6 / 93
空は遠く 6
しおりを挟む
以来、何度か『不都合』のある者の希望で席替えが行われたが、佑人のいる四人の一角にはあまり近づこうという者はいなかった。
「成瀬ってば、早く行こうぜ」
はっと顔を上げると、啓太の愛嬌のある目が佑人を覗き込んでいる。
「あ、悪い。やっぱ眠くてさ」
「だろお? ほらみろ、成瀬も眠いっつってんじゃん」
我が意を得たりと得意気な啓太の頭を今度は力がはたく。
「お前とは眠い理由が天地ほども差があるんだよ」
「ってぇな、ちょっとでかいと思ってよー」
力を見上げて睨みつけながら小柄な啓太が文句を言う。
佑人はどうやらカラオケに自分も行くことになってしまっていることに苦笑する。
カラオケか、苦手だな。
家族で行ったことはある。
陽気な両親も兄も思い切り歌いまくった。
俺、苦手だし、と佑人だけが一歩下がってみていた。
何をやっても一歩下がってみる癖が身についてしまった。
ぞろぞろと後ろから教室を出る一行に、まだ教室に残っていた生徒が目を向けるのに佑人は気づき、未だに奇異な見られ方をしているらしいのに心の中で苦笑する。
優等生面を一皮剥けば、名うての問題児だったりってさ。
だができればこのまま静かにしていたい、一緒にマックに寄るだけのつき合いのままでもいいから。
それでいいんだ―――――。
「カラオケ? 俺も混ぜてよ」
唐突に後ろから低い声が飛び込んできた。
「坂本」
力があまり歓迎しない口調で、近づいてくる長身の生徒の名を呼んだ。
佑人も訝しげに振り返る。
「何だよ、お前」
東山があからさまに嫌そうな顔をした。
そうだ、冗談じゃない。
佑人も思わず眉をひそめる。
「塾で忙しいんじゃねぇのかよ?」
からかい気味にたずねる力に、「気分転換は必要さ」と、坂本は人懐こそうな笑顔を向ける。
数日前、声をかけられるまでは佑人も気にとめもしなかった。
学年で五番を下回ったことがなく、T大志望で合格は確実といわれ、学年では有名人らしい。
全国模試でも常に上位をキープしている。
「別にかまわねぇだろ」
佑人の思惑とは裏腹に、力が言った。
アスファルトの熱気にうだりながらいつも使っている私鉄の改札口を通り、JRの駅の方へと抜ける。
駅から数分の七階建てのビルの中に、カラオケボックスがあった。
ここまで歩いてくる間にも、シャツは汗でぐっしょりになった面々は、エアコンが効いているビルの中になだれ込んだ。
「うーーー、生き返るぜぇ」
啓太がシャツをはたはたと扇ぎながら、オヤジのような台詞を吐く。
「げぇえ、やっぱ、今年一番の暑さだってよ」
うんざりとした顔で東山が携帯を覗き込んでいる。
「成瀬ってさ、暑いの得意なんだ?」
ふいに啓太に問われて佑人は答えに迷う。
「だってさ、暑くっても涼しそうな顔してるし、いつもボタンとめてビシッとしてるしさ」
「バーカ、おめぇがダラシナサ過ぎなんだろっ」
東山が啓太の頭をはたく。
「慣れているんだよ。うち、異様に暑くないとエアコン使わないし」
「ほんとかよ! すんげー」
何がすごいのかわからないが、啓太は妙に感心している。
暑い夏も寒い冬も祖父の道場でかなり鍛えられたこともあるが、家の周りは緑だけは多いので、窓やベランダの戸を開け放して風を通すのが昔から成瀬家のやり方だ。
街中に出れば佑人も当たり前に熱気にむせ返りそうになる。
エレベーターで七階に上がり、ドアが開くと同時にカラオケボックスの受付嬢が、いらっしゃいませ、と彼らを出迎えた。
カウンターの女の子は力と顔見知りのようで、親しげに話している。
話の内容から、どうやらこのカラオケボックスは力の母親関係の店らしいのはわかったが、やたら女の子が力にべたべたしているのを見て、佑人は顔を背けた。
「しっかし、男五人かよ、力がわんさか女連れてくるんかと思ったのにさ」
相変わらずにやにやと得体の知れない笑みを浮かべながら、坂本は啓太と佑人が座っている間に割り込んだ。
「そいつはこっちの台詞だ、龍成。最近、どうしたよ、ジュケンベンキョーが忙しくて女も絶ってるってわけじゃねぇだろ?」
「ほどほどには。まあ、これからは正念場ってヤツだから、たまの気分転換くらいか?」
いかにも旧知の間柄といったようすで、向かいに座る力がポケットから取り出した煙草から坂本が一本をとってくわえる。
母親の関係だからこそ、おおっぴらに制服で煙草など吸っているのだろうが、二人とも制服でなければ、高校生には見えないかもしれない。
「え、力、こいつダチなの?」
啓太が目を白黒させて二人をみやる。
「中学の時、よくつるんでたよな」
慣れた仕草で煙草を燻らせる坂本が言う。
「じゃ、坂本も一中?」
「有名私立合格したのに蹴りやがって、うちに来たってバカだ、こいつ」
力がフンと鼻で笑う。
「M高からT大入ったって面白くもなんともないだろ? 愛すべき我が都立南澤に貢献してこそ東京都民だっつーの。なあ、成瀬」
いきなり振られて、佑人は返す言葉がない。
坂本と力が中学もずっと一緒だったということが、いや、つるんでいたという事実が、佑人を嫌な気分にさせる。
「そっかあ、坂本って力の中学からのダチだったんだ」
それだけで単純に坂本を見る啓太の目が変わったようだ。
「成瀬ってば、早く行こうぜ」
はっと顔を上げると、啓太の愛嬌のある目が佑人を覗き込んでいる。
「あ、悪い。やっぱ眠くてさ」
「だろお? ほらみろ、成瀬も眠いっつってんじゃん」
我が意を得たりと得意気な啓太の頭を今度は力がはたく。
「お前とは眠い理由が天地ほども差があるんだよ」
「ってぇな、ちょっとでかいと思ってよー」
力を見上げて睨みつけながら小柄な啓太が文句を言う。
佑人はどうやらカラオケに自分も行くことになってしまっていることに苦笑する。
カラオケか、苦手だな。
家族で行ったことはある。
陽気な両親も兄も思い切り歌いまくった。
俺、苦手だし、と佑人だけが一歩下がってみていた。
何をやっても一歩下がってみる癖が身についてしまった。
ぞろぞろと後ろから教室を出る一行に、まだ教室に残っていた生徒が目を向けるのに佑人は気づき、未だに奇異な見られ方をしているらしいのに心の中で苦笑する。
優等生面を一皮剥けば、名うての問題児だったりってさ。
だができればこのまま静かにしていたい、一緒にマックに寄るだけのつき合いのままでもいいから。
それでいいんだ―――――。
「カラオケ? 俺も混ぜてよ」
唐突に後ろから低い声が飛び込んできた。
「坂本」
力があまり歓迎しない口調で、近づいてくる長身の生徒の名を呼んだ。
佑人も訝しげに振り返る。
「何だよ、お前」
東山があからさまに嫌そうな顔をした。
そうだ、冗談じゃない。
佑人も思わず眉をひそめる。
「塾で忙しいんじゃねぇのかよ?」
からかい気味にたずねる力に、「気分転換は必要さ」と、坂本は人懐こそうな笑顔を向ける。
数日前、声をかけられるまでは佑人も気にとめもしなかった。
学年で五番を下回ったことがなく、T大志望で合格は確実といわれ、学年では有名人らしい。
全国模試でも常に上位をキープしている。
「別にかまわねぇだろ」
佑人の思惑とは裏腹に、力が言った。
アスファルトの熱気にうだりながらいつも使っている私鉄の改札口を通り、JRの駅の方へと抜ける。
駅から数分の七階建てのビルの中に、カラオケボックスがあった。
ここまで歩いてくる間にも、シャツは汗でぐっしょりになった面々は、エアコンが効いているビルの中になだれ込んだ。
「うーーー、生き返るぜぇ」
啓太がシャツをはたはたと扇ぎながら、オヤジのような台詞を吐く。
「げぇえ、やっぱ、今年一番の暑さだってよ」
うんざりとした顔で東山が携帯を覗き込んでいる。
「成瀬ってさ、暑いの得意なんだ?」
ふいに啓太に問われて佑人は答えに迷う。
「だってさ、暑くっても涼しそうな顔してるし、いつもボタンとめてビシッとしてるしさ」
「バーカ、おめぇがダラシナサ過ぎなんだろっ」
東山が啓太の頭をはたく。
「慣れているんだよ。うち、異様に暑くないとエアコン使わないし」
「ほんとかよ! すんげー」
何がすごいのかわからないが、啓太は妙に感心している。
暑い夏も寒い冬も祖父の道場でかなり鍛えられたこともあるが、家の周りは緑だけは多いので、窓やベランダの戸を開け放して風を通すのが昔から成瀬家のやり方だ。
街中に出れば佑人も当たり前に熱気にむせ返りそうになる。
エレベーターで七階に上がり、ドアが開くと同時にカラオケボックスの受付嬢が、いらっしゃいませ、と彼らを出迎えた。
カウンターの女の子は力と顔見知りのようで、親しげに話している。
話の内容から、どうやらこのカラオケボックスは力の母親関係の店らしいのはわかったが、やたら女の子が力にべたべたしているのを見て、佑人は顔を背けた。
「しっかし、男五人かよ、力がわんさか女連れてくるんかと思ったのにさ」
相変わらずにやにやと得体の知れない笑みを浮かべながら、坂本は啓太と佑人が座っている間に割り込んだ。
「そいつはこっちの台詞だ、龍成。最近、どうしたよ、ジュケンベンキョーが忙しくて女も絶ってるってわけじゃねぇだろ?」
「ほどほどには。まあ、これからは正念場ってヤツだから、たまの気分転換くらいか?」
いかにも旧知の間柄といったようすで、向かいに座る力がポケットから取り出した煙草から坂本が一本をとってくわえる。
母親の関係だからこそ、おおっぴらに制服で煙草など吸っているのだろうが、二人とも制服でなければ、高校生には見えないかもしれない。
「え、力、こいつダチなの?」
啓太が目を白黒させて二人をみやる。
「中学の時、よくつるんでたよな」
慣れた仕草で煙草を燻らせる坂本が言う。
「じゃ、坂本も一中?」
「有名私立合格したのに蹴りやがって、うちに来たってバカだ、こいつ」
力がフンと鼻で笑う。
「M高からT大入ったって面白くもなんともないだろ? 愛すべき我が都立南澤に貢献してこそ東京都民だっつーの。なあ、成瀬」
いきなり振られて、佑人は返す言葉がない。
坂本と力が中学もずっと一緒だったということが、いや、つるんでいたという事実が、佑人を嫌な気分にさせる。
「そっかあ、坂本って力の中学からのダチだったんだ」
それだけで単純に坂本を見る啓太の目が変わったようだ。
1
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
たまにはゆっくり、歩きませんか?
隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。
よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。
世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
腐男子ですが何か?
みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。
ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。
そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。
幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。
そしてついに高校入試の試験。
見事特待生と首席をもぎとったのだ。
「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ!
って。え?
首席って…めっちゃ目立つくねぇ?!
やっちまったぁ!!」
この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる