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空は遠く 45
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「だったら成瀬の兄貴に本当のこと言えばいいだろ? 俺が坂本ですって」
「俺がウソついて騙したことになるだろうが!」
また声を上げて笑う力の後ろを歩く東山と啓太はそれぞれあまり面白くない顔をしていた。
「なーんか、成瀬、俺らと住む世界がちがっちゃったのかな。もう、マックも一緒にいかないのかな」
啓太がボソッと言ったのを聞きつけて、力が振り返る。
「バーカ、いい加減、おめぇにおごらされるのなんか真っ平なんだよ」
「何だよ、自分だって!」
「でもさ、ほんと、あいつら、世界が違うみてぇだぜ?」
東山も似たようなことを言う。
「ああ?」
「たまったま、Dクラスのダチがさ、見たんだってよ、あいつら」
「何を?」
坂本だけでなく力も眉を顰めて振り返る。
「いや、図書館でたまったま、ヤツラがお勉強してる傍を通りかかったら、なんと会話が英語だったって」
「何だと?! 上谷のヤロウ、その成瀬の相手は俺になるはずだったんだぞ!」
坂本は声を上げて関係ない東山に突っかかる。
「何だ、そりゃ?」
「いや、柳沢さん、成瀬のカテキョん時、オールイングリッシュなんだってよ。俺も混ぜろって言ったんだが」
「断られたと?」
力は思い切りバカにした笑いで坂本を揶揄する。
「うっせーんだよ、力!」
「やっぱ、成瀬、世界が違っちゃったんだ」
啓太は啓太で、ガッカリしたような声を出す。
「ま、しゃーねーだろ。元々あいつ、俺らとつるむような手合いじゃねぇし」
東山も心なしか寂しげだ。
「しっかし、あいつ、ぜってぇ成瀬を………」
坂本は腕組みをして呟いた。
「ああ?」
力が坂本を見たが、坂本は眉を顰めたまま黙って歩き出した。
父の一馬のスケジュールが不透明で、佑人は三者面談の希望日もまだ提出できていなかった。
進路調査の方は合格ラインの大学を適当に書いておけばいいだろうが、面談の方はそういうわけにはいかない。
これまで一度あった面談には一馬が研究室から駆けつけてくれたのだが、週末からボストンに十日間出張することになっているためなかなか言い出せないでいた。
たまたまその夜、リビングに両親が揃ったので、佑人は一応面談のことを切り出してみた。
「三者面談? あら、来週なの? どうしよう、かずちゃん金曜日の便だったわよね?」
クッキーを齧りながら佑人が差し出したプリントを読んだ美月は一馬の顔を見た。
「うん、困ったな、戻ってくるの、二月に入ってからの予定なんだよな、何とかならないかな」
紅茶のカップをテーブルに置いて一馬は頭をかきながら、うーんと唸る。
「いいよ、また、どこかでってことで加藤先生に言っておくから」
佑人は笑って立ち上がった。
「待って、来週なら、あたし火曜日オフよ」
そう言い出した美月に一馬も佑人も、えっという顔で美月を見つめた。
「だって、みっちゃん…」
「だぁいじょうぶよ、ばれないようにしていくから」
言いかけた一馬を遮って、美月はにっこり笑う。
「やぁね、私は女優よ? 大学教授夫人なんて役もやったことあるのよ? 任せなさい」
美月は、事実大学教授夫人なのを把握しているのかどうかわからないようなことを言う。
「あ、あ、わかった。じゃあ、くれぐれも気をつけてね」
一馬も佑人も半分心配そうな顔で頷いた。
中学の時の事件では、佑人が渡辺美月の子供だということで、美月自身も育て方云々でバッシングを受けたこともあったし、何より佑人のことを思ってのことだが、中学三年で転校して以来、学校には保護者として一馬が行くようにした。
本当は中学の卒業式も高校の入学式も美月が行きたかったのだろうことは一馬もわかっていたのだが。
だがここにきて佑人は、そこまでして自分を守ってくれようとしている両親に申し訳ないと思うものの、力に嫌われているのだと分かってしまえば、例え昔のことが知れて誰が何を言おうが、何もかもどうでもいいような気がしてきた。
「……成瀬って、どうかした?」
佑人はハッとして顔を上げた。
「え、何?」
図書館で勉強していたのを失念するくらい思いに沈んでいたらしい。
「悩み事なら聞くよ?」
上谷は佑人の顔を覗き込んだ。
「いや、そんなんじゃないから………そろそろ、帰るよ」
立ち上がると、佑人は教科書やノートを鞄に仕舞い始めた。
「一人でやってもつまらないしな」
そう言うと上谷も佑人と一緒に図書館を出る。
あれから中学の時のことを話題にすることもないし、上谷との英語でのやり取りは面白いと思ったがどうしても楽しい気分にはなれなかった。
無論、勉強なんてそんなものかもしれないが、時々、ふと力のことだけでなく、啓太や東山はまたマック辺りにいるのかな、などとバカ話をしていた頃が何やら懐かしい気がする。
山本と一緒にいたかっただけで、それこそ上谷の言ったように、どうせ落ちこぼれだろう彼らのことなどどうでもいいとさえ考えていたのは俺自身のくせに。
上谷と友達になろうとかそんなことは考えてはいない。それに、どうも上谷は得体の知れないところがある。第一、何で自分なんかに近づいてきたのだろう。それこそ周りにもっと親しげな面々がいるだろうに。
どこかで昔の佑人を知っていることが気になって、何となく一緒に動いていた。
そろそろ図書館通いもやめよう、何か適当な理由をつけて。
「今日はこれからまっすぐ帰るの?」
「あ、うん」
玄関でスニーカーに履き替えて外に出ると、ビュウっと冷たい風が顔にあたった。
「俺がウソついて騙したことになるだろうが!」
また声を上げて笑う力の後ろを歩く東山と啓太はそれぞれあまり面白くない顔をしていた。
「なーんか、成瀬、俺らと住む世界がちがっちゃったのかな。もう、マックも一緒にいかないのかな」
啓太がボソッと言ったのを聞きつけて、力が振り返る。
「バーカ、いい加減、おめぇにおごらされるのなんか真っ平なんだよ」
「何だよ、自分だって!」
「でもさ、ほんと、あいつら、世界が違うみてぇだぜ?」
東山も似たようなことを言う。
「ああ?」
「たまったま、Dクラスのダチがさ、見たんだってよ、あいつら」
「何を?」
坂本だけでなく力も眉を顰めて振り返る。
「いや、図書館でたまったま、ヤツラがお勉強してる傍を通りかかったら、なんと会話が英語だったって」
「何だと?! 上谷のヤロウ、その成瀬の相手は俺になるはずだったんだぞ!」
坂本は声を上げて関係ない東山に突っかかる。
「何だ、そりゃ?」
「いや、柳沢さん、成瀬のカテキョん時、オールイングリッシュなんだってよ。俺も混ぜろって言ったんだが」
「断られたと?」
力は思い切りバカにした笑いで坂本を揶揄する。
「うっせーんだよ、力!」
「やっぱ、成瀬、世界が違っちゃったんだ」
啓太は啓太で、ガッカリしたような声を出す。
「ま、しゃーねーだろ。元々あいつ、俺らとつるむような手合いじゃねぇし」
東山も心なしか寂しげだ。
「しっかし、あいつ、ぜってぇ成瀬を………」
坂本は腕組みをして呟いた。
「ああ?」
力が坂本を見たが、坂本は眉を顰めたまま黙って歩き出した。
父の一馬のスケジュールが不透明で、佑人は三者面談の希望日もまだ提出できていなかった。
進路調査の方は合格ラインの大学を適当に書いておけばいいだろうが、面談の方はそういうわけにはいかない。
これまで一度あった面談には一馬が研究室から駆けつけてくれたのだが、週末からボストンに十日間出張することになっているためなかなか言い出せないでいた。
たまたまその夜、リビングに両親が揃ったので、佑人は一応面談のことを切り出してみた。
「三者面談? あら、来週なの? どうしよう、かずちゃん金曜日の便だったわよね?」
クッキーを齧りながら佑人が差し出したプリントを読んだ美月は一馬の顔を見た。
「うん、困ったな、戻ってくるの、二月に入ってからの予定なんだよな、何とかならないかな」
紅茶のカップをテーブルに置いて一馬は頭をかきながら、うーんと唸る。
「いいよ、また、どこかでってことで加藤先生に言っておくから」
佑人は笑って立ち上がった。
「待って、来週なら、あたし火曜日オフよ」
そう言い出した美月に一馬も佑人も、えっという顔で美月を見つめた。
「だって、みっちゃん…」
「だぁいじょうぶよ、ばれないようにしていくから」
言いかけた一馬を遮って、美月はにっこり笑う。
「やぁね、私は女優よ? 大学教授夫人なんて役もやったことあるのよ? 任せなさい」
美月は、事実大学教授夫人なのを把握しているのかどうかわからないようなことを言う。
「あ、あ、わかった。じゃあ、くれぐれも気をつけてね」
一馬も佑人も半分心配そうな顔で頷いた。
中学の時の事件では、佑人が渡辺美月の子供だということで、美月自身も育て方云々でバッシングを受けたこともあったし、何より佑人のことを思ってのことだが、中学三年で転校して以来、学校には保護者として一馬が行くようにした。
本当は中学の卒業式も高校の入学式も美月が行きたかったのだろうことは一馬もわかっていたのだが。
だがここにきて佑人は、そこまでして自分を守ってくれようとしている両親に申し訳ないと思うものの、力に嫌われているのだと分かってしまえば、例え昔のことが知れて誰が何を言おうが、何もかもどうでもいいような気がしてきた。
「……成瀬って、どうかした?」
佑人はハッとして顔を上げた。
「え、何?」
図書館で勉強していたのを失念するくらい思いに沈んでいたらしい。
「悩み事なら聞くよ?」
上谷は佑人の顔を覗き込んだ。
「いや、そんなんじゃないから………そろそろ、帰るよ」
立ち上がると、佑人は教科書やノートを鞄に仕舞い始めた。
「一人でやってもつまらないしな」
そう言うと上谷も佑人と一緒に図書館を出る。
あれから中学の時のことを話題にすることもないし、上谷との英語でのやり取りは面白いと思ったがどうしても楽しい気分にはなれなかった。
無論、勉強なんてそんなものかもしれないが、時々、ふと力のことだけでなく、啓太や東山はまたマック辺りにいるのかな、などとバカ話をしていた頃が何やら懐かしい気がする。
山本と一緒にいたかっただけで、それこそ上谷の言ったように、どうせ落ちこぼれだろう彼らのことなどどうでもいいとさえ考えていたのは俺自身のくせに。
上谷と友達になろうとかそんなことは考えてはいない。それに、どうも上谷は得体の知れないところがある。第一、何で自分なんかに近づいてきたのだろう。それこそ周りにもっと親しげな面々がいるだろうに。
どこかで昔の佑人を知っていることが気になって、何となく一緒に動いていた。
そろそろ図書館通いもやめよう、何か適当な理由をつけて。
「今日はこれからまっすぐ帰るの?」
「あ、うん」
玄関でスニーカーに履き替えて外に出ると、ビュウっと冷たい風が顔にあたった。
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