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空は遠く 23
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紙袋には、「ワンちゃん猫ちゃんとご一緒に カフェ・リリィ」とプリントされていた。
リリィは百合江からつけたのだろう。
「成瀬とか、言わなきゃよかったかな」
例え名乗らなかったとしても、力がいつ現れるかもわからない。
「そっか、タロー、ラッキーの兄弟か」
ラッキーの兄弟がこうして元気に育っていたことは素直に嬉しい。
力があの時の宣言どおり、ちゃんと子犬を大事にしていたことがわかっただけで、ちょっと涙が出そうになった。
「いいか、責任もって飼うんだぞ! 捨てたり、保健所やったりしたら、俺が承知しねぇからな!」
親になんか口出させねぇ、と断言したあの時の力の言葉は今でもはっきり覚えている。
でも、あのお母さんなら、全然平気だったろう。
何しろ、ペットと一緒のカフェなんか開くくらいだ。
それに、バカ息子とかバカ犬とか言うその言葉には愛情が感じられる。
力との親子関係もおしてしるべしだ。
佑人は二人の親子関係は疑うべくもないと確信していた。
思いがけず力の日常を垣間見たことが少しばかり嬉しく、だが、もう近づくことはできないということに、心が軋む思いがするのだった。
雨模様の朝だった。
「何だよ、お前ら」
駅から出て少し歩いたところで、力は聴きなれた声に顔を向けた。
他校の生徒数人に学ランの生徒が絡まれている。
「啓太?」
力が声をかけると、見るからにガラの悪そうな連中は力を認めるなり、啓太を放して消えた。
「力ぁ!」
啓太は力の顔を見ると半べそ状態で走ってきた。
「どうしたんだ? やつらに絡まれたのか?」
「あ、いや、そうなんだけど、それが………」
「やつら、東條のクズ連中だろ? なんなんだ?」
実は、と啓太は、以前、ゲーセンの近くでちょっとしたことで絡まれ、カツアゲされようとしているところへ成瀬が現れて助けられたことなどをボツリボツリと話し始めた。
聞いていた力の目が次第に険しくなる。
「成瀬が代わりに金出してくれようとしたんだけど、力、いつも言ってっだろ? 味をしめると一度じゃすまなくなるから、絶対金なんか渡すなって、俺、成瀬にそう言ったら成瀬金引っ込めたんだ。そしたら、やつら殴りかかってきたんだけど、成瀬、さっとかわしてさ、それが妙に強いってか、すげぇの、やつらの腕捻って足蹴りして、ほんで、二人で逃げたんだ」
啓太はその時のようすを身振りを加えて事細かに話す。
「何でそれ黙ってた?!」
力に恐ろしい形相ですごまれて、啓太は思わず後ずさりする。
その怒りようは半端ではない。
「だ…って、喧嘩みたいなこと知られるのは嫌だって、成瀬が……それで……」
力は舌打ちした。
「お、俺が絡まれたってことは、成瀬も?! だ…大丈夫かな…、でもこないだ、ほんと強くて。俺、びっくりしてさ、成瀬、いつもそんな感じ全然ないし……」
力はしばらく啓太の言葉を聴いているのかいないのか、じっと考えこんでいたが、徐に携帯を取り出した。
「俺だ。夕方お前、いるか? ああ、あとで寄るわ」
どこかへ電話をすると、啓太に向き直り、「いいか、これから、ガッコ出たら、東か、俺と一緒に動け」と命令口調で言った。
「え……うん……」
「奴ら、ちょっとタチ悪いんだよ」
「わ……かった。でも、成瀬は……?」
「心配するな……っても、あいつ、俺の言うことなんか耳かさねーからなぁ」
「お、俺が言っとこうか?」
「いや、何とかする。お前はとにかく自分の身を守ること考えろ」
「う…うん」
不安そうな啓太に念を押すと、力は教室へと足を向けた。
啓太は慌ててそのあとを追った。
「うーっす!」
昼休み、ドアが開いて、ひょいと顔を出したのはニヤニヤと何やら楽しそうな坂本だった。
昼に坂本が天文部の部室を覗くのは珍しかったので、啓太は不思議そうな顔を向ける。
「何、何? 面白れぇことって」
坂本が力の横の椅子に座りしな、妙なことを言う。
それから、力と東山と坂本の三人でひそひそと話している。
「梶田? って、ああ、確か三組だったハナタレガキ?」
笑いながら坂本がそんなことを言っているのが啓太の耳にも届く。
「何だよぉ、何話してんだよ」
ひとり除け者にされたような気分で面白くない啓太は、パックの牛乳をズズッとストローで吸った。
三人の話はまもなく終わったようで、坂本の女の自慢話が始まると、いつものようにバカ話談義に啓太も引っ張り込まれていた。
力が珍しくクラスの女子と携帯で写真を撮り合って戯れている。
佑人は気にしないようにしようと思いながら、力に媚びているような女子の声とかが癇に障り、そんな自分にまた苛立ちを覚えていた。
もうずっと力とは口を聞かない日が続いている。
啓太は何やら佑人に声をかけたそうな顔で見るのだが、佑人もそれをはぐらかすし、啓太も力のようすを窺ったりして、啓太を家の最寄り駅まで送っていった日以来、こちらも声をかけてはこない。
もともと何か用がない限り佑人に声をかける生徒も少ないため、教室内では尚更目立たずひっそりと座っていることが多くなった。
静かな毎日を過ごせそうだ、と思いきや、放課後、教室を出たところで馴れ馴れしく近づいてきたのは坂本だった。
「な、な、成瀬、どこの塾行ってるんだ?」
思わず眉根をひそめて、佑人は肩に腕をまわしてくる坂本を見上げる。
「……どこも」
「嘘だろ? じゃ、カテキョ?」
「そんなもんだが、お前には関係ないだろ」
早く坂本を振り切りたくて、思い切り無愛想な返答をする。
「どっかの派遣? それとも個人的に?」
「個人的に」
「へえ? 成瀬のカテキョだったら、かなり優秀なやつだよな」
坂本の腕を軽くはずすと、たったか歩く佑人に坂本は尚も追いすがる。
リリィは百合江からつけたのだろう。
「成瀬とか、言わなきゃよかったかな」
例え名乗らなかったとしても、力がいつ現れるかもわからない。
「そっか、タロー、ラッキーの兄弟か」
ラッキーの兄弟がこうして元気に育っていたことは素直に嬉しい。
力があの時の宣言どおり、ちゃんと子犬を大事にしていたことがわかっただけで、ちょっと涙が出そうになった。
「いいか、責任もって飼うんだぞ! 捨てたり、保健所やったりしたら、俺が承知しねぇからな!」
親になんか口出させねぇ、と断言したあの時の力の言葉は今でもはっきり覚えている。
でも、あのお母さんなら、全然平気だったろう。
何しろ、ペットと一緒のカフェなんか開くくらいだ。
それに、バカ息子とかバカ犬とか言うその言葉には愛情が感じられる。
力との親子関係もおしてしるべしだ。
佑人は二人の親子関係は疑うべくもないと確信していた。
思いがけず力の日常を垣間見たことが少しばかり嬉しく、だが、もう近づくことはできないということに、心が軋む思いがするのだった。
雨模様の朝だった。
「何だよ、お前ら」
駅から出て少し歩いたところで、力は聴きなれた声に顔を向けた。
他校の生徒数人に学ランの生徒が絡まれている。
「啓太?」
力が声をかけると、見るからにガラの悪そうな連中は力を認めるなり、啓太を放して消えた。
「力ぁ!」
啓太は力の顔を見ると半べそ状態で走ってきた。
「どうしたんだ? やつらに絡まれたのか?」
「あ、いや、そうなんだけど、それが………」
「やつら、東條のクズ連中だろ? なんなんだ?」
実は、と啓太は、以前、ゲーセンの近くでちょっとしたことで絡まれ、カツアゲされようとしているところへ成瀬が現れて助けられたことなどをボツリボツリと話し始めた。
聞いていた力の目が次第に険しくなる。
「成瀬が代わりに金出してくれようとしたんだけど、力、いつも言ってっだろ? 味をしめると一度じゃすまなくなるから、絶対金なんか渡すなって、俺、成瀬にそう言ったら成瀬金引っ込めたんだ。そしたら、やつら殴りかかってきたんだけど、成瀬、さっとかわしてさ、それが妙に強いってか、すげぇの、やつらの腕捻って足蹴りして、ほんで、二人で逃げたんだ」
啓太はその時のようすを身振りを加えて事細かに話す。
「何でそれ黙ってた?!」
力に恐ろしい形相ですごまれて、啓太は思わず後ずさりする。
その怒りようは半端ではない。
「だ…って、喧嘩みたいなこと知られるのは嫌だって、成瀬が……それで……」
力は舌打ちした。
「お、俺が絡まれたってことは、成瀬も?! だ…大丈夫かな…、でもこないだ、ほんと強くて。俺、びっくりしてさ、成瀬、いつもそんな感じ全然ないし……」
力はしばらく啓太の言葉を聴いているのかいないのか、じっと考えこんでいたが、徐に携帯を取り出した。
「俺だ。夕方お前、いるか? ああ、あとで寄るわ」
どこかへ電話をすると、啓太に向き直り、「いいか、これから、ガッコ出たら、東か、俺と一緒に動け」と命令口調で言った。
「え……うん……」
「奴ら、ちょっとタチ悪いんだよ」
「わ……かった。でも、成瀬は……?」
「心配するな……っても、あいつ、俺の言うことなんか耳かさねーからなぁ」
「お、俺が言っとこうか?」
「いや、何とかする。お前はとにかく自分の身を守ること考えろ」
「う…うん」
不安そうな啓太に念を押すと、力は教室へと足を向けた。
啓太は慌ててそのあとを追った。
「うーっす!」
昼休み、ドアが開いて、ひょいと顔を出したのはニヤニヤと何やら楽しそうな坂本だった。
昼に坂本が天文部の部室を覗くのは珍しかったので、啓太は不思議そうな顔を向ける。
「何、何? 面白れぇことって」
坂本が力の横の椅子に座りしな、妙なことを言う。
それから、力と東山と坂本の三人でひそひそと話している。
「梶田? って、ああ、確か三組だったハナタレガキ?」
笑いながら坂本がそんなことを言っているのが啓太の耳にも届く。
「何だよぉ、何話してんだよ」
ひとり除け者にされたような気分で面白くない啓太は、パックの牛乳をズズッとストローで吸った。
三人の話はまもなく終わったようで、坂本の女の自慢話が始まると、いつものようにバカ話談義に啓太も引っ張り込まれていた。
力が珍しくクラスの女子と携帯で写真を撮り合って戯れている。
佑人は気にしないようにしようと思いながら、力に媚びているような女子の声とかが癇に障り、そんな自分にまた苛立ちを覚えていた。
もうずっと力とは口を聞かない日が続いている。
啓太は何やら佑人に声をかけたそうな顔で見るのだが、佑人もそれをはぐらかすし、啓太も力のようすを窺ったりして、啓太を家の最寄り駅まで送っていった日以来、こちらも声をかけてはこない。
もともと何か用がない限り佑人に声をかける生徒も少ないため、教室内では尚更目立たずひっそりと座っていることが多くなった。
静かな毎日を過ごせそうだ、と思いきや、放課後、教室を出たところで馴れ馴れしく近づいてきたのは坂本だった。
「な、な、成瀬、どこの塾行ってるんだ?」
思わず眉根をひそめて、佑人は肩に腕をまわしてくる坂本を見上げる。
「……どこも」
「嘘だろ? じゃ、カテキョ?」
「そんなもんだが、お前には関係ないだろ」
早く坂本を振り切りたくて、思い切り無愛想な返答をする。
「どっかの派遣? それとも個人的に?」
「個人的に」
「へえ? 成瀬のカテキョだったら、かなり優秀なやつだよな」
坂本の腕を軽くはずすと、たったか歩く佑人に坂本は尚も追いすがる。
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