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空は遠く 29
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啓太が泣きそうに心配していたのは、やはろ風邪で休んだわけではないのかもしれない。もしかすると、啓太と一緒にいたか何かでとばっちりを受けたのではないかと。
だったら……俺のせいだ…………
「成瀬くんは、ケーキ、どうかな?」
「えっ、いえ、俺はそろそろもう……」
いずれにせよ、喧嘩というより、「失せろ」とまで言わせた相手に助けられるなんて、愚の骨頂だ。啓太に頼まれたから仕方なく自分を助ける羽目になって、力にしてもいい加減目障りに違いないのだ。
第一、力とテーブルを挟んでいても互いに何も言葉がない。
気詰まり極まりないこの状況から、佑人は早く抜け出したくて立ち上がりかけた。
「まあまあ、そう、慌てなくても、こいつが食い終わるまで店、開けられないし」
練の言葉に、力と自分以外に客がいないことに佑人はようやく気づいた。
「え……すみません、だったら尚更、お礼には改めて伺いますから……」
「いいから座ってろ!」
力が怒鳴りつけた。
「腹ごしらえしねぇと、お前、送ってくにも力がでねぇんだよ」
それを聞いて、佑人は頬を赤らめる。
「わざわざお前に送ってもらわなくても、一人で帰れる。子供じゃあるまいし!」
すると力はちっと舌打ちし、ジロリと佑人を睨みつける。
「てめぇ、さっき、襲われかけたの忘れたんじゃねぇよな?」
「高田に頼まれたのか知らないが、俺はお前に助けてくれなんて頼んだ覚えはない。自分のことは自分で決着をつける」
力はフン、と思い切りバカにしたような笑いを浮かべた。
「自分の腕にえらく自信があるみてぇだがな、ことはてめぇ一人じゃ済まなくなってんだよ、とっくに」
「東山のことか? やっぱり風邪なんかじゃないんだな? 俺のせいでやつらにやられたのなら……」
「てめぇのせい? 笑わせるな。てめぇだけで何でもできると思ってんじゃねぇ!」
喧々囂々のようすを呈してきた二人を見て、練が口を開きかけた時、ドアが開いた。
「すっげぇ、寒いの何のって……おう、成瀬、お前の鞄」
息せき切って入ってきたのは坂本だった。
その手に掲げられたリュックを見て、佑人は男たちに囲まれた時落としたことを思い出した。
「あ……りがとう、悪い……」
受け取りながら、ふと坂本がどうしてここにいるのかという疑問にまた突き当たる。
「練さん、俺にもコーヒーお願い」
坂本は遠慮なく佑人の横に座り、力に向き直った。
「おい、お前、どうすんだよ、美紀ちゃん、泣いてるの宥めすかして送ってくのに一苦労だったんだぞ!」
「だったら、お前が慰めてやれよ」
力はかったるそうに返事をする。
「ざけんなよ!? 今晩、お前んとこ、行く予定だったんだろ? とっとと連絡してやれよ」
「うぜぇんだよ、あの女、言い寄ってきたからちょっとつき合ってやったんだ。それを誕生日がどうのクリスマスがどうの、やってられっかよ」
別れてしまえばいいとも思ったことがある佑人だが、それはあまりに傲慢な暴言だ。
力はこういう男なのだ。それを言われた相手がどんなに傷つくかとかなんて、考えもしないのだ。
「てめぇ、言うにことかいてつき合ってやっただと? 何様のつもりだ! 少しは女心も思いやったらどうだ?」
佑人と同じように考えたのだろう、坂本は声を上げた。
「知るか。だからお前が思いやってやれよ。俺は食ったらこいつを送っていかなきゃならねぇんだ」
「ふざけるな! 俺を理由にするな! お前に送ってもらう必要なんかないって言ったはずだ。いくらなんでも彼女に対して誠意がなさ過ぎるんじゃないのか?」
自分を引き合いに出された佑人は、かっとなって立ち上がる。
「それこそお前に言われる筋合いはねぇよ。誠意だと? フン、見せる相手は俺が決める。カタチだけの誠意なんざクソクラエだ」
力の言葉は佑人の胸をついた。
あまりにも正論で、いや、力は嘘を言わないのだ。まやかしの誠意などゴメンだと思っていたのは自分だったではないか。
佑人は唇を噛み、何に対してかわからないが、イラ立ちを抑えきれず、たったかレジへ行った。
「練さん、すみません、コート下さい。今夜の分、俺、支払いますから」
途端、また力の罵声が佑人に飛んだ。
「てめぇ、何でも金で解決しようとすんなって言ったはずだ! 練、俺が頼んだんだ、俺が払う」
「これは店に迷惑をかけたお詫びと、お前らに貴重な時間を使わせてしまったことへの礼だ。金で解決しようなんて思っていない。今日の仮りはきっちり返す!」
佑人も言い返す。
「その言葉、忘れんじゃねーぞ」
まさしく売り言葉に買い言葉状態で二人はしばし睨み合った。
「ようし、そこまでだ」
そこへ練が割って入り、佑人は知らず強張っていた緊張を解いた。
「見かけによらず、成瀬くんも負けん気だな、力みたいなクソガキ相手に」
練は苦笑を浮かべながら、パスタやローストチキンを盛り付けた皿をカウンターからテーブルへと運ぶ。
「まあ、お前が女にフられようが、俺は知ったことじゃない。それより、成瀬、さっきの続きしようぜ」
もう力に何を言っても無駄だというように坂本は首を振り、席を立って突っ立っている佑人の肩に腕をまわした。
「え? 続き?」
急に坂本に振られて、佑人は振り返る。
だったら……俺のせいだ…………
「成瀬くんは、ケーキ、どうかな?」
「えっ、いえ、俺はそろそろもう……」
いずれにせよ、喧嘩というより、「失せろ」とまで言わせた相手に助けられるなんて、愚の骨頂だ。啓太に頼まれたから仕方なく自分を助ける羽目になって、力にしてもいい加減目障りに違いないのだ。
第一、力とテーブルを挟んでいても互いに何も言葉がない。
気詰まり極まりないこの状況から、佑人は早く抜け出したくて立ち上がりかけた。
「まあまあ、そう、慌てなくても、こいつが食い終わるまで店、開けられないし」
練の言葉に、力と自分以外に客がいないことに佑人はようやく気づいた。
「え……すみません、だったら尚更、お礼には改めて伺いますから……」
「いいから座ってろ!」
力が怒鳴りつけた。
「腹ごしらえしねぇと、お前、送ってくにも力がでねぇんだよ」
それを聞いて、佑人は頬を赤らめる。
「わざわざお前に送ってもらわなくても、一人で帰れる。子供じゃあるまいし!」
すると力はちっと舌打ちし、ジロリと佑人を睨みつける。
「てめぇ、さっき、襲われかけたの忘れたんじゃねぇよな?」
「高田に頼まれたのか知らないが、俺はお前に助けてくれなんて頼んだ覚えはない。自分のことは自分で決着をつける」
力はフン、と思い切りバカにしたような笑いを浮かべた。
「自分の腕にえらく自信があるみてぇだがな、ことはてめぇ一人じゃ済まなくなってんだよ、とっくに」
「東山のことか? やっぱり風邪なんかじゃないんだな? 俺のせいでやつらにやられたのなら……」
「てめぇのせい? 笑わせるな。てめぇだけで何でもできると思ってんじゃねぇ!」
喧々囂々のようすを呈してきた二人を見て、練が口を開きかけた時、ドアが開いた。
「すっげぇ、寒いの何のって……おう、成瀬、お前の鞄」
息せき切って入ってきたのは坂本だった。
その手に掲げられたリュックを見て、佑人は男たちに囲まれた時落としたことを思い出した。
「あ……りがとう、悪い……」
受け取りながら、ふと坂本がどうしてここにいるのかという疑問にまた突き当たる。
「練さん、俺にもコーヒーお願い」
坂本は遠慮なく佑人の横に座り、力に向き直った。
「おい、お前、どうすんだよ、美紀ちゃん、泣いてるの宥めすかして送ってくのに一苦労だったんだぞ!」
「だったら、お前が慰めてやれよ」
力はかったるそうに返事をする。
「ざけんなよ!? 今晩、お前んとこ、行く予定だったんだろ? とっとと連絡してやれよ」
「うぜぇんだよ、あの女、言い寄ってきたからちょっとつき合ってやったんだ。それを誕生日がどうのクリスマスがどうの、やってられっかよ」
別れてしまえばいいとも思ったことがある佑人だが、それはあまりに傲慢な暴言だ。
力はこういう男なのだ。それを言われた相手がどんなに傷つくかとかなんて、考えもしないのだ。
「てめぇ、言うにことかいてつき合ってやっただと? 何様のつもりだ! 少しは女心も思いやったらどうだ?」
佑人と同じように考えたのだろう、坂本は声を上げた。
「知るか。だからお前が思いやってやれよ。俺は食ったらこいつを送っていかなきゃならねぇんだ」
「ふざけるな! 俺を理由にするな! お前に送ってもらう必要なんかないって言ったはずだ。いくらなんでも彼女に対して誠意がなさ過ぎるんじゃないのか?」
自分を引き合いに出された佑人は、かっとなって立ち上がる。
「それこそお前に言われる筋合いはねぇよ。誠意だと? フン、見せる相手は俺が決める。カタチだけの誠意なんざクソクラエだ」
力の言葉は佑人の胸をついた。
あまりにも正論で、いや、力は嘘を言わないのだ。まやかしの誠意などゴメンだと思っていたのは自分だったではないか。
佑人は唇を噛み、何に対してかわからないが、イラ立ちを抑えきれず、たったかレジへ行った。
「練さん、すみません、コート下さい。今夜の分、俺、支払いますから」
途端、また力の罵声が佑人に飛んだ。
「てめぇ、何でも金で解決しようとすんなって言ったはずだ! 練、俺が頼んだんだ、俺が払う」
「これは店に迷惑をかけたお詫びと、お前らに貴重な時間を使わせてしまったことへの礼だ。金で解決しようなんて思っていない。今日の仮りはきっちり返す!」
佑人も言い返す。
「その言葉、忘れんじゃねーぞ」
まさしく売り言葉に買い言葉状態で二人はしばし睨み合った。
「ようし、そこまでだ」
そこへ練が割って入り、佑人は知らず強張っていた緊張を解いた。
「見かけによらず、成瀬くんも負けん気だな、力みたいなクソガキ相手に」
練は苦笑を浮かべながら、パスタやローストチキンを盛り付けた皿をカウンターからテーブルへと運ぶ。
「まあ、お前が女にフられようが、俺は知ったことじゃない。それより、成瀬、さっきの続きしようぜ」
もう力に何を言っても無駄だというように坂本は首を振り、席を立って突っ立っている佑人の肩に腕をまわした。
「え? 続き?」
急に坂本に振られて、佑人は振り返る。
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