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空は遠く 35
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「俺ら、じゃなく、お前だろーが? 兄貴だってあぶねくね? しかし、美貌の兄弟だな」
「あぶねぇもんかよ、木戸よりこっちに、もうひとつ門があったろ? 成瀬のじいさん、空手の師範なんだ」
「え、ほんとかよ? じゃ、ひょっとして成瀬も、もちろんあの一見ひ弱そうな美貌の兄貴も強かったり?」
「高校ん時、全国で優勝してる」
「げ……そうなん? なるほどね……にしてもお前、よく知ってるじゃん」
坂本の突っ込みに力はしばし口を閉ざす。
「………たまたま見たんだよ、雑誌か何かで」
「へーえ?」
「乗ってくか?」
そこには力のバイクが停めてあった。
「このいでたちでバイクなんか乗ったら、凍えちまう」
「フン」
「とっととヤツら、ぶっ潰そうぜ」
「わーかってる!」
坂本は駅へ向かい、力も郁磨に頼んだことでいくらか緊張の糸を緩め、バイクに跨った。
だが二人はこの時、てっきり家に帰ったと思った佑人が裏から出て行ったなどとは、思いもよらなかったのだ。
東山の家はすぐわかった。
既に時間は五時半を回っている。よその家を訪れるのにはふさわしくない時間かもと思いながら、佑人は玄関のチャイムを押した。
東山が割りと甘いもの好きなのが記憶にあったので、とりあえず駅の近くのケーキ屋で買ったケーキを形ばかりの見舞いに提げてきた。
「はい、どなた?」
女性の声はあまり機嫌がいいとは思えない。
「あの、東山くんのクラスメイトで成瀬といいます」
やがてバタバタと音がして、ドアが開いた。
「あら、まあ」
おそらく東山の母親だろう、佑人の頭から足の先まで目を走らせてから、少しばかりふくよかな女性がそんな声をあげた。
「こんな時間に申し訳ありません。入院のこと知らなくて、今日退院されたと聞いたので、お見舞いに伺いました」
「うちは全然かまわないわよ。どうぞ、どうぞ、入ってちょうだい」
佑人が大きなケーキの箱を差し出すと、女性はにこにこと佑人を招きいれた。
「一義! カズ! お客様! カズ! 聞こえてんの?!」
階段の上に向かって東山の母親は大きな声で呼んだ。
「っせぇな、聞こえてんだよ、そう何べんも呼ばなくったって、ババァ」
そんな声が上から降ってきたかと思うと、ひょこひょこと片足をかばいながら、東山が降りてきた。
顔にもあちこち痣ができている。
「え………、成瀬……?!」
よほど驚いたのだろう、しばし絶句していた東山だが、「何? どうしたんだよ?」と聞き返す。
「お見舞いに来てくださったんだよ。ったく、この不良がまた何しでかしたんだか、入院なんて。ま、どうぞ、きたないとこだけど上がって。まあ、同じクラスの? お前にこんな上品なお友達がいたなんて。ほら、カズ、お見舞い下さったんだよ、お茶くらい自分で出しなよね」
母親は捲くし立てるように言い、自分はコートを持って出かけるところのようだった。
「あ、いえ、お構いなく……」
「すみませんね、私、これから仕事なんで、出ますけど、何でもカズに言ってやって。そのうち、これの妹も帰ってくるので」
「わかったよ、とっとと行けって。成瀬、あがれよ」
上下黒のスウェットに裸足の東山は、佑人を促した。
「階段上がって右、俺ん部屋、そだ、これ持ってって」
東山は佑人の持ってきた特大のケーキの箱を渡した。
「あ、ああ、突然、悪いな」
佑人は階段を上がりかけて、「お茶なんかいいよ、足、怪我してるのに」と声をかけた。
六畳ほどの部屋はベッドと机と本棚、足元は服やらマンガ雑誌やらで埋まっていた。
壁にはMLBのスター選手のポスター、その横ではグラビアアイドルがポーズを取っている。
「そこらへんに座れっつっても、場所ねぇか」
両手のマグカップに紅茶を入れ、ひょこひょこと左足をかばいながら入ってきた東山は、テーピングしたその足で散らばっている服やら雑誌やらを除ける。
「ああ、その椅子に座って」
佑人が机にケーキの箱を乗せ、その前の椅子に座ると、東山はカップをひとつ差し出して、自分はベッドに座るなり手を伸ばしてケーキの箱を開いた。
「うまそー。俺、腹減っててさ、食っていい?」
東山は取り出したチョコレートケーキに早速かぶりついて、一ピースが大きいので有名なケーキショップのケーキをひとつ、あっという間に平らげる。
「あ、成瀬も食えよ」
「うん、ありがと……」
「ありがとって、お前が持ってきてくれたんじゃん」
笑うと人好きのするファニーフェイス、顎の辺りに髭が伸びている。
「いや、すまない、お前が怪我したのって、俺のせいだろ」
すると東山は佑人を見つめ、「いや……そうじゃねぇよ」と頭をかきむしる。
「俺がちっと油断したんだよ。三鷹のドンって店でダチと待ち合わせてたら、そこが、奴らのタマリ場でさ。間抜けなことに、学ラン着てったから、梶田ってガキがガンつけてきやがって、力とかにそいつの写真見せられてたんだけど、ぴんとこなくて、ハハ……いつもなら、んなトロいマネしやしねんだけどよ、奴ら、後ろからガツってきやがって、気がついたら、店引きずり出されて、何か、ボロ家? 連れ込まれてボコボコ」
東山にしてみれば、よほど悔しかったのだろう、空笑いに顔がゆがむ。
「あぶねぇもんかよ、木戸よりこっちに、もうひとつ門があったろ? 成瀬のじいさん、空手の師範なんだ」
「え、ほんとかよ? じゃ、ひょっとして成瀬も、もちろんあの一見ひ弱そうな美貌の兄貴も強かったり?」
「高校ん時、全国で優勝してる」
「げ……そうなん? なるほどね……にしてもお前、よく知ってるじゃん」
坂本の突っ込みに力はしばし口を閉ざす。
「………たまたま見たんだよ、雑誌か何かで」
「へーえ?」
「乗ってくか?」
そこには力のバイクが停めてあった。
「このいでたちでバイクなんか乗ったら、凍えちまう」
「フン」
「とっととヤツら、ぶっ潰そうぜ」
「わーかってる!」
坂本は駅へ向かい、力も郁磨に頼んだことでいくらか緊張の糸を緩め、バイクに跨った。
だが二人はこの時、てっきり家に帰ったと思った佑人が裏から出て行ったなどとは、思いもよらなかったのだ。
東山の家はすぐわかった。
既に時間は五時半を回っている。よその家を訪れるのにはふさわしくない時間かもと思いながら、佑人は玄関のチャイムを押した。
東山が割りと甘いもの好きなのが記憶にあったので、とりあえず駅の近くのケーキ屋で買ったケーキを形ばかりの見舞いに提げてきた。
「はい、どなた?」
女性の声はあまり機嫌がいいとは思えない。
「あの、東山くんのクラスメイトで成瀬といいます」
やがてバタバタと音がして、ドアが開いた。
「あら、まあ」
おそらく東山の母親だろう、佑人の頭から足の先まで目を走らせてから、少しばかりふくよかな女性がそんな声をあげた。
「こんな時間に申し訳ありません。入院のこと知らなくて、今日退院されたと聞いたので、お見舞いに伺いました」
「うちは全然かまわないわよ。どうぞ、どうぞ、入ってちょうだい」
佑人が大きなケーキの箱を差し出すと、女性はにこにこと佑人を招きいれた。
「一義! カズ! お客様! カズ! 聞こえてんの?!」
階段の上に向かって東山の母親は大きな声で呼んだ。
「っせぇな、聞こえてんだよ、そう何べんも呼ばなくったって、ババァ」
そんな声が上から降ってきたかと思うと、ひょこひょこと片足をかばいながら、東山が降りてきた。
顔にもあちこち痣ができている。
「え………、成瀬……?!」
よほど驚いたのだろう、しばし絶句していた東山だが、「何? どうしたんだよ?」と聞き返す。
「お見舞いに来てくださったんだよ。ったく、この不良がまた何しでかしたんだか、入院なんて。ま、どうぞ、きたないとこだけど上がって。まあ、同じクラスの? お前にこんな上品なお友達がいたなんて。ほら、カズ、お見舞い下さったんだよ、お茶くらい自分で出しなよね」
母親は捲くし立てるように言い、自分はコートを持って出かけるところのようだった。
「あ、いえ、お構いなく……」
「すみませんね、私、これから仕事なんで、出ますけど、何でもカズに言ってやって。そのうち、これの妹も帰ってくるので」
「わかったよ、とっとと行けって。成瀬、あがれよ」
上下黒のスウェットに裸足の東山は、佑人を促した。
「階段上がって右、俺ん部屋、そだ、これ持ってって」
東山は佑人の持ってきた特大のケーキの箱を渡した。
「あ、ああ、突然、悪いな」
佑人は階段を上がりかけて、「お茶なんかいいよ、足、怪我してるのに」と声をかけた。
六畳ほどの部屋はベッドと机と本棚、足元は服やらマンガ雑誌やらで埋まっていた。
壁にはMLBのスター選手のポスター、その横ではグラビアアイドルがポーズを取っている。
「そこらへんに座れっつっても、場所ねぇか」
両手のマグカップに紅茶を入れ、ひょこひょこと左足をかばいながら入ってきた東山は、テーピングしたその足で散らばっている服やら雑誌やらを除ける。
「ああ、その椅子に座って」
佑人が机にケーキの箱を乗せ、その前の椅子に座ると、東山はカップをひとつ差し出して、自分はベッドに座るなり手を伸ばしてケーキの箱を開いた。
「うまそー。俺、腹減っててさ、食っていい?」
東山は取り出したチョコレートケーキに早速かぶりついて、一ピースが大きいので有名なケーキショップのケーキをひとつ、あっという間に平らげる。
「あ、成瀬も食えよ」
「うん、ありがと……」
「ありがとって、お前が持ってきてくれたんじゃん」
笑うと人好きのするファニーフェイス、顎の辺りに髭が伸びている。
「いや、すまない、お前が怪我したのって、俺のせいだろ」
すると東山は佑人を見つめ、「いや……そうじゃねぇよ」と頭をかきむしる。
「俺がちっと油断したんだよ。三鷹のドンって店でダチと待ち合わせてたら、そこが、奴らのタマリ場でさ。間抜けなことに、学ラン着てったから、梶田ってガキがガンつけてきやがって、力とかにそいつの写真見せられてたんだけど、ぴんとこなくて、ハハ……いつもなら、んなトロいマネしやしねんだけどよ、奴ら、後ろからガツってきやがって、気がついたら、店引きずり出されて、何か、ボロ家? 連れ込まれてボコボコ」
東山にしてみれば、よほど悔しかったのだろう、空笑いに顔がゆがむ。
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