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空は遠く 39
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男は銃を力の方へ向けた。
どうやら男にとっては梶田の腹に風穴があこうがどうでもいいらしい。
「か、カツマさん! ちょ、やめ……」
息詰まる空気が乱れたのは次の瞬間だった。
「…うぐぅ……!」
男が首の辺りを押さえて呻くと同時に、割れたブロックの塊が男の傍らに転がった。さらに今度は腕を目掛けて小さめのブロックが矢継ぎ早に飛んでくる。
そのひとつのかけらが頭にあたったのだろう、男がよろけて倒れこんだ。
「力! 早く、成瀬!」
力は聞きなれた声に、梶田を思い切り突き飛ばすと、運転席に駆け寄り、ステアリング周りでボタンを探してトランクを開けた。
少し前に辿り着き、敷地内に忍び込んでやり取りを見ていた坂本は、車に成瀬がいるに違いないと思い、どう動こうか考えていたが、男が銃を撃ったところで、ブロックを砕いて投げつけたのだ。
「成瀬っ!!」
力が佑人をトランクから引っ張り出そうとしたところで、さっき力が殴り倒した男が起き上がってトランクへ歩き出そうとするのが見えた。
坂本は手にあった最後のブロックの塊を、その男の背中に向けて投げつけた。
ぐあっと呻くと、男はつんのめって前へ倒れこんだ。
静かなエンジン音で近づいてきた車のヘッドライトが、辺りを照らし出した。
停まった車の中から降り立った男は、佑人を抱き上げた力の方へ歩み寄る。
振り返った坂本は、佑人の兄郁磨だと気づいた。
「厄介をかけてすまなかった。佑人を引き取るよ」
力は郁磨に気づき、大きく息をついた。
「あっ、危ない、後ろ」
坂本は銃を持ったインテリヤクザが立ち上がろうとするのに気づいて叫んだ。
だが、郁磨が振り向くのと男がその拳をまともに受けて再びその場に崩れ、今度は本当に気を失うのとはほとんど一瞬の出来事だった。
郁磨は何事もなかったかのように、力に向き直った。
「車まで運びます。眠ってるだけだと思う……多分……」
そう言った力の表情がひどく苦しそうなのを郁磨は見て取った。
「ありがとう、感謝します」
郁磨の車の後部座席に佑人を横たえた力は、しばしじっと佑人を見つめた。
「おい、さっさと行け! すぐにサツがくるぞ、今連絡した」
闇の中から長身の男がぬっと現れた。
いつの間にか郁磨の車の後ろにSUVが停まっている。
男の後ろには数人の男たちがいた。
「練、悪ぃ、あと、頼むぜ、行くぞ!」
「すまね、練さん!」
力のあとを追って坂本も走り出す。
それを見送るように、郁磨は車の傍で立っていたが、「早く、行って下さい」と練に促され、ちょっと頭をさげると車に乗り込んでエンジンをかけた。
夕方からまた雪がちらついていた。
寒い年明けになりそうだと、カウンターの上にあるテレビではさきほどから天気予報士が天気図の説明を繰り返している。
「ワンちゃん猫ちゃんとご一緒に カフェ・リリィ」では、玄関ドアの前には門松、店内にもカウンターの上にはお鏡などが飾られ、すっかり正月を迎える準備は整っていた。
「練、ポカリくれ! ポカリ!」
息も荒くドアが開いて走りこんできたのは、でかい図体の男とこれまたでかい犬だ。
ソファにダイビングするように倒れこむ力の横で、タローは自分の皿に水をもらって勢いよく飲み始める。
「何度も言うようだが、うちは喫茶だ。ポカリが欲しけりゃコンビニに行け」
「ケチくせぇな、じゃ、ウーロン茶でいい、ウーロン茶!」
やがて練はウーロン茶の入ったグラスを力の前のテーブルに置くが、しっかりオーダーシートも添えてある。
力はそれを横目にちっと舌打ちしたものの、次には一気にグラスを空けた。
「今夜のパーティ、美紀ちゃん呼んだのかよ?」
窓際で参考書を手にコーヒーを飲んでいた坂本が声をかけた。
「俺とつき合うと、ヤクザに追われるぜっつったら、さよならだとよ」
「ちぇ、もったいない!」
朝から店の特等席を陣取って、坂本はそれでもただぼんやりしているわけではなく、勉強に勤しんでいる。
何でうちでやらないんだ、と迷惑顔の練に問われれば、ここが一番落ち着く、ときたものだ。
朝は十一時から夕方五時まで、有閑マダムや近所の自営業の店主、女子大生などの常連客が大抵、世話が簡単というような理由で連れている小型犬を連れてやってくる。
きゃんきゃん犬が吠え、客が練を相手に取るに足らないおしゃべりをしている環境の、どこが落ち着くのだか、と練は皮肉ってもみるのだが、この坂本と力は店にやってきては居座るのをやめようとしない。
五時から七時までは準備時間となり、いつもなら七時から十時が営業時間だが、今夜は特別である。
「パーティ、可愛い子がくるんだよな? 練」
カウンターの中で忙しくグラスを磨いている練に坂本が聞いた。
「タラシの力や坂本くんには近づくなと言ってある」
「けっ! 自分はどうなんだよ!」
力が言い返す。
毎年大晦日の晩は常連客に声をかけてカウントダウンパーティが行われる。それぞれペットを伴った客が集まってくるのは、午後八時を過ぎた頃からだ。
店は元日の七時まで営業し、三が日は休業となる。
「成瀬くんにも声をかけたんだが」
練がボソリと言う。
力の動作がふっと停止する。
「いくら何でも今度はあのクソバカヤローもおいそれと顔を出せるもんか。人の忠告をさんざ無視したあげくドジって捕まりやがって、下手すりゃ、今頃クスリ漬けにされて、ヤツらのいいようにされてたんだぞ!」
今にも手にしたグラスを握り潰さんばかりに力が激昂する。
どうやら男にとっては梶田の腹に風穴があこうがどうでもいいらしい。
「か、カツマさん! ちょ、やめ……」
息詰まる空気が乱れたのは次の瞬間だった。
「…うぐぅ……!」
男が首の辺りを押さえて呻くと同時に、割れたブロックの塊が男の傍らに転がった。さらに今度は腕を目掛けて小さめのブロックが矢継ぎ早に飛んでくる。
そのひとつのかけらが頭にあたったのだろう、男がよろけて倒れこんだ。
「力! 早く、成瀬!」
力は聞きなれた声に、梶田を思い切り突き飛ばすと、運転席に駆け寄り、ステアリング周りでボタンを探してトランクを開けた。
少し前に辿り着き、敷地内に忍び込んでやり取りを見ていた坂本は、車に成瀬がいるに違いないと思い、どう動こうか考えていたが、男が銃を撃ったところで、ブロックを砕いて投げつけたのだ。
「成瀬っ!!」
力が佑人をトランクから引っ張り出そうとしたところで、さっき力が殴り倒した男が起き上がってトランクへ歩き出そうとするのが見えた。
坂本は手にあった最後のブロックの塊を、その男の背中に向けて投げつけた。
ぐあっと呻くと、男はつんのめって前へ倒れこんだ。
静かなエンジン音で近づいてきた車のヘッドライトが、辺りを照らし出した。
停まった車の中から降り立った男は、佑人を抱き上げた力の方へ歩み寄る。
振り返った坂本は、佑人の兄郁磨だと気づいた。
「厄介をかけてすまなかった。佑人を引き取るよ」
力は郁磨に気づき、大きく息をついた。
「あっ、危ない、後ろ」
坂本は銃を持ったインテリヤクザが立ち上がろうとするのに気づいて叫んだ。
だが、郁磨が振り向くのと男がその拳をまともに受けて再びその場に崩れ、今度は本当に気を失うのとはほとんど一瞬の出来事だった。
郁磨は何事もなかったかのように、力に向き直った。
「車まで運びます。眠ってるだけだと思う……多分……」
そう言った力の表情がひどく苦しそうなのを郁磨は見て取った。
「ありがとう、感謝します」
郁磨の車の後部座席に佑人を横たえた力は、しばしじっと佑人を見つめた。
「おい、さっさと行け! すぐにサツがくるぞ、今連絡した」
闇の中から長身の男がぬっと現れた。
いつの間にか郁磨の車の後ろにSUVが停まっている。
男の後ろには数人の男たちがいた。
「練、悪ぃ、あと、頼むぜ、行くぞ!」
「すまね、練さん!」
力のあとを追って坂本も走り出す。
それを見送るように、郁磨は車の傍で立っていたが、「早く、行って下さい」と練に促され、ちょっと頭をさげると車に乗り込んでエンジンをかけた。
夕方からまた雪がちらついていた。
寒い年明けになりそうだと、カウンターの上にあるテレビではさきほどから天気予報士が天気図の説明を繰り返している。
「ワンちゃん猫ちゃんとご一緒に カフェ・リリィ」では、玄関ドアの前には門松、店内にもカウンターの上にはお鏡などが飾られ、すっかり正月を迎える準備は整っていた。
「練、ポカリくれ! ポカリ!」
息も荒くドアが開いて走りこんできたのは、でかい図体の男とこれまたでかい犬だ。
ソファにダイビングするように倒れこむ力の横で、タローは自分の皿に水をもらって勢いよく飲み始める。
「何度も言うようだが、うちは喫茶だ。ポカリが欲しけりゃコンビニに行け」
「ケチくせぇな、じゃ、ウーロン茶でいい、ウーロン茶!」
やがて練はウーロン茶の入ったグラスを力の前のテーブルに置くが、しっかりオーダーシートも添えてある。
力はそれを横目にちっと舌打ちしたものの、次には一気にグラスを空けた。
「今夜のパーティ、美紀ちゃん呼んだのかよ?」
窓際で参考書を手にコーヒーを飲んでいた坂本が声をかけた。
「俺とつき合うと、ヤクザに追われるぜっつったら、さよならだとよ」
「ちぇ、もったいない!」
朝から店の特等席を陣取って、坂本はそれでもただぼんやりしているわけではなく、勉強に勤しんでいる。
何でうちでやらないんだ、と迷惑顔の練に問われれば、ここが一番落ち着く、ときたものだ。
朝は十一時から夕方五時まで、有閑マダムや近所の自営業の店主、女子大生などの常連客が大抵、世話が簡単というような理由で連れている小型犬を連れてやってくる。
きゃんきゃん犬が吠え、客が練を相手に取るに足らないおしゃべりをしている環境の、どこが落ち着くのだか、と練は皮肉ってもみるのだが、この坂本と力は店にやってきては居座るのをやめようとしない。
五時から七時までは準備時間となり、いつもなら七時から十時が営業時間だが、今夜は特別である。
「パーティ、可愛い子がくるんだよな? 練」
カウンターの中で忙しくグラスを磨いている練に坂本が聞いた。
「タラシの力や坂本くんには近づくなと言ってある」
「けっ! 自分はどうなんだよ!」
力が言い返す。
毎年大晦日の晩は常連客に声をかけてカウントダウンパーティが行われる。それぞれペットを伴った客が集まってくるのは、午後八時を過ぎた頃からだ。
店は元日の七時まで営業し、三が日は休業となる。
「成瀬くんにも声をかけたんだが」
練がボソリと言う。
力の動作がふっと停止する。
「いくら何でも今度はあのクソバカヤローもおいそれと顔を出せるもんか。人の忠告をさんざ無視したあげくドジって捕まりやがって、下手すりゃ、今頃クスリ漬けにされて、ヤツらのいいようにされてたんだぞ!」
今にも手にしたグラスを握り潰さんばかりに力が激昂する。
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