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空は遠く 50
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「ねえ、さっき、高田と山本に声をかけてたよね?」
「ええ、そう、ほら、前に佑くんの鞄を届けてくれたでしょ。可愛いわね、高田くんって。あのおっきい子、山本くん? 坂本くんじゃなかった?」
まさか美月があの山本を坂本と見間違えるはずがない。
じゃ、わざと坂本を名乗ったってこと? どうして? 坂本もそれに合わせてたみたいだけど。
あぁあ、俺の家族になんか名乗りたくもないくらい、やっぱり嫌われてたってことか。
今更だけどね。そこまで嫌われてたら何か笑える。
笑みさえ浮かんでしまうのに、佑人は心の錘がまたぐんと重くなったような、そんな気がした。
その夜、食事中に電話を受け取って、しかもその内容に顔を顰めたのは坂本だった。
「何だって? ばれた? 成瀬にか?」
妙な内容だったので、両親の手前坂本は席を立って廊下に出た。
「お前が俺の名前騙ったことが、成瀬にばれたってか?」
「一応、知らせとく」
相手は力で、「ちょっと、こんな時に電話なんかしないでよ。ママが帰ってきちゃう」などという声が混じって聞こえる。
「で、どうすんだよ?」
「知るかよ! くそっ!」
いきなり切れた携帯を思わず坂本は睨みつける。
「クソはこっちだよっ! どうしろってんだよ、俺に!」
どうやらイラついて、憂さを晴らすために力に相手をさせられてに違いない彼女をちょっとばかり気の毒に思ったが、佑人にどう言い訳するかで、しばし思案に暮れた。
勉強もおろそかになるほど佑人への言い訳を考えあぐねた坂本は、翌日登校したら佑人を捕まえて何とかうまく説明しようと意を決してAクラスの教室の外で待ち構えていたにもかかわらず、後ろからやってきた佑人に、おはよう、とごく普通に声をかけられて、出鼻をくじかれた。
「あ、成瀬……」
その背中に呼びかけた頃は既に佑人は教室に入っていた。
クッソ! だいたい何で俺がこんなに頭を悩ませなきゃならねんだよっ!
チラリと中を覗いてみると、東山と啓太が何が可笑しいのかゲラゲラ笑いながら力を小突いたりしている後ろで、いつもと同じようにひっそりと静かに佑人は席に着いている。
間もなく予鈴がなり、仕方なく昼休みに佑人を掴まえることにして、坂本は自分の教室に戻った。
力が坂本を名乗ったお陰で、口裏を合わせざるを得なくなって佑人の兄に対しても山本だと名乗らざるを得なかったのだと、自分には悪気も佑人の家族を騙すつもりなどもなかったのだと、佑人に弁明するという第一目的の他に、今朝、先輩の一人から届いたメールも気になっていた。
「こないだ写真送ってきた上谷ってひょっとしてタカシとか呼ばれてるやつじゃないか? 六本木の高そうなクラブとかでたまに見かけた気がする。ガイジン? コーコーセーなんて思えないやつだろ? お前に負けず劣らず遊んでるみたいだぞ。しかも相手がモデルとかでさ」
自分を棚に上げて人のことを糾弾するつもりはないが、雑誌社の編集部にいるその先輩によれば、あまり友達としてはおススメしないというのだ。
「あいつ、ちょっといい女と見るとひっかけて、飽きるとウサ晴らしに仲間とマワしたり平気でやるって。それにな」
の後が特に気になった。
「あいつのターゲットって、女だけじゃないみたいで」
まさか成瀬、やつにもう食われちまったんじゃないよな。
中学の友達から上谷の話を聞いた時はありそうな話だくらいに考えていたが、実際に上谷のご乱行の話などを知れば、やけに生々しく思えてしまう。
そんな坂本の焦りなど知らず、佑人は妙に落ち着いていた。
力が名前を名乗りたくないくらい、自分を嫌っているのだと悟りの境地で、もはやこれ以上考えるのは愚の骨頂だと思ったのだ。
今更考えても仕方がない。あともう一ヵ月ほどで、こんなあやふやな状況から開放されるのだから。
山本のことは一切もう考えないようにしよう。
外に目をやると、どんより灰色の雲が空を覆っていたが、何故か逆にどこか異次元にでも吸い込まれそうな不思議な深さを持っていた。
「おい、成瀬!」
昼休みも十分ほど過ぎて、教室に飛び込んできたのは坂本だった。
「何あわててんの? 坂本」
ブリックパックの牛乳のストローをくわえた啓太が息せき切って突っ立っている坂本を見上げた。
「成瀬なら、またあいつと一緒に出てったよ」
「生徒会長。俺、なーんかあいつ好かねぇんだよな」
東山が眉間に皺を作って腕組みをする。
「どこ行った?」
「さあ」
「力は?」
「若宮と出てった」
本当なら四時限目が終わってすぐこっちに来るつもりだったのだが、日直だったのをすっかり忘れていて、一緒に当番になっている女生徒に呼び止められたのだ。
どこに行った? 図書館か?
いや学校で昼休みにどうとかなんて、いくら何でもないだろうが、上谷のヤツ、どうしてもいけすかねぇ!
とりあえず腹ごしらえをしようと売店に行くと、あらかためぼしいものは売り切れていて、残っていたサンドイッチと菓子パンと牛乳を買って、坂本は中庭でもそもそと食べ始めた。
力が何を考えているかなんて聞いたことはないが、成瀬のことを結構気にしているのはわかっている。
にしても、相変わらず女をとっかえひっかえだし、若宮もバレンタインデーまでもつんかね、ほんと。
「ええ、そう、ほら、前に佑くんの鞄を届けてくれたでしょ。可愛いわね、高田くんって。あのおっきい子、山本くん? 坂本くんじゃなかった?」
まさか美月があの山本を坂本と見間違えるはずがない。
じゃ、わざと坂本を名乗ったってこと? どうして? 坂本もそれに合わせてたみたいだけど。
あぁあ、俺の家族になんか名乗りたくもないくらい、やっぱり嫌われてたってことか。
今更だけどね。そこまで嫌われてたら何か笑える。
笑みさえ浮かんでしまうのに、佑人は心の錘がまたぐんと重くなったような、そんな気がした。
その夜、食事中に電話を受け取って、しかもその内容に顔を顰めたのは坂本だった。
「何だって? ばれた? 成瀬にか?」
妙な内容だったので、両親の手前坂本は席を立って廊下に出た。
「お前が俺の名前騙ったことが、成瀬にばれたってか?」
「一応、知らせとく」
相手は力で、「ちょっと、こんな時に電話なんかしないでよ。ママが帰ってきちゃう」などという声が混じって聞こえる。
「で、どうすんだよ?」
「知るかよ! くそっ!」
いきなり切れた携帯を思わず坂本は睨みつける。
「クソはこっちだよっ! どうしろってんだよ、俺に!」
どうやらイラついて、憂さを晴らすために力に相手をさせられてに違いない彼女をちょっとばかり気の毒に思ったが、佑人にどう言い訳するかで、しばし思案に暮れた。
勉強もおろそかになるほど佑人への言い訳を考えあぐねた坂本は、翌日登校したら佑人を捕まえて何とかうまく説明しようと意を決してAクラスの教室の外で待ち構えていたにもかかわらず、後ろからやってきた佑人に、おはよう、とごく普通に声をかけられて、出鼻をくじかれた。
「あ、成瀬……」
その背中に呼びかけた頃は既に佑人は教室に入っていた。
クッソ! だいたい何で俺がこんなに頭を悩ませなきゃならねんだよっ!
チラリと中を覗いてみると、東山と啓太が何が可笑しいのかゲラゲラ笑いながら力を小突いたりしている後ろで、いつもと同じようにひっそりと静かに佑人は席に着いている。
間もなく予鈴がなり、仕方なく昼休みに佑人を掴まえることにして、坂本は自分の教室に戻った。
力が坂本を名乗ったお陰で、口裏を合わせざるを得なくなって佑人の兄に対しても山本だと名乗らざるを得なかったのだと、自分には悪気も佑人の家族を騙すつもりなどもなかったのだと、佑人に弁明するという第一目的の他に、今朝、先輩の一人から届いたメールも気になっていた。
「こないだ写真送ってきた上谷ってひょっとしてタカシとか呼ばれてるやつじゃないか? 六本木の高そうなクラブとかでたまに見かけた気がする。ガイジン? コーコーセーなんて思えないやつだろ? お前に負けず劣らず遊んでるみたいだぞ。しかも相手がモデルとかでさ」
自分を棚に上げて人のことを糾弾するつもりはないが、雑誌社の編集部にいるその先輩によれば、あまり友達としてはおススメしないというのだ。
「あいつ、ちょっといい女と見るとひっかけて、飽きるとウサ晴らしに仲間とマワしたり平気でやるって。それにな」
の後が特に気になった。
「あいつのターゲットって、女だけじゃないみたいで」
まさか成瀬、やつにもう食われちまったんじゃないよな。
中学の友達から上谷の話を聞いた時はありそうな話だくらいに考えていたが、実際に上谷のご乱行の話などを知れば、やけに生々しく思えてしまう。
そんな坂本の焦りなど知らず、佑人は妙に落ち着いていた。
力が名前を名乗りたくないくらい、自分を嫌っているのだと悟りの境地で、もはやこれ以上考えるのは愚の骨頂だと思ったのだ。
今更考えても仕方がない。あともう一ヵ月ほどで、こんなあやふやな状況から開放されるのだから。
山本のことは一切もう考えないようにしよう。
外に目をやると、どんより灰色の雲が空を覆っていたが、何故か逆にどこか異次元にでも吸い込まれそうな不思議な深さを持っていた。
「おい、成瀬!」
昼休みも十分ほど過ぎて、教室に飛び込んできたのは坂本だった。
「何あわててんの? 坂本」
ブリックパックの牛乳のストローをくわえた啓太が息せき切って突っ立っている坂本を見上げた。
「成瀬なら、またあいつと一緒に出てったよ」
「生徒会長。俺、なーんかあいつ好かねぇんだよな」
東山が眉間に皺を作って腕組みをする。
「どこ行った?」
「さあ」
「力は?」
「若宮と出てった」
本当なら四時限目が終わってすぐこっちに来るつもりだったのだが、日直だったのをすっかり忘れていて、一緒に当番になっている女生徒に呼び止められたのだ。
どこに行った? 図書館か?
いや学校で昼休みにどうとかなんて、いくら何でもないだろうが、上谷のヤツ、どうしてもいけすかねぇ!
とりあえず腹ごしらえをしようと売店に行くと、あらかためぼしいものは売り切れていて、残っていたサンドイッチと菓子パンと牛乳を買って、坂本は中庭でもそもそと食べ始めた。
力が何を考えているかなんて聞いたことはないが、成瀬のことを結構気にしているのはわかっている。
にしても、相変わらず女をとっかえひっかえだし、若宮もバレンタインデーまでもつんかね、ほんと。
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