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空は遠く 14
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それまで重かったもやもやが消えてすっきりしてくる。
もう彼らの笑顔や言葉など自分には必要はない。
教員の都合で自習となったりした日には、教師がいないのをいいことに、廊下へ出てサボっていた生徒が三人、後ろの入り口から入ってきたと思うと、遠回りして佑人の席の横を通ってわざと佑人にぶつかって自分の席に戻っていく。
佑人が何も言わないと思ってか、そうした行為が段々エスカレートしてきた。
聞こえよがしに佑人のことをヒソヒソ笑い合うのが聞こえてくる。
最後列で、ぼんやり窓を見ていた佑人はそんな時、聞かない振りをしていたのだ。
佑人が立ち上がって、机を蹴り倒した時には、クラス中が一気に静まり返った。
「ウゼぇってのは、コソつくことしかできないヤツのことをいうんじゃないのか?」
もう、やってられない。
周りを睨み付けるように見据え、佑人は教室を出た。
佑人は自分から周りを切り捨てた。
翌日、佑人が現れるとざわめいていた教室が静かになった。
佑人がちょっと音を立てて鞄を置こうものなら、びくっと肩を震わせるものもいた。
郁磨の言うとおり、喧嘩なら中学生相手になんか負けるつもりはない。
おそらく噂から、近づかない方が身のためだと思ったのだろう、佑人が歩くと今度は皆が避けるようになった。
誰かと協力してやらなければならないようなことは、一切やらなかった。
「皆が俺とはやりたがらないみたいなんで」
教師が注意すると、佑人は平然と答え、平然と教室を出た。
やがて期末試験が終わり、一学期は夏休みを待つばかりとなった頃、張り出された結果の一番には、満点に一点足りないだけという渡辺佑人の名前があった。
教師たちに別の意味で佑人が一目おかれるようになっていた中でのこの佑人の成績は、彼らにも少しばかり論争を巻き起こしたようだった。
もう、終わったな。
担任がごちゃごちゃ言っていたが、佑人は別のことを考えていた。
三年になって担任となった英語教師に、佑人は最初から違和感を覚えていた。
生徒への対し方が極端で、妙に佑人を誉めそやすこの担任が嫌いだった。
事件の後、佑人に対する対応が手のひらを返したように変わった。
何となくだが、裏サイトの母親への中傷のひとつはこの担任が書いたものではないかという気がしていた。
窓の外のポプラ並木が青々と風に揺れていた。
その向こうに見える空は高く、遠い。
「渡辺、何をしている」
ここしばらく、佑人が何をしていようが注意をするような教師はいなかったので、佑人はようやく、教壇に目を向けた。
ALTと一緒の一学期最後のコミュニケーション授業の途中だった。
担任がまだ何か言っていたが、佑人は不意に立ち上がる。
一瞬、担任が驚いてあとずさる。
それから何を話したのか、佑人はあまり覚えてはいない。
ただ、唇から迸るように出てきたのは滑らかな英語だった。
誰かを集中攻撃する裏サイトを知っているか? どうやらその中に加わって誹謗中傷している教師もいるらしい、ハンドルネームを使っていても、データから発信履歴を追跡することも可能なのにあまり利口じゃないやり方だ。
日本に戻ってきた頃、どうかすると日本語ではなく英語が出てしまうために、学校でからかわれることが嫌で、佑人は極力人前で話すことをやめていたのだが、そんなこともどうでもよかった。
クラス中が呆気に取られて佑人を見つめる中、佑人は教室を出た。
「おい……どこへ行く? 渡辺…」
「あなたの授業で得るものはもうありません」
もっとも、転校を決めていなければ、そんな捨て台詞を残すこともなかったかも知れない。
おそらく兄の郁磨は気づいていたのだろう、裏サイトでの佑人に対する攻撃に。
父一馬から、少し遠いが、比較的歴史の新しい学校で知り合いが教員をしていると、転校を持ちかけられたのは前の晩のことだ。
そして、佑人がこんな目にあったのは自分のせいだと、祖母の峰子の申し出で佑人の渡辺姓を元の成瀬に戻すことになった。
以来、渡辺佑人という名前は消え、成瀬佑人として中学三年の残り数ヵ月を比較的穏やかに過ごすことができた。
けれど心に受けた傷は佑人自身が思っている以上に深かった。
家族にはもう二度と迷惑をかけたくなかったから、元気になった佑人をずっと演じ続けながら、決してもう誰も寄せ付けようとはしなかった。
世の中全てに対して、期待することを放棄した。
受験した都立南澤高校は佑人の実力でいえば随分ランクは落ちるが、佑人にしてみたらそんなことはどうでもよかった。
家に一番近いから。
それだけの理由で選んだ高校で、思いがけず再会したのは、小学校で出会った佑人にとってのスーパーマン、山本力だった。
引き摺っていた嫌な過去をどこかへ押しやってくれるほど、強烈に佑人を引きつけてやまなかったはずの存在。
そんな力が今になって放った棘は鋭く、完全武装のはずの佑人の心を抉った。
俺が何かしたか?
彼を傷つけた覚えも、嫌われることをした覚えもないのに。
何故?
もしかすると、心の内の彼への執着を見抜かれたのだろうか。
いずれにしても、もう力の影を追うのはやめよう。
あと少しで二学期も終わる。
三学期になったら、誰かに席を替わってもらえばいい。
力に対して何を期待していたはずもない。
それまで、大人しくしていれば、やり過ごせる。
静かに、静かに……。
誰の目も俺の存在に向けられないように。
もう少し眠ろう。
眠ってしまえば、今日もまた過去になる。
眠ってしまえば………
ふわりと、優しい風が佑人の髪を撫でていった。
重い心の鎧を脱いでもいいと、張り詰めていた神経を解きほぐすように。
身体から強張りが抜けていく。
やがて、佑人は穏やかな眠りに落ちた。
もう彼らの笑顔や言葉など自分には必要はない。
教員の都合で自習となったりした日には、教師がいないのをいいことに、廊下へ出てサボっていた生徒が三人、後ろの入り口から入ってきたと思うと、遠回りして佑人の席の横を通ってわざと佑人にぶつかって自分の席に戻っていく。
佑人が何も言わないと思ってか、そうした行為が段々エスカレートしてきた。
聞こえよがしに佑人のことをヒソヒソ笑い合うのが聞こえてくる。
最後列で、ぼんやり窓を見ていた佑人はそんな時、聞かない振りをしていたのだ。
佑人が立ち上がって、机を蹴り倒した時には、クラス中が一気に静まり返った。
「ウゼぇってのは、コソつくことしかできないヤツのことをいうんじゃないのか?」
もう、やってられない。
周りを睨み付けるように見据え、佑人は教室を出た。
佑人は自分から周りを切り捨てた。
翌日、佑人が現れるとざわめいていた教室が静かになった。
佑人がちょっと音を立てて鞄を置こうものなら、びくっと肩を震わせるものもいた。
郁磨の言うとおり、喧嘩なら中学生相手になんか負けるつもりはない。
おそらく噂から、近づかない方が身のためだと思ったのだろう、佑人が歩くと今度は皆が避けるようになった。
誰かと協力してやらなければならないようなことは、一切やらなかった。
「皆が俺とはやりたがらないみたいなんで」
教師が注意すると、佑人は平然と答え、平然と教室を出た。
やがて期末試験が終わり、一学期は夏休みを待つばかりとなった頃、張り出された結果の一番には、満点に一点足りないだけという渡辺佑人の名前があった。
教師たちに別の意味で佑人が一目おかれるようになっていた中でのこの佑人の成績は、彼らにも少しばかり論争を巻き起こしたようだった。
もう、終わったな。
担任がごちゃごちゃ言っていたが、佑人は別のことを考えていた。
三年になって担任となった英語教師に、佑人は最初から違和感を覚えていた。
生徒への対し方が極端で、妙に佑人を誉めそやすこの担任が嫌いだった。
事件の後、佑人に対する対応が手のひらを返したように変わった。
何となくだが、裏サイトの母親への中傷のひとつはこの担任が書いたものではないかという気がしていた。
窓の外のポプラ並木が青々と風に揺れていた。
その向こうに見える空は高く、遠い。
「渡辺、何をしている」
ここしばらく、佑人が何をしていようが注意をするような教師はいなかったので、佑人はようやく、教壇に目を向けた。
ALTと一緒の一学期最後のコミュニケーション授業の途中だった。
担任がまだ何か言っていたが、佑人は不意に立ち上がる。
一瞬、担任が驚いてあとずさる。
それから何を話したのか、佑人はあまり覚えてはいない。
ただ、唇から迸るように出てきたのは滑らかな英語だった。
誰かを集中攻撃する裏サイトを知っているか? どうやらその中に加わって誹謗中傷している教師もいるらしい、ハンドルネームを使っていても、データから発信履歴を追跡することも可能なのにあまり利口じゃないやり方だ。
日本に戻ってきた頃、どうかすると日本語ではなく英語が出てしまうために、学校でからかわれることが嫌で、佑人は極力人前で話すことをやめていたのだが、そんなこともどうでもよかった。
クラス中が呆気に取られて佑人を見つめる中、佑人は教室を出た。
「おい……どこへ行く? 渡辺…」
「あなたの授業で得るものはもうありません」
もっとも、転校を決めていなければ、そんな捨て台詞を残すこともなかったかも知れない。
おそらく兄の郁磨は気づいていたのだろう、裏サイトでの佑人に対する攻撃に。
父一馬から、少し遠いが、比較的歴史の新しい学校で知り合いが教員をしていると、転校を持ちかけられたのは前の晩のことだ。
そして、佑人がこんな目にあったのは自分のせいだと、祖母の峰子の申し出で佑人の渡辺姓を元の成瀬に戻すことになった。
以来、渡辺佑人という名前は消え、成瀬佑人として中学三年の残り数ヵ月を比較的穏やかに過ごすことができた。
けれど心に受けた傷は佑人自身が思っている以上に深かった。
家族にはもう二度と迷惑をかけたくなかったから、元気になった佑人をずっと演じ続けながら、決してもう誰も寄せ付けようとはしなかった。
世の中全てに対して、期待することを放棄した。
受験した都立南澤高校は佑人の実力でいえば随分ランクは落ちるが、佑人にしてみたらそんなことはどうでもよかった。
家に一番近いから。
それだけの理由で選んだ高校で、思いがけず再会したのは、小学校で出会った佑人にとってのスーパーマン、山本力だった。
引き摺っていた嫌な過去をどこかへ押しやってくれるほど、強烈に佑人を引きつけてやまなかったはずの存在。
そんな力が今になって放った棘は鋭く、完全武装のはずの佑人の心を抉った。
俺が何かしたか?
彼を傷つけた覚えも、嫌われることをした覚えもないのに。
何故?
もしかすると、心の内の彼への執着を見抜かれたのだろうか。
いずれにしても、もう力の影を追うのはやめよう。
あと少しで二学期も終わる。
三学期になったら、誰かに席を替わってもらえばいい。
力に対して何を期待していたはずもない。
それまで、大人しくしていれば、やり過ごせる。
静かに、静かに……。
誰の目も俺の存在に向けられないように。
もう少し眠ろう。
眠ってしまえば、今日もまた過去になる。
眠ってしまえば………
ふわりと、優しい風が佑人の髪を撫でていった。
重い心の鎧を脱いでもいいと、張り詰めていた神経を解きほぐすように。
身体から強張りが抜けていく。
やがて、佑人は穏やかな眠りに落ちた。
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