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空は遠く 20
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ノートの裏いっぱいに高田啓太と書かれた文字は、今にも泣きそうに自分を見ていた啓太の大きな目を思い起こさせた。
啓太の気持ちなど、考えたこともなかった。
東山にしても啓太にしても、佑人の中では力以外のその他大勢、マックに佑人を誘うのも調子よくタカるだけが目的で、鞄を届けたのだって、そのあたりの下心があっただけだろうと。
彼等に気前よくおごっていたのも、ただ単に力と一緒の時間を共有するため、見返りなど期待もしていなかったし、どうせそれだけのやつ等だと。
啓太が、朝や昼に自分に声をかけてきたことを佑人は思い出す。
それも下心とは無縁のもので、本当に佑人のことを心配してのことだったのか。
クラスメイトに親切にされるとか、そんなことはもうはるか昔の不確かな記憶でしかない。
だが、いまさら啓太の親切心を知ったからといって、どうしろというんだろう。
「明日、机の中にでも返しとくか」
佑人は口にして、気になっていた啓太のノートの間違いを赤ペンで訂正してから、また鞄にしまった。
期末試験の最終日。
みんな試験が終わって浮かれていた。
ただひとり、面白くなさそうな顔でトボトボと駅に向かったのは啓太だった。
ここのところ、何か面白くない。
佑人と力が喧嘩してから、二人はお互い口も聞かなくなったし、力の不機嫌さは前にも増してひどい。
一緒にいても、面白くない。
今日は美紀が学校まで迎えに来ていて、力はさっさと彼女と消えた。
しかも、東山は中学の友達と会うと言って先に行ってしまった。
優等生の成瀬が俺みたいなやつを、本気で相手にしてくれないんだなあとか、思ったけど、返してくれたノート、びっちり赤で修正して、注釈までつけてくれて、やっぱ、成瀬、優しいって。
期末、お陰でいつもよりできた気がするし、礼、言わなきゃとは思うんだけど、成瀬もなんかトリツクシマがないって感じで、声をかけづらいし。
ちぇ……
ブツブツとつい口にしながら、啓太はゲームセンターに直行した。
久々で夢中になって時間を忘れていた。
いい加減帰るかと、啓太がゲームセンターを出た時には、外はもう暗くなりかけていた。
その日、たまたま近くまで来てるから映画をみないかと郁磨がラインで誘ってきたので、佑人はランチをおごってもらい、郁磨の好きなファンタジー映画を見て、これから研究室に戻るという郁磨とは映画館の前で別れた。
時々、郁磨はそうやって内に篭りがちな弟を気遣ってくれる。
嬉しいけれど、自分のふがいなさにやはり佑人は申し訳ないと思う。
本屋に寄ろうと駅ビルに向かった佑人は、細い路地の真ん中で啓太を見かけた。
どう見てもガラの悪そうな他校の生徒四人に取り囲まれている。
「金なんか、ゲームで使っちゃったからないって」
そう訴える啓太の頭を横にいた男がパシッと殴る。
咄嗟に佑人の身体の方が先に動いていた。
「金なら俺が出すから、そいつを離せよ」
割って入った佑人を、男たちは下卑た笑いで見やる。
「渡しちゃダメだ」
ところが啓太がそう叫んだ。
「余計助長させるだけだからって、力が」
佑人は啓太の言っていることに納得した。
「そうか」
差し出した金を巻き上げられる寸前で、佑人が男の手をさっとかわしたので、男がつんのめってひっくり返る。
「……んのヤロー!」
殴りかかった腕を佑人が反射的にひょいとよけると、他の三人も色めき立った。
眼前に突きつけられた拳を、今度はその手首を掴んで捻りあげると、男は「うぎゃあっ!!」と叫んで激痛のあまり腰を抜かした。
「…こいつ……!」
飛び掛ろうとした男を蹴り倒すとその後ろの男らもつられてよろける。
その隙に、佑人は呆気にとられている啓太の腕を掴んで逃げ出した。
一目散に逃げた二人は、スーパーの入り口から駅ビルの中へと駆け込んだ。
辺りを見回しながら、私鉄の駅へと向かい、改札を通り抜けると、ちょうど急行が停まっていた。
二人は最後尾の車両の前まで走ると発車寸前で飛び乗った。
車内は混んでいて、しかも思い切り走ったため、ひどく暑く感じられた。
二人とも緊張しているせいか、言葉がない。
三つ目の駅で降りると、乗り換えのためにエスカレータで上がる。
「あ、ワリィ、も、俺、平気。次だし」
ホームに二人並んで立つと、佑人がついてきてくれたことに気づいて、ようやく啓太が口を開いた。
「うん」
「でも、成瀬、すっげ強いのな。びっくり………」
「いや、喧嘩みたいなこと、あんまり知られたくないんで、黙ってて欲しい」
「え……あ、わかった。ほんと、ありがと」
「……いや、俺こそ、ノート気づかないで、ゴメン」
途端、啓太はカッと頬を赤らめる。
「と、とんでもない。逆に成瀬、いっぱい直してくれたお陰で、俺、期末、赤点逃れたし……」
やがて府中方面に向かう各停がホームに到着した。
流れで佑人も一緒に乗り込んだ。
「あの……」
「どうせならつき合うよ」
電車はのどかな住宅地を走り、次の駅で佑人も啓太と一緒に降りる。
「この辺り、初めてきたな」
「そう? 雨とかだと、ここからセタ線に乗るんだけど、一つ目だし、いつもチャリ」
「知ってる。二両の、駅、十個くらいのやつ?」
「そうそう、二四六で信号待ちするんだぜ? 時速四十キロ出てんのかな」
改札までくると、啓太は佑人を振り返る。
「ホント、ワリィ、こんなとこまでつき合わせて」
「いや、気をつけて帰れよ」
佑人は啓太が改札を出るのを見送ると、踵を返して新宿方面のホームへと降りた。
その日の出来事は、佑人の中では啓太と話をしたこと意外はさほど重要でないことに分類されたため、後になって何かが起こるなどとは思いもよらなかったのだが。
啓太の気持ちなど、考えたこともなかった。
東山にしても啓太にしても、佑人の中では力以外のその他大勢、マックに佑人を誘うのも調子よくタカるだけが目的で、鞄を届けたのだって、そのあたりの下心があっただけだろうと。
彼等に気前よくおごっていたのも、ただ単に力と一緒の時間を共有するため、見返りなど期待もしていなかったし、どうせそれだけのやつ等だと。
啓太が、朝や昼に自分に声をかけてきたことを佑人は思い出す。
それも下心とは無縁のもので、本当に佑人のことを心配してのことだったのか。
クラスメイトに親切にされるとか、そんなことはもうはるか昔の不確かな記憶でしかない。
だが、いまさら啓太の親切心を知ったからといって、どうしろというんだろう。
「明日、机の中にでも返しとくか」
佑人は口にして、気になっていた啓太のノートの間違いを赤ペンで訂正してから、また鞄にしまった。
期末試験の最終日。
みんな試験が終わって浮かれていた。
ただひとり、面白くなさそうな顔でトボトボと駅に向かったのは啓太だった。
ここのところ、何か面白くない。
佑人と力が喧嘩してから、二人はお互い口も聞かなくなったし、力の不機嫌さは前にも増してひどい。
一緒にいても、面白くない。
今日は美紀が学校まで迎えに来ていて、力はさっさと彼女と消えた。
しかも、東山は中学の友達と会うと言って先に行ってしまった。
優等生の成瀬が俺みたいなやつを、本気で相手にしてくれないんだなあとか、思ったけど、返してくれたノート、びっちり赤で修正して、注釈までつけてくれて、やっぱ、成瀬、優しいって。
期末、お陰でいつもよりできた気がするし、礼、言わなきゃとは思うんだけど、成瀬もなんかトリツクシマがないって感じで、声をかけづらいし。
ちぇ……
ブツブツとつい口にしながら、啓太はゲームセンターに直行した。
久々で夢中になって時間を忘れていた。
いい加減帰るかと、啓太がゲームセンターを出た時には、外はもう暗くなりかけていた。
その日、たまたま近くまで来てるから映画をみないかと郁磨がラインで誘ってきたので、佑人はランチをおごってもらい、郁磨の好きなファンタジー映画を見て、これから研究室に戻るという郁磨とは映画館の前で別れた。
時々、郁磨はそうやって内に篭りがちな弟を気遣ってくれる。
嬉しいけれど、自分のふがいなさにやはり佑人は申し訳ないと思う。
本屋に寄ろうと駅ビルに向かった佑人は、細い路地の真ん中で啓太を見かけた。
どう見てもガラの悪そうな他校の生徒四人に取り囲まれている。
「金なんか、ゲームで使っちゃったからないって」
そう訴える啓太の頭を横にいた男がパシッと殴る。
咄嗟に佑人の身体の方が先に動いていた。
「金なら俺が出すから、そいつを離せよ」
割って入った佑人を、男たちは下卑た笑いで見やる。
「渡しちゃダメだ」
ところが啓太がそう叫んだ。
「余計助長させるだけだからって、力が」
佑人は啓太の言っていることに納得した。
「そうか」
差し出した金を巻き上げられる寸前で、佑人が男の手をさっとかわしたので、男がつんのめってひっくり返る。
「……んのヤロー!」
殴りかかった腕を佑人が反射的にひょいとよけると、他の三人も色めき立った。
眼前に突きつけられた拳を、今度はその手首を掴んで捻りあげると、男は「うぎゃあっ!!」と叫んで激痛のあまり腰を抜かした。
「…こいつ……!」
飛び掛ろうとした男を蹴り倒すとその後ろの男らもつられてよろける。
その隙に、佑人は呆気にとられている啓太の腕を掴んで逃げ出した。
一目散に逃げた二人は、スーパーの入り口から駅ビルの中へと駆け込んだ。
辺りを見回しながら、私鉄の駅へと向かい、改札を通り抜けると、ちょうど急行が停まっていた。
二人は最後尾の車両の前まで走ると発車寸前で飛び乗った。
車内は混んでいて、しかも思い切り走ったため、ひどく暑く感じられた。
二人とも緊張しているせいか、言葉がない。
三つ目の駅で降りると、乗り換えのためにエスカレータで上がる。
「あ、ワリィ、も、俺、平気。次だし」
ホームに二人並んで立つと、佑人がついてきてくれたことに気づいて、ようやく啓太が口を開いた。
「うん」
「でも、成瀬、すっげ強いのな。びっくり………」
「いや、喧嘩みたいなこと、あんまり知られたくないんで、黙ってて欲しい」
「え……あ、わかった。ほんと、ありがと」
「……いや、俺こそ、ノート気づかないで、ゴメン」
途端、啓太はカッと頬を赤らめる。
「と、とんでもない。逆に成瀬、いっぱい直してくれたお陰で、俺、期末、赤点逃れたし……」
やがて府中方面に向かう各停がホームに到着した。
流れで佑人も一緒に乗り込んだ。
「あの……」
「どうせならつき合うよ」
電車はのどかな住宅地を走り、次の駅で佑人も啓太と一緒に降りる。
「この辺り、初めてきたな」
「そう? 雨とかだと、ここからセタ線に乗るんだけど、一つ目だし、いつもチャリ」
「知ってる。二両の、駅、十個くらいのやつ?」
「そうそう、二四六で信号待ちするんだぜ? 時速四十キロ出てんのかな」
改札までくると、啓太は佑人を振り返る。
「ホント、ワリィ、こんなとこまでつき合わせて」
「いや、気をつけて帰れよ」
佑人は啓太が改札を出るのを見送ると、踵を返して新宿方面のホームへと降りた。
その日の出来事は、佑人の中では啓太と話をしたこと意外はさほど重要でないことに分類されたため、後になって何かが起こるなどとは思いもよらなかったのだが。
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