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空は遠く 46
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日陰にはまだ雪が残っている。
「うっわ、寒いね」
上谷がトレンチコートの衿を掻き合わせた。
数歩歩いたところで、佑人は前を行くカップルに気づいて足を止める。
見覚えのあるはっきりとした顔立ちの少女が、隣の男子生徒を振り仰いで、高い声で笑った。
あの子、確か、隣のクラスの……。
学ランに黒いコートを羽織った背の高い男子生徒は、ウンともすんとも言わず、ポケットに手を突っ込んで歩いている。
どれだけか見つめてきたその大きな背中を見間違えるはずもない。
「なあ、成瀬、よかったら、これからうちに来ないか?」
唐突な申し出に、佑人は上谷を見た。
「え、いや、急にお邪魔するわけにはいかないだろ」
「ああ、うちならかまわないって。たまたま母が帰ってきてて、成瀬のこと話したら、ぜひ会いたいって」
外交官の父親は現在ヨーロッパ駐在だという。
母親は上谷の妹と一緒に向こうに行って、今は受験の関係で日本に残った上谷が一人だけだと話していた。
「母は日本語があまり得意じゃなくてね。成瀬、今日は家に誰もいないんだろ? だったらいいじゃないか」
逡巡しながら佑人が顔を上げると、前を行く力が振り返り、険しい表情でこちらを睨みつけているのに出くわした。
な…んだよ、いきなり人を睨みつけて! 俺が何かしたかよ!
「あ、うん、それじゃお邪魔しようかな」
何となくイラつきついでのように、ついそう答えていた。
「よし、じゃ、決まり。成瀬、甘い物好き? ケーキとか買って行こうか?」
二人は歩みを速め、ちんたらよりそうように歩いている力たちを追い越した。
若宮って言ったっけ……
はっきりものを言うタイプで、よくクラスの女子とつるんで力のところへ来ていた。
あの子たちはおそらく力が好きで、できれば彼女というポジションが欲しいと思っているのだろうとは、容易に想像がついた。
今度は彼女がそのポジションをゲットした、ってとこか。
前の彼女って、俺がヤツラに絡まれたせいでクリスマスイブに力に置き去りにされて、そのままだっけ。
ひっでぇやつ。きっと泣いたんだろう、あの子。
そういえば、と佑人はいつぞや会った和泉真奈のことを思い出した。
俺も泣かしたんだっけ、人のことは言えないか。
生憎、俺、そんな強くないんだよ。でもあれで、ふっきれただろ。俺に謝らなければならないとか自分を責めていたのだとしたら。
フフ……、俺ってとことん、捻くれて狭量なやつな。
「そういえば、もうすぐバレンタインデーだよね」
「え? ああ、そうだね……」
バレンタインデーか。力はきっとチョコたくさんもらうんだろう、彼女がいるいないにかかわらず。
「成瀬、けっこうもらうだろ? チョコ」
「え、まさか」
昨年のバレンタインデーには、佑人もいくつか女の子からチョコレートをもらった。
こんな俺にくれるって、よほど物好きだよな。
バレンタインデーも和泉真奈のことを思い出すので、とっとと過ぎてくれればいい、くらいだ。
「なんかさ、チョコで決めるとかって、日本人的な発想だよね。女の子の告白の日とかさ。まあ、それも悪くはないけど。バレンタインデーってさ、一番大切な人が誰なのかわかる日、だろ? ほら、そんな映画、あっただろ」
「あったっけ……」
一番大切な人が誰なのかわかる日……か。
「俺なんか、七勝五敗」
「何それ?」
「だから、バレンタインに告白して成功したのが七回」
上谷は笑い、「大抵、次のバレンタインまでもたないんだ、これが」と肩をすくめる。
いいよな、好きな相手にチョコ渡して、泣いて、笑って、あわよくば女の子はその横を歩くポジションをゲットできるんだから。
女の子になりたいとは思わないけど、一度でいいから、そのポジションにいたかったな。
せめていがみ合いじゃなく、笑って、バカ話でいいから笑って……。
佑人は力の隣で歩くことを思い描いてしまう、そんな自分を嗤った。
通りの街路灯が灯される頃、「ワンちゃん猫ちゃんとご一緒に カフェ・リリィ」の奥のテーブルでは、英語の参考書をテーブルに伏せたまま、坂本が二種類のケーキを堪能しているところだった。
坂本の足元にはタローが大きな図体をまるめて目を閉じている。
「どうだ? どっちがいい?」
その坂本を腕組みをした大きなごつい、タブリエの男が見下ろしている。
「うーん、俺としてはこっち? ちょっと洋酒が効いてるっぽいやつ? ここの常連さんなら、やっぱこっちじゃん?」
坂本の意見に、練は顎に指をあてて、うーんと唸る。
「確かに。しかしな、そろそろ新規開拓っつうか、新しい客を獲得しねぇと……」
「まあ、そうだな、こっちは、あ、可愛い! 彼氏と一緒に食べたい! ってな感じではあるな」
残りのケーキをしっかり平らげた坂本は力説する練をちょっと見上げた。
「そうだろ? そうだろ? よおし、ケーキの方はこの二種類をメインに行くとして、あとは肝心のチョコだな」
空になったケーキ皿を持って、ブツブツ呟きながら練はカウンターに戻る。
「練、あっついお茶くれ」
ドアが開くと同時に力がドカドカ入ってきた。
「うっわ、寒いね」
上谷がトレンチコートの衿を掻き合わせた。
数歩歩いたところで、佑人は前を行くカップルに気づいて足を止める。
見覚えのあるはっきりとした顔立ちの少女が、隣の男子生徒を振り仰いで、高い声で笑った。
あの子、確か、隣のクラスの……。
学ランに黒いコートを羽織った背の高い男子生徒は、ウンともすんとも言わず、ポケットに手を突っ込んで歩いている。
どれだけか見つめてきたその大きな背中を見間違えるはずもない。
「なあ、成瀬、よかったら、これからうちに来ないか?」
唐突な申し出に、佑人は上谷を見た。
「え、いや、急にお邪魔するわけにはいかないだろ」
「ああ、うちならかまわないって。たまたま母が帰ってきてて、成瀬のこと話したら、ぜひ会いたいって」
外交官の父親は現在ヨーロッパ駐在だという。
母親は上谷の妹と一緒に向こうに行って、今は受験の関係で日本に残った上谷が一人だけだと話していた。
「母は日本語があまり得意じゃなくてね。成瀬、今日は家に誰もいないんだろ? だったらいいじゃないか」
逡巡しながら佑人が顔を上げると、前を行く力が振り返り、険しい表情でこちらを睨みつけているのに出くわした。
な…んだよ、いきなり人を睨みつけて! 俺が何かしたかよ!
「あ、うん、それじゃお邪魔しようかな」
何となくイラつきついでのように、ついそう答えていた。
「よし、じゃ、決まり。成瀬、甘い物好き? ケーキとか買って行こうか?」
二人は歩みを速め、ちんたらよりそうように歩いている力たちを追い越した。
若宮って言ったっけ……
はっきりものを言うタイプで、よくクラスの女子とつるんで力のところへ来ていた。
あの子たちはおそらく力が好きで、できれば彼女というポジションが欲しいと思っているのだろうとは、容易に想像がついた。
今度は彼女がそのポジションをゲットした、ってとこか。
前の彼女って、俺がヤツラに絡まれたせいでクリスマスイブに力に置き去りにされて、そのままだっけ。
ひっでぇやつ。きっと泣いたんだろう、あの子。
そういえば、と佑人はいつぞや会った和泉真奈のことを思い出した。
俺も泣かしたんだっけ、人のことは言えないか。
生憎、俺、そんな強くないんだよ。でもあれで、ふっきれただろ。俺に謝らなければならないとか自分を責めていたのだとしたら。
フフ……、俺ってとことん、捻くれて狭量なやつな。
「そういえば、もうすぐバレンタインデーだよね」
「え? ああ、そうだね……」
バレンタインデーか。力はきっとチョコたくさんもらうんだろう、彼女がいるいないにかかわらず。
「成瀬、けっこうもらうだろ? チョコ」
「え、まさか」
昨年のバレンタインデーには、佑人もいくつか女の子からチョコレートをもらった。
こんな俺にくれるって、よほど物好きだよな。
バレンタインデーも和泉真奈のことを思い出すので、とっとと過ぎてくれればいい、くらいだ。
「なんかさ、チョコで決めるとかって、日本人的な発想だよね。女の子の告白の日とかさ。まあ、それも悪くはないけど。バレンタインデーってさ、一番大切な人が誰なのかわかる日、だろ? ほら、そんな映画、あっただろ」
「あったっけ……」
一番大切な人が誰なのかわかる日……か。
「俺なんか、七勝五敗」
「何それ?」
「だから、バレンタインに告白して成功したのが七回」
上谷は笑い、「大抵、次のバレンタインまでもたないんだ、これが」と肩をすくめる。
いいよな、好きな相手にチョコ渡して、泣いて、笑って、あわよくば女の子はその横を歩くポジションをゲットできるんだから。
女の子になりたいとは思わないけど、一度でいいから、そのポジションにいたかったな。
せめていがみ合いじゃなく、笑って、バカ話でいいから笑って……。
佑人は力の隣で歩くことを思い描いてしまう、そんな自分を嗤った。
通りの街路灯が灯される頃、「ワンちゃん猫ちゃんとご一緒に カフェ・リリィ」の奥のテーブルでは、英語の参考書をテーブルに伏せたまま、坂本が二種類のケーキを堪能しているところだった。
坂本の足元にはタローが大きな図体をまるめて目を閉じている。
「どうだ? どっちがいい?」
その坂本を腕組みをした大きなごつい、タブリエの男が見下ろしている。
「うーん、俺としてはこっち? ちょっと洋酒が効いてるっぽいやつ? ここの常連さんなら、やっぱこっちじゃん?」
坂本の意見に、練は顎に指をあてて、うーんと唸る。
「確かに。しかしな、そろそろ新規開拓っつうか、新しい客を獲得しねぇと……」
「まあ、そうだな、こっちは、あ、可愛い! 彼氏と一緒に食べたい! ってな感じではあるな」
残りのケーキをしっかり平らげた坂本は力説する練をちょっと見上げた。
「そうだろ? そうだろ? よおし、ケーキの方はこの二種類をメインに行くとして、あとは肝心のチョコだな」
空になったケーキ皿を持って、ブツブツ呟きながら練はカウンターに戻る。
「練、あっついお茶くれ」
ドアが開くと同時に力がドカドカ入ってきた。
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