空は遠く

chatetlune

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空は遠く 6

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 以来、何度か『不都合』のある者の希望で席替えが行われたが、佑人のいる四人の一角にはあまり近づこうという者はいなかった。
「成瀬ってば、早く行こうぜ」
 はっと顔を上げると、啓太の愛嬌のある目が佑人を覗き込んでいる。
「あ、悪い。やっぱ眠くてさ」
「だろお? ほらみろ、成瀬も眠いっつってんじゃん」
 我が意を得たりと得意気な啓太の頭を今度は力がはたく。
「お前とは眠い理由が天地ほども差があるんだよ」
「ってぇな、ちょっとでかいと思ってよー」
 力を見上げて睨みつけながら小柄な啓太が文句を言う。
 佑人はどうやらカラオケに自分も行くことになってしまっていることに苦笑する。
 カラオケか、苦手だな。
 家族で行ったことはある。
 陽気な両親も兄も思い切り歌いまくった。
 俺、苦手だし、と佑人だけが一歩下がってみていた。
 何をやっても一歩下がってみる癖が身についてしまった。
 ぞろぞろと後ろから教室を出る一行に、まだ教室に残っていた生徒が目を向けるのに佑人は気づき、未だに奇異な見られ方をしているらしいのに心の中で苦笑する。
 優等生面を一皮剥けば、名うての問題児だったりってさ。
 だができればこのまま静かにしていたい、一緒にマックに寄るだけのつき合いのままでもいいから。
 それでいいんだ―――――。
「カラオケ? 俺も混ぜてよ」
 唐突に後ろから低い声が飛び込んできた。
「坂本」
 力があまり歓迎しない口調で、近づいてくる長身の生徒の名を呼んだ。
 佑人も訝しげに振り返る。
「何だよ、お前」
 東山があからさまに嫌そうな顔をした。
 そうだ、冗談じゃない。
 佑人も思わず眉をひそめる。
「塾で忙しいんじゃねぇのかよ?」
 からかい気味にたずねる力に、「気分転換は必要さ」と、坂本は人懐こそうな笑顔を向ける。
 数日前、声をかけられるまでは佑人も気にとめもしなかった。
 学年で五番を下回ったことがなく、T大志望で合格は確実といわれ、学年では有名人らしい。
 全国模試でも常に上位をキープしている。
「別にかまわねぇだろ」
 佑人の思惑とは裏腹に、力が言った。
 アスファルトの熱気にうだりながらいつも使っている私鉄の改札口を通り、JRの駅の方へと抜ける。
 駅から数分の七階建てのビルの中に、カラオケボックスがあった。
 ここまで歩いてくる間にも、シャツは汗でぐっしょりになった面々は、エアコンが効いているビルの中になだれ込んだ。
「うーーー、生き返るぜぇ」
 啓太がシャツをはたはたと扇ぎながら、オヤジのような台詞を吐く。
「げぇえ、やっぱ、今年一番の暑さだってよ」
 うんざりとした顔で東山が携帯を覗き込んでいる。
「成瀬ってさ、暑いの得意なんだ?」
 ふいに啓太に問われて佑人は答えに迷う。
「だってさ、暑くっても涼しそうな顔してるし、いつもボタンとめてビシッとしてるしさ」
「バーカ、おめぇがダラシナサ過ぎなんだろっ」
 東山が啓太の頭をはたく。
「慣れているんだよ。うち、異様に暑くないとエアコン使わないし」
「ほんとかよ! すんげー」
 何がすごいのかわからないが、啓太は妙に感心している。
 暑い夏も寒い冬も祖父の道場でかなり鍛えられたこともあるが、家の周りは緑だけは多いので、窓やベランダの戸を開け放して風を通すのが昔から成瀬家のやり方だ。
 街中に出れば佑人も当たり前に熱気にむせ返りそうになる。
 エレベーターで七階に上がり、ドアが開くと同時にカラオケボックスの受付嬢が、いらっしゃいませ、と彼らを出迎えた。
 カウンターの女の子は力と顔見知りのようで、親しげに話している。
 話の内容から、どうやらこのカラオケボックスは力の母親関係の店らしいのはわかったが、やたら女の子が力にべたべたしているのを見て、佑人は顔を背けた。
「しっかし、男五人かよ、力がわんさか女連れてくるんかと思ったのにさ」
 相変わらずにやにやと得体の知れない笑みを浮かべながら、坂本は啓太と佑人が座っている間に割り込んだ。
「そいつはこっちの台詞だ、龍成。最近、どうしたよ、ジュケンベンキョーが忙しくて女も絶ってるってわけじゃねぇだろ?」
「ほどほどには。まあ、これからは正念場ってヤツだから、たまの気分転換くらいか?」
 いかにも旧知の間柄といったようすで、向かいに座る力がポケットから取り出した煙草から坂本が一本をとってくわえる。
 母親の関係だからこそ、おおっぴらに制服で煙草など吸っているのだろうが、二人とも制服でなければ、高校生には見えないかもしれない。
「え、力、こいつダチなの?」
 啓太が目を白黒させて二人をみやる。
「中学の時、よくつるんでたよな」
 慣れた仕草で煙草を燻らせる坂本が言う。
「じゃ、坂本も一中?」
「有名私立合格したのに蹴りやがって、うちに来たってバカだ、こいつ」
 力がフンと鼻で笑う。
「M高からT大入ったって面白くもなんともないだろ? 愛すべき我が都立南澤に貢献してこそ東京都民だっつーの。なあ、成瀬」
 いきなり振られて、佑人は返す言葉がない。
 坂本と力が中学もずっと一緒だったということが、いや、つるんでいたという事実が、佑人を嫌な気分にさせる。
「そっかあ、坂本って力の中学からのダチだったんだ」
 それだけで単純に坂本を見る啓太の目が変わったようだ。
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