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空は遠く 31
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練は力にジャケットとレザーグローブを渡し、佑人にもグローブを貸してくれた。
雨が上がった夜の空は妙に明るく、月が強烈に冷たい光を放っていた。
佑人は鞄を後ろに背負い、無言で力が背中を向けているバイクの後ろに跨った。
エンジン音が響き、やがてバイクは夜の街に走り出る。
佑人は力の背中にぎゅっとしがみつき、目を閉じた。
今だけはバイクという大義名分を隠れ蓑に、力の体温を感じていられる。
このままずっと、宇宙の闇の中に漂っていられたらいいのに。
そんな時間はあっけなかった。店から佑人の家まで、バイクだと案外近かったようだ。木戸の前で、力はバイクを停めた。
佑人はバイクを降りると、ヘルメットを力に渡し、グローブを取って渡そうとした。
「ありがとう」
「おう」
無造作にそれを受け取ろうとした力の手は、グローブごと佑人の手も握り込んだ。
わ……!!
咄嗟に手を引っ込めた佑人は、瞬時に耳までも熱くなっている自分をどうしようもなく、力が気づかないでほしいとただ思う。
しばしの間があってから、「気をつけろよ」と、ぶっきらぼうに力は言い、バイクをUターンさせる。
佑人が木戸をくぐり、後ろ手に閉めた時、遠ざかっていくバイクの音が聞こえた。
ふう、と大きく息をつく。
と、ポロッと涙が零れ落ちた。
足を動かすことも忘れて立ち竦む。
まだ、力の指の感触が右手に残っている。
あんなことで動揺しているなんて、バカじゃないのか。
けど何か、やっぱり、あいつって、スーパーマンだわ。
危ないところへいきなりやってきて助けてくれてさ…
ハハ……ほんと。
俺、やっぱ、あいつ、好きなんだ。
目いっぱい力に抱きしめられたことを思い出すと、さらに身体中が熱くなる。
あんな状況で、俺が声を上げないようにするためだけのことだってのに。
こんな気持ち知られたら、きっと、もっと嫌われるだろう。
いや………キモいって、今度こそ軽蔑されるか。
ほんと、バカみたいだ、俺。
力のことを考えると頭が沸騰しそうになる。
でも、キリキリとした心の痛みは一層きつくなる。
冬休みか、当分、あいつの不機嫌そうな顔も拝めないな。
思いがけず、力と一緒の時間をくれた十七回目のクリスマスイブは、ひっそりと更けていった。
世の中は雑然と一年の終わりに向けて突っ走っていた。
クリスマスが過ぎても東京は居座っている寒波のお陰で、晴れてはいても凍えるような朝を迎えた。
坂道を上った住宅街に入りかけのところにある、「ワンちゃん猫ちゃんとご一緒に カフェ・リリィ」では、二人の大きな男が今日もランチタイムの前から奥のソファを占領している。
「よう、どうするつもりだよ」
さらりと少し長めの髪をかき揚げながら、その一人が言った。
「何が」
制服を着ていないのでとても高校生とは思えない横柄な態度でふんぞり返っている男が聞き返す。
「東條の奴らのことだろーが」
「フン、シメてやるに決まってっだろ」
「じゃあ、さっさとやっちまおうぜ。やつらのたまり場、三鷹だっけか? 力」
「練の言うには、やつらヤバいことにも足突っ込んでるみてぇだから、その証拠固めしてんだとよ」
力は身体を起こして、テーブルの上に置かれたコーヒーを飲み干した。
「何だよ、ヤバいことって」
「バックにいる連中のパシリみてぇなこと? ヤクの運びとか?」
「フーン、運びで済めばいいがな。脳みそ足りねぇと思ってたが、あのバカども、十七やそこいらで、人生終わってんな」
カウンターの奥から、黒のギャルソンエプロンをした背の高い男がコーヒーサーバを持って出てきた。
「坂本っちゃん、えらくビリビリしてんなぁ」
「善良な高校生を狙ってくるなんざ、腹立たないわけないだろ、練。早いトコやつら叩きのめして、組織だか何だかみてぇに粋がってやがんのを、ギッチョンギッチョンにして、ぶっ潰してやらねぇと気がすまねぇ」
練はそれぞれのカップにコーヒーを注ぎながら、坂本の言葉に苦笑する。
「まあ、落ち着け。ケーキでもどうよ?」
「あんたの仲間だって、昨日も今日も成瀬や啓太に張り付いてんだろ? この寒空にたまったもんじゃねぇじゃん」
「日当は力が払ってんだから、いんじゃね? やつらもいいバイトだと思ってやってんだろ。最近動いてねぇから身体なまってるみてぇだし」
「フーン、元ゾクの皆さん、何人くらいいんの?」
「さあて、俺の知ってるヤツは二十人くらいだが、勝手に俺を知ってるヤツは把握できねぇな。解散してから固まって走るってのはないし、みんなそれぞれ仕事持ってるからな。だがやつら、いざって時、何か地震とか災害起きたりすると連絡取り合ってボランティアに駆けつけたりするらしいぜ。ネットワークがあるんだ」
「へえ、すごいじゃん。力は知ってんのか?」
「二、三人はな」
フーン、と坂本は感心したように頷く。
「そういや、東、退院した? まただれか、張り付くのか?」
「しゃあねぇだろ。やつら、成瀬をやりそこねてカッカきてるだろうし。お前みてぇに」
足元のタローを撫でながら、力が言った。
坂本は舌打ちする。
「あー、そういやさ、前に、啓太と一緒に成瀬に鞄届けたのって、お前? 何で俺の名前、騙ったわけ? 成瀬にそん時の礼、言われて、適当にごまかしといたけど、思い当たるのはお前しかいねぇだろ」
いきなりの質問に、力は思いがけなく躊躇した。
「そりゃ……だから、あいつ、俺のこと嫌ってっだろ。第一、俺は啓太に付き添ってやっただけなんだよ」
「フーン、お前もやつのこと嫌い、なんだろ? こないだの丁々発止といい、お前らってとことん合わねぇって感じ? 水と油だな」
「うっせーな!!」
途端、思い切り不機嫌そうに力が怒鳴る。
雨が上がった夜の空は妙に明るく、月が強烈に冷たい光を放っていた。
佑人は鞄を後ろに背負い、無言で力が背中を向けているバイクの後ろに跨った。
エンジン音が響き、やがてバイクは夜の街に走り出る。
佑人は力の背中にぎゅっとしがみつき、目を閉じた。
今だけはバイクという大義名分を隠れ蓑に、力の体温を感じていられる。
このままずっと、宇宙の闇の中に漂っていられたらいいのに。
そんな時間はあっけなかった。店から佑人の家まで、バイクだと案外近かったようだ。木戸の前で、力はバイクを停めた。
佑人はバイクを降りると、ヘルメットを力に渡し、グローブを取って渡そうとした。
「ありがとう」
「おう」
無造作にそれを受け取ろうとした力の手は、グローブごと佑人の手も握り込んだ。
わ……!!
咄嗟に手を引っ込めた佑人は、瞬時に耳までも熱くなっている自分をどうしようもなく、力が気づかないでほしいとただ思う。
しばしの間があってから、「気をつけろよ」と、ぶっきらぼうに力は言い、バイクをUターンさせる。
佑人が木戸をくぐり、後ろ手に閉めた時、遠ざかっていくバイクの音が聞こえた。
ふう、と大きく息をつく。
と、ポロッと涙が零れ落ちた。
足を動かすことも忘れて立ち竦む。
まだ、力の指の感触が右手に残っている。
あんなことで動揺しているなんて、バカじゃないのか。
けど何か、やっぱり、あいつって、スーパーマンだわ。
危ないところへいきなりやってきて助けてくれてさ…
ハハ……ほんと。
俺、やっぱ、あいつ、好きなんだ。
目いっぱい力に抱きしめられたことを思い出すと、さらに身体中が熱くなる。
あんな状況で、俺が声を上げないようにするためだけのことだってのに。
こんな気持ち知られたら、きっと、もっと嫌われるだろう。
いや………キモいって、今度こそ軽蔑されるか。
ほんと、バカみたいだ、俺。
力のことを考えると頭が沸騰しそうになる。
でも、キリキリとした心の痛みは一層きつくなる。
冬休みか、当分、あいつの不機嫌そうな顔も拝めないな。
思いがけず、力と一緒の時間をくれた十七回目のクリスマスイブは、ひっそりと更けていった。
世の中は雑然と一年の終わりに向けて突っ走っていた。
クリスマスが過ぎても東京は居座っている寒波のお陰で、晴れてはいても凍えるような朝を迎えた。
坂道を上った住宅街に入りかけのところにある、「ワンちゃん猫ちゃんとご一緒に カフェ・リリィ」では、二人の大きな男が今日もランチタイムの前から奥のソファを占領している。
「よう、どうするつもりだよ」
さらりと少し長めの髪をかき揚げながら、その一人が言った。
「何が」
制服を着ていないのでとても高校生とは思えない横柄な態度でふんぞり返っている男が聞き返す。
「東條の奴らのことだろーが」
「フン、シメてやるに決まってっだろ」
「じゃあ、さっさとやっちまおうぜ。やつらのたまり場、三鷹だっけか? 力」
「練の言うには、やつらヤバいことにも足突っ込んでるみてぇだから、その証拠固めしてんだとよ」
力は身体を起こして、テーブルの上に置かれたコーヒーを飲み干した。
「何だよ、ヤバいことって」
「バックにいる連中のパシリみてぇなこと? ヤクの運びとか?」
「フーン、運びで済めばいいがな。脳みそ足りねぇと思ってたが、あのバカども、十七やそこいらで、人生終わってんな」
カウンターの奥から、黒のギャルソンエプロンをした背の高い男がコーヒーサーバを持って出てきた。
「坂本っちゃん、えらくビリビリしてんなぁ」
「善良な高校生を狙ってくるなんざ、腹立たないわけないだろ、練。早いトコやつら叩きのめして、組織だか何だかみてぇに粋がってやがんのを、ギッチョンギッチョンにして、ぶっ潰してやらねぇと気がすまねぇ」
練はそれぞれのカップにコーヒーを注ぎながら、坂本の言葉に苦笑する。
「まあ、落ち着け。ケーキでもどうよ?」
「あんたの仲間だって、昨日も今日も成瀬や啓太に張り付いてんだろ? この寒空にたまったもんじゃねぇじゃん」
「日当は力が払ってんだから、いんじゃね? やつらもいいバイトだと思ってやってんだろ。最近動いてねぇから身体なまってるみてぇだし」
「フーン、元ゾクの皆さん、何人くらいいんの?」
「さあて、俺の知ってるヤツは二十人くらいだが、勝手に俺を知ってるヤツは把握できねぇな。解散してから固まって走るってのはないし、みんなそれぞれ仕事持ってるからな。だがやつら、いざって時、何か地震とか災害起きたりすると連絡取り合ってボランティアに駆けつけたりするらしいぜ。ネットワークがあるんだ」
「へえ、すごいじゃん。力は知ってんのか?」
「二、三人はな」
フーン、と坂本は感心したように頷く。
「そういや、東、退院した? まただれか、張り付くのか?」
「しゃあねぇだろ。やつら、成瀬をやりそこねてカッカきてるだろうし。お前みてぇに」
足元のタローを撫でながら、力が言った。
坂本は舌打ちする。
「あー、そういやさ、前に、啓太と一緒に成瀬に鞄届けたのって、お前? 何で俺の名前、騙ったわけ? 成瀬にそん時の礼、言われて、適当にごまかしといたけど、思い当たるのはお前しかいねぇだろ」
いきなりの質問に、力は思いがけなく躊躇した。
「そりゃ……だから、あいつ、俺のこと嫌ってっだろ。第一、俺は啓太に付き添ってやっただけなんだよ」
「フーン、お前もやつのこと嫌い、なんだろ? こないだの丁々発止といい、お前らってとことん合わねぇって感じ? 水と油だな」
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途端、思い切り不機嫌そうに力が怒鳴る。
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