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空は遠く 32
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「ま、いいさ。成瀬は俺が引き受ける」
「何だと?」
さらりと告げる坂本を力は勢いよく立ち上がった。
「あいつだって、気にくわねぇやつに四六時中見張られてちゃ、面白くもねぇだろ?」
そう言うと、坂本は徐に携帯を取り出し、電話をかけ始めた。
「成瀬? 俺、二日ぶり。元気してたか? 例のカテキョの話だけどさ」
「おい、カテキョって何だよ?」
力が傍らで喚く。
それを制して、坂本は立ち上がり、カウンターの近くへ行って話を続ける。
「え、じゃ、今日なら、俺、行くし。成瀬んちの近くにコーヒー屋あったろ? おう、わかった。よろしくぅ」
「どういうことだよ!?」
坂本が電話を切ってソファに戻ると、力が睨みつける。
「成瀬にカテキョ、紹介してもらうことになってんだよ。成瀬のセンセって、兄貴の後輩だってさ」
「何で、んなことすんだって聞いてんだよ!」
「そりゃ、受験対策に決まってっだろ? 成瀬のカテキョだぜ? 外れはない」
「お前、カテキョいたんじゃねーのかよ、あっちの方もOKで一石二鳥とかって」
「ああ、こないだで終わり。だから、それこそ一石二鳥だろ、俺が成瀬は引き受ける」
力はしばし坂本を睨みつけたまま黙っていたが、「……だったら」と唸るように口にした。
「手ぇ抜くなよ、成瀬の……」
「だーから、俺ら、気が合うし? 少なくともお前よりはさ、こないだはぬかったが、やつらに指一本触れさせねーって」
すると力は坂本からようやく視線をはずした。
「何かあったら、すぐに連絡入れろ」
「まぁかせとけって」
坂本はうきうきと立ち上がり、コートを羽織りながらレジに立つ。
「練、お勘定!」
「今度は、えらく上機嫌じゃねぇか」
「そ、これからデートなんだ。成瀬くんと」
それを聞きつけた力が詰め寄った。
「てめぇ、ふざけたことぬかしてんなよ!」
力の言葉が終わらないうちに、坂本は店を出て行った。
「フーン、坂本が一緒なら、成瀬くんの張り込み、引き上げてもいいか」
練が言った。
「いや………、ダメだ。続けろ」
「力、いつにも増して、顔が怖いぜ?」
「るせぇ!」
練のからかいにも、力は余裕なく怒鳴る。
「だーから、店ん中で怒鳴るな! 客が減る」
「知るか!」
不貞腐れた顔で、力はまたソファに座りなおすが、落ち着かない仕草で指がしきりにテーブルを叩く。
練はそんな力を見てクスリと笑う。
「お前ってさ、ほんっと、まんま、ガキの心理状態?」
「るせぇんだよ! 何、ニヤけてんだ!」
練をジロリと睨みつけ、「出てくる」とジャケットとヘルメットを掴んで、力はたったか店を出て行った。
唐突な坂本からの電話に眉をひそめたのは佑人だった。
いつの間に勝手に登録したのか、坂本の名前がしっかり画面に出ている。
冬休みに入ったので、柳沢は週二回、午後一時から四時まで佑人の家にきてくれることになっている。
柳沢が会ってもいいというので、坂本にそう告げて、坂本が言う喫茶店に四時半の約束をした。
その後、携帯をしまおうとしたが、柳沢がトイレに立った時に、もう一度画面を開いて、ひとつの名前を探した。
啓太の番号やアドレスは、二年になって間もなく、啓太に請われて交換したのだが、たまに啓太からメールが入ったりしただけで、佑人から電話をかけたりすることもなかった。
だが一昨日のイブにあんなことがあってから、佑人が気にかかっていたのは東山のことだ。
東山は風邪で休んだのではなく、東條の連中にやられたらしい。
しかもどうやら原因は自分なのだ。
昨日は朝晩のラッキーの散歩くらいしか外には出なかったのだが、やはり見張られている気がした。
おそらく、一昨日、東條の連中に捕まった時、バイクで助けてくれた練や力の仲間だろう。
坂本が近づいてきたのもそのことがあるからなら、家庭教師は口実だと思っていたのだが、そうでもないのだろうか。
「あ、成瀬だけど」
「成瀬!? 大丈夫? 東條のやつらに待ち伏せされたんだって? 怪我とかしなかった?」
携帯に出るなり、啓太は立て続けに聞いてきた。
「大丈夫、山本とか練さんの仲間とかに助けてもらったから」
「よかったぁ、俺もさ、何か因縁つけられて、たまたま力が通りかかったからよかったんだけど……」
「東山、怪我したって? 入院とか?」
「あ、聞いたんだ? うん、あいつ、かなり喧嘩慣れしてるはずなんだけどさ、何人もでやられて、足、ひび入ったりしてさ、アタマとかはぶったくらいで、検査のために入院してたんだけど、今日退院したって」
「そっか……申し訳ないな、俺のせいで」
「いや、成瀬のせいとかじゃないって。それいうんなら、俺だし………」
「東山の家、知ってる?」
佑人はさり気に切り出した。
「え、うん、俺んちの駅の隣、下高井戸の駅のすぐ近く」
「教えてくれないかな、見舞い行きたいし」
「いいけど、今動かない方がいいんじゃね? 力からぜってぇ家から出るな、どうしてもの時は知らせろって言われてるから、俺、ほとんど出てねんだけど」
電話越しに、啓太の躊躇いが伝わってくる。
「大丈夫だよ。あとで坂本と会うんだ。家庭教師紹介することになってて」
佑人は理由づけに坂本の名を使った。
「坂本と一緒なら、いっかな」
「住所教えてくれれば、携帯で探して行くから」
「わかった。えっと、世田谷区赤堤………世田線側にある銀行の裏の道入ってくんだけど、三軒目」
「ありがとう」
佑人は携帯をポケットにしまうと、ひとつ大きく息をついた。
「何だと?」
さらりと告げる坂本を力は勢いよく立ち上がった。
「あいつだって、気にくわねぇやつに四六時中見張られてちゃ、面白くもねぇだろ?」
そう言うと、坂本は徐に携帯を取り出し、電話をかけ始めた。
「成瀬? 俺、二日ぶり。元気してたか? 例のカテキョの話だけどさ」
「おい、カテキョって何だよ?」
力が傍らで喚く。
それを制して、坂本は立ち上がり、カウンターの近くへ行って話を続ける。
「え、じゃ、今日なら、俺、行くし。成瀬んちの近くにコーヒー屋あったろ? おう、わかった。よろしくぅ」
「どういうことだよ!?」
坂本が電話を切ってソファに戻ると、力が睨みつける。
「成瀬にカテキョ、紹介してもらうことになってんだよ。成瀬のセンセって、兄貴の後輩だってさ」
「何で、んなことすんだって聞いてんだよ!」
「そりゃ、受験対策に決まってっだろ? 成瀬のカテキョだぜ? 外れはない」
「お前、カテキョいたんじゃねーのかよ、あっちの方もOKで一石二鳥とかって」
「ああ、こないだで終わり。だから、それこそ一石二鳥だろ、俺が成瀬は引き受ける」
力はしばし坂本を睨みつけたまま黙っていたが、「……だったら」と唸るように口にした。
「手ぇ抜くなよ、成瀬の……」
「だーから、俺ら、気が合うし? 少なくともお前よりはさ、こないだはぬかったが、やつらに指一本触れさせねーって」
すると力は坂本からようやく視線をはずした。
「何かあったら、すぐに連絡入れろ」
「まぁかせとけって」
坂本はうきうきと立ち上がり、コートを羽織りながらレジに立つ。
「練、お勘定!」
「今度は、えらく上機嫌じゃねぇか」
「そ、これからデートなんだ。成瀬くんと」
それを聞きつけた力が詰め寄った。
「てめぇ、ふざけたことぬかしてんなよ!」
力の言葉が終わらないうちに、坂本は店を出て行った。
「フーン、坂本が一緒なら、成瀬くんの張り込み、引き上げてもいいか」
練が言った。
「いや………、ダメだ。続けろ」
「力、いつにも増して、顔が怖いぜ?」
「るせぇ!」
練のからかいにも、力は余裕なく怒鳴る。
「だーから、店ん中で怒鳴るな! 客が減る」
「知るか!」
不貞腐れた顔で、力はまたソファに座りなおすが、落ち着かない仕草で指がしきりにテーブルを叩く。
練はそんな力を見てクスリと笑う。
「お前ってさ、ほんっと、まんま、ガキの心理状態?」
「るせぇんだよ! 何、ニヤけてんだ!」
練をジロリと睨みつけ、「出てくる」とジャケットとヘルメットを掴んで、力はたったか店を出て行った。
唐突な坂本からの電話に眉をひそめたのは佑人だった。
いつの間に勝手に登録したのか、坂本の名前がしっかり画面に出ている。
冬休みに入ったので、柳沢は週二回、午後一時から四時まで佑人の家にきてくれることになっている。
柳沢が会ってもいいというので、坂本にそう告げて、坂本が言う喫茶店に四時半の約束をした。
その後、携帯をしまおうとしたが、柳沢がトイレに立った時に、もう一度画面を開いて、ひとつの名前を探した。
啓太の番号やアドレスは、二年になって間もなく、啓太に請われて交換したのだが、たまに啓太からメールが入ったりしただけで、佑人から電話をかけたりすることもなかった。
だが一昨日のイブにあんなことがあってから、佑人が気にかかっていたのは東山のことだ。
東山は風邪で休んだのではなく、東條の連中にやられたらしい。
しかもどうやら原因は自分なのだ。
昨日は朝晩のラッキーの散歩くらいしか外には出なかったのだが、やはり見張られている気がした。
おそらく、一昨日、東條の連中に捕まった時、バイクで助けてくれた練や力の仲間だろう。
坂本が近づいてきたのもそのことがあるからなら、家庭教師は口実だと思っていたのだが、そうでもないのだろうか。
「あ、成瀬だけど」
「成瀬!? 大丈夫? 東條のやつらに待ち伏せされたんだって? 怪我とかしなかった?」
携帯に出るなり、啓太は立て続けに聞いてきた。
「大丈夫、山本とか練さんの仲間とかに助けてもらったから」
「よかったぁ、俺もさ、何か因縁つけられて、たまたま力が通りかかったからよかったんだけど……」
「東山、怪我したって? 入院とか?」
「あ、聞いたんだ? うん、あいつ、かなり喧嘩慣れしてるはずなんだけどさ、何人もでやられて、足、ひび入ったりしてさ、アタマとかはぶったくらいで、検査のために入院してたんだけど、今日退院したって」
「そっか……申し訳ないな、俺のせいで」
「いや、成瀬のせいとかじゃないって。それいうんなら、俺だし………」
「東山の家、知ってる?」
佑人はさり気に切り出した。
「え、うん、俺んちの駅の隣、下高井戸の駅のすぐ近く」
「教えてくれないかな、見舞い行きたいし」
「いいけど、今動かない方がいいんじゃね? 力からぜってぇ家から出るな、どうしてもの時は知らせろって言われてるから、俺、ほとんど出てねんだけど」
電話越しに、啓太の躊躇いが伝わってくる。
「大丈夫だよ。あとで坂本と会うんだ。家庭教師紹介することになってて」
佑人は理由づけに坂本の名を使った。
「坂本と一緒なら、いっかな」
「住所教えてくれれば、携帯で探して行くから」
「わかった。えっと、世田谷区赤堤………世田線側にある銀行の裏の道入ってくんだけど、三軒目」
「ありがとう」
佑人は携帯をポケットにしまうと、ひとつ大きく息をついた。
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