空は遠く

chatetlune

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空は遠く 17

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「そっか、じゃあ、そうお引きとめもできないな」
 いつの間にかラッキーは、たったか玄関へ向かう力を追いかけてくると、足元に擦り寄うようにして力を見上げた。
「あら、ラッキー、もうあなたに懐いちゃったみたい。帰っちゃうの? 学校でのこともっと聞きたかったのに」
 メガネ美人も二人を追いかけるようにやってきた。
「あ、ごちそうさまでした。お、美味しかったです、大福」
 啓太はまた顔を赤くしながら言った。
「また、いつでも遊びにいらっしゃい」
「あ、ありがとうございます。あの、お姉さん、成瀬にお大事にって、お、お伝えください」
 啓太は懸命に丁寧な言葉を選らんだつもりだったのだが、いきなりメガネ美人が笑い出した。
「やだぁ、お姉さん、ってあたし? 高校生がお世辞なんて言わないのよ、こんな大きな子の母親つかまえて」
 ポカン、と啓太は郁磨の肩に手を置くメガネ美人を見上げた。
「えーーー、お、お母さん?!」
「ああ、うちの親、生まれたときから隣同士で、未だにみっちゃん、かずちゃんだから、俺らも母さんとか呼んだことなくて」
 目を白黒させて見つめる啓太に、郁磨が言葉を挟む。
「とりあえず、ありがとう、わざわざ鞄持ってきてくれて。佑人が起きたら伝えておくよ」
「あ、はい、じゃ、失礼します」
 深々と頭を下げる啓太の横で、ちょっと会釈をして力は踵を返す。
 ラッキーは門まで二人を送るようについてきたが、力が「ここまでだ。じゃあな」と言うと、わかったかのようにワン、と一声啼いて玄関へと走っていった。
「びっくり、オフクロさんだって、美人だったよな、メガネだけど」
 門を離れてしばらく歩くと、啓太が呟いた。
「うちのオフクロとは、デイウンの差……」
「バーカ、それをいうなら雲泥だ」
「あっ、そういや何で坂本なんて言ったんだよ」
 啓太ははっと思い出して力に聞いた。
「言うなって顔するから、黙ってたけど」
「俺、あいつに嫌われてるからな」
 力はボソリと口にする。
「あいつって、成瀬のことか? 別に嫌ってなんか……あ、今朝、あんなこと言うからじゃん! だから成瀬、怒って……」
「じゃねーよ、もっと前っからだ。あいつお前がいなきゃ、俺らなんかとつるんでねーさ。それに俺らのこと、あの兄貴とかが、どんなやつか加藤とかに聞くかも知れねぇし」
 担任の名前を挙げて、力は続けた。
「坂本っつっとけば、学年トップのあいつとつるんだっておかしくないって思うだろーがよ」
「何だよぉ、それぇ。んじゃ、俺なんか、超ヤバいじゃん」
 力はふっと笑い、シュンとする啓太の頭をくしゃっと撫でる。
「な、俺は犬じゃねー!」
 啓太は力の手を振り払う。
「お前のノートが成瀬の役に立てばいいんだがなー」
「俺は真剣にやったんだぞ! 英語だって……スペルはたまにちょっとくらい違ってるかもしんないけどよー」
 力はまたそんな啓太の頭を撫でる。
「ああ、よしよし」
「だーから、やめろって…」
 啓太は力の手を振り払ってずんずん前を行く。
 一年の時知り合ってすぐ、啓太が単純で少々勉強ができなくても憎めない男だとは力にはわかった。
 表裏がないから、言葉通り何でも素直に受け取る。
 佑人には世話になっているから、と、日頃まともに授業なんか聞いていないような啓太が佑人のために懸命にノートを取っているのをからかい半分見ていた力は、せがまれて不承不承とはいえ佑人の家までついていったのだ。
「おい、帰れるか? ひとりで」
 私鉄の駅までくると、力は前を歩いていた啓太に言った。
「ガキじゃねー! って、力、隣駅だろ?」
「母親んとこ、寄ってく」
「ああ、うん、じゃ、明日」
「おう」
 啓太が駅に消えると、急行が通り抜けてから遮断機が上がるのを待って、力は駅の横の踏切を歩いて渡った。


  

 ひどく寒い朝だった。
 佑人がまだ寝ているうちに、ラッキーは郁磨が散歩に連れて行ってくれたようだ。
 起きたときは割と気分がすっきりした気がしたのだが、はたと昨日のことを思い出して、佑人は憂鬱になった。
「大丈夫か? もう一日くらい休めばいいのに」
 出掛けに郁磨が心配してくれたのだが、身体自体は動けなくもなかった。
 それより………何であいつら……
 電車に乗ってぐずぐずと薄暗い空が見下ろしている窓の外を見つめながら、佑人は眉をひそめた。
 昨日は家に帰ってしばらくうつらうつらしてから、熱があるらしいのに気づいた。
 何も食べたくなくて、胃腸薬と風邪薬を一緒に飲んで寝たのだが、何やら嫌な夢ばかりを見ていた。
 目を覚ましたのは夜の八時を過ぎた頃だった。
 キッチンに降りて、少し何か食べないとと、テーブルの上にあったバナナを食べているとき、郁磨がやってきて、クラスメイトが鞄を持ってきてくれたと渡してくれた。
「……鞄を? クラスメイトって……」
 思いもよらぬ展開に佑人は驚いた。
「坂本くんと高田くん」
「……坂本……?」
 山本という名前でなかったことに少しばかりがっかりしながら、どういう組み合わせだろうと、佑人はしばし考え込んだ。
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