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空は遠く 51
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力のことなんかより、俺は、どうなんだよ。
坂本は寒い中庭で昼を食べ終えると立ち上がった。
前に、成瀬にキスしそうになったのは、身体が勝手に動いてた、ってことは、やっぱ、成瀬のことそういう意味で考えてるんだろうな、俺。
成瀬には思いっきり拒否られたけどな。
だからって、あんなヤツにやられるなんて許せねぇんだよ!
拳を固めて立ち上がった坂本はぐるりと校舎を見回した。
「生徒会室って手もあったか」
どこに行ったかわからない佑人を闇雲に探しても仕方がないだろうし、ダメもとで生徒会室のある東棟へと向かった。
東棟の二階は、生徒会室のほかは会議室や備品倉庫があるくらいであまり人通りはない。
二階への階段を上がって廊下を見回すと、ちょうど生徒会室のドアが開いた。
わ、成瀬! ビンゴ!
思わず階段へ引き返した坂本は二人から身を隠した。
聞こえてきたのは案の定英語である。
上谷だ。
金曜日の夜、バレンタインパーティに行かないか、だと?
こそっと壁の影から覗くと、佑人は立ち止まってそれを断っていた。
「成瀬は断れないよ。中学の時のこと周りに知られるのいやだろ?」
今度ははっきりとした日本語が坂本の耳に届く。
何だ? 中学の時のことって?
「そんなこと、別に構わないって言ったはずだ」
「フン、冗談だよ。だけど、たまにはパーティくらいいいだろ? 成瀬なんか一日くらい勉強さぼったってどうってことないじゃないか? せっかくのバレンタインデーだし、予定があるならいいけど」
「勉強って、そんな無理してるわけじゃない」
「じゃあ、行こうよ」
「考えておく」
二人がこちらに来るようすを見せたので、坂本は慌てて、しかし足音をなるべくさせないように足の長さを利用して階段を駆け下りた。
「気づかれなかったよな?」
東棟から出てから坂本はちょっと振り返った。
二人が東棟から出てくるのが見えた。
「中学って、あいつ、そういや、どこ中だっけ?」
佑人の小学校の記憶はあった。
佑人は否定したが、四年生だったか、五年生だったかの時、転校してきたはずだ。
すんげぇ可愛い子が入ってきたってんで、俺、わざわざ見に行ったんだよな。
てっきり女だと思ったら男で、しかも時々英語なんかしゃべるとかで、女は騒いでたけど、男は面白くないって。
でも俺は気になってて、そしたら六年の時、一緒のクラスになったんだ。大人しくて、割とひとりでいたな。今みたく、気が強い感じじゃなくて。
仲間に入ればいいと思ってたんだが。
そうだ、いつだっけ、あれは確か夏休み明けだったか、渋谷にみんなで繰り出すって時、何か仲間入りたそうな気がしたから、あれ? 何だっけ、そう、あいつ、力のこと呼んだんだ。
仲間に入るかってあいつに聞いたら、そん時、力のやつ、なまっちろいやつ連れて行けるかとか、そんなこと言ったんだ。
そん時のこと根に持ってて、あいつ、力のこと嫌ってるとか? まさかね、そんなガキん時のこと。
坂本の脳裏に、その頃の佑人に関する記憶が次々と流れ込んできた。
「そういえば小学校の卒業式ん時、渡辺はやっぱ私立か、とか担任が言ってて、そんで俺、渡辺はどこ行くんだって聞いた気が………うう、どこだっけ……」
ブツブツ言いながら教室に戻ってきた坂本は、隣のクラスを覗いた。
「力!」
戻ってきていた力を廊下まで引っ張ってくると、辺りを見回した。
「何だよ、一体」
「お前、成瀬、どこ中だったか、知ってるか?」
声を落として坂本は尋ねた。すると一瞬、力の目が険しくなった。
「さあ? 何で、んなこと聞くんだ?」
すぐにいつもの皮肉っぽい笑みを浮かべて力は聞き返す。
坂本はどうやら力は知っていて、だが何故か話すつもりはないという意志を見て取った。
「……いや、ならいい」
予鈴が鳴り、佑人が教室に戻るのを視界の端に見ながら、坂本は自分の教室に戻った。
なーにがあった、中学ん時。クッソ、力のヤツ、ひょっとしてそのことも知ってるのか? 成瀬に直に聞いても答えないだろうしな。あいつ、俺が渡辺だろうって聞いたら否定しやがったし。
問題は、あの上谷のクソヤロウが、成瀬をそのことで脅してるってことだ。成瀬は知れたってかまわないとか言っていたが、おそらく隠したいことなんだろう。
大体、俺じゃあるまいし、成瀬みたいな成績のええとこのおぼっちゃんがうちの高校なんかくるのがおかしいだろ? 普通。中学、私立行ったやつが。
「坂本、答えろ」
呼ばれて坂本はハッと我にかえる。教壇では世界史の教師が睨みつけていた。授業中だってことさえ忘れていたらしい。
「え……っと、すみません、聞いてませんでした」
教師は眉を顰めながら、「いくら試験の結果がいいたって、気を抜くな」と文句を言った。
「すみません」
そう口にしつつも、もっと重大事があんだよ、と坂本は心の中で言い返す。
何だっけか、俺、聞いたんだよ、絶対! 成瀬の行った学校の名前。
坂本は授業が終わるまで悶々としていたが、休み時間になると携帯を取り出して、私立中学を検索した。
「えっと、何だっけな……」
画面に表示された近隣の私立中学の名前をじっと睨みつけていた坂本はスクロールする手を止める。
坂本は寒い中庭で昼を食べ終えると立ち上がった。
前に、成瀬にキスしそうになったのは、身体が勝手に動いてた、ってことは、やっぱ、成瀬のことそういう意味で考えてるんだろうな、俺。
成瀬には思いっきり拒否られたけどな。
だからって、あんなヤツにやられるなんて許せねぇんだよ!
拳を固めて立ち上がった坂本はぐるりと校舎を見回した。
「生徒会室って手もあったか」
どこに行ったかわからない佑人を闇雲に探しても仕方がないだろうし、ダメもとで生徒会室のある東棟へと向かった。
東棟の二階は、生徒会室のほかは会議室や備品倉庫があるくらいであまり人通りはない。
二階への階段を上がって廊下を見回すと、ちょうど生徒会室のドアが開いた。
わ、成瀬! ビンゴ!
思わず階段へ引き返した坂本は二人から身を隠した。
聞こえてきたのは案の定英語である。
上谷だ。
金曜日の夜、バレンタインパーティに行かないか、だと?
こそっと壁の影から覗くと、佑人は立ち止まってそれを断っていた。
「成瀬は断れないよ。中学の時のこと周りに知られるのいやだろ?」
今度ははっきりとした日本語が坂本の耳に届く。
何だ? 中学の時のことって?
「そんなこと、別に構わないって言ったはずだ」
「フン、冗談だよ。だけど、たまにはパーティくらいいいだろ? 成瀬なんか一日くらい勉強さぼったってどうってことないじゃないか? せっかくのバレンタインデーだし、予定があるならいいけど」
「勉強って、そんな無理してるわけじゃない」
「じゃあ、行こうよ」
「考えておく」
二人がこちらに来るようすを見せたので、坂本は慌てて、しかし足音をなるべくさせないように足の長さを利用して階段を駆け下りた。
「気づかれなかったよな?」
東棟から出てから坂本はちょっと振り返った。
二人が東棟から出てくるのが見えた。
「中学って、あいつ、そういや、どこ中だっけ?」
佑人の小学校の記憶はあった。
佑人は否定したが、四年生だったか、五年生だったかの時、転校してきたはずだ。
すんげぇ可愛い子が入ってきたってんで、俺、わざわざ見に行ったんだよな。
てっきり女だと思ったら男で、しかも時々英語なんかしゃべるとかで、女は騒いでたけど、男は面白くないって。
でも俺は気になってて、そしたら六年の時、一緒のクラスになったんだ。大人しくて、割とひとりでいたな。今みたく、気が強い感じじゃなくて。
仲間に入ればいいと思ってたんだが。
そうだ、いつだっけ、あれは確か夏休み明けだったか、渋谷にみんなで繰り出すって時、何か仲間入りたそうな気がしたから、あれ? 何だっけ、そう、あいつ、力のこと呼んだんだ。
仲間に入るかってあいつに聞いたら、そん時、力のやつ、なまっちろいやつ連れて行けるかとか、そんなこと言ったんだ。
そん時のこと根に持ってて、あいつ、力のこと嫌ってるとか? まさかね、そんなガキん時のこと。
坂本の脳裏に、その頃の佑人に関する記憶が次々と流れ込んできた。
「そういえば小学校の卒業式ん時、渡辺はやっぱ私立か、とか担任が言ってて、そんで俺、渡辺はどこ行くんだって聞いた気が………うう、どこだっけ……」
ブツブツ言いながら教室に戻ってきた坂本は、隣のクラスを覗いた。
「力!」
戻ってきていた力を廊下まで引っ張ってくると、辺りを見回した。
「何だよ、一体」
「お前、成瀬、どこ中だったか、知ってるか?」
声を落として坂本は尋ねた。すると一瞬、力の目が険しくなった。
「さあ? 何で、んなこと聞くんだ?」
すぐにいつもの皮肉っぽい笑みを浮かべて力は聞き返す。
坂本はどうやら力は知っていて、だが何故か話すつもりはないという意志を見て取った。
「……いや、ならいい」
予鈴が鳴り、佑人が教室に戻るのを視界の端に見ながら、坂本は自分の教室に戻った。
なーにがあった、中学ん時。クッソ、力のヤツ、ひょっとしてそのことも知ってるのか? 成瀬に直に聞いても答えないだろうしな。あいつ、俺が渡辺だろうって聞いたら否定しやがったし。
問題は、あの上谷のクソヤロウが、成瀬をそのことで脅してるってことだ。成瀬は知れたってかまわないとか言っていたが、おそらく隠したいことなんだろう。
大体、俺じゃあるまいし、成瀬みたいな成績のええとこのおぼっちゃんがうちの高校なんかくるのがおかしいだろ? 普通。中学、私立行ったやつが。
「坂本、答えろ」
呼ばれて坂本はハッと我にかえる。教壇では世界史の教師が睨みつけていた。授業中だってことさえ忘れていたらしい。
「え……っと、すみません、聞いてませんでした」
教師は眉を顰めながら、「いくら試験の結果がいいたって、気を抜くな」と文句を言った。
「すみません」
そう口にしつつも、もっと重大事があんだよ、と坂本は心の中で言い返す。
何だっけか、俺、聞いたんだよ、絶対! 成瀬の行った学校の名前。
坂本は授業が終わるまで悶々としていたが、休み時間になると携帯を取り出して、私立中学を検索した。
「えっと、何だっけな……」
画面に表示された近隣の私立中学の名前をじっと睨みつけていた坂本はスクロールする手を止める。
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