差しを向けられて、坂本は一瞬ドキリとした。
「まあ、俺が言うのもなんだけど、あいつ結構遊んでるみたいで、六本木あたりのクラブとかでモデルの女とかさ。知り合いから聞いた話なんだが、あいつかなり外道なことも平気でやるやつらしいって」
佑人にも坂本が真剣なのは伝わった。
「らしいって、坂本が実際見たわけじゃないだろ?」
だがそれをそのまま受け取っていいかどうかは別の話だ。
「そりゃ、そうだが……」
佑人の切り返しはもっともである。
「事実じゃないという保証もないぜ?」
「それだけなら、もう帰るよ」
「待てよ! お前、バ………」
坂本は背を向ける佑人をもどかしげに呼び止めた。
佑人は坂本を振り返る。
バレンタインパーティに行くつもりかと聞きそうになって、坂本は危うくとどめた。盗み聞きしていたことをうっかりバラすところだった。
「いや、マジ忠告しとく。あいつ、男も食うってよ」
佑人がその言葉の意味をはっきり把握するまでしばし間があった。
「ご忠告ありがとう」
そのまま佑人は部屋を出て行った。
一人取り残され、どうにもできない無力感を感じた坂本はふうとため息をついた。
結構近くまできたと思っても、佑人は鉄壁なガードを固めていてそこから先に近づくのを許さない、そんな感じだ。
「ひょっとして中学の時のことってのが何か関係してるとか?」
思うようにいかないことにイラついて、坂本は傍にあった机を蹴飛ばした。
「……クッソ、こうなったら、絶対、調べてやる!」
昼のやり取りを聞いてる分には、あの上谷に対してもそうそう気を許している雰囲気でもなかったし、と取り敢えず自分を落ち着かせた坂本は、怒っているだろう日直の相手の元へ戻っていった。
バレンタインデーも間近になった平日の夕方、「ワンちゃん猫ちゃんとご一緒に カフェ・リリィ」では、少々強面だが、コーヒーを淹れさせたら、どんなバリスタも真っ青と称する練が、今日も店を取り仕切っている。
「どんなすげぇ味のコーヒーなんだよ」
常連とはいえ、どちらかというとしょっちゅう店の一等席である奥のソファを陣取っているだけというクソ生意気な男子高校生が、持ち歩いているタブレットに何やら打ち込んでいる。
「すげぇ美味いに決まってるだろ」
入ってすぐのショーケースには人間用のチョコレートケーキの隣にはワンちゃん用のバレンタインデーケーキやらクッキーやらが、なかなか可愛らしく並んでいる。
「坂本ちゃん、何? 勉強?」
美味しく淹れたコーヒーを練がテーブルに置いた。
「いや、ちょっとね、調べ物」
キーボードを打つ間にもテーブルに置いた坂本の携帯にメールが入る。
「え、何? 渡辺美月って、坂本っちゃんも好きだった?」
坂本が打ち込んだ名前を見て練が尋ねる。
「も、ってことは練さん、ターゲット圏内とか? 俺、名前と顔がイマイチ一致しなくて」
「いやあ、美人で明るくてさ、着物なんかだったら、何つうか小股の切れ上がった粋でいい女って感じ? よっ、姉御、みたいな。ところが、ドレスなんか着せたら小顔でプロポーションいいしな」
「へえ、そうだっけ」
「CMとかよく出てるぜ」
練が強面を崩してたわごとを口にしている間に、検索していた渡辺美月の画像がいくつか表示され、坂本はクリックして拡大した。
それは中高一貫教育の割とレベルの高い、お坊ちゃまお嬢様学校だと、坂本も耳にしたことがあった。
「多分、これのような気がする。あれ、ちょっと待てよ、俺、根本的なこと忘れてた。前は渡辺だったのが今成瀬ってことは、あいつの親、離婚、いや、再婚でもしたのか?」
坂本は佑人の兄のことを思い出した。
「あの兄弟、よく似てたし、てことは、あいつの親父が成瀬で、中学ン頃、あいつのおふくろさんが兄弟つれて再婚したとか?」
しばし首を捻っていた坂本だが、それはおいといて聖城学園中学の情報を知っていそうな友人知人からメールで収集することにした。
六限目が終わるのをイラつきながら待っていた坂本は、終了のチャイムが鳴ったとたん、教室を飛び出した。
「ちょっと、坂本くん、日直!」
当番の相方である女生徒が大きな声で呼んだ。
「わりぃ、すぐ戻る!」
仁王立ちになって坂本を睨みつけている女生徒に適当な言葉を返し、坂本は隣の教室を覗いた。
「成瀬!」
佑人は教室の後ろにあるロッカーからコートを取り出しているところだった。
「ちょっと来い」
坂本はリュックとコートを持った佑人の腕を掴むと、そのまま教室を出て進路指導や三者会談などに使われる小会議室のドアを開けた。
「一体何の用だ?」
佑人は明らかにムッとした顔で、坂本を見た。
「二つある」
坂本は佑人の視線をまともに見据えた。
「一つは、力が俺の名前を騙ったことだ。俺は仕方なく口裏を合わせざるを得なくなって成瀬の兄さんとかにも俺が山本ってことになっちまった。俺にはそんなつもりは金輪際なかったんだ」
佑人はふっと笑った。
「そのことか。別に気にしてないし。山本は俺のこと嫌ってるから、自分の名前も名乗りたくなかったんだろ。柳沢さんが家庭教師やってるのはちゃんと坂本なんだし」
「ああ、うん、とにかく、悪かったよ」
「で、二つ目は?」
催促されて坂本は少し逡巡しながら言った。
「いや、俺には成瀬の交友関係にとやかくいう権利はないだろうが、一応、言っときたい。上谷のことだが、あいつには気をつけた方がいい」
「え?」
上目づかいにほんの少し頼りなげな眼差しを向けられて、坂本は一瞬ドキリとした。
「まあ、俺が言うのもなんだけど、あいつ結構遊んでるみたいで、六本木あたりのクラブとかでモデルの女とかさ。知り合いから聞いた話なんだが、あいつかなり外道なことも平気でやるやつらしいって」
佑人にも坂本が真剣なのは伝わった。
「らしいって、坂本が実際見たわけじゃないだろ?」
だがそれをそのまま受け取っていいかどうかは別の話だ。
「そりゃ、そうだが……」
佑人の切り返しはもっともである。
「事実じゃないという保証もないぜ?」
「それだけなら、もう帰るよ」
「待てよ! お前、バ………」
坂本は背を向ける佑人をもどかしげに呼び止めた。
佑人は坂本を振り返る。
バレンタインパーティに行くつもりかと聞きそうになって、坂本は危うくとどめた。盗み聞きしていたことをうっかりバラすところだった。
「いや、マジ忠告しとく。あいつ、男も食うってよ」
佑人がその言葉の意味をはっきり把握するまでしばし間があった。
「ご忠告ありがとう」
そのまま佑人は部屋を出て行った。
一人取り残され、どうにもできない無力感を感じた坂本はふうとため息をついた。
結構近くまできたと思っても、佑人は鉄壁なガードを固めていてそこから先に近づくのを許さない、そんな感じだ。
「ひょっとして中学の時のことってのが何か関係してるとか?」
思うようにいかないことにイラついて、坂本は傍にあった机を蹴飛ばした。
「……クッソ、こうなったら、絶対、調べてやる!」
昼のやり取りを聞いてる分には、あの上谷に対してもそうそう気を許している雰囲気でもなかったし、と取り敢えず自分を落ち着かせた坂本は、怒っているだろう日直の相手の元へ戻っていった。
バレンタインデーも間近になった平日の夕方、「ワンちゃん猫ちゃんとご一緒に カフェ・リリィ」では、少々強面だが、コーヒーを淹れさせたら、どんなバリスタも真っ青と称する練が、今日も店を取り仕切っている。
「どんなすげぇ味のコーヒーなんだよ」
常連とはいえ、どちらかというとしょっちゅう店の一等席である奥のソファを陣取っているだけというクソ生意気な男子高校生が、持ち歩いているタブレットに何やら打ち込んでいる。
「すげぇ美味いに決まってるだろ」
入ってすぐのショーケースには人間用のチョコレートケーキの隣にはワンちゃん用のバレンタインデーケーキやらクッキーやらが、なかなか可愛らしく並んでいる。
「坂本ちゃん、何? 勉強?」
美味しく淹れたコーヒーを練がテーブルに置いた。
「いや、ちょっとね、調べ物」
キーボードを打つ間にもテーブルに置いた坂本の携帯にメールが入る。
「え、何? 渡辺美月って、坂本っちゃんも好きだった?」
坂本が打ち込んだ名前を見て練が尋ねる。
「も、ってことは練さん、ターゲット圏内とか? 俺、名前と顔がイマイチ一致しなくて」
「いやあ、美人で明るくてさ、着物なんかだったら、何つうか小股の切れ上がった粋でいい女って感じ? よっ、姉御、みたいな。ところが、ドレスなんか着せたら小顔でプロポーションいいしな」
「へえ、そうだっけ」
「CMとかよく出てるぜ」
練が強面を崩してたわごとを口にしている間に、検索していた渡辺美月の画像がいくつか表示され、坂本はクリックして拡大した。
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