17 / 93
空は遠く 17
しおりを挟む
「そっか、じゃあ、そうお引きとめもできないな」
いつの間にかラッキーは、たったか玄関へ向かう力を追いかけてくると、足元に擦り寄うようにして力を見上げた。
「あら、ラッキー、もうあなたに懐いちゃったみたい。帰っちゃうの? 学校でのこともっと聞きたかったのに」
メガネ美人も二人を追いかけるようにやってきた。
「あ、ごちそうさまでした。お、美味しかったです、大福」
啓太はまた顔を赤くしながら言った。
「また、いつでも遊びにいらっしゃい」
「あ、ありがとうございます。あの、お姉さん、成瀬にお大事にって、お、お伝えください」
啓太は懸命に丁寧な言葉を選らんだつもりだったのだが、いきなりメガネ美人が笑い出した。
「やだぁ、お姉さん、ってあたし? 高校生がお世辞なんて言わないのよ、こんな大きな子の母親つかまえて」
ポカン、と啓太は郁磨の肩に手を置くメガネ美人を見上げた。
「えーーー、お、お母さん?!」
「ああ、うちの親、生まれたときから隣同士で、未だにみっちゃん、かずちゃんだから、俺らも母さんとか呼んだことなくて」
目を白黒させて見つめる啓太に、郁磨が言葉を挟む。
「とりあえず、ありがとう、わざわざ鞄持ってきてくれて。佑人が起きたら伝えておくよ」
「あ、はい、じゃ、失礼します」
深々と頭を下げる啓太の横で、ちょっと会釈をして力は踵を返す。
ラッキーは門まで二人を送るようについてきたが、力が「ここまでだ。じゃあな」と言うと、わかったかのようにワン、と一声啼いて玄関へと走っていった。
「びっくり、オフクロさんだって、美人だったよな、メガネだけど」
門を離れてしばらく歩くと、啓太が呟いた。
「うちのオフクロとは、デイウンの差……」
「バーカ、それをいうなら雲泥だ」
「あっ、そういや何で坂本なんて言ったんだよ」
啓太ははっと思い出して力に聞いた。
「言うなって顔するから、黙ってたけど」
「俺、あいつに嫌われてるからな」
力はボソリと口にする。
「あいつって、成瀬のことか? 別に嫌ってなんか……あ、今朝、あんなこと言うからじゃん! だから成瀬、怒って……」
「じゃねーよ、もっと前っからだ。あいつお前がいなきゃ、俺らなんかとつるんでねーさ。それに俺らのこと、あの兄貴とかが、どんなやつか加藤とかに聞くかも知れねぇし」
担任の名前を挙げて、力は続けた。
「坂本っつっとけば、学年トップのあいつとつるんだっておかしくないって思うだろーがよ」
「何だよぉ、それぇ。んじゃ、俺なんか、超ヤバいじゃん」
力はふっと笑い、シュンとする啓太の頭をくしゃっと撫でる。
「な、俺は犬じゃねー!」
啓太は力の手を振り払う。
「お前のノートが成瀬の役に立てばいいんだがなー」
「俺は真剣にやったんだぞ! 英語だって……スペルはたまにちょっとくらい違ってるかもしんないけどよー」
力はまたそんな啓太の頭を撫でる。
「ああ、よしよし」
「だーから、やめろって…」
啓太は力の手を振り払ってずんずん前を行く。
一年の時知り合ってすぐ、啓太が単純で少々勉強ができなくても憎めない男だとは力にはわかった。
表裏がないから、言葉通り何でも素直に受け取る。
佑人には世話になっているから、と、日頃まともに授業なんか聞いていないような啓太が佑人のために懸命にノートを取っているのをからかい半分見ていた力は、せがまれて不承不承とはいえ佑人の家までついていったのだ。
「おい、帰れるか? ひとりで」
私鉄の駅までくると、力は前を歩いていた啓太に言った。
「ガキじゃねー! って、力、隣駅だろ?」
「母親んとこ、寄ってく」
「ああ、うん、じゃ、明日」
「おう」
啓太が駅に消えると、急行が通り抜けてから遮断機が上がるのを待って、力は駅の横の踏切を歩いて渡った。
ひどく寒い朝だった。
佑人がまだ寝ているうちに、ラッキーは郁磨が散歩に連れて行ってくれたようだ。
起きたときは割と気分がすっきりした気がしたのだが、はたと昨日のことを思い出して、佑人は憂鬱になった。
「大丈夫か? もう一日くらい休めばいいのに」
出掛けに郁磨が心配してくれたのだが、身体自体は動けなくもなかった。
それより………何であいつら……
電車に乗ってぐずぐずと薄暗い空が見下ろしている窓の外を見つめながら、佑人は眉をひそめた。
昨日は家に帰ってしばらくうつらうつらしてから、熱があるらしいのに気づいた。
何も食べたくなくて、胃腸薬と風邪薬を一緒に飲んで寝たのだが、何やら嫌な夢ばかりを見ていた。
目を覚ましたのは夜の八時を過ぎた頃だった。
キッチンに降りて、少し何か食べないとと、テーブルの上にあったバナナを食べているとき、郁磨がやってきて、クラスメイトが鞄を持ってきてくれたと渡してくれた。
「……鞄を? クラスメイトって……」
思いもよらぬ展開に佑人は驚いた。
「坂本くんと高田くん」
「……坂本……?」
山本という名前でなかったことに少しばかりがっかりしながら、どういう組み合わせだろうと、佑人はしばし考え込んだ。
いつの間にかラッキーは、たったか玄関へ向かう力を追いかけてくると、足元に擦り寄うようにして力を見上げた。
「あら、ラッキー、もうあなたに懐いちゃったみたい。帰っちゃうの? 学校でのこともっと聞きたかったのに」
メガネ美人も二人を追いかけるようにやってきた。
「あ、ごちそうさまでした。お、美味しかったです、大福」
啓太はまた顔を赤くしながら言った。
「また、いつでも遊びにいらっしゃい」
「あ、ありがとうございます。あの、お姉さん、成瀬にお大事にって、お、お伝えください」
啓太は懸命に丁寧な言葉を選らんだつもりだったのだが、いきなりメガネ美人が笑い出した。
「やだぁ、お姉さん、ってあたし? 高校生がお世辞なんて言わないのよ、こんな大きな子の母親つかまえて」
ポカン、と啓太は郁磨の肩に手を置くメガネ美人を見上げた。
「えーーー、お、お母さん?!」
「ああ、うちの親、生まれたときから隣同士で、未だにみっちゃん、かずちゃんだから、俺らも母さんとか呼んだことなくて」
目を白黒させて見つめる啓太に、郁磨が言葉を挟む。
「とりあえず、ありがとう、わざわざ鞄持ってきてくれて。佑人が起きたら伝えておくよ」
「あ、はい、じゃ、失礼します」
深々と頭を下げる啓太の横で、ちょっと会釈をして力は踵を返す。
ラッキーは門まで二人を送るようについてきたが、力が「ここまでだ。じゃあな」と言うと、わかったかのようにワン、と一声啼いて玄関へと走っていった。
「びっくり、オフクロさんだって、美人だったよな、メガネだけど」
門を離れてしばらく歩くと、啓太が呟いた。
「うちのオフクロとは、デイウンの差……」
「バーカ、それをいうなら雲泥だ」
「あっ、そういや何で坂本なんて言ったんだよ」
啓太ははっと思い出して力に聞いた。
「言うなって顔するから、黙ってたけど」
「俺、あいつに嫌われてるからな」
力はボソリと口にする。
「あいつって、成瀬のことか? 別に嫌ってなんか……あ、今朝、あんなこと言うからじゃん! だから成瀬、怒って……」
「じゃねーよ、もっと前っからだ。あいつお前がいなきゃ、俺らなんかとつるんでねーさ。それに俺らのこと、あの兄貴とかが、どんなやつか加藤とかに聞くかも知れねぇし」
担任の名前を挙げて、力は続けた。
「坂本っつっとけば、学年トップのあいつとつるんだっておかしくないって思うだろーがよ」
「何だよぉ、それぇ。んじゃ、俺なんか、超ヤバいじゃん」
力はふっと笑い、シュンとする啓太の頭をくしゃっと撫でる。
「な、俺は犬じゃねー!」
啓太は力の手を振り払う。
「お前のノートが成瀬の役に立てばいいんだがなー」
「俺は真剣にやったんだぞ! 英語だって……スペルはたまにちょっとくらい違ってるかもしんないけどよー」
力はまたそんな啓太の頭を撫でる。
「ああ、よしよし」
「だーから、やめろって…」
啓太は力の手を振り払ってずんずん前を行く。
一年の時知り合ってすぐ、啓太が単純で少々勉強ができなくても憎めない男だとは力にはわかった。
表裏がないから、言葉通り何でも素直に受け取る。
佑人には世話になっているから、と、日頃まともに授業なんか聞いていないような啓太が佑人のために懸命にノートを取っているのをからかい半分見ていた力は、せがまれて不承不承とはいえ佑人の家までついていったのだ。
「おい、帰れるか? ひとりで」
私鉄の駅までくると、力は前を歩いていた啓太に言った。
「ガキじゃねー! って、力、隣駅だろ?」
「母親んとこ、寄ってく」
「ああ、うん、じゃ、明日」
「おう」
啓太が駅に消えると、急行が通り抜けてから遮断機が上がるのを待って、力は駅の横の踏切を歩いて渡った。
ひどく寒い朝だった。
佑人がまだ寝ているうちに、ラッキーは郁磨が散歩に連れて行ってくれたようだ。
起きたときは割と気分がすっきりした気がしたのだが、はたと昨日のことを思い出して、佑人は憂鬱になった。
「大丈夫か? もう一日くらい休めばいいのに」
出掛けに郁磨が心配してくれたのだが、身体自体は動けなくもなかった。
それより………何であいつら……
電車に乗ってぐずぐずと薄暗い空が見下ろしている窓の外を見つめながら、佑人は眉をひそめた。
昨日は家に帰ってしばらくうつらうつらしてから、熱があるらしいのに気づいた。
何も食べたくなくて、胃腸薬と風邪薬を一緒に飲んで寝たのだが、何やら嫌な夢ばかりを見ていた。
目を覚ましたのは夜の八時を過ぎた頃だった。
キッチンに降りて、少し何か食べないとと、テーブルの上にあったバナナを食べているとき、郁磨がやってきて、クラスメイトが鞄を持ってきてくれたと渡してくれた。
「……鞄を? クラスメイトって……」
思いもよらぬ展開に佑人は驚いた。
「坂本くんと高田くん」
「……坂本……?」
山本という名前でなかったことに少しばかりがっかりしながら、どういう組み合わせだろうと、佑人はしばし考え込んだ。
1
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
たまにはゆっくり、歩きませんか?
隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。
よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。
世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
腐男子ですが何か?
みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。
ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。
そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。
幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。
そしてついに高校入試の試験。
見事特待生と首席をもぎとったのだ。
「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ!
って。え?
首席って…めっちゃ目立つくねぇ?!
やっちまったぁ!!」
この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる