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空は遠く 19
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「成瀬、大丈夫? 昼メシ、何か買ってこようか?」
えっ、と振り仰ぐと、心配そうな啓太の目が覗き込んでいた。
「ああ、ありがとう。昼メシは買ってきてるから、平気」
「うん、なら、いいけど、無理すんなよ」
「啓太、行くぞ!」
戸口のところから力が怒鳴った。
「でけぇよ、声!」
慌てて力の元に駆けていった啓太の肩に力ががしっと腕を回すのが見えて、佑人はまた嫌な気分になる。
ありふれた何気ないそんないつものやりとりさえ、今の佑人には心を乱す棘となって突き刺さる。
「うそっ、ナミ、ついにイブ、彼とお泊り?!」
割と席が離れているのだが、コンビニの袋からサンドイッチと牛乳を取り出して静かに食べていた佑人の耳にも、いきなりそんな声が聞こえてくる。
「ミカコだって、スノボ行くっていったじゃん、カレシと」
「だってぇ、イブ、ホテル取れなかったもん。翌日だよ、翌日」
「イブの前に、期末、あるの忘れてない?」
「ちょっとぉ、やなこと思い出させないでよ!」
教室に残っているのは、女子のグループが二つと、他には、佑人と同じように一人で弁当を広げながら受験勉強に勤しんでいる者や寝ている者くらいだ。
大抵、佑人を含めているのかいないのか気にもされていない面々だから、女子の声は遠慮も何もない。
イブか……力もあの子と……
胸の中をどす黒い感情が渦を巻く。
もうあいつを追うのやめるって決めただろう!
ダチにさえなれない、ましてや…………っ!
佑人はふがいない自分を嘲笑う。
窓の外に目をやると、どんよりと、空は今にも大粒の雨が落ちてきそうな色をしていた。
落葉樹はあらかた葉を落とし、枝々を潜り抜けていく風はまだへばりついている枯葉をもぎ取っていく。
降ってくるかもしれないな。折りたたみ、あったっけ。
机の中を探って傘を確かめる。
案の定、五時限の途中から、ぱらぱらと冷たそうな雨が降り始めた。
六時限の化学の授業が終わると、傘を持ってきた、こなかったと口々に言いながらみんながそれぞれ教室を出て行く。
期末試験が始まる週明けまであと二日、そのため部活も休みのところが多く、皆が雨の中散っていくのが窓から見える。
「成瀬!」
自分の靴箱の前で佑人は追いかけてきた啓太を振り返った。
「成瀬、帰るの? マックとか、寄らない?」
力や東山が傘を忘れたというので、啓太が置き傘がなかったかと、教室のロッカーやらを探しているうちに、佑人はさっさと教室を出てきたのだが。
「悪いけどやめとくよ。そろそろ受験考えなくちゃならないし、家庭教師が来るから、これからつき合えなくなるな」
「え……、あっ、そ、そうか、そうなんだ…」
途端、啓太の表情が曇る。
それを見た佑人は、ふっとひとつ息をつくと、コートから財布を取り出し、中から五千円札を抜いて折りたたんで啓太に差し出した。
「鞄届けてくれたお礼もしてなかったし、つき合えなくてごめん」
「え、いや、そんなの、いいって……」
遠慮する啓太の背後からいきなり手がのびて佑人の差し出した五千円札を取り上げ、逆に佑人に突きつけた。
「てめぇ、バカにすんのもいい加減にしろよ!」
佑人にきつい視線を向けたのは力だった。
「啓太は金が欲しくてわざわざてめぇんちまで行ったわけじゃねー!」
突然割り込んできた力の侮蔑に満ちた怒りに、佑人は一瞬凍りついた。
「へえ、違ったんだ?」
だが次に口をついて出た言葉は、さらに力の怒りを逆撫でした。
「きっさま…、こいつはできねーなりにケナゲにノートなんか取ったりしたんだぞ」
力は佑人の胸倉をつかみ、佑人を睨みつけた。
「フン、てめぇがどういうやつか、よくわかったぜ!」
力に思い切り突き飛ばされ、佑人はふらついてロッカーにぶつかった。
「おい、力、もうやめ……」
情けない顔で啓太が力を止めようとその腕を掴む。
「今さら、お前だって平気で俺にタカってたくせに? ま、別にいいけどさ。小遣いならいくらでももらえるし」
捻くれた言葉を並べ立て、佑人は平然と力を見返した。
「………失せろ!」
力の唸るような言葉に、佑人は黙ってリュックを拾い上げ、二人に背を向けた。
雨の音さえ聞こえないほど、佑人の中では力の声が幾度も繰り返される。
しばらく歩くと膝がガクガクして、転びそうになるのを必死で堪えた。
…………どうせなら、どうせなら徹底的に嫌ってくれればいい。
行き場のない思いなど、捨ててしまわなけりゃ!
もう、とっとと思い切れよ! ほんとウザいよ、俺!
きっともう、望まなくたって終わりだけどな。
いっそサバサバと、明日から「ひとり」でいられる。
「こいつはできねーなりにケナゲにノートなんか取ったりしたんだぞ」
ふいに力の言葉を思い出したのは、自分の部屋に戻ってからだった。
あの時は気持ちが昂ぶっていて、考える余裕がなかったのだが、何やら気になって鞄を開けて中を確かめた佑人は、見慣れないノートを見つけた。
「え………」
ぱらぱらとめくると、落書き交じりの書き込みが続いた後、数ページに渡り、うって変わって丁寧に、世界史、現国、物理、数学、英語と、佑人が休んだ日の教科が順番に書き込まれていた。
数学は公式が間違っていたり、英語はスペルがでたらめだったりしたが、確かに啓太の一生懸命さが伝わってくるようで、佑人は愕然とした。
えっ、と振り仰ぐと、心配そうな啓太の目が覗き込んでいた。
「ああ、ありがとう。昼メシは買ってきてるから、平気」
「うん、なら、いいけど、無理すんなよ」
「啓太、行くぞ!」
戸口のところから力が怒鳴った。
「でけぇよ、声!」
慌てて力の元に駆けていった啓太の肩に力ががしっと腕を回すのが見えて、佑人はまた嫌な気分になる。
ありふれた何気ないそんないつものやりとりさえ、今の佑人には心を乱す棘となって突き刺さる。
「うそっ、ナミ、ついにイブ、彼とお泊り?!」
割と席が離れているのだが、コンビニの袋からサンドイッチと牛乳を取り出して静かに食べていた佑人の耳にも、いきなりそんな声が聞こえてくる。
「ミカコだって、スノボ行くっていったじゃん、カレシと」
「だってぇ、イブ、ホテル取れなかったもん。翌日だよ、翌日」
「イブの前に、期末、あるの忘れてない?」
「ちょっとぉ、やなこと思い出させないでよ!」
教室に残っているのは、女子のグループが二つと、他には、佑人と同じように一人で弁当を広げながら受験勉強に勤しんでいる者や寝ている者くらいだ。
大抵、佑人を含めているのかいないのか気にもされていない面々だから、女子の声は遠慮も何もない。
イブか……力もあの子と……
胸の中をどす黒い感情が渦を巻く。
もうあいつを追うのやめるって決めただろう!
ダチにさえなれない、ましてや…………っ!
佑人はふがいない自分を嘲笑う。
窓の外に目をやると、どんよりと、空は今にも大粒の雨が落ちてきそうな色をしていた。
落葉樹はあらかた葉を落とし、枝々を潜り抜けていく風はまだへばりついている枯葉をもぎ取っていく。
降ってくるかもしれないな。折りたたみ、あったっけ。
机の中を探って傘を確かめる。
案の定、五時限の途中から、ぱらぱらと冷たそうな雨が降り始めた。
六時限の化学の授業が終わると、傘を持ってきた、こなかったと口々に言いながらみんながそれぞれ教室を出て行く。
期末試験が始まる週明けまであと二日、そのため部活も休みのところが多く、皆が雨の中散っていくのが窓から見える。
「成瀬!」
自分の靴箱の前で佑人は追いかけてきた啓太を振り返った。
「成瀬、帰るの? マックとか、寄らない?」
力や東山が傘を忘れたというので、啓太が置き傘がなかったかと、教室のロッカーやらを探しているうちに、佑人はさっさと教室を出てきたのだが。
「悪いけどやめとくよ。そろそろ受験考えなくちゃならないし、家庭教師が来るから、これからつき合えなくなるな」
「え……、あっ、そ、そうか、そうなんだ…」
途端、啓太の表情が曇る。
それを見た佑人は、ふっとひとつ息をつくと、コートから財布を取り出し、中から五千円札を抜いて折りたたんで啓太に差し出した。
「鞄届けてくれたお礼もしてなかったし、つき合えなくてごめん」
「え、いや、そんなの、いいって……」
遠慮する啓太の背後からいきなり手がのびて佑人の差し出した五千円札を取り上げ、逆に佑人に突きつけた。
「てめぇ、バカにすんのもいい加減にしろよ!」
佑人にきつい視線を向けたのは力だった。
「啓太は金が欲しくてわざわざてめぇんちまで行ったわけじゃねー!」
突然割り込んできた力の侮蔑に満ちた怒りに、佑人は一瞬凍りついた。
「へえ、違ったんだ?」
だが次に口をついて出た言葉は、さらに力の怒りを逆撫でした。
「きっさま…、こいつはできねーなりにケナゲにノートなんか取ったりしたんだぞ」
力は佑人の胸倉をつかみ、佑人を睨みつけた。
「フン、てめぇがどういうやつか、よくわかったぜ!」
力に思い切り突き飛ばされ、佑人はふらついてロッカーにぶつかった。
「おい、力、もうやめ……」
情けない顔で啓太が力を止めようとその腕を掴む。
「今さら、お前だって平気で俺にタカってたくせに? ま、別にいいけどさ。小遣いならいくらでももらえるし」
捻くれた言葉を並べ立て、佑人は平然と力を見返した。
「………失せろ!」
力の唸るような言葉に、佑人は黙ってリュックを拾い上げ、二人に背を向けた。
雨の音さえ聞こえないほど、佑人の中では力の声が幾度も繰り返される。
しばらく歩くと膝がガクガクして、転びそうになるのを必死で堪えた。
…………どうせなら、どうせなら徹底的に嫌ってくれればいい。
行き場のない思いなど、捨ててしまわなけりゃ!
もう、とっとと思い切れよ! ほんとウザいよ、俺!
きっともう、望まなくたって終わりだけどな。
いっそサバサバと、明日から「ひとり」でいられる。
「こいつはできねーなりにケナゲにノートなんか取ったりしたんだぞ」
ふいに力の言葉を思い出したのは、自分の部屋に戻ってからだった。
あの時は気持ちが昂ぶっていて、考える余裕がなかったのだが、何やら気になって鞄を開けて中を確かめた佑人は、見慣れないノートを見つけた。
「え………」
ぱらぱらとめくると、落書き交じりの書き込みが続いた後、数ページに渡り、うって変わって丁寧に、世界史、現国、物理、数学、英語と、佑人が休んだ日の教科が順番に書き込まれていた。
数学は公式が間違っていたり、英語はスペルがでたらめだったりしたが、確かに啓太の一生懸命さが伝わってくるようで、佑人は愕然とした。
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