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空は遠く 34
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「奈落に落ちようと俺の勝手だ」
坂本の腕をほどこうとして、佑人は逆にもう片方の腕も取られ、生垣に押し付けられる。
「何するっ…!」
驚いて目を見開く佑人のすぐ近くで、坂本は呟く。
「一緒に落ちたいな…成瀬となら。メガネ、邪魔だなぁ、それ、伊達だろ?」
ぐいぐい坂本は佑人に身体を押し付ける。
「やめ……」
もう少しで唇が触れていた。
「何、やってんだよ! てめぇ!」
唐突に背後から大きな影が現れた。
坂本がその声の主に意識を向けた一瞬のうちに、佑人は拳を坂本の腹にくらわせる。呻きながら坂本は苦々しい顔で腹をおさえて佑人から身体を離した。
「……ってぇ、……いいパンチしてるじゃねぇか、成瀬……」
「バァカ、手加減してくれたんだぜ? なあ、成瀬」
いつから二人の近くにいたのだろう、ヘルメットを手にぶら下げて、坂本の背後に立った力は佑人にきつい視線を向けた。
まさかと思っていた力の出現に息をつくのも忘れて佑人は驚いた。
「……力……、てめぇこそ、こんなとこで何してんだ?」
坂本はようやく息をつく。
「俺か? 俺は散歩の途中」
「ハ…ウッソつけよ……!」
坂本はまだ少しよろめいている。
「暇なやつらだな。俺はガードなんかいらないって言ったはずだ」
「暗がりで成瀬くんを襲っちゃおうなんていう輩がいるじゃねぇか、おら、ここにも」
坂本を顎でしゃくって揶揄する力の言葉に、カッと頭に血が上る。
「……ふ…ざけんな!」
唇をきつく噛みながら、佑人はきっと力を睨みつけ、そのまま彼らに背を向けた。
「あ、おい、成瀬! 待てよ!」
坂本が慌てて佑人を追う。
その後ろから力も続く。
「もう、俺に構うな!」
佑人は木戸を開けると二人の鼻面で、力いっぱい閉めた。
「人をバカにしやがって……」
気配を感じて走ってきたラッキーと家に向かいながら、呟いた。
所詮、力という男はあんな風にこき下ろす程度にしか自分を見ていないのだ、そんなことはわかっていたはずだ、と佑人は自分を嘲笑う。
ほんっと、もうどうでもいい。せっかく、いい夢で終わらせようとしたのに。
まだ誰も帰っていないようだった。
鍵を開けて家に入るとリビングを突っ切って、佑人はキッチンに向かう。
「ラッキー、いい子にしてるんだよ」
佑人はラッキーにそう言うと、キッチンの奥のドアを開けた。そこから勝手口につづく石畳を歩く。表の生垣とは対照的に家の後ろはコンクリート塀になっている。
佑人は勝手口のドアを開けて裏の道へと出た。
久我山の駅とは逆方向へ歩き、一丁目の交差点までくると、佑人はタクシーを拾って下高井戸を告げた。
「あーあ、怒らせちまったじゃないか」
坂本は閉じられた木戸の前で文句を言う。
「誰のせいだと思ってんだ」
力は坂本を睨みつける。
「俺が引き受けるっつっただろ? 何でお前がくるんだよ。またしても嫌いな山本くんに出てこられて、成瀬、いい加減うんざりしてんだよ」
「てめぇは何するつもりだったんだ? 誰が送り狼になれっつったよ!」
「俺と成瀬のことだ、お前に関係ないだろうが」
「てめぇ、ヤツのパンチだけじゃ、足りねえみたいだな?!」
図体の大きい男が二人、木戸の前で言い争いをしていれば、たまに通りかかる人も怪訝そうに見ていくのだが、お構いなしに二人は声を荒げる。
「うちに何か用かな?」
ふいに声をかけられて二人は振り返った。
「あれ、君は坂本くんだっけ? 確か今度柳沢が家庭教師やるって言ってたね」
郁磨だとわかって、力は思わず、ちっと舌打ちする。
「はい、お陰さまで」
力は心にもない返事をする。
「佑人に用? どうぞ、入れば?」
「いや、あの、たまたま通りかかったんで、成瀬、どうしてるかなと。でも、こんな時間だしやっぱ帰らないと、うちの親も心配しますから」
坂本が言った。
「君もクラスメイト? 佑人の兄の郁磨です」
「あ、ああ、えっとぉ、山本です」
言いながら、坂本は、このやろう、と力を睨む。
「それじゃ、俺ら、これで」
力はもう歩き始めていた。
坂本も仕方なさそうに続く。
ところが十メートルほど歩いてから、力は踵を返して、ドアを開けて入ろうとしている郁磨に駆け寄った。
「あの、成瀬のことなんですが」
郁磨は振り返って力を見上げた。
「佑人がどうかした?」
「いや、実は、近隣の不良高校生がうちの学校の生徒を狙って絡んでくるっつうか、喧嘩吹っかけてくるみたいなことが、頻繁に起こってて」
坂本は力に何を言い出すんだという顔を向ける。
「年末だし、物騒なんであんまり一人で動かないようにって、言ってるんですが」
「そうなの? それでわざわざ?」
「ええ、まあ。実際、友達が怪我させられたりしてるし。やつら団体でくるから、すみませんが、成瀬のこと気をつけてやって下さい」
力はそう言って頭を下げた。
思いがけない力の行動に坂本は驚いた。
「ありがとう、わかった、気をつけるよ」
「成瀬のやつ、負けず嫌いなんで、それとなくのがいいと思うけど」
すると郁磨はクスリと笑う。
「よくわかってるね。君たちも気をつけて」
郁磨と別れ、成瀬家の生垣の端まで来ると、坂本は「ややこしいことになったじゃねぇか」とボソリと言った。
「お前のせいで、俺が何で山本力だ!」
「るせぇよ!」
「お前だって、ガラにもなく優等生ぶりっ子しちゃってよ」
「仕方ねぇだろ、あの兄貴を信用させるのに」
「第一、何で兄貴にあんなこと」
「成瀬が俺らを嫌がるから、兄貴に頼むのが一番手っ取り早い」
力の言い分に坂本は心の中で一応納得する。
坂本の腕をほどこうとして、佑人は逆にもう片方の腕も取られ、生垣に押し付けられる。
「何するっ…!」
驚いて目を見開く佑人のすぐ近くで、坂本は呟く。
「一緒に落ちたいな…成瀬となら。メガネ、邪魔だなぁ、それ、伊達だろ?」
ぐいぐい坂本は佑人に身体を押し付ける。
「やめ……」
もう少しで唇が触れていた。
「何、やってんだよ! てめぇ!」
唐突に背後から大きな影が現れた。
坂本がその声の主に意識を向けた一瞬のうちに、佑人は拳を坂本の腹にくらわせる。呻きながら坂本は苦々しい顔で腹をおさえて佑人から身体を離した。
「……ってぇ、……いいパンチしてるじゃねぇか、成瀬……」
「バァカ、手加減してくれたんだぜ? なあ、成瀬」
いつから二人の近くにいたのだろう、ヘルメットを手にぶら下げて、坂本の背後に立った力は佑人にきつい視線を向けた。
まさかと思っていた力の出現に息をつくのも忘れて佑人は驚いた。
「……力……、てめぇこそ、こんなとこで何してんだ?」
坂本はようやく息をつく。
「俺か? 俺は散歩の途中」
「ハ…ウッソつけよ……!」
坂本はまだ少しよろめいている。
「暇なやつらだな。俺はガードなんかいらないって言ったはずだ」
「暗がりで成瀬くんを襲っちゃおうなんていう輩がいるじゃねぇか、おら、ここにも」
坂本を顎でしゃくって揶揄する力の言葉に、カッと頭に血が上る。
「……ふ…ざけんな!」
唇をきつく噛みながら、佑人はきっと力を睨みつけ、そのまま彼らに背を向けた。
「あ、おい、成瀬! 待てよ!」
坂本が慌てて佑人を追う。
その後ろから力も続く。
「もう、俺に構うな!」
佑人は木戸を開けると二人の鼻面で、力いっぱい閉めた。
「人をバカにしやがって……」
気配を感じて走ってきたラッキーと家に向かいながら、呟いた。
所詮、力という男はあんな風にこき下ろす程度にしか自分を見ていないのだ、そんなことはわかっていたはずだ、と佑人は自分を嘲笑う。
ほんっと、もうどうでもいい。せっかく、いい夢で終わらせようとしたのに。
まだ誰も帰っていないようだった。
鍵を開けて家に入るとリビングを突っ切って、佑人はキッチンに向かう。
「ラッキー、いい子にしてるんだよ」
佑人はラッキーにそう言うと、キッチンの奥のドアを開けた。そこから勝手口につづく石畳を歩く。表の生垣とは対照的に家の後ろはコンクリート塀になっている。
佑人は勝手口のドアを開けて裏の道へと出た。
久我山の駅とは逆方向へ歩き、一丁目の交差点までくると、佑人はタクシーを拾って下高井戸を告げた。
「あーあ、怒らせちまったじゃないか」
坂本は閉じられた木戸の前で文句を言う。
「誰のせいだと思ってんだ」
力は坂本を睨みつける。
「俺が引き受けるっつっただろ? 何でお前がくるんだよ。またしても嫌いな山本くんに出てこられて、成瀬、いい加減うんざりしてんだよ」
「てめぇは何するつもりだったんだ? 誰が送り狼になれっつったよ!」
「俺と成瀬のことだ、お前に関係ないだろうが」
「てめぇ、ヤツのパンチだけじゃ、足りねえみたいだな?!」
図体の大きい男が二人、木戸の前で言い争いをしていれば、たまに通りかかる人も怪訝そうに見ていくのだが、お構いなしに二人は声を荒げる。
「うちに何か用かな?」
ふいに声をかけられて二人は振り返った。
「あれ、君は坂本くんだっけ? 確か今度柳沢が家庭教師やるって言ってたね」
郁磨だとわかって、力は思わず、ちっと舌打ちする。
「はい、お陰さまで」
力は心にもない返事をする。
「佑人に用? どうぞ、入れば?」
「いや、あの、たまたま通りかかったんで、成瀬、どうしてるかなと。でも、こんな時間だしやっぱ帰らないと、うちの親も心配しますから」
坂本が言った。
「君もクラスメイト? 佑人の兄の郁磨です」
「あ、ああ、えっとぉ、山本です」
言いながら、坂本は、このやろう、と力を睨む。
「それじゃ、俺ら、これで」
力はもう歩き始めていた。
坂本も仕方なさそうに続く。
ところが十メートルほど歩いてから、力は踵を返して、ドアを開けて入ろうとしている郁磨に駆け寄った。
「あの、成瀬のことなんですが」
郁磨は振り返って力を見上げた。
「佑人がどうかした?」
「いや、実は、近隣の不良高校生がうちの学校の生徒を狙って絡んでくるっつうか、喧嘩吹っかけてくるみたいなことが、頻繁に起こってて」
坂本は力に何を言い出すんだという顔を向ける。
「年末だし、物騒なんであんまり一人で動かないようにって、言ってるんですが」
「そうなの? それでわざわざ?」
「ええ、まあ。実際、友達が怪我させられたりしてるし。やつら団体でくるから、すみませんが、成瀬のこと気をつけてやって下さい」
力はそう言って頭を下げた。
思いがけない力の行動に坂本は驚いた。
「ありがとう、わかった、気をつけるよ」
「成瀬のやつ、負けず嫌いなんで、それとなくのがいいと思うけど」
すると郁磨はクスリと笑う。
「よくわかってるね。君たちも気をつけて」
郁磨と別れ、成瀬家の生垣の端まで来ると、坂本は「ややこしいことになったじゃねぇか」とボソリと言った。
「お前のせいで、俺が何で山本力だ!」
「るせぇよ!」
「お前だって、ガラにもなく優等生ぶりっ子しちゃってよ」
「仕方ねぇだろ、あの兄貴を信用させるのに」
「第一、何で兄貴にあんなこと」
「成瀬が俺らを嫌がるから、兄貴に頼むのが一番手っ取り早い」
力の言い分に坂本は心の中で一応納得する。
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