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空は遠く 24
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「なあ、俺にそのカテキョ、紹介してくんないかな?」
「……お前、T大生の家庭教師、いるんじゃなかったか?」
「ああ、あのお姉さまねぇ、ここだけの話……」
坂本はふいに佑人の耳元に唇を寄せた。
「ベッドの相手としては合格なんだけどさ、何かちょい、物足りないっつーか」
ぼそっと呟いた言葉に、佑人はかあっと頬を赤らめる。
「何なら、交換してみるっての、どうよ? この際、お前もチェリーちゃん卒業できる……」
「ふざけるな」
「あれ、あたり?」
下世話な言葉に佑人は話にならないと足を速め、玄関でスニーカーに履きかえて坂本を振り切った。
つもりだったのだが、「ちょ、まったぁ!」と坂本はしつこく佑人を追いかけてきた。
「いや、ほんと、マジな話。二年もあと少しだし、俺、ここんとこ伸び悩んでてさ、打開策を考えないと」
「有能な家庭教師なら、ちょっと探せばいくらでもいるだろう」
「俺さ、こう見えて結構センシティブな人でさ、やっぱ、誰でもってわけじゃなくて。同じくセンシティブな成瀬のカテキョなら、俺もいけるかもって」
「センシティブ? 坂本が?」
到底センシティブとはかけ離れた厚顔無恥さすら漂う顔で、ニコニコと坂本は佑人を見下ろしている。
「そう、俺が。だからぜひ紹介して?」
何やら胡散臭い気もしたが、佑人はふうと一息ついた。
「わかった。紹介くらいはするが、OKしてくれるとは限らないからな。じゃ…」
駅まで一緒に歩いてきて、これで話はついたと佑人は改札口を通り抜けた。
「あっと、俺、今日、親戚んちに行くんだ、久我山の。成瀬、久我山だったよな?」
いつの間にか同じホームに上がってきて、横に立っている坂本を佑人は怪訝そうに見上げる。
少し長めのさらさらの髪、一学期までバスケットをやっていたというだけあって、長身で一見すんなりとして見えるが、学生服の下が鍛えられた体躯なのは、一緒の体育の時間に見せつけられている。
力ほど派手ではなくても、坂本が女子にはそれなりに人気があるらしいという噂は佑人の耳にも届いていた。
しかも学校では優等生面をしているが、外では遊んでいるらしいことは、力たちと一緒の時に知った。
どうやらうまく世の中渡っている、らしい。
佑人からしてみれば羨ましい人間の部類に入る。
「でさ、成瀬のカテキョ、どんな?」
急行はそこそこ混んでいた。
ドアの傍に並んで立つと、坂本は話をしたくないという態度を全面に表したつもりの佑人におかまいなしに話しかけてくる。
「どんなって、男だ。兄の後輩で」
「じゃ、T大生? 学部は?」
「法学部。留学資金ためてるらしい」
どうして兄の郁磨がT大だということまで知ってるんだ、と思いながらも、佑人は手短に答える。
「マジ、頼むよ、都合あわせるから」
「とりあえず、聞いてみる」
「やりやすい?」
「柳沢さんは相手に合わせたやり方を考えてくれるから、俺のやり方はお前のやり方にはならないだろう」
「成瀬のやり方って?」
「オールイングリッシュ」
「は?」
間抜けな表情で坂本は佑人を見下ろした。
「英語をマスターしたいからという柳沢さんの要望で、ずっと英語を使っている」
「それ! 俺も混ざりたい! いや、週イチでいいから、二人で一緒にお勉強ってのどう?」
「遠慮する」
即答されて、坂本は佑人の前に回りこむ。
「ちょ、考えてくれてもいんじゃない? お互いの不得意な教科をフォロウし合うってやつ? いいじゃん、T大目指すもの同士」
「T大受けるとは言っていない」
「ああ? お前がT大行かなくて誰が行くんだよ」
気がつくと既に成瀬家の長い塀の続く通りへとやってきていた。
「親戚ってこっち?」
「親戚? あ、ああ、そう、こっち…からも行ける」
急に話を変えられた坂本は躊躇いをみせた。
「……そういえば……、まだ、礼を言ってなかったっけ」
啓太には礼を言ったが、一緒に鞄を持ってきてくれたという坂本には何も言っていなかったことを佑人は思い出した。
「礼?」
「風邪で早退した日、高田と一緒に俺の鞄届けてくれたんだろ?」
「鞄? あ、ああ、そう、そうだったな」
佑人は坂本の妙な反応に怪訝な目を向ける。
「ありがとう。じゃ、家庭教師の件は柳沢さんに確認してみるから」
「お、おう、よろしく頼むわ」
坂本は木戸を開けて佑人が中に入るのを見届けると、肩を落として深くため息をつく。
「うーん、間近でしみじみ見ると、マジ、超美人じゃねーかよ」
腕組みをして、坂本はしばし木戸の向こうに思考を飛ばしていたが、ポツリポツリと空から雨粒が落ちてきた。
「ゲ……、降ってきやがった。にしてもこいつぁ、ちと手ごわいな。バリバリ、バリヤ張ってやがんの」
呟きながら、坂本は今来た道を駅へと走った。
夕暮れ近くになると、次第に雨が強くなった。
「本降りになったなぁ」
カフェ・リリィでは、マスターの練が窓の外を見ながら呟いた。
「早めに傘たて準備しといて正解っすね」
金髪にピアスのひょろ長い青年が、床をモップで拭きながら言った。
今しがたまでいた客が本降りになる前にと慌てて帰ってから、店内には窓際のテーブルを占拠しているでかい図体の高校生とこれまたでかい犬の一組だけになった。
学ランのボタンをはずし、ヘルメットに肘をもたせかけてソファにふんぞり返っている学生の膝に犬はあごを乗せ、ソファを占領している。
「……お前、T大生の家庭教師、いるんじゃなかったか?」
「ああ、あのお姉さまねぇ、ここだけの話……」
坂本はふいに佑人の耳元に唇を寄せた。
「ベッドの相手としては合格なんだけどさ、何かちょい、物足りないっつーか」
ぼそっと呟いた言葉に、佑人はかあっと頬を赤らめる。
「何なら、交換してみるっての、どうよ? この際、お前もチェリーちゃん卒業できる……」
「ふざけるな」
「あれ、あたり?」
下世話な言葉に佑人は話にならないと足を速め、玄関でスニーカーに履きかえて坂本を振り切った。
つもりだったのだが、「ちょ、まったぁ!」と坂本はしつこく佑人を追いかけてきた。
「いや、ほんと、マジな話。二年もあと少しだし、俺、ここんとこ伸び悩んでてさ、打開策を考えないと」
「有能な家庭教師なら、ちょっと探せばいくらでもいるだろう」
「俺さ、こう見えて結構センシティブな人でさ、やっぱ、誰でもってわけじゃなくて。同じくセンシティブな成瀬のカテキョなら、俺もいけるかもって」
「センシティブ? 坂本が?」
到底センシティブとはかけ離れた厚顔無恥さすら漂う顔で、ニコニコと坂本は佑人を見下ろしている。
「そう、俺が。だからぜひ紹介して?」
何やら胡散臭い気もしたが、佑人はふうと一息ついた。
「わかった。紹介くらいはするが、OKしてくれるとは限らないからな。じゃ…」
駅まで一緒に歩いてきて、これで話はついたと佑人は改札口を通り抜けた。
「あっと、俺、今日、親戚んちに行くんだ、久我山の。成瀬、久我山だったよな?」
いつの間にか同じホームに上がってきて、横に立っている坂本を佑人は怪訝そうに見上げる。
少し長めのさらさらの髪、一学期までバスケットをやっていたというだけあって、長身で一見すんなりとして見えるが、学生服の下が鍛えられた体躯なのは、一緒の体育の時間に見せつけられている。
力ほど派手ではなくても、坂本が女子にはそれなりに人気があるらしいという噂は佑人の耳にも届いていた。
しかも学校では優等生面をしているが、外では遊んでいるらしいことは、力たちと一緒の時に知った。
どうやらうまく世の中渡っている、らしい。
佑人からしてみれば羨ましい人間の部類に入る。
「でさ、成瀬のカテキョ、どんな?」
急行はそこそこ混んでいた。
ドアの傍に並んで立つと、坂本は話をしたくないという態度を全面に表したつもりの佑人におかまいなしに話しかけてくる。
「どんなって、男だ。兄の後輩で」
「じゃ、T大生? 学部は?」
「法学部。留学資金ためてるらしい」
どうして兄の郁磨がT大だということまで知ってるんだ、と思いながらも、佑人は手短に答える。
「マジ、頼むよ、都合あわせるから」
「とりあえず、聞いてみる」
「やりやすい?」
「柳沢さんは相手に合わせたやり方を考えてくれるから、俺のやり方はお前のやり方にはならないだろう」
「成瀬のやり方って?」
「オールイングリッシュ」
「は?」
間抜けな表情で坂本は佑人を見下ろした。
「英語をマスターしたいからという柳沢さんの要望で、ずっと英語を使っている」
「それ! 俺も混ざりたい! いや、週イチでいいから、二人で一緒にお勉強ってのどう?」
「遠慮する」
即答されて、坂本は佑人の前に回りこむ。
「ちょ、考えてくれてもいんじゃない? お互いの不得意な教科をフォロウし合うってやつ? いいじゃん、T大目指すもの同士」
「T大受けるとは言っていない」
「ああ? お前がT大行かなくて誰が行くんだよ」
気がつくと既に成瀬家の長い塀の続く通りへとやってきていた。
「親戚ってこっち?」
「親戚? あ、ああ、そう、こっち…からも行ける」
急に話を変えられた坂本は躊躇いをみせた。
「……そういえば……、まだ、礼を言ってなかったっけ」
啓太には礼を言ったが、一緒に鞄を持ってきてくれたという坂本には何も言っていなかったことを佑人は思い出した。
「礼?」
「風邪で早退した日、高田と一緒に俺の鞄届けてくれたんだろ?」
「鞄? あ、ああ、そう、そうだったな」
佑人は坂本の妙な反応に怪訝な目を向ける。
「ありがとう。じゃ、家庭教師の件は柳沢さんに確認してみるから」
「お、おう、よろしく頼むわ」
坂本は木戸を開けて佑人が中に入るのを見届けると、肩を落として深くため息をつく。
「うーん、間近でしみじみ見ると、マジ、超美人じゃねーかよ」
腕組みをして、坂本はしばし木戸の向こうに思考を飛ばしていたが、ポツリポツリと空から雨粒が落ちてきた。
「ゲ……、降ってきやがった。にしてもこいつぁ、ちと手ごわいな。バリバリ、バリヤ張ってやがんの」
呟きながら、坂本は今来た道を駅へと走った。
夕暮れ近くになると、次第に雨が強くなった。
「本降りになったなぁ」
カフェ・リリィでは、マスターの練が窓の外を見ながら呟いた。
「早めに傘たて準備しといて正解っすね」
金髪にピアスのひょろ長い青年が、床をモップで拭きながら言った。
今しがたまでいた客が本降りになる前にと慌てて帰ってから、店内には窓際のテーブルを占拠しているでかい図体の高校生とこれまたでかい犬の一組だけになった。
学ランのボタンをはずし、ヘルメットに肘をもたせかけてソファにふんぞり返っている学生の膝に犬はあごを乗せ、ソファを占領している。
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