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空は遠く 41
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「坂本! 何やってんだ、てめ!」
坂本はやっと佑人を離したが、声を荒げた力と目が合って、佑人は身を強張らせた。
「あの、今日はお詫びに。先日、皆さんに大変ご迷惑を………」
「ああ、大迷惑だ! 練も練の仲間もてんやわんやだ! てめぇの独りよがりな突っ走りのお陰でな」
言葉もきつい眼差しも、今の佑人には痛すぎて、思わず目を逸らす。
あの日、車に乗せられているような感覚はあったが、ちゃんと覚醒できずに眠っていた佑人は夜中、ひどい頭痛で目を覚ました。
傍らには兄がいて、髪を撫でてくれた。
ああそうか、兄だったのかと、佑人は漠然と思った。
硬く狭い闇の空間に乱暴に横たえられトランクを閉められたはずみで、深い眠りの底から少しだけ上昇したのか、得体の知れない孤独感に襲われた。
だが手足を動かそうとしても身体が動かない。
しばらくしてその闇の蓋が開いて、名前を呼ばれてすぐ、しっかり抱きしめられたような感覚があったが、意識はうやむやで、目が覚めてからは全ては夢だったのかもしれないと、佑人は漠然と思った。
兄は何があったのかかいつまんで話してくれた。
自分が考えていた範疇外のことが起きたのは事実だが、自分が勝手に動いたことで、どうやら却ってみんなに多大な迷惑をかけたのだということを理解した。
「坂本くんがお前を助け出してくれたんだ。それに山本くんも」
「坂本が………?」
じゃああれは夢ではなく坂本だったのか……。
いずれにせよ、「一人で背負い込んで突っ走るのはやめろ」と兄からもしっかり釘をさされ、今度ばかりは自分の考えの甘さや浅はかさを滅茶苦茶悔いた。
三分の一ほどしか飲まなかったにせよ、仕込まれた睡眠導入剤のお陰で二、三日身体はろくでもなかった。
精神的に落ち込んでいたこともある。
ようやく決心して謝罪だけはしなくてはと、敷居の重い店へとやってきたのだ。
「ほんとに、申し訳ありませんでした」
練に詫びの言葉を言うと練は笑った。
「いや、不幸中の幸いというか、この荒療治のお陰で捜査の半分は進んだみたいだから、警察も。まあ、成瀬くんは俺らに謝るより、自分ひとりだけで何かやろうとか考えずにだな………」
「身の程知らずも大概にしとけってこった!」
練が優しくとりなそうとしてくれているその言葉を遮って、力の痛烈な台詞が容赦なく佑人の心に突き刺さる。
「ああ、横暴な力の言うことなんか気にしなくていい。今夜、カウントダウンパーティなんだよ。朝まで開けて皆で騒ぐんだ。東とか啓太もくるっていってるし、成瀬くんも一緒にどうかな?」
練は動揺している佑人を見て、カウンターから出てきて言った。
「いえ、今夜これから家族で箱根に行くことになっているので」
「そっか、それは残念。まあ、俺らはなんも気にしてないし、百合江さんも成瀬くんに会いたがってるし、また、いつでもおいで。ああ、今度は新年のパーティ、冬休みが終わる前にやるからさ」
さしずめ、誰に対しても絶対ここまで優しくしたことはないというほど、練は優しい言葉をつくして言った。
「ありがとうございます。オーナーにはよろしくおっしゃって下さい」
「そうだ、せっかくだから、食事、していきなよ、どうせ力のおごりだし」
「あ、いえ、ほんとにもう帰らなくてはならないので」
佑人は練にそう言うと、今度は力の方に向き直る。
「ほんとに………すまなかった……君らにも迷惑をかけた……」
一言一言口にするが、悔しさと自分に対する憤りで佑人は声を詰まらせる。
「もう二度と、君らに迷惑をかけるようなことはしない」
ところがガタン、と立ち上がると力はまた怒鳴りつけた。
「……じゃねぇだろ?! それがうぜぇってんだよ! てめぇは」
一瞬、佑人は力を睨みつけるように見た。
「二度とお前の目障りになるようなことはしない」
今度ははっきりと言い切ると、佑人は練にちょっと頭を下げ、足早に店を出た。
あそこまで疎まれていようとは。
嗚咽の塊がもうそこまできているようだった。
だが、ここではまだダメだ。
中学の時だって、こんな弱い自分ではなかったはずなのに。
足元からガクガクと崩れてしまいそうで。
佑人は必死で駅へと向かう。
「おい、待てよ! 成瀬!」
息せき切って追いかけてきたのは坂本だった。
「ちょ、待てってば……」
坂本に肩を掴まれて、佑人ははじかれたように顔を上げた。
かろうじて涙は流れていない。
こいつらに、弱みなんかみせてたまるか!
「そうだ、お前が助けてくれたんだって? 兄に聞いたよ。どうもありがとう」
「えっ……あっ……」
力が妙な小細工をしたせいで、そういえば佑人の兄も未だに自分と山本の名前を取り違えているのだということを坂本は思い出した。
「いや、それは、だな、その………、ああ、もう、どう言ったらいいんだ!」
「心配しなくてももう二度と迷惑をかけたりしない」
佑人は静かに言った。
「じゃあ、よいお年を」
「おい、成瀬、ちょ、待てって」
坂本はクールに立ち去ろうとする佑人を再び捕まえた。
「お前、何か妙なこと、考えたりしてないよな?」
「妙なこと?」
「だからその……、年明けたらボストンに行っちまうだとか」
「何で? 三学期なんかに行ってどうするって?」
「あ、いや、なら、いんだが……」
坂本は眉をひそめ、まだ何やらもやもやとしたものを胸の内に抱えたまま佑人を見送った。
坂本はやっと佑人を離したが、声を荒げた力と目が合って、佑人は身を強張らせた。
「あの、今日はお詫びに。先日、皆さんに大変ご迷惑を………」
「ああ、大迷惑だ! 練も練の仲間もてんやわんやだ! てめぇの独りよがりな突っ走りのお陰でな」
言葉もきつい眼差しも、今の佑人には痛すぎて、思わず目を逸らす。
あの日、車に乗せられているような感覚はあったが、ちゃんと覚醒できずに眠っていた佑人は夜中、ひどい頭痛で目を覚ました。
傍らには兄がいて、髪を撫でてくれた。
ああそうか、兄だったのかと、佑人は漠然と思った。
硬く狭い闇の空間に乱暴に横たえられトランクを閉められたはずみで、深い眠りの底から少しだけ上昇したのか、得体の知れない孤独感に襲われた。
だが手足を動かそうとしても身体が動かない。
しばらくしてその闇の蓋が開いて、名前を呼ばれてすぐ、しっかり抱きしめられたような感覚があったが、意識はうやむやで、目が覚めてからは全ては夢だったのかもしれないと、佑人は漠然と思った。
兄は何があったのかかいつまんで話してくれた。
自分が考えていた範疇外のことが起きたのは事実だが、自分が勝手に動いたことで、どうやら却ってみんなに多大な迷惑をかけたのだということを理解した。
「坂本くんがお前を助け出してくれたんだ。それに山本くんも」
「坂本が………?」
じゃああれは夢ではなく坂本だったのか……。
いずれにせよ、「一人で背負い込んで突っ走るのはやめろ」と兄からもしっかり釘をさされ、今度ばかりは自分の考えの甘さや浅はかさを滅茶苦茶悔いた。
三分の一ほどしか飲まなかったにせよ、仕込まれた睡眠導入剤のお陰で二、三日身体はろくでもなかった。
精神的に落ち込んでいたこともある。
ようやく決心して謝罪だけはしなくてはと、敷居の重い店へとやってきたのだ。
「ほんとに、申し訳ありませんでした」
練に詫びの言葉を言うと練は笑った。
「いや、不幸中の幸いというか、この荒療治のお陰で捜査の半分は進んだみたいだから、警察も。まあ、成瀬くんは俺らに謝るより、自分ひとりだけで何かやろうとか考えずにだな………」
「身の程知らずも大概にしとけってこった!」
練が優しくとりなそうとしてくれているその言葉を遮って、力の痛烈な台詞が容赦なく佑人の心に突き刺さる。
「ああ、横暴な力の言うことなんか気にしなくていい。今夜、カウントダウンパーティなんだよ。朝まで開けて皆で騒ぐんだ。東とか啓太もくるっていってるし、成瀬くんも一緒にどうかな?」
練は動揺している佑人を見て、カウンターから出てきて言った。
「いえ、今夜これから家族で箱根に行くことになっているので」
「そっか、それは残念。まあ、俺らはなんも気にしてないし、百合江さんも成瀬くんに会いたがってるし、また、いつでもおいで。ああ、今度は新年のパーティ、冬休みが終わる前にやるからさ」
さしずめ、誰に対しても絶対ここまで優しくしたことはないというほど、練は優しい言葉をつくして言った。
「ありがとうございます。オーナーにはよろしくおっしゃって下さい」
「そうだ、せっかくだから、食事、していきなよ、どうせ力のおごりだし」
「あ、いえ、ほんとにもう帰らなくてはならないので」
佑人は練にそう言うと、今度は力の方に向き直る。
「ほんとに………すまなかった……君らにも迷惑をかけた……」
一言一言口にするが、悔しさと自分に対する憤りで佑人は声を詰まらせる。
「もう二度と、君らに迷惑をかけるようなことはしない」
ところがガタン、と立ち上がると力はまた怒鳴りつけた。
「……じゃねぇだろ?! それがうぜぇってんだよ! てめぇは」
一瞬、佑人は力を睨みつけるように見た。
「二度とお前の目障りになるようなことはしない」
今度ははっきりと言い切ると、佑人は練にちょっと頭を下げ、足早に店を出た。
あそこまで疎まれていようとは。
嗚咽の塊がもうそこまできているようだった。
だが、ここではまだダメだ。
中学の時だって、こんな弱い自分ではなかったはずなのに。
足元からガクガクと崩れてしまいそうで。
佑人は必死で駅へと向かう。
「おい、待てよ! 成瀬!」
息せき切って追いかけてきたのは坂本だった。
「ちょ、待てってば……」
坂本に肩を掴まれて、佑人ははじかれたように顔を上げた。
かろうじて涙は流れていない。
こいつらに、弱みなんかみせてたまるか!
「そうだ、お前が助けてくれたんだって? 兄に聞いたよ。どうもありがとう」
「えっ……あっ……」
力が妙な小細工をしたせいで、そういえば佑人の兄も未だに自分と山本の名前を取り違えているのだということを坂本は思い出した。
「いや、それは、だな、その………、ああ、もう、どう言ったらいいんだ!」
「心配しなくてももう二度と迷惑をかけたりしない」
佑人は静かに言った。
「じゃあ、よいお年を」
「おい、成瀬、ちょ、待てって」
坂本はクールに立ち去ろうとする佑人を再び捕まえた。
「お前、何か妙なこと、考えたりしてないよな?」
「妙なこと?」
「だからその……、年明けたらボストンに行っちまうだとか」
「何で? 三学期なんかに行ってどうするって?」
「あ、いや、なら、いんだが……」
坂本は眉をひそめ、まだ何やらもやもやとしたものを胸の内に抱えたまま佑人を見送った。
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