46 / 93
空は遠く 46
しおりを挟む
日陰にはまだ雪が残っている。
「うっわ、寒いね」
上谷がトレンチコートの衿を掻き合わせた。
数歩歩いたところで、佑人は前を行くカップルに気づいて足を止める。
見覚えのあるはっきりとした顔立ちの少女が、隣の男子生徒を振り仰いで、高い声で笑った。
あの子、確か、隣のクラスの……。
学ランに黒いコートを羽織った背の高い男子生徒は、ウンともすんとも言わず、ポケットに手を突っ込んで歩いている。
どれだけか見つめてきたその大きな背中を見間違えるはずもない。
「なあ、成瀬、よかったら、これからうちに来ないか?」
唐突な申し出に、佑人は上谷を見た。
「え、いや、急にお邪魔するわけにはいかないだろ」
「ああ、うちならかまわないって。たまたま母が帰ってきてて、成瀬のこと話したら、ぜひ会いたいって」
外交官の父親は現在ヨーロッパ駐在だという。
母親は上谷の妹と一緒に向こうに行って、今は受験の関係で日本に残った上谷が一人だけだと話していた。
「母は日本語があまり得意じゃなくてね。成瀬、今日は家に誰もいないんだろ? だったらいいじゃないか」
逡巡しながら佑人が顔を上げると、前を行く力が振り返り、険しい表情でこちらを睨みつけているのに出くわした。
な…んだよ、いきなり人を睨みつけて! 俺が何かしたかよ!
「あ、うん、それじゃお邪魔しようかな」
何となくイラつきついでのように、ついそう答えていた。
「よし、じゃ、決まり。成瀬、甘い物好き? ケーキとか買って行こうか?」
二人は歩みを速め、ちんたらよりそうように歩いている力たちを追い越した。
若宮って言ったっけ……
はっきりものを言うタイプで、よくクラスの女子とつるんで力のところへ来ていた。
あの子たちはおそらく力が好きで、できれば彼女というポジションが欲しいと思っているのだろうとは、容易に想像がついた。
今度は彼女がそのポジションをゲットした、ってとこか。
前の彼女って、俺がヤツラに絡まれたせいでクリスマスイブに力に置き去りにされて、そのままだっけ。
ひっでぇやつ。きっと泣いたんだろう、あの子。
そういえば、と佑人はいつぞや会った和泉真奈のことを思い出した。
俺も泣かしたんだっけ、人のことは言えないか。
生憎、俺、そんな強くないんだよ。でもあれで、ふっきれただろ。俺に謝らなければならないとか自分を責めていたのだとしたら。
フフ……、俺ってとことん、捻くれて狭量なやつな。
「そういえば、もうすぐバレンタインデーだよね」
「え? ああ、そうだね……」
バレンタインデーか。力はきっとチョコたくさんもらうんだろう、彼女がいるいないにかかわらず。
「成瀬、けっこうもらうだろ? チョコ」
「え、まさか」
昨年のバレンタインデーには、佑人もいくつか女の子からチョコレートをもらった。
こんな俺にくれるって、よほど物好きだよな。
バレンタインデーも和泉真奈のことを思い出すので、とっとと過ぎてくれればいい、くらいだ。
「なんかさ、チョコで決めるとかって、日本人的な発想だよね。女の子の告白の日とかさ。まあ、それも悪くはないけど。バレンタインデーってさ、一番大切な人が誰なのかわかる日、だろ? ほら、そんな映画、あっただろ」
「あったっけ……」
一番大切な人が誰なのかわかる日……か。
「俺なんか、七勝五敗」
「何それ?」
「だから、バレンタインに告白して成功したのが七回」
上谷は笑い、「大抵、次のバレンタインまでもたないんだ、これが」と肩をすくめる。
いいよな、好きな相手にチョコ渡して、泣いて、笑って、あわよくば女の子はその横を歩くポジションをゲットできるんだから。
女の子になりたいとは思わないけど、一度でいいから、そのポジションにいたかったな。
せめていがみ合いじゃなく、笑って、バカ話でいいから笑って……。
佑人は力の隣で歩くことを思い描いてしまう、そんな自分を嗤った。
通りの街路灯が灯される頃、「ワンちゃん猫ちゃんとご一緒に カフェ・リリィ」の奥のテーブルでは、英語の参考書をテーブルに伏せたまま、坂本が二種類のケーキを堪能しているところだった。
坂本の足元にはタローが大きな図体をまるめて目を閉じている。
「どうだ? どっちがいい?」
その坂本を腕組みをした大きなごつい、タブリエの男が見下ろしている。
「うーん、俺としてはこっち? ちょっと洋酒が効いてるっぽいやつ? ここの常連さんなら、やっぱこっちじゃん?」
坂本の意見に、練は顎に指をあてて、うーんと唸る。
「確かに。しかしな、そろそろ新規開拓っつうか、新しい客を獲得しねぇと……」
「まあ、そうだな、こっちは、あ、可愛い! 彼氏と一緒に食べたい! ってな感じではあるな」
残りのケーキをしっかり平らげた坂本は力説する練をちょっと見上げた。
「そうだろ? そうだろ? よおし、ケーキの方はこの二種類をメインに行くとして、あとは肝心のチョコだな」
空になったケーキ皿を持って、ブツブツ呟きながら練はカウンターに戻る。
「練、あっついお茶くれ」
ドアが開くと同時に力がドカドカ入ってきた。
「うっわ、寒いね」
上谷がトレンチコートの衿を掻き合わせた。
数歩歩いたところで、佑人は前を行くカップルに気づいて足を止める。
見覚えのあるはっきりとした顔立ちの少女が、隣の男子生徒を振り仰いで、高い声で笑った。
あの子、確か、隣のクラスの……。
学ランに黒いコートを羽織った背の高い男子生徒は、ウンともすんとも言わず、ポケットに手を突っ込んで歩いている。
どれだけか見つめてきたその大きな背中を見間違えるはずもない。
「なあ、成瀬、よかったら、これからうちに来ないか?」
唐突な申し出に、佑人は上谷を見た。
「え、いや、急にお邪魔するわけにはいかないだろ」
「ああ、うちならかまわないって。たまたま母が帰ってきてて、成瀬のこと話したら、ぜひ会いたいって」
外交官の父親は現在ヨーロッパ駐在だという。
母親は上谷の妹と一緒に向こうに行って、今は受験の関係で日本に残った上谷が一人だけだと話していた。
「母は日本語があまり得意じゃなくてね。成瀬、今日は家に誰もいないんだろ? だったらいいじゃないか」
逡巡しながら佑人が顔を上げると、前を行く力が振り返り、険しい表情でこちらを睨みつけているのに出くわした。
な…んだよ、いきなり人を睨みつけて! 俺が何かしたかよ!
「あ、うん、それじゃお邪魔しようかな」
何となくイラつきついでのように、ついそう答えていた。
「よし、じゃ、決まり。成瀬、甘い物好き? ケーキとか買って行こうか?」
二人は歩みを速め、ちんたらよりそうように歩いている力たちを追い越した。
若宮って言ったっけ……
はっきりものを言うタイプで、よくクラスの女子とつるんで力のところへ来ていた。
あの子たちはおそらく力が好きで、できれば彼女というポジションが欲しいと思っているのだろうとは、容易に想像がついた。
今度は彼女がそのポジションをゲットした、ってとこか。
前の彼女って、俺がヤツラに絡まれたせいでクリスマスイブに力に置き去りにされて、そのままだっけ。
ひっでぇやつ。きっと泣いたんだろう、あの子。
そういえば、と佑人はいつぞや会った和泉真奈のことを思い出した。
俺も泣かしたんだっけ、人のことは言えないか。
生憎、俺、そんな強くないんだよ。でもあれで、ふっきれただろ。俺に謝らなければならないとか自分を責めていたのだとしたら。
フフ……、俺ってとことん、捻くれて狭量なやつな。
「そういえば、もうすぐバレンタインデーだよね」
「え? ああ、そうだね……」
バレンタインデーか。力はきっとチョコたくさんもらうんだろう、彼女がいるいないにかかわらず。
「成瀬、けっこうもらうだろ? チョコ」
「え、まさか」
昨年のバレンタインデーには、佑人もいくつか女の子からチョコレートをもらった。
こんな俺にくれるって、よほど物好きだよな。
バレンタインデーも和泉真奈のことを思い出すので、とっとと過ぎてくれればいい、くらいだ。
「なんかさ、チョコで決めるとかって、日本人的な発想だよね。女の子の告白の日とかさ。まあ、それも悪くはないけど。バレンタインデーってさ、一番大切な人が誰なのかわかる日、だろ? ほら、そんな映画、あっただろ」
「あったっけ……」
一番大切な人が誰なのかわかる日……か。
「俺なんか、七勝五敗」
「何それ?」
「だから、バレンタインに告白して成功したのが七回」
上谷は笑い、「大抵、次のバレンタインまでもたないんだ、これが」と肩をすくめる。
いいよな、好きな相手にチョコ渡して、泣いて、笑って、あわよくば女の子はその横を歩くポジションをゲットできるんだから。
女の子になりたいとは思わないけど、一度でいいから、そのポジションにいたかったな。
せめていがみ合いじゃなく、笑って、バカ話でいいから笑って……。
佑人は力の隣で歩くことを思い描いてしまう、そんな自分を嗤った。
通りの街路灯が灯される頃、「ワンちゃん猫ちゃんとご一緒に カフェ・リリィ」の奥のテーブルでは、英語の参考書をテーブルに伏せたまま、坂本が二種類のケーキを堪能しているところだった。
坂本の足元にはタローが大きな図体をまるめて目を閉じている。
「どうだ? どっちがいい?」
その坂本を腕組みをした大きなごつい、タブリエの男が見下ろしている。
「うーん、俺としてはこっち? ちょっと洋酒が効いてるっぽいやつ? ここの常連さんなら、やっぱこっちじゃん?」
坂本の意見に、練は顎に指をあてて、うーんと唸る。
「確かに。しかしな、そろそろ新規開拓っつうか、新しい客を獲得しねぇと……」
「まあ、そうだな、こっちは、あ、可愛い! 彼氏と一緒に食べたい! ってな感じではあるな」
残りのケーキをしっかり平らげた坂本は力説する練をちょっと見上げた。
「そうだろ? そうだろ? よおし、ケーキの方はこの二種類をメインに行くとして、あとは肝心のチョコだな」
空になったケーキ皿を持って、ブツブツ呟きながら練はカウンターに戻る。
「練、あっついお茶くれ」
ドアが開くと同時に力がドカドカ入ってきた。
3
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
たまにはゆっくり、歩きませんか?
隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。
よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。
世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
腐男子ですが何か?
みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。
ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。
そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。
幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。
そしてついに高校入試の試験。
見事特待生と首席をもぎとったのだ。
「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ!
って。え?
首席って…めっちゃ目立つくねぇ?!
やっちまったぁ!!」
この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる