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空は遠く 43
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だが、その上谷と自分に接点があるとは思っていなかったし、上谷が自分を知っていて、話してみたいなどと言われるとは思いも寄らなかった。
「いつもほら、山本とかと一緒にいるだろ? どういう友達なのかなとか思ってて」
「いや、別にただのクラスメイトだけど」
力の名前を出されて、ついつい過剰に反応してしまう。
「そう? ほら、東山とか高田とかも、あまり評判がよくないやつらだからさ、ひょっとして意にそぐわない付き合いをさせられてたりとか」
心の内でそんなことを思っていたとしても、こんな風にずけずけ口にされたことは初めてだった。
「いや、別にそんなことはないよ。机がたまたま近いし、ってくらいで」
しかも東山や啓太とちゃんと向き合った今では、彼らのことを悪し様に言われるのは嫌だった。
「それに、ちゃんと付き合ったこともないのに、評判がよくないとか口にするのは失礼だと思うけど」
まっすぐきつい眼差しを向けられた上谷は、ちょっと目を瞬いた。
「あ、そう、そうだね、確かに。失言でした。いや、とにかくちょっと君と話してみたかったんだ、同じ帰国子女みたいだし」
好意的に聞こえたとしても言葉をそのまま信用することはできない。何より、誰かとオトモダチになるつもりはない佑人は、さっさとこの場を去りたかった。
「家庭教師が待っているから帰らなけりゃ。悪いけど」
どちらかというとまだ坂本なんかの方がわかりやすくていい。
「成瀬のお母さんって、女優の渡辺美月だよね?」
上谷の前をすり抜けて書庫を出ようとした佑人は、冷や水をかけられたようにその言葉に立ち止まる。この学校でその事実を知っている者がいるとは思わなかった。
「中学の時の事件なんて、もうとっくの昔の話だし、そんなに自分を抑えなくてもいいのに」
さらに何年ぶりかであの時の記憶を目の前に晒され、佑人は一瞬蒼白になった。
「あ、ごめん、俺の従弟、上谷って君と同じクラスだったんだって覚えてないかな? 中学の二年と三年の時? 夏休みに会った時、たまたま中学時代の話になってさ、渡辺美月の息子がいて問題起こしたみたいな話になって、二年の時のクラス写真見せてもらって、あれって思ったんだ」
知らず冷や汗をかいた拳を佑人は握り締めた。
「……だから、何?」
そこまで言われて人違いだと言い張るのも何か滑稽な気がして、佑人は上谷を振り返って睨みつける。
「あ、そんな怖い顔しなくても。知られたくないから、名前も変えてるんだよな?」
「吹聴して回るようなことでもないだろう? 名前は元々成瀬だ」
上谷は軽く笑った。
「いや、だからさ、俺は別にそのことで君を脅そうとか、そんなんじゃないし」
「俺を脅したところで、君に何かメリットがあるとも思えないけど」
心が冷えていくに従って、言葉もひどく冷たくなる。
「だから、別に君が言いたくないんなら俺も黙ってるし。ほら、ここはほとんど人が来ないから誰も聞いちゃいないって。あ、それに、写真見て俺はわかったけど、従弟には君のこと話したりしてないから」
「別に話したければ話せばいい」
これ以上この男といることがムカついて、佑人は踵を返す。
変な噂を流されたところで、失うものはない。
もともと、高校で友達を作ろうとか、楽しみたいとか、下らない期待を持っていたわけではない。早いとこ大学を出て、独り立ちして、家族にもう迷惑をかけたりしないようになりたい。
やはり、いっそ留学してしまった方がいいのかもしれない。アメリカなら飛び級という手もある。
ここに留まっていたかったのは、ただ、力の存在があったから、それだけだ。それも今となっては、もう、いいのだ。
どのみち、力とは言葉を口にすればいがみ合うだけで、これ以上どうにもならない。―――――もう、あの背中を見つめていることさえ、苦しくなってきた。
「あ、ちょ、待てって、成瀬」
上谷が佑人に追いすがり、腕を取る。
「だから、君と話したかったんだって。君も自分だけで抱え込むより、悩み事とか知ってる人間と分かち合う方が、気が楽になると思わないか?」
分かち合うって何を? 気が楽になる? 俺の何がわかるって?
「俺なんかと話して何が面白いわけ?」
シニカルな笑みを浮かべて佑人は上谷を見た。
「それはほら、興味のあるものが似てるし、それに俺も帰国子女ってヤツでさ、そういう悩みとか分かってくれるのって、同じ境遇の君くらいしか周りいないし」
「悩みなんかありそうにないけど?」
「そう見せてるだけさ。それっきゃないだろ?」
上谷は爽やかな笑顔を向け、馴れ馴れしく佑人の肩に腕をまわした。
上谷の話に同情したわけでも、悩みを分かち合おうなんて思ったわけでもない。何だかもうどうでもいいという気分だった。
これから三月まで、自分を嫌っている力の背中を、それでも見つめるだろう苦しさから逃げ出したかった。
そっか。
もうとっくに、嫌われてたっけ、小学校の時から。
こういうウジウジしたやつ、きっと一番目障りなんだろ。
「いつもほら、山本とかと一緒にいるだろ? どういう友達なのかなとか思ってて」
「いや、別にただのクラスメイトだけど」
力の名前を出されて、ついつい過剰に反応してしまう。
「そう? ほら、東山とか高田とかも、あまり評判がよくないやつらだからさ、ひょっとして意にそぐわない付き合いをさせられてたりとか」
心の内でそんなことを思っていたとしても、こんな風にずけずけ口にされたことは初めてだった。
「いや、別にそんなことはないよ。机がたまたま近いし、ってくらいで」
しかも東山や啓太とちゃんと向き合った今では、彼らのことを悪し様に言われるのは嫌だった。
「それに、ちゃんと付き合ったこともないのに、評判がよくないとか口にするのは失礼だと思うけど」
まっすぐきつい眼差しを向けられた上谷は、ちょっと目を瞬いた。
「あ、そう、そうだね、確かに。失言でした。いや、とにかくちょっと君と話してみたかったんだ、同じ帰国子女みたいだし」
好意的に聞こえたとしても言葉をそのまま信用することはできない。何より、誰かとオトモダチになるつもりはない佑人は、さっさとこの場を去りたかった。
「家庭教師が待っているから帰らなけりゃ。悪いけど」
どちらかというとまだ坂本なんかの方がわかりやすくていい。
「成瀬のお母さんって、女優の渡辺美月だよね?」
上谷の前をすり抜けて書庫を出ようとした佑人は、冷や水をかけられたようにその言葉に立ち止まる。この学校でその事実を知っている者がいるとは思わなかった。
「中学の時の事件なんて、もうとっくの昔の話だし、そんなに自分を抑えなくてもいいのに」
さらに何年ぶりかであの時の記憶を目の前に晒され、佑人は一瞬蒼白になった。
「あ、ごめん、俺の従弟、上谷って君と同じクラスだったんだって覚えてないかな? 中学の二年と三年の時? 夏休みに会った時、たまたま中学時代の話になってさ、渡辺美月の息子がいて問題起こしたみたいな話になって、二年の時のクラス写真見せてもらって、あれって思ったんだ」
知らず冷や汗をかいた拳を佑人は握り締めた。
「……だから、何?」
そこまで言われて人違いだと言い張るのも何か滑稽な気がして、佑人は上谷を振り返って睨みつける。
「あ、そんな怖い顔しなくても。知られたくないから、名前も変えてるんだよな?」
「吹聴して回るようなことでもないだろう? 名前は元々成瀬だ」
上谷は軽く笑った。
「いや、だからさ、俺は別にそのことで君を脅そうとか、そんなんじゃないし」
「俺を脅したところで、君に何かメリットがあるとも思えないけど」
心が冷えていくに従って、言葉もひどく冷たくなる。
「だから、別に君が言いたくないんなら俺も黙ってるし。ほら、ここはほとんど人が来ないから誰も聞いちゃいないって。あ、それに、写真見て俺はわかったけど、従弟には君のこと話したりしてないから」
「別に話したければ話せばいい」
これ以上この男といることがムカついて、佑人は踵を返す。
変な噂を流されたところで、失うものはない。
もともと、高校で友達を作ろうとか、楽しみたいとか、下らない期待を持っていたわけではない。早いとこ大学を出て、独り立ちして、家族にもう迷惑をかけたりしないようになりたい。
やはり、いっそ留学してしまった方がいいのかもしれない。アメリカなら飛び級という手もある。
ここに留まっていたかったのは、ただ、力の存在があったから、それだけだ。それも今となっては、もう、いいのだ。
どのみち、力とは言葉を口にすればいがみ合うだけで、これ以上どうにもならない。―――――もう、あの背中を見つめていることさえ、苦しくなってきた。
「あ、ちょ、待てって、成瀬」
上谷が佑人に追いすがり、腕を取る。
「だから、君と話したかったんだって。君も自分だけで抱え込むより、悩み事とか知ってる人間と分かち合う方が、気が楽になると思わないか?」
分かち合うって何を? 気が楽になる? 俺の何がわかるって?
「俺なんかと話して何が面白いわけ?」
シニカルな笑みを浮かべて佑人は上谷を見た。
「それはほら、興味のあるものが似てるし、それに俺も帰国子女ってヤツでさ、そういう悩みとか分かってくれるのって、同じ境遇の君くらいしか周りいないし」
「悩みなんかありそうにないけど?」
「そう見せてるだけさ。それっきゃないだろ?」
上谷は爽やかな笑顔を向け、馴れ馴れしく佑人の肩に腕をまわした。
上谷の話に同情したわけでも、悩みを分かち合おうなんて思ったわけでもない。何だかもうどうでもいいという気分だった。
これから三月まで、自分を嫌っている力の背中を、それでも見つめるだろう苦しさから逃げ出したかった。
そっか。
もうとっくに、嫌われてたっけ、小学校の時から。
こういうウジウジしたやつ、きっと一番目障りなんだろ。
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