空は遠く

chatetlune

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空は遠く 7

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「俺と東、二中だったんだ。な、成瀬は………」
「よっしゃ、歌うぞ!」
 佑人に向かって何か言おうとする啓太を遮るように、坂本が立ち上がった。
「あ、おい、入れたの俺だぞ!」
 啓太より先にマイクを握った坂本が、大音響で流れる音にあわせてアニメソングを歌いだす。
 啓太もマイクを握り締め、坂本に負けまいと声を張り上げる。
「うっせぇぞ」
 力の怒鳴り声すら二人には効かないらしい。
 それからアニメソングのオンパレードだ。
力も東山もくわえ煙草で振り付けつきで歌いまくる。
 佑人は唖然といった態で、皆が歌うのをぼんやり聴いていた。
 そんな茶目っ気のある力の姿が微笑ましくさえ思えて。
「よし、次、成瀬、歌えよ」
「いや、俺、知らないし……」
 坂本に腕を取られて、佑人は慌てて遠慮しようとした。
「カラオケ来て歌わねぇでどうすんの」
 無理やり肩を抱かれて、一緒にマイクを握らされる。
「……Yesterday all my troubles seemed far away―」
 アニメソングとは一転、坂本の口から英語の歌詞がこぼれる。
 それは佑人が子供の頃ボストンの小学校で、担任がよく歌ってくれた歌だった。
 歌詞を見なくても空で覚えている。
 今あらためて口にすると、自分の心情に妙に符号して佑人は心がざわつくのを覚えた。
 ふいに目を上げると、いきなり自分を睨みつけるかのような力の剣呑な眼差しに出くわした。
 最後は歌にもなっていなかった。
 きっと力は、場違いな曲を歌う自分に腹を立てたのだ。
「俺、これから用があるから、俺の分ここに置くからね。お先に」
 佑人は曲が終るや、ボックスを飛び出した。
「え、おい、成瀬!」
「成瀬、帰っちゃうの?」
 坂本や啓太の声が追いかけてきたが、とりあえず料金は皆の分合わせても充分お釣りがくるだけは置いてきたし、彼らも不満はないはずだ。
 自分の役目は果たしたのだから。
 ラッキー、と喜んでいるだろう啓太や東山の顔が容易に想像できる。
 あんな目で睨まれたら、いたたまれない。
 いい気分をぶち壊しやがってなんて、力は思っているかもしれない。
 力が気分を害して、せっかく力の傍にいられるようになった時間が、それこそぶち壊されるのは嫌だった。
 坂本のお陰で!
 佑人は、いきなり割り込んできた坂本の存在に苛立ちを覚えた。
 それに――――
 坂本は、小学校の時いたはずの『渡辺佑人』イコール成瀬佑人だと、気づいているようだ。
そのことを力に話すのではないかと不安になる。
 いや、クラスにも小学校で同じクラスだったと佑人が記憶している女子生徒もいたが、全く覚えてもいないらしい。
 おそらくそのことを坂本が話したところで、力にとってはきっと自分など、そんなやついたっけ、くらいな存在だろう。
 ほっとしたような、淋しいような、いつもの感情の痛みが佑人を襲ってきた。
 家に着くと、思わず胸のあたりを握り締めながら、音をたててきしむ古い門を潜る。
 もやもやとした感情のわだかまりを残したまま、世の中は夏休みに突入した。
  


 
 成瀬一家は佑人が夏休みになるのを待って信州の山荘へ移動し、そこを拠点にして一馬と美月は仕事へ、郁磨は合宿だ研究だと出かけていった。
 一人佑人だけは山荘にいる間はずっとそこを動かず、郁磨の紹介してくれた家庭教師の柳沢とともに過ごした。
「柳沢は留学費用ためててさ。真面目で優秀だけど面白いヤツだからきっと気に入ると思うよ」
 佑人の性格上、塾や予備校には合わないだろうと、郁磨は見越していたのだろう。
 柳沢は郁磨の所属していたテニスサークルの後輩にあたり、法学部を卒業して司法試験にも合格しているのだが、国際弁護士として海外で仕事をしたいと、ロースクールへ留学する費用をためているらしい。
「彼女がニューヨークにいてさ」
 TOEFLを受けるつもりなので、佑人と英語で話せることが逆にありがたいという柳沢と一緒に勉強し、テニスで汗を流し、朝晩はラッキーとゆったり散歩をする。
 美月がいないときは、通いの家政婦がきて食事を作ってくれるのだが、たまに柳沢と二人で料理をするのも楽しかった。
 夏休みが終わりに近づく頃、東京に戻った佑人は今度は祖父の道場でみっちり扱かれた。
 何かに没頭していられるうちは、力のこともなるべく考えないでいられた。
 けれど、折に触れ、今頃力はどうしているのだろうと思いを馳せ、嫌な雰囲気で夏休みに突入してしまったから、もう以前のように一緒に行動するようなこともないかもしれないとも思う。
 佑人にはやがて始まる二学期が重苦しくもあり、だがやはり待ち遠しくもあった。




 二学期の始業式が終わる早々、教室で啓太と東山が盛り上がっていたのは、力の新しい彼女の話題だった。
「一女の女?」
「ミキティだぜ、一女の!」
「ウッソ…マジかよー」
 始業時間ぎりぎりになって、力が現れた。
 圧倒的な存在感。
 教室のざわめぎに一吹きの風が流れ込む。
 佑人の横を通り、力が斜め前の席にどっかりと座る。
 その背中に目をやって、佑人は何だかほっとする。
 まだ、同じ時を重ねられる――――。

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