12 / 85
空は遠く 12
しおりを挟むACT 2
母親の手作りケーキと、紅茶の芳しい香り、真奈の部屋は目いっぱい両親に愛されて育った証がそこここに溢れるような、明るい女の子らしい部屋だった。
「やだもう、ママってば、渡辺くんのこと娘のあたしよりきれいだって騒いでるの、失礼しちゃうと思わない?」
「俺はがっくりだなー、強そうとか、頼もしそうとか言われたほうが嬉しいのに」
ころころ笑う少女は本当に可愛くて、佑人は好きだったし、大切にしたいと思っていた。
中学一年の秋の終わり、真奈に告白されてつき合い始めた頃は、クラス中でひやかされたけれど、やがて公認のカップルのように扱われるようになり、日本に戻ってきて以来、少しばかり引っ込み思案になっていた佑人に、自信と行動力が伴い始めた。
佑人が入った私立の中学は、難関な試験を突破して入ってきたお行儀のよい、裕福な家の子供が多く、表面上はさほど素行の悪い生徒もいなかった。
佑人は学業でもスポーツでも優等生として一目置かれるようになり、クラス委員にも選ばれ、教師たちの信頼も得て、ようやくボストンの友達へのメールにも本当のことを書けるようになった。
三年にあがっても中高一貫教育だったため、そのまま何もなければ問題なく進学できるはずだった。
「日曜日に映画を見ない? それから欲しい物があるから渋谷につきあってほしいの」
少女は、いつのまにか女らしさを備えた美少女へと変わっていた。
制服を脱いで、少しばかり背伸びした二人は、センター街を抜けたところにあるアクセサリーショップへ向かった。
「少し早いけど、バーステイプレゼントに買ってあげるよ」
「ほんと? 嬉しい!」
そんなことが起こるなんて、夢にも思っていなかった。
ラッピングしてもらったプレゼントを持って佑人は店の外に出たが、先に店を出ていた真奈の姿が探してもみあたらない。
その時、近くの路地から少女の悲鳴が聞こえた。
「いや! 離して」
数人の男たちの間から見え隠れしている少女の怯えた顔。
「和泉!」
明らかに佑人より大柄な、どちらかというとチャラい雰囲気の男たちがチラリと佑人を見た。
「渡辺くん!」
真奈が叫んだ。
「おい、彼女を離せよ!」
佑人は真奈の腕を掴んでいる男から、真奈を助けようとしたが、男は逆に佑人を小突いた。
「『渡辺くん』より、俺らの方が面白いって、なー」
ゲラゲラ笑いながら、佑人など相手にもせず、男たちは真奈の腕を引いて路地の奥へと歩き出す。
周りにいる人間たちは遠巻きに見ているだけで、誰も近づこうとしない。
おそらくタチの悪い連中と知っているのだろう。
もし、佑人がそういったワルたちを怖がるような少年だったら、結末はまた違ったかもしれない。
男は四人いた。
まっすぐな正義感で、佑人は男たちにぶつかっていった。
佑人に殴り倒され、蹴り上げられた男たちの中には、あばらや腕を骨折した者もいた。
ようやく警官が駆けつけ、佑人と真奈は交番に連れて行かれた。
救急車がきて動けない男たちは病院に担ぎこまれ、残った男も歯を折られたなどと、殊更に佑人を悪く言ったが、佑人も殴られて痣を作っていたし、服も破かれてひどい有様だった。
少女は怯え、泣いて震えていた。
警官の質問に答えることもできず、佑人と目を合わせようともしなかった。
佑人も事態の大きさに戸惑っていた。
名前を聞かれ、答えたものの、周囲の人間が、佑人が男たちから少女を救ったのだと証言してくれなければ、佑人はもっとまずい立場になっていたかもしれない。
しかし、別の意味でまずいことになったのは、佑人の家族が駆けつけてからのことだ。
現れた両親と兄に警官から事情が説明されているうちにも、とるものとりあえずノーメイクでやってきた佑人の母を見た野次馬たちの間から、『渡辺美月じゃない?』『え、渡辺美月の息子?』といった声が聞かれた。
たちまちマスコミがそれをかぎつけ、『渡辺美月の息子が暴力沙汰で捕まった』と、たまたまその頃話題に乏しかったせいもあってか、一斉にワイドショーやネットで取りざたされた。
「私の息子はわけもなく人様に暴力を振るうようなことはありません。私は息子を信じています」
しかも記者会見の席でと毅然としてそう言い放ったことで、美月はかえってバッシングをうけることになってしまったのだ。
美人で明るい大女優として人気のあった美月に対して、甘やかしすぎた子供からしっぺ返しされたとやら、有能な女優も子育ては無能だとやら言いたい放題、果てはありもしない家庭内暴力まででっちあげられた。
佑人は学校から謹慎を言い渡され、マスコミ攻勢がひどくて一家はしばらくの間、外に出ることさえ躊躇われたのだが。
「子供の気持ちも考えないで、だから嫌いだってのよ、マスコミってやつは!」
「ったくだ! みっちゃんはりっぱだった!」
「かずちゃん、惚れ直した?」
「あたぼうよ!」
当面のスケジュールが空白になり、美月のマネージャーがオロオロする前で、江戸っ子の両親はラブラブなやりとりを繰り広げている。
「お前は悪くない。よってたかって女の子をいじめるなんざ、絶対許せない輩だ。俺だってやっぱり同じことをした」
佑人の傍らでは兄の郁磨が拳を握る。
一見柔そうな美青年に見えるその外見にだまされてはいけない。
「佑人は昔からまっすぐだからなあ。でもさ、俺ら空手の有段者なんだから、人よりちょっと強いんだよ。正攻法でいってしまうと、相手に与えるダメージが大きくなる。次はそこんとこ考えないと」
「次なんかなくていいよ」
佑人は笑った。
端から見たらこんな時になんて能天気なと思われるかもしれないが、これがいつもの佑人の家族だ。
1
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。
山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。
お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。
サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。
一見くんと壱村くん。
雪 いつき
BL
高校三年の始業式。黒板が見えない……と困った壱村は、前の席の高身長イケメン、一見に席を替わって欲しいと頼む。
見た目よりも落ち着いた話し方をすると思っていたら、やたらとホストのような事を言う。いや、でも、実は気が弱い……? これは俺が守らなければ……? そう思っていたある日、突然一見に避けられるようになる。
勢いのままに問い詰める壱村に、一見は「もう限界だ……」と呟いた。一見には、他人には言えない秘密があって……?
185cm天然ホスト気弱イケメン×160cm黙っていれば美少女な男前男子の、ゆるふわ執着系なお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる