空は遠く

chatetlune

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空は遠く 33

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 イブの夜、佑人は幸せな気分で過ごした。
「何? 佑人、何かいいことあった?」
 夜遅く帰ってきた郁磨が、佑人の顔を見てそんなことを言った。
「いや…別に……冬休みだから」
 そんなに顔に出るほど、気持ちが高揚していたのだろうか。
 力が自分を助けてくれたことも、バイクで家に送ってくれたことも、例え成り行きとはいえ、佑人にとってはひどく幸せな一瞬一瞬だった。
 実際は力は激昂するほど佑人を嫌っているし、言葉を交わせばいがみ合いになるばかりで、正直救いようがない最悪な関係なのだが。
 それでも、力と少しなりとも関わることができた、それだけでいい。
 この先、どれだけ力と一緒の空間にいられたとしても、それ以上の存在になれるわけではないのだ。
 どのみち三月までだ。
 三年になればクラスも替わるだろうし、接点もなくなる。
 ただ、ここにきてどうしても気にならないではいられないのは、自分のせいで怪我を負ったという東山のことだ。
 それだけではない、啓太を始めとして力や練までも巻き込んでしまった原因を自分が作ってしまったことだ。
 大切な家族に迷惑をかけるようなことは絶対しない、今でもそう思っている。特に母の美月を悲しませるようなことは、金輪際しないと誓った。
 けれど、このまま何もしないではいられないのだ。
 一昨日からずっと、それは考えてきた。
 どうすればいい?




 勉強を終えて家を出ると、佑人は柳沢と一緒に喫茶店に向かったが、既に坂本が来て二人を待っていた。
「坂本です。お忙しいのにお時間取らせて申し訳ありません」
 坂本は礼儀正しく頭を下げた。
 坂本の裏の顔を知らなければ、品行方正な優等生そのものだ。
 うまく世の中を渡っていく人間というのは卒がないな、佑人は苦笑する。
「いや、こちらこそ、わざわざ来てもらって申し訳ない。佑人くんから聞いてるよ、T大志望というか、合格圏内という話だけど、家庭教師必要なのかな?」
 柳沢は真面目で優しいが、言葉にオブラートをかぶせるようなタイプではない。
「そりゃ、受験まで一年ありますからね、このまま順調にいくとは限らないですし」
「でも、来年の夏には、俺、向こうに行くことになってるし、それでよければだけど」
「もちろんです」
「志望の学部は?」
「法学部です」
 きりりと坂本は答える。
「なるほど、俺の後輩になってくれるのは嬉しいな」
「あれ、成瀬は?」
「佑人くんは理系、天文学だよね? 先輩も物理だし、二人ともやっぱりお父さんの後を追うんだね」
 坂本はへえ、と佑人を見た。
「成瀬のお父さんって、そっち系なんだ?」
「ブラックホールの研究では世界でもその名を馳せてるよ。T大の物理学教授だ」
 柳沢がそう答えると、坂本はなるほどと頷く。
「それで、星とか詳しんだ。そっか、じゃあ、三年もクラス別か。俺、文系だし、残念」
「でも、大学は一緒なんだし、却って学部が違う方が妙なライバル意識持たないで友達でいられるんじゃないかな」
 柳沢は優しそうな笑顔を佑人に向ける。
「え……いや、T大行くかどうか、まだ……」
「ああ、そうか、ボストン戻ることも考えてるって言ってたよな? H大の方がってより、向こうの方が佑人くんには合ってるかもね」
 いきなり佑人の思惑を坂本の前で言われてしまい、佑人は少し眉を顰める。
「え………成瀬、そんなこと言わずに、とりあえず一緒にT大行こうぜ? お友達いないと寂しいじゃん、俺」
 茶目っ気たっぷりに坂本は目を瞬いてみせる。
「とにかく、坂本、スケジュール決めてもらうんだろ?」
 佑人はそれ以上自分のことを坂本に聞かせるつもりはないので、話を本題に戻した。
 柳沢にわざわざ、坂本は家庭教師を紹介しただけでそんなに親しくなんかないのだ、などと言うつもりはない。
 お友達とか言っている坂本が、本音では何を考えているかわからないが、何だかもう、全てを放り出して、いっそのことこの町から、この世界から消えてしまいたい。
 佑人はぼんやり、そんなことを考える。
 あの時の、あいつとの一瞬だけで、もう充分だ。これ以上顔を合わせたところで、いがみ合うだけだろう。それももう、嫌だ。
「じゃあ、火曜と木曜の午後一時から四時、学校が始まったら、夜七時から十時ということで、いいかな?」
「異存ないです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
 店を出ると柳沢は駅へと向かったが、てっきりそのまま帰ると思っていた坂本が、佑人を送っていくと言う。
「わざわざいいって、女じゃあるまいし」
 坂本を振り払って佑人はたったか歩き出すが、坂本はすかさず道路側から佑人の横に並んで歩く。
「そうはいかないんだよ、女じゃなくても成瀬、襲ってみたくなるやついそうだし」
「な…に、バカなこと言ってんなよ!」
 坂本の言葉はいちいち癇に障る。
「怒った顔もステキとかって、言われない?」
「茶化すな」
 辺りはすっかり暗くなっていた。
 確かに、中学にあがってすぐの頃、変な男にあとをつけられたことがあったのを思い出して、不快な気分になる。
「心配なんだよ」
 成瀬家の生垣に差し掛かった頃、坂本の手が佑人の腕を掴んだ。
「心配? 何が」
「成瀬が、あやうくて」
「何だよ、それ」
「蜘蛛の糸を必死に渡ろうとしている、ってな感じ? ちょいとバランス崩れたら奈落に真っ逆さま」
 妙な比喩を使う坂本を鈍い街路灯の明りの下で振り仰ぐと、皮肉げな笑みさえなければ甘いイケメンの部類に入るだろうその目は、得体の知れない光を湛えているように見えた。
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