空は遠く

chatetlune

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空は遠く 22

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 夕暮れ時の店内では、二組の客がそれぞれミニチュアダックスや柴犬連れで和やかにお茶を楽しんでいた。
「あら、どうしたの、百合江さん」
「足、怪我したの?」
 客は馴染みのようで、練が百合江を椅子におろすと、口々に声をかけた。
「タロー、伏せ」
 練が氷を袋に入れて百合江の捻挫した足首にてきぱきとタオルで巻きつけるのを、佑人はしばし所在無く見ていたが、タローは佑人の命令にすんなり従って床におとなしく伏せた。
「あらやだ、今日会ったばかりなのに、私より言うこと聞いてるし」
「うちにも今、この子くらいのがいますから」
「そうなの、あ、練ちゃん、彼にあったかいものお願い。えっと、何くんだったっけ?」
「成瀬といいます、あの、おかまいなく」
「そうはいかないわよ、迷惑かけたんだから。そこに座って座って。成瀬くん、ほんと、礼儀正しくて、お品が良くて、それに超可愛いし!」
 肌の色によく合う明るめの色にカラーリングした長い髪を揺らして、百合江はチャーミングな笑顔を向ける。
「カフェオレでいいか?」
 つっけんどんな言い方で練が聞いた。
 何かの拍子に、右腕の袖口からタトゥーが見えたし、その額にはくっきり傷がある。
 ただの恐持てではない雰囲気だと佑人は感じた。
「はい」
 ショーケースは二つあって、人間用のケーキが並ぶケースの横には、ペット用のお菓子やケーキ、食事とのセットプレートなどが並んでいた。
 やがてカフェオレを運んできた練は、恐持てなのは顔や雰囲気だけのようで、丁寧に佑人の前にカップを置くと、百合江の前にも一つ置いた。
「ありがとうございます」
 こんな店があったんだ、ラッキーにも何か買って帰ろうか、などと佑人が思っていると、ドアが開いてテリアを抱いた欧米人らしい女性が入ってきた。
 女性はショーケースの中をのぞいて、犬用のクッキーやケーキをいくつかほしいと練に言っているのだが、練は英語が苦手らしく、見当違いの種類や個数を箱に入れて、女性に違うといわれ、「ったく、日本語で言ってくれよぉ」と口にしながら四苦八苦している。
「困ったわね~、あのお客さん時々来てくれるんだけど」
「練ちゃん、若いんだから英語くらいマスターしときないさいよ」
 百合江がボソッと言うと、馴染みの客が練をからかう。
「あの、ビスケット五個とキャロットケーキ二個と、セットプレート一つだそうです」
 ほうっておけなくなって、佑人が助け舟を出すと、皆の視線を一斉に浴びる。
「お、お前、英語わかんの? じゃ、俺の言うことちょっと説明してやってくれよ」
 図体のでかい、外見はアメリカ人のような練が、情けなさそうな声で佑人に言った。
 佑人は練がビスケットやケーキについて説明するのを女性客に通訳した。
 女性が満足して帰った途端、練が「すげぇな、お前、ガイジンみてぇ」と恐持ての相好を崩しながら手放しで喜んで、「おい、俺のおごり、ケーキ、どれでも食え」と命令口調で佑人を促した。
「いいわよ、私がごちそうするから。もう、ほれぼれしちゃう! 成瀬くん、うちのバカ息子に成瀬くんのつめの垢でも煎じて飲ませたいっ!」
 女子高生並みにキャピキャピと目にハートのマークでも浮かんでいそうな百合江の口ぶりに、佑人は苦笑いする。
「あ、いえ、昔、親の都合であっちに住んでたことがあったってだけで…。あの、母に修理出した時計引き取ってくるように言われてるんで、そろそろ……」
「あら、そっか、お引止めして悪かったわね、練ちゃん、ビスケットとケーキ、全種類包んであげて。あなたのワンちゃんに持ってって」
「え、いや、俺、自分で買っていこうと……」
「何言ってるの! 成瀬くんからお代はもらえないわよ。また来てやって。あ、うち、どこ?」
「南口の方です」
「今度はワンちゃん連れてきてね~ あ、たたた……」
「ちょ、座っててください。病院、行った方がいいですよ」
 立ち上がろうとした百合江を慌てて佑人が宥めると、百合江は悔しそうに椅子に座りなおす。
「宗田先生のとこ、あとで連れてく。電話しとけば診てくれるだろ」
 そう言いながら、練は全種類を二個ずつ箱に入れ、佑人は大きな箱を入れた紙袋を持たされた。
「ごちそうさまでした、またお邪魔します」
「待ってるわよ~ 成瀬くん」
「おう、今度俺にエーゴ教えてくれ」
「……はい」
 百合江には投げキッスで送られ、恐持ての顔には半ば本気で嘆願された。
 佑人は苦笑を禁じえず、タローをちょっと撫でてから店を出る。
 ちょうどそこへ宅配の車が停まり、降りたった宅配業者が抱えた荷物を持ってドアを開けた。
「山本さんのお宅はこちらでよかったですかぁ? ええと、山本百合江さん」
 思わず佑人は振り返る。
 宅配業者の後ろからまた一人、店にやってきた男が、「あ、はい、俺、ここの者です。預かります」と言って荷物を受け取り、店に入っていくのが見えた。
「……山本?」
 まさかと思う。
 だが、名残惜しげにドアの向こうから佑人を見送っているタローは、最初からラッキーによく似ている気がして親近感を抱いていた。
 大きさも雰囲気も、第一よく考えてみれば、毛の長いシェパードというような雑種が、やたらにいるわけではないだろう。
 じゃあ、ラッキーの兄弟?
 きっと、そうだ。
 だとすると、やっぱり店に行くわけにもいかないか。
 犬を連れて入れるだけでなく、店の人もお客もせっかくいい感じの店だと思ったのにな。
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