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空は遠く 25
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くつろいでいるそれを見た練はあからさまに眉をひそめた。
「おい、力、タロー、ソファからどけろってっだろ」
「いいじゃねぇかよ、今、客はいねぇんだし」
「くせになる。のけろ!」
「へいへい、タロー、降りろって」
恐持てに睨みをきかされて、力は仕方なさそうにタローに向かって床を指差すと、のそのそと身体を起こしたタローは床に降りて今度は座った。
力がテーブルの上のバスケットの中からビスケットをひとつ取るなり、すかさず練が言った。
「二百円」
「ちぇ、かてぇこというなよぉ」
「売り物だ」
「わぁかったよ」
ものぐさそうに、力は財布から二百円を取り出すとテーブルに置いてから、ビスケットを袋から出して期待に満ちた目を向けているタローの前に置いた。
「待て」
タローはもぞもぞと待ち切れなさそうに、それでも許しが出るまで力をじっと見つめている。
「食ってよし」
途端、あっという間にタローはビスケットを食べてしまった。
「よし、タロー、伏せ」
タローは力の命令に素直に従う。
「力の命令なら絶対なんっすよねぇ、俺なんか何言ってもタロー動きゃしねぇのに」
「マサにゃ、威厳ってもんがねぇんだよ、ひょろ長いばっかで」
力は鼻で笑う。
「それを言うなら、こないだ来たヤツ? 俺よか、弱っちそうなのに、タローのやつ、すっかり懐いちまってたって、百合江さんが。ああ、ほら、ちょうど俺が店に入る時出てったヤツ」
モップを使いながら、マサは心外だとばかり文句を言った。
「成瀬くんだろ? 威厳があったんだよ。身体の大きさじゃねぇ」
すっかり佑人フリークになった練が口を挟む。
力がその話を聞いたのは、つい昨日のことだった。
「成瀬くんじゃねぇか?」
力が教室で女子と戯れながらドサクサ紛れに携帯で撮った佑人の写真を見せられてそう言った練を、力は睨みつけた。
「てめ…、何で知ってんだよ」
練はタローの散歩中に百合江が足をくじいて、佑人がタローと一緒に店まで連れてきてくれたことや、よく店に来る外人に流暢な英語で対応してくれたことなどを、感心しきった表情で力に話して聞かせた。
「しかもタローがしっかり成瀬くんの言うことを素直に聞いてるんだ」
恐持ての表情が緩みっぱなしなのを、力はフンと笑う。
「なーにが、成瀬クン、だ。関東周辺のゾクの総元締めがよ」
「元だ。ヘッドといえ! マル暴みてぇなことをいうな」
ジロリと力を睨みつけながら、
「第一、もうオツトメはすませたし、今は健全に働いて納税している。まあ、何もかも百合江さんのおかげだが」
「フン、練、組とか一切関係なかったし、百合江あんたのこと、気に入ってんだよ。あいつ、ヤクザでっきれーだから」
「ダンナが元マル暴の警察幹部だったからだろ?」
「ってより、銀座の店、一件潰されたこと、根に持ってっからな。組関係締め出そうとして。あいつ、理不尽なこと嫌れぇだから、潰されて黙ってるタマじゃないし」
力は笑って母親のことを断言的に言い切った。
「フン、弁護士と組んで徹底的に店潰した組とやりあって勝っちまうってんだから、ホント、いい度胸してるぜ」
「ちぇ、百合江のことなんかどうでもいいんだ。それよか、とにかく頼むぜ」
「念を押すまでもねぇ。高校生のガキどもなんか。まあ、後ろにいる奴らがちと気になるが」
「必要以上なことはやってくれなくていい。あんたらに迷惑かけるつもりはねぇし」
「うまくやれってんだろ? お前にいわれるまでもねぇよ。あいつらを下手なことにさせるつもりはねぇ」
練はカップを拭きながら、にやりと笑う。
雨はどうやらなかなかやみそうにない。
「あー、明日は、せっかくのイブだってのに、これじゃ、台無しっすね」
モップを片付けてきたマサが窓の外を見ながら言った。
「どーせ、おめぇにはイブも何も関係ねーだろ?」
「…っせーよ、練さん! あんただって、人に言えるかって」
「俺は仕事だ。とっとと裏行って、真野さん手伝って来い。ケーキの数、半端じゃねーんだ」
「わーかったよ、ったく、人づかい荒いんだからよ」
マサは口を尖らせながら、厨房へと引っ込んだ。
「百合江がまた、真野さんに無理難題言ってんじゃねーのか?」
フン、と鼻で笑いながら、力はポケットで鳴り始めた携帯を物臭そうに取り出した。
「おう、何だよ」
聞こえてきたのは気にしていた相手からではなく、美紀の甲高い声に力は眉をひそめる。
「ねぇ、明日のことなんだけど、実はぁ、あたし、Tホテルのディナー予約してあるんだ」
「ディナー? うっぜーな。んなもん学ランで行けるかよ」
「ええー、だってぇ……学ランじゃなくても……」
「用がなきゃ、切るぞ」
「あ、待って! ゴメン、じゃ、明日……」
「おう」
そっけなく切った力を見て、練が舌打ちする。
「クリスマスなんて女にしてみりゃ、重大イベントだろうが。ディナーくらい、つき合ってやりゃいいだろ?」
「っぜぇんだよ。だったらお前行けよ」
「ったくお前、釣った魚にエサやらねぇ、マンマだな。可愛い子だって話じゃねぇか、マサがお前ら見かけたって羨ましがってたぜ」
「俺は初めっから、彼氏ほしきゃ他あたれっつってんだよ! イベントまでつき合う義理はねぇ。好きでもねぇのに、んなウソくせぇことやれっかよ」
「ったく、てめぇはそういうやつだよ」
練は呆れ顔を向ける。
「あっちだってギブアンドテイク、わかっててつき合ってんだろ」
「女の本心ってのはな、力くんに振り向いてもらいてぇに決まってっだろうが」
「フン、知るかよ」
イライラと言い返した力の前で、テーブルの上の携帯がまた鳴った。
「啓太、どした?」
「ち、力! 東が…東が」
力はいきなり立ち上がった。
「どこだ?!」
力は場所を聞き出すと、学ランのままヘルメットを掴んで店を飛び出し、外に停めてあったバイクを雨の中へと走らせた。
「おい、力、タロー、ソファからどけろってっだろ」
「いいじゃねぇかよ、今、客はいねぇんだし」
「くせになる。のけろ!」
「へいへい、タロー、降りろって」
恐持てに睨みをきかされて、力は仕方なさそうにタローに向かって床を指差すと、のそのそと身体を起こしたタローは床に降りて今度は座った。
力がテーブルの上のバスケットの中からビスケットをひとつ取るなり、すかさず練が言った。
「二百円」
「ちぇ、かてぇこというなよぉ」
「売り物だ」
「わぁかったよ」
ものぐさそうに、力は財布から二百円を取り出すとテーブルに置いてから、ビスケットを袋から出して期待に満ちた目を向けているタローの前に置いた。
「待て」
タローはもぞもぞと待ち切れなさそうに、それでも許しが出るまで力をじっと見つめている。
「食ってよし」
途端、あっという間にタローはビスケットを食べてしまった。
「よし、タロー、伏せ」
タローは力の命令に素直に従う。
「力の命令なら絶対なんっすよねぇ、俺なんか何言ってもタロー動きゃしねぇのに」
「マサにゃ、威厳ってもんがねぇんだよ、ひょろ長いばっかで」
力は鼻で笑う。
「それを言うなら、こないだ来たヤツ? 俺よか、弱っちそうなのに、タローのやつ、すっかり懐いちまってたって、百合江さんが。ああ、ほら、ちょうど俺が店に入る時出てったヤツ」
モップを使いながら、マサは心外だとばかり文句を言った。
「成瀬くんだろ? 威厳があったんだよ。身体の大きさじゃねぇ」
すっかり佑人フリークになった練が口を挟む。
力がその話を聞いたのは、つい昨日のことだった。
「成瀬くんじゃねぇか?」
力が教室で女子と戯れながらドサクサ紛れに携帯で撮った佑人の写真を見せられてそう言った練を、力は睨みつけた。
「てめ…、何で知ってんだよ」
練はタローの散歩中に百合江が足をくじいて、佑人がタローと一緒に店まで連れてきてくれたことや、よく店に来る外人に流暢な英語で対応してくれたことなどを、感心しきった表情で力に話して聞かせた。
「しかもタローがしっかり成瀬くんの言うことを素直に聞いてるんだ」
恐持ての表情が緩みっぱなしなのを、力はフンと笑う。
「なーにが、成瀬クン、だ。関東周辺のゾクの総元締めがよ」
「元だ。ヘッドといえ! マル暴みてぇなことをいうな」
ジロリと力を睨みつけながら、
「第一、もうオツトメはすませたし、今は健全に働いて納税している。まあ、何もかも百合江さんのおかげだが」
「フン、練、組とか一切関係なかったし、百合江あんたのこと、気に入ってんだよ。あいつ、ヤクザでっきれーだから」
「ダンナが元マル暴の警察幹部だったからだろ?」
「ってより、銀座の店、一件潰されたこと、根に持ってっからな。組関係締め出そうとして。あいつ、理不尽なこと嫌れぇだから、潰されて黙ってるタマじゃないし」
力は笑って母親のことを断言的に言い切った。
「フン、弁護士と組んで徹底的に店潰した組とやりあって勝っちまうってんだから、ホント、いい度胸してるぜ」
「ちぇ、百合江のことなんかどうでもいいんだ。それよか、とにかく頼むぜ」
「念を押すまでもねぇ。高校生のガキどもなんか。まあ、後ろにいる奴らがちと気になるが」
「必要以上なことはやってくれなくていい。あんたらに迷惑かけるつもりはねぇし」
「うまくやれってんだろ? お前にいわれるまでもねぇよ。あいつらを下手なことにさせるつもりはねぇ」
練はカップを拭きながら、にやりと笑う。
雨はどうやらなかなかやみそうにない。
「あー、明日は、せっかくのイブだってのに、これじゃ、台無しっすね」
モップを片付けてきたマサが窓の外を見ながら言った。
「どーせ、おめぇにはイブも何も関係ねーだろ?」
「…っせーよ、練さん! あんただって、人に言えるかって」
「俺は仕事だ。とっとと裏行って、真野さん手伝って来い。ケーキの数、半端じゃねーんだ」
「わーかったよ、ったく、人づかい荒いんだからよ」
マサは口を尖らせながら、厨房へと引っ込んだ。
「百合江がまた、真野さんに無理難題言ってんじゃねーのか?」
フン、と鼻で笑いながら、力はポケットで鳴り始めた携帯を物臭そうに取り出した。
「おう、何だよ」
聞こえてきたのは気にしていた相手からではなく、美紀の甲高い声に力は眉をひそめる。
「ねぇ、明日のことなんだけど、実はぁ、あたし、Tホテルのディナー予約してあるんだ」
「ディナー? うっぜーな。んなもん学ランで行けるかよ」
「ええー、だってぇ……学ランじゃなくても……」
「用がなきゃ、切るぞ」
「あ、待って! ゴメン、じゃ、明日……」
「おう」
そっけなく切った力を見て、練が舌打ちする。
「クリスマスなんて女にしてみりゃ、重大イベントだろうが。ディナーくらい、つき合ってやりゃいいだろ?」
「っぜぇんだよ。だったらお前行けよ」
「ったくお前、釣った魚にエサやらねぇ、マンマだな。可愛い子だって話じゃねぇか、マサがお前ら見かけたって羨ましがってたぜ」
「俺は初めっから、彼氏ほしきゃ他あたれっつってんだよ! イベントまでつき合う義理はねぇ。好きでもねぇのに、んなウソくせぇことやれっかよ」
「ったく、てめぇはそういうやつだよ」
練は呆れ顔を向ける。
「あっちだってギブアンドテイク、わかっててつき合ってんだろ」
「女の本心ってのはな、力くんに振り向いてもらいてぇに決まってっだろうが」
「フン、知るかよ」
イライラと言い返した力の前で、テーブルの上の携帯がまた鳴った。
「啓太、どした?」
「ち、力! 東が…東が」
力はいきなり立ち上がった。
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