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空は遠く 8
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その噂があっという間に広がったのは、力の新しい相手というのが、近所にあるお嬢様校として知られる第一女子高校で評判の美少女、相田美紀だったからだ。
近隣の男子高校生の間では、一女のミキティと呼ばれ、ちょっとしたアイドル的存在だ。
下校時、たまたま佑人は校門をくぐったところで、髪の長い少女がたたずんでいるのに出くわした。
都立南澤とは違う制服に気づいた佑人が少し歩いたところで振り返ると、ちょうど力がでてきて、少女が嬉しそうに駆け寄るのが見えたので、それが美紀だとわかった。
仏頂面の力の鋭い目といきなりぶつかって、佑人はさり気なく視線をそらしてまた歩き出すのにかなりの努力を要した。
第一女子高なら、特別成績がひどくない限り、系列の女子大やその短大、或いは専門学校にエスカレーターで進学できる。
二流とはいえ受験校の枠に名を連ねている都立南澤の場合は、大半の生徒は三年ともなれば否が応でも受験生だ。
「まあ、俺には関係ない」
佑人のひとりごとに傍らのラッキーがクウ、と返事をするように佑人を見上げる。
しばらくは一緒にマックなんて、ないな。
夜歩くのは好きだ。
世の中の煩わしさから開放されて、自分とラッキーだけの時間がそこにある。
真夜中一時を過ぎる頃には、この辺りの人通りはほとんどない。
空を彩る星座も少しずつ夏から秋へと変わり始める。
オリオン座が西の端に確認できた。
「へカー、ペテルギウス、ベラトリックス。ペテルギウスは赤色超巨星だ。でかくて明るいだろ。肉眼でも見える。だが、変光星だから冬が終わると暗くなる。質量が太陽の二〇倍もあるから、核融合起こしやすくて短命らしい。縮んでるんだ。いつ超新星爆発起こすかわからない。爆発の方向によっては地球の生命体に影響が出るかも知れないという説もある」
いつだったか、マックで何かの話の延長で星座の話になった時のことだ。
力の言葉は説得力があり、いつものごとくさらりと口にしながらも自信に満ちていた。
「うわ! そ、それって地球滅亡じゃん! ど、どうすりゃいんだよ! 机の下に隠れんの?」
あたふたと啓太が喚く。
「地震だろ? そりゃ。つか、それどころのさわぎじゃねーの」
佑人の隣で坂本が笑った。
「んじゃ、どうすりゃいんだよ、俺、まだ、なーんもしてねんだぞ!」
「よっしゃ、早いとこ、俺のドーテーあげます、っつて、川島裕美子のとこいってこいよ」
ちょうど角のテーブルに、隣のクラスの女子四人が陣取ったばかりだった。
「ガンバって~啓太ちゃん!」
坂本が啓太を椅子から押し出すと、皆が一斉にガハハと笑う。
川島裕美子は四人のうちで、縦も横もひときわ大きな女生徒だ。
声が大きかったので、その川島がちらりとこちらを見た。
「ばっきゃろ! 俺のことガキ扱いしやがって!」
すぐ人の話を真に受ける啓太は半分涙目で訴える。
「大丈夫だよ、ペテルギウスから地球まで六四〇光年は離れてるんだ。爆発が起きたって地球が影響受ける前に、俺ら影も形もないから」
佑人が言うと、啓太は少しばかりぼーっとしたまま、ストンと椅子に戻る。
「そ、そうだよなー? じゃ、大丈夫だよな、ばっきゃろ、脅かしやがって」
「でも、六四〇光年程前にもう爆発起きてるってこともあり得るけど。明日爆発見えたりして」
佑人が付け加えると、啓太はまた「えーっ、てことは、どういうこと? どうすりゃいんだよ、成瀬ぇ~!!」と佑人にしがみつく。
「仮に爆発したとしても、六四〇光年離れているからたいした影響は受けないって説もあるけど」
「え、えーーー、どっちなんだよぉ、成瀬ぇ」
啓太は典型的な末っ子気質なのだろう、簡単に人に甘えようとするところもからかわれやすい。
そんな啓太は可愛いし、甘えることが下手な佑人には羨ましくもある。
「何か起きても、考えるよか先に俺らは影も形もなくなってっから、お前の足りない脳みそを使うまでもないってこった」
「何だよぅ、それはよぅ」
坂本がまた茶化し半分ニヤニヤ笑うのに啓太はぶすくれる。
ふと顔を上げた佑人は、じっと力が自分を見つめているのに気づいた。
一瞬、まともに目が合った。
不思議なまなざしだった。
二人だけで宇宙の星星の間を浮遊しているような感覚にとらわれ、佑人は息をつくのも忘れていた。
「………な、成瀬」
ぐいと坂本に肩を引き寄せられ、我に返るまで。
あの、不可思議な瞬間が何だったのか。
ただ、唐突に互いの心に入り込んだような、そんな気がして。
もちろん、きっと錯覚なのだろうけど。
佑人は大きく息をついた。
空を見上げる。
数えられないほどの星々へと思いを送る。
宇宙の中の数知れない星のひとつに生きている自分が、いかに小さいものかを思い知らされると同時に、星星の中に紛れてしまいたくなる瞬間でもある。
「行ってみたいよな、あの星の中に」
何億光年、気が遠くなるような時間を潜り抜けられたら。
「ちょっと寒くなってきたな。帰ろうか、ラッキー」
佑人が笑いかけるとラッキーはワンと応えて楽しげに尻尾を振った。
近隣の男子高校生の間では、一女のミキティと呼ばれ、ちょっとしたアイドル的存在だ。
下校時、たまたま佑人は校門をくぐったところで、髪の長い少女がたたずんでいるのに出くわした。
都立南澤とは違う制服に気づいた佑人が少し歩いたところで振り返ると、ちょうど力がでてきて、少女が嬉しそうに駆け寄るのが見えたので、それが美紀だとわかった。
仏頂面の力の鋭い目といきなりぶつかって、佑人はさり気なく視線をそらしてまた歩き出すのにかなりの努力を要した。
第一女子高なら、特別成績がひどくない限り、系列の女子大やその短大、或いは専門学校にエスカレーターで進学できる。
二流とはいえ受験校の枠に名を連ねている都立南澤の場合は、大半の生徒は三年ともなれば否が応でも受験生だ。
「まあ、俺には関係ない」
佑人のひとりごとに傍らのラッキーがクウ、と返事をするように佑人を見上げる。
しばらくは一緒にマックなんて、ないな。
夜歩くのは好きだ。
世の中の煩わしさから開放されて、自分とラッキーだけの時間がそこにある。
真夜中一時を過ぎる頃には、この辺りの人通りはほとんどない。
空を彩る星座も少しずつ夏から秋へと変わり始める。
オリオン座が西の端に確認できた。
「へカー、ペテルギウス、ベラトリックス。ペテルギウスは赤色超巨星だ。でかくて明るいだろ。肉眼でも見える。だが、変光星だから冬が終わると暗くなる。質量が太陽の二〇倍もあるから、核融合起こしやすくて短命らしい。縮んでるんだ。いつ超新星爆発起こすかわからない。爆発の方向によっては地球の生命体に影響が出るかも知れないという説もある」
いつだったか、マックで何かの話の延長で星座の話になった時のことだ。
力の言葉は説得力があり、いつものごとくさらりと口にしながらも自信に満ちていた。
「うわ! そ、それって地球滅亡じゃん! ど、どうすりゃいんだよ! 机の下に隠れんの?」
あたふたと啓太が喚く。
「地震だろ? そりゃ。つか、それどころのさわぎじゃねーの」
佑人の隣で坂本が笑った。
「んじゃ、どうすりゃいんだよ、俺、まだ、なーんもしてねんだぞ!」
「よっしゃ、早いとこ、俺のドーテーあげます、っつて、川島裕美子のとこいってこいよ」
ちょうど角のテーブルに、隣のクラスの女子四人が陣取ったばかりだった。
「ガンバって~啓太ちゃん!」
坂本が啓太を椅子から押し出すと、皆が一斉にガハハと笑う。
川島裕美子は四人のうちで、縦も横もひときわ大きな女生徒だ。
声が大きかったので、その川島がちらりとこちらを見た。
「ばっきゃろ! 俺のことガキ扱いしやがって!」
すぐ人の話を真に受ける啓太は半分涙目で訴える。
「大丈夫だよ、ペテルギウスから地球まで六四〇光年は離れてるんだ。爆発が起きたって地球が影響受ける前に、俺ら影も形もないから」
佑人が言うと、啓太は少しばかりぼーっとしたまま、ストンと椅子に戻る。
「そ、そうだよなー? じゃ、大丈夫だよな、ばっきゃろ、脅かしやがって」
「でも、六四〇光年程前にもう爆発起きてるってこともあり得るけど。明日爆発見えたりして」
佑人が付け加えると、啓太はまた「えーっ、てことは、どういうこと? どうすりゃいんだよ、成瀬ぇ~!!」と佑人にしがみつく。
「仮に爆発したとしても、六四〇光年離れているからたいした影響は受けないって説もあるけど」
「え、えーーー、どっちなんだよぉ、成瀬ぇ」
啓太は典型的な末っ子気質なのだろう、簡単に人に甘えようとするところもからかわれやすい。
そんな啓太は可愛いし、甘えることが下手な佑人には羨ましくもある。
「何か起きても、考えるよか先に俺らは影も形もなくなってっから、お前の足りない脳みそを使うまでもないってこった」
「何だよぅ、それはよぅ」
坂本がまた茶化し半分ニヤニヤ笑うのに啓太はぶすくれる。
ふと顔を上げた佑人は、じっと力が自分を見つめているのに気づいた。
一瞬、まともに目が合った。
不思議なまなざしだった。
二人だけで宇宙の星星の間を浮遊しているような感覚にとらわれ、佑人は息をつくのも忘れていた。
「………な、成瀬」
ぐいと坂本に肩を引き寄せられ、我に返るまで。
あの、不可思議な瞬間が何だったのか。
ただ、唐突に互いの心に入り込んだような、そんな気がして。
もちろん、きっと錯覚なのだろうけど。
佑人は大きく息をついた。
空を見上げる。
数えられないほどの星々へと思いを送る。
宇宙の中の数知れない星のひとつに生きている自分が、いかに小さいものかを思い知らされると同時に、星星の中に紛れてしまいたくなる瞬間でもある。
「行ってみたいよな、あの星の中に」
何億光年、気が遠くなるような時間を潜り抜けられたら。
「ちょっと寒くなってきたな。帰ろうか、ラッキー」
佑人が笑いかけるとラッキーはワンと応えて楽しげに尻尾を振った。
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