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空は遠く 18
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啓太にしてもだが、坂本がわざわざ俺の鞄を持ってくるなんて、一体どういう魂胆だ?
「いつもお前におごってもらったり世話になってるからって高田くんが言ってた。仲いいの?」
「仲いいって、ガキじゃないんだから。ごく普通に帰りマック行ったりしてるだけだよ」
「にしても、珍しいな、鞄置いて帰ってきちゃうなんて。みっちゃんも心配しててさ」
「熱あって、忘れただけだよ。みっちゃん、帰ってたの?」
「割と時間あいたからって食事作ったりしてたんだけど、その後ロケ行った」
「今度、北海道だっけ? 超寒いよね、今頃」
郁磨はまだ何か聞きたそうな顔をしていたが、佑人は「ラッキー、散歩行ってくる」と出て行こうとした。
「バーカ、俺が行く。熱があるんだろ? まだ、目が潤んでるぞ。いいから、お前は寝ろ」
「……じゃあ、お願い……」
郁磨はすっと腕を伸ばして佑人を引き寄せ、ハグすると額にキスした。
「何かあったら、俺に言えよ」
「……うん…」
何かあったのかと、郁磨は心配しているのだろう。
兄弟とはいえ、郁磨には結構お見通しでかなわない。
しばらくぎゅっと佑人を抱きしめたあと、郁磨はラッキーと散歩に出て行った。
郁磨は人の目を気にするとか、誰かの顔色を伺うとか、一切ない男だ。
そんなふうに佑人を抱きしめたりキスしたりは、もう子供の頃からずっとで、さすがに日本人の前でそれをやったときは、一瞬周りにひかれたりするが、郁磨は人目もはばからずおかまいなしで、気にするようなこともない。
大事な弟を抱きしめて何が悪い。
堂々と言ってのける。
佑人はそんな郁磨が羨ましいと思ったことがよくある。
郁磨だけではない、子供の頃からみっちゃん、かずちゃんで、結婚して子供ができても、互いにゆるぎない信頼を抱いている両親にしてもだ。
でも、それは彼らが誰かに疎まれたりしたことがないからだ。
心の中で佑人は反論する。
もし存在を否定されたら、自分を消してしまうか、開き直るしかない。
いくら世界中の人間に自分の存在を否定されたとしても、無論、自分を消すなんてバカバカしいことはしないけれど、開き直って孤高に好き勝手に生きることで、今度はあんな陽気な家族に哀しい思いをさせるのはもっといやだ。
だからもう少し、我慢しよう。
とりあえず、あまり目立たないように、少しずつやつらと距離を置いて離れることにしよう。
たった一日いなかっただけなのに、教室の前に立つと、こんな学校、何の感慨もないと思っていたはずなのに、妙に懐かしくさえ思えた。
そして力の大きな背中を目にした時、ドクンと心臓の音が鳴った。
あんな嫌味を言われたのに、それでも力がいるだけで嬉しいと思う自分に呆れてしまう。
同時に、力とじゃれ合うように笑っている啓太を見て沸いてくる嫌な感情。
女子だけでなく、啓太にまで嫉妬している自分にも、佑人は嫌気がさした。
予鈴が鳴ったので、静かに自分の席についたが、誰も佑人に興味を持っているようすはない。
よかった……。
「あ、成瀬、もう大丈夫?」
啓太が気づいて声をかけてきた。
「ああ、ありがとう。昨日、鞄を届けてくれたんだって?」
「いや、別に、んな、たいしたことじゃ……」
まだ何か言いたげな顔をしていたが、ガラリとドアが開いて担任の加藤が入ってきたので、啓太も自分の席に戻った。
力は佑人を振り返ろうともしなかった。
その背中は友好的とは思えなかったが、佑人にとっては今さらだ。
「おい成瀬、お前、昨日は一体どうしたんだ?」
唐突に加藤に声をかけられて、はたと佑人は我に返る。
「はい、すみません、昨日は熱でもうろうとしていて、勝手に帰ってしまって」
「そうか、今日はもう大丈夫なのか?」
「はい」
「それならいいが。ええ、それじゃあ、明日には期末の日程、出るから、明日の日直、念のため、教室にも張り出しておくように」
「げーーーっ」
「見たくもねぇよ、んなもん!」
佑人のことはさらりと切り上げ、みんながぶーぶー文句を言っている中をホームルームを終えて加藤が出て行ってくれたので、佑人はほっとした。
どの科目も授業の進行よりかなり先まで自分で進めているため、一日くらい休んだところで、佑人には問題ではない。
だが、だからこそ、適当に教科書を突っ込んだだけで、鞄の中身を確かめていなかった。
午前の授業が終わると、みんなそれぞれにいつもの友達や仲間同士で散っていく。
誰も佑人と一緒に昼を食べようというものはない。
入学したての時は声をかけてくれる者もあったが、それを断って以来、ずっと昼は一人で自分の机で昼を食べてから図書館などで過ごしている。
割と学食は大きいし、そこで食べることもあるが、とにかく混むのがいやで、大抵はコンビニで弁当かサンドイッチなどを買ってきている。
東山が四時限の終わりのチャイムが鳴ると同時に教室を飛び出していったのは、学食の席を取るためだろう。
力と啓太、東山らは学食か、彼らのたまり場になっている天文部の部室に行くかどちらかのようだ。
東山が天文部なので、どうやら東山や啓太の昔の仲間らもやってくるらしいし、啓太に誘われたことがあることはあるが、佑人はやんわり断った。
正直、帰りのマックにせよ、別に東山や啓太と騒ぎたいわけではないし、まして昼まで一緒に行動して、東山の仲間とやらにまでつきあうつもりはさらさらないのだ。
「いつもお前におごってもらったり世話になってるからって高田くんが言ってた。仲いいの?」
「仲いいって、ガキじゃないんだから。ごく普通に帰りマック行ったりしてるだけだよ」
「にしても、珍しいな、鞄置いて帰ってきちゃうなんて。みっちゃんも心配しててさ」
「熱あって、忘れただけだよ。みっちゃん、帰ってたの?」
「割と時間あいたからって食事作ったりしてたんだけど、その後ロケ行った」
「今度、北海道だっけ? 超寒いよね、今頃」
郁磨はまだ何か聞きたそうな顔をしていたが、佑人は「ラッキー、散歩行ってくる」と出て行こうとした。
「バーカ、俺が行く。熱があるんだろ? まだ、目が潤んでるぞ。いいから、お前は寝ろ」
「……じゃあ、お願い……」
郁磨はすっと腕を伸ばして佑人を引き寄せ、ハグすると額にキスした。
「何かあったら、俺に言えよ」
「……うん…」
何かあったのかと、郁磨は心配しているのだろう。
兄弟とはいえ、郁磨には結構お見通しでかなわない。
しばらくぎゅっと佑人を抱きしめたあと、郁磨はラッキーと散歩に出て行った。
郁磨は人の目を気にするとか、誰かの顔色を伺うとか、一切ない男だ。
そんなふうに佑人を抱きしめたりキスしたりは、もう子供の頃からずっとで、さすがに日本人の前でそれをやったときは、一瞬周りにひかれたりするが、郁磨は人目もはばからずおかまいなしで、気にするようなこともない。
大事な弟を抱きしめて何が悪い。
堂々と言ってのける。
佑人はそんな郁磨が羨ましいと思ったことがよくある。
郁磨だけではない、子供の頃からみっちゃん、かずちゃんで、結婚して子供ができても、互いにゆるぎない信頼を抱いている両親にしてもだ。
でも、それは彼らが誰かに疎まれたりしたことがないからだ。
心の中で佑人は反論する。
もし存在を否定されたら、自分を消してしまうか、開き直るしかない。
いくら世界中の人間に自分の存在を否定されたとしても、無論、自分を消すなんてバカバカしいことはしないけれど、開き直って孤高に好き勝手に生きることで、今度はあんな陽気な家族に哀しい思いをさせるのはもっといやだ。
だからもう少し、我慢しよう。
とりあえず、あまり目立たないように、少しずつやつらと距離を置いて離れることにしよう。
たった一日いなかっただけなのに、教室の前に立つと、こんな学校、何の感慨もないと思っていたはずなのに、妙に懐かしくさえ思えた。
そして力の大きな背中を目にした時、ドクンと心臓の音が鳴った。
あんな嫌味を言われたのに、それでも力がいるだけで嬉しいと思う自分に呆れてしまう。
同時に、力とじゃれ合うように笑っている啓太を見て沸いてくる嫌な感情。
女子だけでなく、啓太にまで嫉妬している自分にも、佑人は嫌気がさした。
予鈴が鳴ったので、静かに自分の席についたが、誰も佑人に興味を持っているようすはない。
よかった……。
「あ、成瀬、もう大丈夫?」
啓太が気づいて声をかけてきた。
「ああ、ありがとう。昨日、鞄を届けてくれたんだって?」
「いや、別に、んな、たいしたことじゃ……」
まだ何か言いたげな顔をしていたが、ガラリとドアが開いて担任の加藤が入ってきたので、啓太も自分の席に戻った。
力は佑人を振り返ろうともしなかった。
その背中は友好的とは思えなかったが、佑人にとっては今さらだ。
「おい成瀬、お前、昨日は一体どうしたんだ?」
唐突に加藤に声をかけられて、はたと佑人は我に返る。
「はい、すみません、昨日は熱でもうろうとしていて、勝手に帰ってしまって」
「そうか、今日はもう大丈夫なのか?」
「はい」
「それならいいが。ええ、それじゃあ、明日には期末の日程、出るから、明日の日直、念のため、教室にも張り出しておくように」
「げーーーっ」
「見たくもねぇよ、んなもん!」
佑人のことはさらりと切り上げ、みんながぶーぶー文句を言っている中をホームルームを終えて加藤が出て行ってくれたので、佑人はほっとした。
どの科目も授業の進行よりかなり先まで自分で進めているため、一日くらい休んだところで、佑人には問題ではない。
だが、だからこそ、適当に教科書を突っ込んだだけで、鞄の中身を確かめていなかった。
午前の授業が終わると、みんなそれぞれにいつもの友達や仲間同士で散っていく。
誰も佑人と一緒に昼を食べようというものはない。
入学したての時は声をかけてくれる者もあったが、それを断って以来、ずっと昼は一人で自分の机で昼を食べてから図書館などで過ごしている。
割と学食は大きいし、そこで食べることもあるが、とにかく混むのがいやで、大抵はコンビニで弁当かサンドイッチなどを買ってきている。
東山が四時限の終わりのチャイムが鳴ると同時に教室を飛び出していったのは、学食の席を取るためだろう。
力と啓太、東山らは学食か、彼らのたまり場になっている天文部の部室に行くかどちらかのようだ。
東山が天文部なので、どうやら東山や啓太の昔の仲間らもやってくるらしいし、啓太に誘われたことがあることはあるが、佑人はやんわり断った。
正直、帰りのマックにせよ、別に東山や啓太と騒ぎたいわけではないし、まして昼まで一緒に行動して、東山の仲間とやらにまでつきあうつもりはさらさらないのだ。
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