空は遠く

chatetlune

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空は遠く 12

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    ACT 2
 

 母親の手作りケーキと、紅茶の芳しい香り、真奈の部屋は目いっぱい両親に愛されて育った証がそこここに溢れるような、明るい女の子らしい部屋だった。
「やだもう、ママってば、渡辺くんのこと娘のあたしよりきれいだって騒いでるの、失礼しちゃうと思わない?」
「俺はがっくりだなー、強そうとか、頼もしそうとか言われたほうが嬉しいのに」
 ころころ笑う少女は本当に可愛くて、佑人は好きだったし、大切にしたいと思っていた。
 中学一年の秋の終わり、真奈に告白されてつき合い始めた頃は、クラス中でひやかされたけれど、やがて公認のカップルのように扱われるようになり、日本に戻ってきて以来、少しばかり引っ込み思案になっていた佑人に、自信と行動力が伴い始めた。
 佑人が入った私立の中学は、難関な試験を突破して入ってきたお行儀のよい、裕福な家の子供が多く、表面上はさほど素行の悪い生徒もいなかった。
 佑人は学業でもスポーツでも優等生として一目置かれるようになり、クラス委員にも選ばれ、教師たちの信頼も得て、ようやくボストンの友達へのメールにも本当のことを書けるようになった。
 三年にあがっても中高一貫教育だったため、そのまま何もなければ問題なく進学できるはずだった。
「日曜日に映画を見ない? それから欲しい物があるから渋谷につきあってほしいの」
 少女は、いつのまにか女らしさを備えた美少女へと変わっていた。
 制服を脱いで、少しばかり背伸びした二人は、センター街を抜けたところにあるアクセサリーショップへ向かった。
「少し早いけど、バーステイプレゼントに買ってあげるよ」
「ほんと? 嬉しい!」
 そんなことが起こるなんて、夢にも思っていなかった。
 ラッピングしてもらったプレゼントを持って佑人は店の外に出たが、先に店を出ていた真奈の姿が探してもみあたらない。
 その時、近くの路地から少女の悲鳴が聞こえた。
「いや! 離して」
 数人の男たちの間から見え隠れしている少女の怯えた顔。
「和泉!」
 明らかに佑人より大柄な、どちらかというとチャラい雰囲気の男たちがチラリと佑人を見た。
「渡辺くん!」
 真奈が叫んだ。
「おい、彼女を離せよ!」
 佑人は真奈の腕を掴んでいる男から、真奈を助けようとしたが、男は逆に佑人を小突いた。
「『渡辺くん』より、俺らの方が面白いって、なー」
 ゲラゲラ笑いながら、佑人など相手にもせず、男たちは真奈の腕を引いて路地の奥へと歩き出す。
 周りにいる人間たちは遠巻きに見ているだけで、誰も近づこうとしない。
 おそらくタチの悪い連中と知っているのだろう。
 もし、佑人がそういったワルたちを怖がるような少年だったら、結末はまた違ったかもしれない。
 男は四人いた。
 まっすぐな正義感で、佑人は男たちにぶつかっていった。
 佑人に殴り倒され、蹴り上げられた男たちの中には、あばらや腕を骨折した者もいた。
 ようやく警官が駆けつけ、佑人と真奈は交番に連れて行かれた。
 救急車がきて動けない男たちは病院に担ぎこまれ、残った男も歯を折られたなどと、殊更に佑人を悪く言ったが、佑人も殴られて痣を作っていたし、服も破かれてひどい有様だった。
 少女は怯え、泣いて震えていた。
 警官の質問に答えることもできず、佑人と目を合わせようともしなかった。
 佑人も事態の大きさに戸惑っていた。
 名前を聞かれ、答えたものの、周囲の人間が、佑人が男たちから少女を救ったのだと証言してくれなければ、佑人はもっとまずい立場になっていたかもしれない。
 しかし、別の意味でまずいことになったのは、佑人の家族が駆けつけてからのことだ。
 現れた両親と兄に警官から事情が説明されているうちにも、とるものとりあえずノーメイクでやってきた佑人の母を見た野次馬たちの間から、『渡辺美月じゃない?』『え、渡辺美月の息子?』といった声が聞かれた。
 たちまちマスコミがそれをかぎつけ、『渡辺美月の息子が暴力沙汰で捕まった』と、たまたまその頃話題に乏しかったせいもあってか、一斉にワイドショーやネットで取りざたされた。
「私の息子はわけもなく人様に暴力を振るうようなことはありません。私は息子を信じています」
 しかも記者会見の席でと毅然としてそう言い放ったことで、美月はかえってバッシングをうけることになってしまったのだ。
 美人で明るい大女優として人気のあった美月に対して、甘やかしすぎた子供からしっぺ返しされたとやら、有能な女優も子育ては無能だとやら言いたい放題、果てはありもしない家庭内暴力まででっちあげられた。
 佑人は学校から謹慎を言い渡され、マスコミ攻勢がひどくて一家はしばらくの間、外に出ることさえ躊躇われたのだが。
「子供の気持ちも考えないで、だから嫌いだってのよ、マスコミってやつは!」
「ったくだ! みっちゃんはりっぱだった!」
「かずちゃん、惚れ直した?」
「あたぼうよ!」
 当面のスケジュールが空白になり、美月のマネージャーがオロオロする前で、江戸っ子の両親はラブラブなやりとりを繰り広げている。
「お前は悪くない。よってたかって女の子をいじめるなんざ、絶対許せない輩だ。俺だってやっぱり同じことをした」
 佑人の傍らでは兄の郁磨が拳を握る。
 一見柔そうな美青年に見えるその外見にだまされてはいけない。
「佑人は昔からまっすぐだからなあ。でもさ、俺ら空手の有段者なんだから、人よりちょっと強いんだよ。正攻法でいってしまうと、相手に与えるダメージが大きくなる。次はそこんとこ考えないと」
「次なんかなくていいよ」
 佑人は笑った。
 端から見たらこんな時になんて能天気なと思われるかもしれないが、これがいつもの佑人の家族だ。
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