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空は遠く 30
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「俺んちでクリスマスやるってやつ? 行こうぜ。力、成瀬は俺が送っていくから……」
ところが今度は力は立ち上がって坂本を怒鳴りつけた。
「ざけんじゃねぇ! 誰がお前んちでクリスマスだ?!」
「俺と成瀬に決まってるだろ」
「うちのクリスマススペシャル、食わないで行こうってんじゃねぇよな? しかもうちの天才パティシエが精魂こめたケーキの味見もしねぇで出て行こうたぁ、いい度胸じゃねぇか!」
「何を芝居がかってんだよ、力」
坂本は呆れた顔で言い返す。
「るせえ!! とっとと座れってんだ!」
これまでになく凄みのある怒声に、それまで力たちの言い争いにも動じないで寝そべっていたタローが、すくっと顔を上げた。
そのやり取りの間にも、練はテーブルにところ狭しと料理を並べている。
「まあま、二人とも、とりあえず座れよ」
練にも促されて、佑人も坂本も座りなおす。
「今夜は力のおごりってことでいいんじゃねぇの? 力も、そんだけ言うんなら、ブッシュドノエル、きっちり食っていけよな?」
言われて力はぐっと言葉に詰まる。
「……んなもん、……食わないでか! それよか、ビールとかも出せよ」
「お前、うちの店を潰す気か? 学ラン着た二十歳未満に酒をほいほい飲ませられると思うのか?」
窘められて力はフン、と鼻で笑う。
「とりあえず、七時までなら貸切にしといてやるよ。大体、お前ら、さっきから図体のでけぇやつらが狭い店ん中で喧嘩腰で声を張り上げてりゃ、客も寄りつかねぇってんだよ」
それを聞くと、佑人はつい我を忘れていた自分が情けなく、いたたまれない気持ちになった。
「すみません、練さん、ご迷惑おかけして」
「ああ、成瀬くんはいいのいいの」
練は超不機嫌な顔を改めようともしない力や、腕組みをして不本意だと顔に書いてあるような坂本にはおかまいなく、パスタやらサラダやらを取り分けて三人の前に置いた。
「どうぞ、遠慮なく食べな。いや、何せ、百合江さん、ベタボメ、メタ惚れだから、成瀬くんには」
恐持てにしては目いっぱいな笑みを向けられ、佑人は思わずパスタがのどにつかえそうになる。
「おお、意外だな、成瀬、百合江ちゃんといつの間にそういうことに? お前実はマダムキラーだったん? わかるなー、お前、可愛がられそうだからなー」
食べ物を前にすればさっきのいがみ合いも何のそので、パスタを掻きこんでいた坂本がその手を止めた。
「くだらねーことぬかすんじゃねぇ! ったく、あのババア、いい年こいて高校生なんかに色目使ってんじゃねーぞ!」
反論しようとした佑人の言葉を遮って、力が喚き散らす。
「お前、仮にも自分の母親をそういう言い方ないだろーが。成瀬、けど、百合江ちゃんとどうこうってことは、このバカでかいガキにお父ちゃんて呼ばせることになるんだぜ?」
思わず佑人は力をガン見してしまった。
「な、きさま、本気じゃねぇだろうな?」
さっきまで凄んでいた力が、急に小さな子供のような顔で慌てている。それがおかしくて佑人は苦笑する。
「それこそ冗談じゃない。俺はこんなヤツにパパ呼ばわりされたかない」
途端、また力の目に凄みが舞い戻る。
「フン、言ってくれるじゃねーか」
さすがに高校生男子三人ともなれば、しかも図体の大きな力と坂本の食欲といえば半端ではなく、出されていた料理も次から次へと平らげていく。
「これだけ皿をきれいにしてくれれば、作り甲斐もあるってもんだ」
見事な食べっぷりに満足した顔で練が皿を片づけ始めた頃、ドアが開いて「うーっす」とマサが入ってきた。
「練、何で準備中? と、あれ、力?」
「見ての通り、七時までこいつら貸切。準備頼む」
トレーにブッシュドノエルとウエッジウッドの紅茶セットやらを載せてカウンターから出てきた練が言った。
「ヘーイ」
マサはもう一度三人を見回してから奥の厨房に消えた。
「約束どおり、しっかり食べろよ」
ブッシュドノエルを三等分して皿に取り分け、ターコイズが美しいカップに芳しい紅茶を注ぐと、練は力に念を押した。
「おい、俺のが大きくねぇか?」
「往生際が悪いぞ、力」
フォークでつつきながら力がぶつくさ文句を言うと、向かいの坂本が笑いながらからかう。
「美味しい……」
一口食べて佑人が呟いた。
「だろう? うちのパティシエ渾身の作だ」
練は佑人の傍らで自慢げにうなずく。
一方、それでは味も何もわからないだろうガツガツと、力はケーキをあっという間に平らげ、紅茶をガブリと飲んだ。
佑人はしばし呆気に取られながら、ふと、今までこんな風にまともに力と言葉を交わしたことはなかったことに気づく。
ただし、よほど佑人のことが気に入らないのだろう、いがみ合いにしかならないとは皮肉なものだ。
「ちょっと妙な連中がついているみたいだからな。ここは力の言うように送ってもらいな」
一人で帰ると、頑として譲らない佑人に、練がぼそりと言った。
そこでようやく、力や坂本だけではなく、練もまた自分の引き起こした厄介ごとに関わっているのだと愕然とする。
「すみません、ご迷惑をおかけして……」
「謝ることはない。仲間は守って当然だ」
練はニヤリと笑った。
仲間って………
自分は彼等にとってそんな存在ではないだろう。
佑人は心の中で呟いた。
結局佑人はまた力のバイクで送ってもらうことになった。
ところが今度は力は立ち上がって坂本を怒鳴りつけた。
「ざけんじゃねぇ! 誰がお前んちでクリスマスだ?!」
「俺と成瀬に決まってるだろ」
「うちのクリスマススペシャル、食わないで行こうってんじゃねぇよな? しかもうちの天才パティシエが精魂こめたケーキの味見もしねぇで出て行こうたぁ、いい度胸じゃねぇか!」
「何を芝居がかってんだよ、力」
坂本は呆れた顔で言い返す。
「るせえ!! とっとと座れってんだ!」
これまでになく凄みのある怒声に、それまで力たちの言い争いにも動じないで寝そべっていたタローが、すくっと顔を上げた。
そのやり取りの間にも、練はテーブルにところ狭しと料理を並べている。
「まあま、二人とも、とりあえず座れよ」
練にも促されて、佑人も坂本も座りなおす。
「今夜は力のおごりってことでいいんじゃねぇの? 力も、そんだけ言うんなら、ブッシュドノエル、きっちり食っていけよな?」
言われて力はぐっと言葉に詰まる。
「……んなもん、……食わないでか! それよか、ビールとかも出せよ」
「お前、うちの店を潰す気か? 学ラン着た二十歳未満に酒をほいほい飲ませられると思うのか?」
窘められて力はフン、と鼻で笑う。
「とりあえず、七時までなら貸切にしといてやるよ。大体、お前ら、さっきから図体のでけぇやつらが狭い店ん中で喧嘩腰で声を張り上げてりゃ、客も寄りつかねぇってんだよ」
それを聞くと、佑人はつい我を忘れていた自分が情けなく、いたたまれない気持ちになった。
「すみません、練さん、ご迷惑おかけして」
「ああ、成瀬くんはいいのいいの」
練は超不機嫌な顔を改めようともしない力や、腕組みをして不本意だと顔に書いてあるような坂本にはおかまいなく、パスタやらサラダやらを取り分けて三人の前に置いた。
「どうぞ、遠慮なく食べな。いや、何せ、百合江さん、ベタボメ、メタ惚れだから、成瀬くんには」
恐持てにしては目いっぱいな笑みを向けられ、佑人は思わずパスタがのどにつかえそうになる。
「おお、意外だな、成瀬、百合江ちゃんといつの間にそういうことに? お前実はマダムキラーだったん? わかるなー、お前、可愛がられそうだからなー」
食べ物を前にすればさっきのいがみ合いも何のそので、パスタを掻きこんでいた坂本がその手を止めた。
「くだらねーことぬかすんじゃねぇ! ったく、あのババア、いい年こいて高校生なんかに色目使ってんじゃねーぞ!」
反論しようとした佑人の言葉を遮って、力が喚き散らす。
「お前、仮にも自分の母親をそういう言い方ないだろーが。成瀬、けど、百合江ちゃんとどうこうってことは、このバカでかいガキにお父ちゃんて呼ばせることになるんだぜ?」
思わず佑人は力をガン見してしまった。
「な、きさま、本気じゃねぇだろうな?」
さっきまで凄んでいた力が、急に小さな子供のような顔で慌てている。それがおかしくて佑人は苦笑する。
「それこそ冗談じゃない。俺はこんなヤツにパパ呼ばわりされたかない」
途端、また力の目に凄みが舞い戻る。
「フン、言ってくれるじゃねーか」
さすがに高校生男子三人ともなれば、しかも図体の大きな力と坂本の食欲といえば半端ではなく、出されていた料理も次から次へと平らげていく。
「これだけ皿をきれいにしてくれれば、作り甲斐もあるってもんだ」
見事な食べっぷりに満足した顔で練が皿を片づけ始めた頃、ドアが開いて「うーっす」とマサが入ってきた。
「練、何で準備中? と、あれ、力?」
「見ての通り、七時までこいつら貸切。準備頼む」
トレーにブッシュドノエルとウエッジウッドの紅茶セットやらを載せてカウンターから出てきた練が言った。
「ヘーイ」
マサはもう一度三人を見回してから奥の厨房に消えた。
「約束どおり、しっかり食べろよ」
ブッシュドノエルを三等分して皿に取り分け、ターコイズが美しいカップに芳しい紅茶を注ぐと、練は力に念を押した。
「おい、俺のが大きくねぇか?」
「往生際が悪いぞ、力」
フォークでつつきながら力がぶつくさ文句を言うと、向かいの坂本が笑いながらからかう。
「美味しい……」
一口食べて佑人が呟いた。
「だろう? うちのパティシエ渾身の作だ」
練は佑人の傍らで自慢げにうなずく。
一方、それでは味も何もわからないだろうガツガツと、力はケーキをあっという間に平らげ、紅茶をガブリと飲んだ。
佑人はしばし呆気に取られながら、ふと、今までこんな風にまともに力と言葉を交わしたことはなかったことに気づく。
ただし、よほど佑人のことが気に入らないのだろう、いがみ合いにしかならないとは皮肉なものだ。
「ちょっと妙な連中がついているみたいだからな。ここは力の言うように送ってもらいな」
一人で帰ると、頑として譲らない佑人に、練がぼそりと言った。
そこでようやく、力や坂本だけではなく、練もまた自分の引き起こした厄介ごとに関わっているのだと愕然とする。
「すみません、ご迷惑をおかけして……」
「謝ることはない。仲間は守って当然だ」
練はニヤリと笑った。
仲間って………
自分は彼等にとってそんな存在ではないだろう。
佑人は心の中で呟いた。
結局佑人はまた力のバイクで送ってもらうことになった。
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