空は遠く

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空は遠く 42

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   ACT  4
 
 
 成瀬家は年明けを一家で箱根の温泉でゆったりと過ごした。
 風呂付のリッチな部屋を四つリザーブして、両親、渡辺の祖母と成瀬の祖父、それに郁磨と佑人の部屋はペットOKで、ラッキーもペット用の温泉に浸かったりしてご満悦そうだった。
 家族との和やかな時間は、佑人の心にも少しばかり平穏をもたらした。
 四日に東京に戻ってくると、各々がスタジオだ仕事だ研究室だとそれぞれの日常に戻っていき、祖父は初稽古、祖母はその夜から店を開けた。
 佑人はその日から柳沢に来てもらって、早速かなり目一杯、古文など苦手な分野の克服にいそしんだ。
 既に坂本のところにも行ってきたようで、なかなか飲みこみが速いし、このまま手を抜かずにやればT大もさほど問題なく入れるだろうと、柳沢は言った。
「英語がもう一つってとこみたいだけどね」
「そんなにがむしゃらにやってる感じはないけど、たいてい五番以内いるから、坂本は」
「佑くんも少し肩の力を抜いてもいいと思うよ。せっかくの高校生活、もうちょっと楽しんでも君なら受験なんて何の問題もないけどね」
 柳沢は優しく微笑んだ。
 そうして短い冬休みはあっという間に終わり、三学期が始まった。
 登校する前は、いっそ誰かと席を替わってもらおうかとも佑人は考えたが、ここでそんな動きをすれば何があったのかとクラスメイトに可笑しな勘繰りをされるような気もして、それはやめた。
 どのみち、三年になればクラス替えもあるしな……
 それに佑人が考えるほど、力は佑人のことなどもうどうとも思っていないのだろう。
 啓太やちょっと足を庇いながら歩いている東山も今までどおり、よう、と声をかけてきたが、斜め前に背を向けている力は振り向きもしない。
 自意識過剰、だな。
 佑人は自嘲して窓の外に目をやった。
 葉を落としたメタセコイア並木が、灰色の空をバックに寒々しく裸の枝をさらしていた。
 天気予報では西高東低、マイナス三十六度からの寒気団が日本列島に居座っていて、今日は夜にかけてかなり気温が下がり、雪が降る可能性もあるらしい。
 午前中は始業式、ロングホームルームで過ぎたが、午後からは普通に授業が始まった。
「成瀬は、マックとか、寄らないよね?」
 授業が終わると、啓太がちょっと遠慮がちに声をかけてきたが、「図書館に行くから、またね」とかわして教室を出た。
 まさしく今日は背中しか見なかったな。
 力が振り返りそうな時は、佑人が俯いていたから、一度も目を合わせることなく一日が終わった。
 まあ、こんな風に、きっと三月まで過ぎていくんだろ。
 それでいいと思う。
 クラスメイトは力と佑人の言い争いも何も知らないし、佑人が力たちと一緒に行動しなくなったからといって、そうなんだくらいにも思わないだろうし。
 このまま波風が立たないよう。
 そんなことを考えながら階段を上がり、佑人は時計台のちょうど下、四階にある図書館へと向かう。
 いろんな原書も書庫の奥にあると、司書に確かめた佑人は、何となく読んでみたくなってパソコンで場所を調べ、生徒たちはあまり立ち入らない第二書庫へと足を踏み入れた。
 手に取ったのはレナード・サスキンド著の「宇宙のランドスケープ」、原題をThe Cosmic Landscapeというペーパーバックだが、物質の究極の要素は「粒子」ではなく「弦」であるという超弦理論をベースにした宇宙に関する著書だ。
 宇宙に関するものは何でも読んでみたい。日本語訳が出ているが、原書でまず読んでからと思ったのだ。
「それ、割と面白いよ。でも俺は、ブライアン・グリーンのエレガントな宇宙の方が好きだけど」
 文字を目で追いながら少しばかり没頭していた佑人はちょっと驚いて顔を上げた。
「あ、ごめん、ごめん、邪魔するつもりはなかったんだけど、こんなとこ俺しか来ないと思ってたからつい嬉しくて」
 佑人の方こそ、こんなところへ好き好んでくるような者が他にいると思っていなかったので、しかも声をかけられるなんて予期していない出来事で面食らった。
「成瀬くんだよね? Aクラスの。俺、一度君と話してみたかったんだ」
 すぐに立ち去ろうとしたが、名前を呼ばれて佑人は一瞬構えてしまう。
「あ、俺、Dクラスの上谷」
 佑人よりわずかばかり目線が上にあるその生徒を、佑人はようやくしっかり見やる。
 上谷と名乗ったその生徒のことは、さすがに佑人でも知っていた。
 夏前の選挙で生徒会長に就任した上谷高志は、亜麻色の髪は自前という、母をアメリカ人に持つ帰国子女だった。
 ひたすら自分を押し殺して、学校の授業以外で英語なんか口にしようとも思わない佑人とは正反対で、何かというとすぐ流暢な英語を口にする、それでもひけらかすというのではなく自然で、しかも日本語の方でもさり気ないユーモアを交えた会話が嫌味ではなく、半分アメリカ人のルックスも手伝って、生徒会選挙の頃から女子の間ではその人気はうなぎ上りだ。
 爽やかなイメージは生徒会長として、女子にばかりでなく好感をもたれている。
 成績は二〇番台だが、アメリカ生活が長かったからか現国や古文、日本史などが苦手なせいらしい。
 それらは全て、昼休みに教室で一人、サンドイッチを齧っていたりする時に、女子のグループが声高に話しているのを聞かされた情報だ。
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