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空は遠く 15
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駅の所在地は杉並区だが商店街を抜け住宅地を少し歩いて十分ほどで世田谷区に入る。
閑静な住宅街の並びにうっそうとした林が見えてきた。
その林を取り囲む生垣がしばらく続くと、武家屋敷のような古びた門が現れる。
「ほんとにこのあたりかよ? 力」
「ああ」
十二月に入り、日が落ちるのが速くなった。
五時を過ぎるともうあたりは暗くなり、街路灯がともり始める。
この近辺は人通りも少ないらしく、よけいに垣の向こうの鬱然とした木々の群れが不気味さを漂わせている。
「けど、ここって人、住んでんの?」
「…ったりめぇだろ、よく見ろ、木とか、ちゃんと手入れしてあるだろーが」
「そっかぁ…けど、これどこまで続く……わ…!」
力が驚いた顔の啓太の視線の先を見ると、藍色の作務衣を着た老人が、先にある古い門から出てきたところだった。
「あ、あの人に聞いてみよ」
だが、老人とはいえ、見るからに頑健そうな身体つきや険し気な眼光に、啓太は思わずびびって足が止まる。
それでも意を決して、啓太はその老人に尋ねた。
「あのー、すみません、成瀬さんのうちってわかりますか?」
「ああ、みんな、よく迷うんだよ、この先を少し行くと、古木戸があるから、そこを開けるとすぐ見えるよ」
破顔すると、雰囲気は人の好さそうな好々爺に変わり、親切にそう教えてくれた。
「ありがとうございました」
啓太が礼をいうと、老人はうんうんと頷くようにして二人が来た方へと歩いて行った。
「何か忍者屋敷みたいなとこだと思ってたけど、あのじーさん、まさしくって感じだぜ」
啓太が老人を振り返りながら、リュックを肩にかけ直した。
「ここだな」
確かに古い木戸、ドアが現れた。
「やっぱり、忍者屋敷だ。このドア開けると何か出てきそう」
「フン…」
思い切りバカにした笑いに、こわごわドアに近寄った啓太は力をちょっと睨む。
「ち、力、開けてくれよ」
「しょーがねぇな」
力がドアを開けると、啓太は自分が力についてきてもらったにもかかわらず、すっかり力に任せ切って、力の背中に張り付くようにして恐る恐る後に続く。
確かに家の明かりが見えるには見えるが、やはりうっそうと続く木々の間の小道を軽く二十メートルは歩いた。
明るい照明が忍者屋敷のイメージを払拭し、やがてそこに現れたのはアメリカンな邸宅だった。
落ち着いたベージュの壁と白い窓枠、芝が植えられた家の周りを、やはりクリスマスカードにでも出てきそうな白いフェンスが囲んでいる。
力はフェンスを開けて数段の階段を上がり、玄関のチャイムを押した。
「おい、ここからはお前だけで行け。俺は帰る」
「え、何でだよ、俺一人じゃいやだよ」
「お前が行きたいってから、ついてきてやったんだろ」
啓太はしっかりとUターンしようとする力の腕にしがみついている。
「おい……」
啓太を置いて帰るつもりだった力だが、すぐにドアが開いた。
「あら、いらっしゃい、佑くんのお友達?」
長い髪をまとめてアップにし、にっこり笑うメガネ美人に、二人とも一瞬戸惑う。
「どうぞどうぞ、遠慮しないで入って」
「あ、すみません、あの……」
啓太が躊躇いがちに言いかけると、メガネ美人は「靴はそのままでいいの、気にしないで」と言う。
「割と長いこと向こうに住んでたもんだから、かずちゃんがねぇ、すっかりかぶれちゃって、こんなの建てちゃったのよ。正真正銘ちゃきちゃきの江戸っ子なのにねぇ。まあ、でもあっちからのお客様も多いし、いいんだけど。どうぞどうぞ、その辺に座ってて」
黒のセータにカーディガンを羽織り、膝丈のタイトスカートを履いている抜群のプロポーションのメガネ美人も、ヒールのあるミュールのまま、軽快な口調でそう説明しながら二人をリビングに通すと、手に持っていた携帯で電話をかけ始めた。
「あ、お客さんなの、うん、大丈夫。で、明日のことなんだけど……」
中は外の寒さとはうってかわって暖かい。
吹き抜けになっているリビングの真ん中には、大きな暖炉があり、その前に敷かれた厚ぼったいじゅうたんには、座り心地のよさそうなソファセットが置かれている。
メガネ美人は、携帯で話しながらどこかに消えた。
「すっげ、美人だ、メガネしてっけど、成瀬の姉ちゃんかなぁ」
まだ顔を赤くしたままソファに腰を下ろし、啓太がつぶやく。
「バーカ、おふくろだろ」
「うっそ、姉ちゃんだろ? 何か、どっかで見たような気がするけど」
「成瀬に似てるんだよ」
帰ると言っていた力は、ソファにでんと腰を下ろして言った。
「そっか」
「どうでもいいが、とっとと用を済ませたら帰るぞ」
「いいとこきたわね、あなたたち、ご近所の豆大福、美味しいんだから」
力が面白くもなさそうな顔で啓太にそう言い放ってすぐ、メガネ美人が、お茶のセット一式と豆大福がどっさり並んだ皿を乗せたトレーを持って戻ってきた。
「あの、どうぞおかまいなく」
啓太はすっかりしゃっちょこばっている。
「男の子は遠慮なんかしないのよ。そういえば、肝心の佑くんはどこかしら」
テーブルでお茶を注ぎながら、メガネ美人はようやく気がついたように言った。
「あっ、そう、それ、あのっ、実は成瀬、今朝具合悪かったみたいで帰っちゃったんで、鞄、届けにきたんです」
啓太が手に持ったリュックを見せる。
閑静な住宅街の並びにうっそうとした林が見えてきた。
その林を取り囲む生垣がしばらく続くと、武家屋敷のような古びた門が現れる。
「ほんとにこのあたりかよ? 力」
「ああ」
十二月に入り、日が落ちるのが速くなった。
五時を過ぎるともうあたりは暗くなり、街路灯がともり始める。
この近辺は人通りも少ないらしく、よけいに垣の向こうの鬱然とした木々の群れが不気味さを漂わせている。
「けど、ここって人、住んでんの?」
「…ったりめぇだろ、よく見ろ、木とか、ちゃんと手入れしてあるだろーが」
「そっかぁ…けど、これどこまで続く……わ…!」
力が驚いた顔の啓太の視線の先を見ると、藍色の作務衣を着た老人が、先にある古い門から出てきたところだった。
「あ、あの人に聞いてみよ」
だが、老人とはいえ、見るからに頑健そうな身体つきや険し気な眼光に、啓太は思わずびびって足が止まる。
それでも意を決して、啓太はその老人に尋ねた。
「あのー、すみません、成瀬さんのうちってわかりますか?」
「ああ、みんな、よく迷うんだよ、この先を少し行くと、古木戸があるから、そこを開けるとすぐ見えるよ」
破顔すると、雰囲気は人の好さそうな好々爺に変わり、親切にそう教えてくれた。
「ありがとうございました」
啓太が礼をいうと、老人はうんうんと頷くようにして二人が来た方へと歩いて行った。
「何か忍者屋敷みたいなとこだと思ってたけど、あのじーさん、まさしくって感じだぜ」
啓太が老人を振り返りながら、リュックを肩にかけ直した。
「ここだな」
確かに古い木戸、ドアが現れた。
「やっぱり、忍者屋敷だ。このドア開けると何か出てきそう」
「フン…」
思い切りバカにした笑いに、こわごわドアに近寄った啓太は力をちょっと睨む。
「ち、力、開けてくれよ」
「しょーがねぇな」
力がドアを開けると、啓太は自分が力についてきてもらったにもかかわらず、すっかり力に任せ切って、力の背中に張り付くようにして恐る恐る後に続く。
確かに家の明かりが見えるには見えるが、やはりうっそうと続く木々の間の小道を軽く二十メートルは歩いた。
明るい照明が忍者屋敷のイメージを払拭し、やがてそこに現れたのはアメリカンな邸宅だった。
落ち着いたベージュの壁と白い窓枠、芝が植えられた家の周りを、やはりクリスマスカードにでも出てきそうな白いフェンスが囲んでいる。
力はフェンスを開けて数段の階段を上がり、玄関のチャイムを押した。
「おい、ここからはお前だけで行け。俺は帰る」
「え、何でだよ、俺一人じゃいやだよ」
「お前が行きたいってから、ついてきてやったんだろ」
啓太はしっかりとUターンしようとする力の腕にしがみついている。
「おい……」
啓太を置いて帰るつもりだった力だが、すぐにドアが開いた。
「あら、いらっしゃい、佑くんのお友達?」
長い髪をまとめてアップにし、にっこり笑うメガネ美人に、二人とも一瞬戸惑う。
「どうぞどうぞ、遠慮しないで入って」
「あ、すみません、あの……」
啓太が躊躇いがちに言いかけると、メガネ美人は「靴はそのままでいいの、気にしないで」と言う。
「割と長いこと向こうに住んでたもんだから、かずちゃんがねぇ、すっかりかぶれちゃって、こんなの建てちゃったのよ。正真正銘ちゃきちゃきの江戸っ子なのにねぇ。まあ、でもあっちからのお客様も多いし、いいんだけど。どうぞどうぞ、その辺に座ってて」
黒のセータにカーディガンを羽織り、膝丈のタイトスカートを履いている抜群のプロポーションのメガネ美人も、ヒールのあるミュールのまま、軽快な口調でそう説明しながら二人をリビングに通すと、手に持っていた携帯で電話をかけ始めた。
「あ、お客さんなの、うん、大丈夫。で、明日のことなんだけど……」
中は外の寒さとはうってかわって暖かい。
吹き抜けになっているリビングの真ん中には、大きな暖炉があり、その前に敷かれた厚ぼったいじゅうたんには、座り心地のよさそうなソファセットが置かれている。
メガネ美人は、携帯で話しながらどこかに消えた。
「すっげ、美人だ、メガネしてっけど、成瀬の姉ちゃんかなぁ」
まだ顔を赤くしたままソファに腰を下ろし、啓太がつぶやく。
「バーカ、おふくろだろ」
「うっそ、姉ちゃんだろ? 何か、どっかで見たような気がするけど」
「成瀬に似てるんだよ」
帰ると言っていた力は、ソファにでんと腰を下ろして言った。
「そっか」
「どうでもいいが、とっとと用を済ませたら帰るぞ」
「いいとこきたわね、あなたたち、ご近所の豆大福、美味しいんだから」
力が面白くもなさそうな顔で啓太にそう言い放ってすぐ、メガネ美人が、お茶のセット一式と豆大福がどっさり並んだ皿を乗せたトレーを持って戻ってきた。
「あの、どうぞおかまいなく」
啓太はすっかりしゃっちょこばっている。
「男の子は遠慮なんかしないのよ。そういえば、肝心の佑くんはどこかしら」
テーブルでお茶を注ぎながら、メガネ美人はようやく気がついたように言った。
「あっ、そう、それ、あのっ、実は成瀬、今朝具合悪かったみたいで帰っちゃったんで、鞄、届けにきたんです」
啓太が手に持ったリュックを見せる。
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