空は遠く

chatetlune

文字の大きさ
上 下
10 / 93

空は遠く 10

しおりを挟む
「誰かと間違えているんじゃないですか?」
 もう一度佑人は努めて静かな口調で言った。
 途端、少女の目からぽろぽろと涙がこぼれた。
「私……私……ごめん…ごめんなさい……」
 少女は深く頭を下げたかと思うと、泣きながら走り去った。
「待って、真奈!」
 一緒にいた少女が後を追いしな、佑人を振り返り、「最低!」と叫んだ。
 呆気にとられていた啓太と東山は、二人が走り去ると、「おい、成瀬! いいのかよ」と佑人に詰め寄った。
「勘違いだよ」
 佑人はゆっくりコーヒーを飲んだ。
「あ、そか、渡辺、とかって言ってたもんな」
 東山が納得したように頷く。
「でも、すっげー可愛い子だった、あれ、見かけない制服」
「ばっか、かの有名な白河女学院だろ、超セレブなお嬢様校だろーが」
 東山がパシッと啓太の頭をはたく。
「へ、ほんと……?」
「そ、俺たちじゃ、ちょっとやそっとじゃお近づきにもなれねー」
「で、でも、成瀬、あの子、まっすぐ成瀬のとこきたんだぜ、ほんとにいいのか?」
 啓太が尚も心配そうに聞いてくる。
「だから人違いだって」
「でも……泣いちゃって大丈夫かな」
「コーヒー買ってくるけど、何かいる?」
 佑人はするりと話題を変えて立ち上がった。
「あ、俺、アップルパイとコーラ」
 啓太はすぐそれに乗せられる。
「東山は?」
「あ、わりぃ、俺、ナゲットとコーヒーな」
 しばらく三人で過ごしてから店を出ると、辺りはもうすっかり夜になっていた。
 しかも雨が降り始めている。
「うわ、雨かよぉ、降るなんていってたか?」
 啓太が口を尖らせて、軒下で文句を言う。
「駅まで走るしかないか」
「だな」
 言うなり佑人は走り出し、東山も鞄で雨をよけながら後に続く。
「ちょお、待てよぉ!」
 啓太が慌ててついてきた。
「うわ、びっちょびちょ」
 駅は急な雨のせいで傘も持たず、外に出られず様子見の会社員なども多く、ごったがえしていた。 
「じゃな、成瀬」
 濡れた学生服を手で払いながら東山が言った。
「また、明日~!」
 啓太も東山に続いて下り方面へ、佑人は上り方面へと別れてホームの階段を上がる。
「ほんと、冗談じゃない、何で今さら」
 一人になると、つい佑人の口をついて出る。
 とっくに忘れていた過去、思い出したくもない過去が突然降って湧いたように目の前に現れたのだ。
 ごめんなさいって何が? 最低って、それはそのまま君らに返すよ。
 泣いたらそれで許されると思っているんだ。
 女の子って便利な生き物だね。
 そうだよ、今さら何だって俺の前に現れたりするんだ。
 何で泣くの? 俺の言葉に傷ついたとでも?
 本当に傷つくって、どんなことかも知らないくせに。
 和泉真奈。
 思い出したくもなかった。
 一緒にいた少女にもかすかに記憶があった。
 彼女があのまま高等部に上がらず、別の高校に行ったことすら知らなかった。
 勝手に現れて、勝手に泣いて、勝手に「最低」だって?
 君らに謝ってほしいとも、ましてや君らに仕返ししようなんぞとも思ってはいない。
 とにかく、金輪際俺の目の前に現れるな!
 それは佑人の切実な叫びだった。
 だが、思いがけない真奈との再会が、静かな水面に落とされた無粋な小さな石ころのように、ひっそりとした佑人の時間に波紋をもたらすことになった。
「女、泣かせたんだって? 成瀬、公衆の面前で」
 翌日、佑人が席につくなり、いきなり力が振り向いた。
 佑人のからだが一瞬震えた。
 ざわっと教室の空気が揺らぐ。
 おそらく啓太や東山が面白おかしく力に昨日の出来事を語ったに違いない。
「勝手に勘違いされただけだ」
 ようやく搾り出すように佑人は答える。
「ほんとか? 成瀬くん、実は裏では結構やり手だったり。火のないところに煙はたたないっていうしな」
 佑人を揶揄する力の言葉の一つ一つが棘を持ち、佑人の心を突き刺していく。
「俺がどうあれ、山本に何か関係があるか?」
 佑人は眉をひそめた。
「おーっと、怖いねぇ、美人が怒ると。それともそれがホントのお前?」
 周りのざわめきが大きくなった気がした。
 佑人に投げかけられる好奇の視線。
 やがてそれは連帯という意識によって武装され、彼らの標的に向かって攻撃を始めるのだ。
 まるで佑人にとってのあの忌まわしい過去の時間がフラッシュバックしたかのように、心を冷やしていく。
 侮蔑を含んだような笑みを向ける力の目に、佑人は限界だった。
 静かに、ただなるべく静かに佑人は教室を出た。
 そんな言葉を聴きたくはなかった。
 そんな目を向けられたくはなかった。
 少なくとも力にだけは。
 担任の加藤が呼んでいたようだが、それに応えられるだけの余裕は持ち合わせてはいなかった。
 机を蹴り倒さなかっただけましか。
 殴りかからなかっただけ、大人になったかな。
 佑人は自嘲し、そのまま歩いて学校を出た。
 リュックは忘れたが、財布も鍵も携帯もポケットに入っている。
 とりあえず、今日は帰ろう。
 加藤先生には、明日、急に気分が悪くなりましたとでも言おう。
 家に帰ると、佑人は走ってきたラッキーをしばし抱きしめてから、自分の部屋にあがった。
 今日は皆出払っていて、誰もいないはずだ。
 何だか頭が熱い。
 そういえばさっきから寒気がする。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「誕生日前日に世界が始まる」

悠里
BL
真也×凌 大学生(中学からの親友です) 凌の誕生日前日23時過ぎからのお話です(^^ ほっこり読んでいただけたら♡ 幸せな誕生日を想像して頂けたらいいなと思います♡ →書きたくなって番外編に少し続けました。

腐男子ですが何か?

みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。 ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。 そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。 幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。 そしてついに高校入試の試験。 見事特待生と首席をもぎとったのだ。 「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ! って。え? 首席って…めっちゃ目立つくねぇ?! やっちまったぁ!!」 この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

オレに触らないでくれ

mahiro
BL
見た目は可愛くて綺麗なのに動作が男っぽい、宮永煌成(みやなが こうせい)という男に一目惚れした。 見た目に反して声は低いし、細い手足なのかと思いきや筋肉がしっかりとついていた。 宮永の側には幼なじみだという宗方大雅(むなかた たいが)という男が常におり、第三者が近寄りがたい雰囲気が漂っていた。 高校に入学して環境が変わってもそれは変わらなくて。 『漫画みたいな恋がしたい!』という執筆中の作品の登場人物目線のお話です。所々リンクするところが出てくると思います。

逃げるが勝ち

うりぼう
BL
美形強面×眼鏡地味 ひょんなことがきっかけで知り合った二人。 全力で追いかける強面春日と全力で逃げる地味眼鏡秋吉の攻防。

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

処理中です...