空は遠く

chatetlune

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空は遠く 47

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 タローはぴくっと顔を起こして、うずくまったまま尻尾を振る。
「ミルクティ、レモンティのどちらかしか熱いお茶はない」
 コートを脱いでソファに放ると、力は坂本の座る隣にドッカと腰を降ろす。
「じゃあレモン、レモンティくれ」
「何だよ、今日は若宮とどっかしけこむんじゃなかったのか? えらくいい調子だったじゃないか、もてるやつは忙しいねぇ」
 タローをぐりぐりと撫でている力を揶揄するように坂本は言った。
「しけこむとか、いくつだよ、てめぇ。気分じゃねぇんだよ」
「若宮、前っからお前狙いだったろ? やっとお前に振り向いてもらえて有頂天なんだぜ? せめてバレンタインデーくらいまではもたせろよな?」
「っせーんだよ!」
 思い切り不機嫌な声で力が怒鳴る。
「だから、でけぇ声出すなって。客が減る」
 レモンティとしっかり伝票も一緒にテーブルに置きながら練が文句をつける。
「…っ、すっぱ……!」
 かぶりとレモンティを口にして、力はカップを慌てて置いた。
「レモンティを選んだのはお前だろ。ああ、お前も試食するか? バレンタイン用のチョコケーキ。甘いからちょうどいいんじゃないか?」
 練はからかい半分、力を睨みつける。
「んなもん、誰が食うかよ」
 すると練はふうと一つ溜息をついた。
「成瀬くんは美味いって食べてくれたのにな、最近来ないな。お前ら、いじめてんじゃねぇのか?」
 力は眉をひそめるがムッとしただけで黙り込む。
「俺じゃないって、力がいじめるから、成瀬、あんなヤツとつるむようになっちまって」
「誰がいじめた?! あいつが勝手にこっちをシカトしてんじゃねーかよ」
 ぶーたれる坂本に、力がまた声を荒げる。
「あんなヤツって?」
 練は力ではなく坂本を見た。
「ああ、うちのガッコの生徒会長。帰国子女ってか、ハーフのにやけヤロウだよ。最近妙に成瀬に言い寄りやがって」
「何だ、その言い寄るって」
 練は笑ってカウンターの中に戻っていく。
「俺の見るところ、やつの目はその言葉通りさ。俺も気になって、ヤツを中学ん時から知ってるってダチに聞いてみたのさ。上谷ってどっちもイケるって」
 坂本は一人頷いている。
 途端、力がいきなり立ち上がった。
「どした? 力」
 坂本はコーヒーカップを持ったまま力を見上げた。
「さっきすれ違った時、あのヤロウ、成瀬をうちに連れて行くとかって」
「だったらどうするって? まさか、いきなり押し倒したりしないだろ? 生徒会長って肩書きあるし、それに成瀬って咄嗟に鉄拳出るじゃん」
 坂本は図に乗って佑人にキスしようとした時、ガツンとやられたことを忘れてはいない。
 冷静に判断する坂本とは逆に、力はまたソファに腰を降ろしたものの、イライラと体を揺する。
「あのバカ、また、つまんねぇヤロウに関わりやがって……」
「まあ、つまんねぇかどうか、成瀬次第だろ?」
「どういう意味だ?」
「やっぱ、少なくともお前らとつるむよりはいいと思ってんじゃねぇ?」
 力はジロリと坂本を睨んだが、それから、フン、と鼻で笑い、「タロー、来い!」とリードを掴むと表に飛び出して行った。
「しかし、成瀬くん、そんなヤツとつるんでて、ほんとに大丈夫なのか?」
 練が少し心配そうに坂本に尋ねた。
「まあ、残念ながら俺は脈ないみたいだけど、今はな。何しろ、成瀬ってそれこそ周囲のどんな人間に対しても完全武装してっから、あのヤロウにその城壁を崩せるとは思えないんで」
「ほう? えらく成瀬くんのことわかった風なことをいうじゃないか」
 練はまだ何か言いたそうだったが、ちょうど客が入ってきたので、「いらっしゃいませ」と恐持てに営業用スマイルを浮かべた。




 勢いでつい上谷の申し出に頷いてしまった佑人は、上谷のマンションの前まで来てから少し後悔していた。
 上谷の家は北烏山二丁目にある高級マンションの最上階にあった。
 出迎えてくれたのは金髪美人の母親で、キャサリンと上谷が紹介してくれた。
 マンション近くのパティシェリーでケーキを買い、佑人が土産として持参したのだが、大げさなほど佑人を歓待してくれて、アメリカの何処に住んでいたのかとか、いつまでいたのかなど、矢継ぎ早に佑人に話しかける。
 通いの家政婦という中年の女性がお茶とケーキをリビングに運んできた。
「そういえば、どうしてうちの高校? 上谷だったら何処の私立でも入れただろ?」
 佑人はちょっと聞いてみた。
「ああ、ちょうど中学三年でこっちに戻ってきてさ、父親は学校なんか無頓着だし、すぐにヨーロッパにまた赴任しちゃって、母なんかそれこそ日本のことなんかちんぷんかんぷん。俺もあんまり学校のこととかわからなかったし、中学でも最初は浮いてた。まあ、行ければどこでもいいやって感じで」
 上谷にもそれなりに悩みごとがあったのかもしれないが、佑人は共有するつもりはない。
「成瀬こそ、何処でも行けただろ? 私立だって」
「…いや、近いし、今の学校」
「そうだね、どうせあと一年ほどで進学だからね。成瀬はT大行くの?」
「え、いや、まだちゃんと決めてないから」
 佑人は言葉を濁す。
 キャサリンが家政婦と一緒に夕食を作っているので食べていけという。あんまり一生懸命に勧められるので、佑人もそれじゃ、と頷いた。
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