空は遠く

chatetlune

文字の大きさ
上 下
51 / 93

空は遠く 51

しおりを挟む
 力のことなんかより、俺は、どうなんだよ。
 坂本は寒い中庭で昼を食べ終えると立ち上がった。
 前に、成瀬にキスしそうになったのは、身体が勝手に動いてた、ってことは、やっぱ、成瀬のことそういう意味で考えてるんだろうな、俺。
 成瀬には思いっきり拒否られたけどな。
 だからって、あんなヤツにやられるなんて許せねぇんだよ!
 拳を固めて立ち上がった坂本はぐるりと校舎を見回した。
「生徒会室って手もあったか」
 どこに行ったかわからない佑人を闇雲に探しても仕方がないだろうし、ダメもとで生徒会室のある東棟へと向かった。
 東棟の二階は、生徒会室のほかは会議室や備品倉庫があるくらいであまり人通りはない。
 二階への階段を上がって廊下を見回すと、ちょうど生徒会室のドアが開いた。
 わ、成瀬! ビンゴ!
 思わず階段へ引き返した坂本は二人から身を隠した。
 聞こえてきたのは案の定英語である。
 上谷だ。
 金曜日の夜、バレンタインパーティに行かないか、だと?
 こそっと壁の影から覗くと、佑人は立ち止まってそれを断っていた。
「成瀬は断れないよ。中学の時のこと周りに知られるのいやだろ?」
 今度ははっきりとした日本語が坂本の耳に届く。
 何だ? 中学の時のことって?
「そんなこと、別に構わないって言ったはずだ」
「フン、冗談だよ。だけど、たまにはパーティくらいいいだろ? 成瀬なんか一日くらい勉強さぼったってどうってことないじゃないか? せっかくのバレンタインデーだし、予定があるならいいけど」
「勉強って、そんな無理してるわけじゃない」
「じゃあ、行こうよ」
「考えておく」
 二人がこちらに来るようすを見せたので、坂本は慌てて、しかし足音をなるべくさせないように足の長さを利用して階段を駆け下りた。
「気づかれなかったよな?」
 東棟から出てから坂本はちょっと振り返った。
 二人が東棟から出てくるのが見えた。
「中学って、あいつ、そういや、どこ中だっけ?」
 佑人の小学校の記憶はあった。
 佑人は否定したが、四年生だったか、五年生だったかの時、転校してきたはずだ。
 すんげぇ可愛い子が入ってきたってんで、俺、わざわざ見に行ったんだよな。
 てっきり女だと思ったら男で、しかも時々英語なんかしゃべるとかで、女は騒いでたけど、男は面白くないって。
 でも俺は気になってて、そしたら六年の時、一緒のクラスになったんだ。大人しくて、割とひとりでいたな。今みたく、気が強い感じじゃなくて。
 仲間に入ればいいと思ってたんだが。
 そうだ、いつだっけ、あれは確か夏休み明けだったか、渋谷にみんなで繰り出すって時、何か仲間入りたそうな気がしたから、あれ? 何だっけ、そう、あいつ、力のこと呼んだんだ。
 仲間に入るかってあいつに聞いたら、そん時、力のやつ、なまっちろいやつ連れて行けるかとか、そんなこと言ったんだ。
 そん時のこと根に持ってて、あいつ、力のこと嫌ってるとか? まさかね、そんなガキん時のこと。
 坂本の脳裏に、その頃の佑人に関する記憶が次々と流れ込んできた。
「そういえば小学校の卒業式ん時、渡辺はやっぱ私立か、とか担任が言ってて、そんで俺、渡辺はどこ行くんだって聞いた気が………うう、どこだっけ……」
 ブツブツ言いながら教室に戻ってきた坂本は、隣のクラスを覗いた。
「力!」
 戻ってきていた力を廊下まで引っ張ってくると、辺りを見回した。
「何だよ、一体」
「お前、成瀬、どこ中だったか、知ってるか?」
 声を落として坂本は尋ねた。すると一瞬、力の目が険しくなった。
「さあ? 何で、んなこと聞くんだ?」
 すぐにいつもの皮肉っぽい笑みを浮かべて力は聞き返す。
 坂本はどうやら力は知っていて、だが何故か話すつもりはないという意志を見て取った。
「……いや、ならいい」
 予鈴が鳴り、佑人が教室に戻るのを視界の端に見ながら、坂本は自分の教室に戻った。
 なーにがあった、中学ん時。クッソ、力のヤツ、ひょっとしてそのことも知ってるのか? 成瀬に直に聞いても答えないだろうしな。あいつ、俺が渡辺だろうって聞いたら否定しやがったし。
 問題は、あの上谷のクソヤロウが、成瀬をそのことで脅してるってことだ。成瀬は知れたってかまわないとか言っていたが、おそらく隠したいことなんだろう。
 大体、俺じゃあるまいし、成瀬みたいな成績のええとこのおぼっちゃんがうちの高校なんかくるのがおかしいだろ? 普通。中学、私立行ったやつが。
「坂本、答えろ」
 呼ばれて坂本はハッと我にかえる。教壇では世界史の教師が睨みつけていた。授業中だってことさえ忘れていたらしい。
「え……っと、すみません、聞いてませんでした」
 教師は眉を顰めながら、「いくら試験の結果がいいたって、気を抜くな」と文句を言った。
「すみません」
 そう口にしつつも、もっと重大事があんだよ、と坂本は心の中で言い返す。
 何だっけか、俺、聞いたんだよ、絶対! 成瀬の行った学校の名前。
 坂本は授業が終わるまで悶々としていたが、休み時間になると携帯を取り出して、私立中学を検索した。
「えっと、何だっけな……」
 画面に表示された近隣の私立中学の名前をじっと睨みつけていた坂本はスクロールする手を止める。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

たまにはゆっくり、歩きませんか?

隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。 よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。 世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

腐男子ですが何か?

みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。 ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。 そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。 幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。 そしてついに高校入試の試験。 見事特待生と首席をもぎとったのだ。 「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ! って。え? 首席って…めっちゃ目立つくねぇ?! やっちまったぁ!!」 この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

処理中です...