空は遠く

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空は遠く 26

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   ACT  3
 
 
 校舎の横に連なる枝ばかりとなったメタセコイア並木を冷たい風がびゅんびゅん通り抜ける。
 十二月二十四日、都立南澤では終業式となり、雨が上がったとはいえ今度は寒気団の南下で急激に冷え込んできたにもかかわらず、朝から登校する生徒たちの足は浮かれ気味だった。
 なにせ世間ではクリスマスイブだ。
 キャラキャラ笑う女子のグループを横目に、佑人は少しばかり腑に落ちない顔のまま教室に足を踏み入れた。
 家の門を出たところから、何か妙な感じがしていた。
 ずっと佑人の後ろを歩いている男がいたが、駅まで来ると、姿が見えなくなった。
 最初に来た各停に乗るとすぐ、ドアの傍に腕組みをした力が立っていた。
 不意打ちのことだったが、力が目を閉じていたのをいいことに、佑人は力から少し離れたところに立った。
 でなくても、最近は互いに無視し合っているのもわかっていたが。
 バカじゃないのか、俺は、自分ばかり意識して。
 この頃では、同じ空間にいることさえ息苦しい。
 もともと山本にとって俺なんかどうということがない存在なのに。
 幾度とはなくそんなことを考えるたび、佑人は胸の痛みを感じる。
 ジクジクとした痛みは、日増しにひどくなっているような気がしたが、自虐的に自分を嘲笑うだけだ。
 電車を降りると、のっそり歩いている力の横をたったか歩いて改札を出た。
 だが、佑人が校門をくぐった途端、力がすぐ後ろに来ていたことは、声をかけてきた生徒たちにぶっきらぼうに返した返事でわかって、思わず振り返った。
 一瞬目があったように思ったが、周りにいた女子のグループに囲まれた力は視線を外した。
 ………何だ…?
 少しばかり首を傾げながら、佑人が席に着くとすぐ、力が斜め前の席に座った。
「力……東、大丈夫?」
 すぐに啓太が力の傍でそんなことを言った。
「ああ、心配すんな」
 力が答えた。
 ホームルームが始まっても東山の姿がなかった。
「休みは東山だけだな。ったく、風邪なら明日引けっての」
「加藤、ひっでー、かわいそうじゃん東、何も好きで風邪引かねーし」
 担任の言葉に、生徒たちからブーイングが起きる。
「お前ら、二年があと三ヵ月ってこと、まだわかってないようだな? お前らの頭じゃ、今、お勉強してなけりゃ、ロクな学校行けねんだぞ? 体調管理もできないで受験生とか言ってんじゃないよ」
 加藤は強い口調で教壇から生徒たちを見回した。
「ああ、約一名の例外を除いてな」
「わ、ヒイキじゃん、それ~」
 佑人はその言葉に反応して内心ドキリとして顔を伏せる。
「何がヒイキだ。事実を言ってるまでだ。お前ら、悔しかったら学年末で満点からマイナス十点以内取ってみろ。喜んでお前らの足元にひれ伏してやるぞ?」
「言ったなぁ?」
「その言葉、忘れんなよ、加藤!」
「呼び捨てにすんじゃないってっだろ? とにかく冬休みも羽目を外しすぎるなよ」
 教室が沸いて自分に矛先を向けられなかったことで、佑人はほっと胸を撫で下ろす。
 自意識過剰。
 そんなこともわかっている。
 しかし、自分の名前がこうして大勢の前で上がるたび、条件反射のように身構えてしまう。
 ほんと、小心者だから仕方ないよな、俺は。
 学生時代ラグビーをやっていたという大柄な加藤は、昨今の体格のいい高校二年生の男子にも、お陰で教師としてそれなりの威厳をもって接していたし、比較的軽めの口調は生徒たちから割りと好かれる部類に入る。
 佑人も加藤のことは今までの教員とは違うような気がしていたが、だからといって、教員に対して警戒感を解いたわけではない。
 ホームルームが終わると、終業式のために全校生徒が教室を出て、講堂へと向かった。
 終業式さえ済めばあとは冬休みが待っているとあって、ぞろぞろと歩く生徒たちはわいわいと、「廊下は静かに」というどこぞのクラスの委員長らしき声も何の効果もない。
 そんな中、佑人は前を歩く啓太が今にも泣きそうな顔で力に何か言っているのに気づいた。
 東山、大丈夫って、風邪、じゃないのか?
 急激に佑人の心に不安が押し寄せる。
 一体、どうしたんだ? 何か………あった?
 啓太に聞いてみようか、いや……今更、彼らのことに俺が首を突っ込む理由もないか……。
 校長の話も風紀委員の話も佑人の耳を通り抜け、講堂での一時間ほどはいつの間にか過ぎ、生徒が動き出してようやく、終業式が終わったことに気づいた。
 何かしっくりこないまま、佑人は校門を出て行く生徒の群れに流されるように歩いていた。
「成瀬!」
 いきなり肩に腕をまわされて、佑人ははっと顔を上げた。
「柳沢さんに、聞いてくれた?」
 坂本は昨日に増して親しげに佑人の顔を覗き込む。
「あ、ああ、夕べ電話してみたんだが留守電で、今、ニューヨークにいるらしくて、週明けには戻ってくるみたいだけど」
「そっか、悪いな、じゃあ、戻った頃、また聞いてみてくれよ」
「わかった」
 成り行きで肩を並べて駅へ向かう。
「成瀬、今夜の予定は? 彼女とデート?」
「……わけないだろ」
「フーン、じゃ、ホームパーティとか?」
「いや、別に何もないよ。うち、親二人とも仕事だし」
 毎年クリスマスシーズンになると、美月が居間に大きなツリーを飾り、家中が日毎にクリスマスアイテムでいっぱいになっていく。
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